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眠り姫は旅に出る  作者: へそ
眠り姫ニコラ
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8.洗濯

 宿の無い村では、旅人は村長の家や空き家に泊まらせてもらう。去年も同じルートで行商していたイヴァンは顔を覚えられているので、村に到着してからの対応も慣れたものだった。

 行きと帰りで経由する村が違うので、帰路であっても商売がある。手伝う気満々だったが、イヴァンに一足先に休むように空き家に追いやられた。


 ジツナーメにもあるような木造の家は、手狭ながら一晩過ごすには十分なものだった。居間と寝室があって、寝室にはベッドが二台。空き家なのに荒れた様子もなく、きちんと掃除されているようだ。

 そんな中、寝台の上にそれぞれ用意されていた毛布とシーツは少し埃っぽい。私は自分にできる仕事を見つけた。


 家の物置部屋にあった大きな盥にシーツと自分の洗濯物を突っ込んで家の裏に回る。毛布は嵩張るので別洗いだ。人目につかないことを確認して、盥の中に魔術でお湯を貯めた。


 よいしょ、よいしょと腕を動かして揉み洗いをしながら、イヴァンから聞いたおまじないの話を思い返す。

「ローノブー・ラジム」は呪文だと思う。だけど、それが何の魔術になるのかは分からない。パン生地を捏ねる時の呪文だから、生地の温度を保つとか捏ねる時間を短縮させるとか、思いつくのはそんなことだ。


「パンこねって、こう、生地を伸ばしたり畳んだり、押し付けたり……」


 小さな手に余るシーツを盥の中で捏ねるように動かす。


「ローノブー・ラジム」


 そんな風にパン生地を捏ねる想像をしながら呪文を唱えてみると、魔力が腕から消費される感覚と同時に格段に腕の動きが楽になった。そこそこ重労働なはずのシーツの洗濯が、ほとんど力をこめずできるように。


 手に触れているものの質量を軽くする?

 でもパン生地を軽くしてもパンこねの結果は変わらない気がする。


 分からないなら魔力の量を変えて、魔術の効果を高めてみれば良い。

 今度は意識して魔力を注ぎ込みながら「ローノブー・ラジム」と唱える。


「わっ」


 どん、と盥の底を突いてしまう。急に腕が軽くなったみたいに力加減ができなかった。思わず自分の手のひらをまじまじ見つめる。


 腕の力が強くなった?


 よいしょ、と重たいはずの水の張った盥を両手で抱えると、軽々と持ち上げることができた。ひょいひょい上下させられる。


 ローノブー・ラジムは、腕をマッチョにする呪文だった。




 考えてみれば、ローノブー・ラジムのような身体強化の魔術があっても不思議じゃない。私自身、自分の体の内側で魔力を動かすことができるのだから、魔力を肉体に働きかけることができても不思議じゃないだろう。

 ローノブー・ラジムを使いながら魔力の動きを意識することで、身体強化の魔術を行使するための魔力の動きが分かった。結果、二枚目の毛布を洗っている時には無詠唱で強化することに成功した。ニコラの肉体の魔術センスがすごい。


 洗ったものを乾かせば洗濯は終わりだ。ベッドメイクを終えたところでイヴァンが迎えに来て、村長の家で夕食をご馳走になった。芋料理が中心で、肉が多いジツナーメとの土地の違いを感じた。


「ニコラ。明日は次の村に着くのは夕方になる。この時期だと日が暮れるギリギリになるから、今日のうちに休んで明日に備えろよ」

「わかりました」


 私に明日の予定を言い聞かせながらイヴァンがベッドに入ろうとする。イヴァンは毛布に触れると、一瞬動きを止めてからもふもふと感触を確かめ始めた。


「ふかふかでしょう」


 ふふふ、とほくそ笑むと振り向いたイヴァンがこくこくと頷く。


 時間を持て余すあまり、丁寧に毛布を乾かしたからね。


「これ、ニコラが?」

「そう。特別だから、他の人には内緒にしてくださいね」

「すごいな……」


 私はこの旅でお荷物そのものなので、こんなことでも役に立てたのなら何よりだ。逆に魔術以外で役に立てることは皆無だけど。


「あと、例のパンこねのおまじない、呪文でしたよ。もし使えたら、楽に生地を捏ねることができると思います」

「本当に呪文だったのか」

「結構便利でしたよ」

「へえ」


 驚愕を収めたイヴァンはじっと私を見つめる。初対面の時のようにすっと細められた目つきになんとなく嫌な予感がして、さっと毛布の中に潜り込んだ。


「おやすみなさい!」

「……おやすみ」




 翌朝、夕食と同様に朝食も村長の家で頂いて、イヴァンが荷馬車の準備をしている間に借りた家の中を掃除する。寝室ぐらいしかまともに使っていないし、すぐに終わったのでイヴァンに仕事がないか聞きに行った。


「それじゃあ革袋に水をいれてきてくれないか?」

「水?」

「ファガーシで用意した分が昨日でなくなったんだ。今日一日水が飲めないのは辛いだろ?」


 イヴァンは荷馬車の手前の方から水筒がわりの革袋を幾つか取り出す。

 確かに丸一日水が飲めないのは辛い。けど、荷馬車とはいえわざわざ重い水を運ぶ必要はないし、水汲みして全部の革袋を満たすのも時間がかかる。


 私はイヴァンに近寄ると、小声で伝えた。


「それぐらいの水なら魔術でどうにかできますよ」


 当然平民には過ぎた魔術だ。けれどイヴァンは、奇妙なものを見るように私と革袋とで視線を往復させつつも「本当に?」と小声で返す。


「昨日、洗濯に使った水も自分で出したくらいです。任せてください」

「そうか……うん、そうだな。じゃあ任せる。俺は村長に挨拶してくるから、俺の代わりに荷馬車の支度をしておいてくれ」

「はい!」


 仕事を割り振られると、ぐわっとやる気が湧く。やっぱり、ただ着いて行くだけというのは性格に合わないのだ。私はイヴァンと場所を入れ替わり、馬と荷馬車を繋ぎ始めた。


「何でそんな嬉しそうにしてんだ?」

「ん? 気にしないで」


 軽く手を振ると、イヴァンは少しの間目を眇めてこちらを見てから「すぐ戻るから」と村長の家に向かった。

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