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眠り姫は旅に出る  作者: へそ
眠り姫ニコラ
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6.無詠唱

 こ、これが異世界転生チートってやつか。


 無詠唱を成功させてしまった私の感想だ。異世界転生ものに付き物のそれを、転生して数ヶ月にして手に入れることとなった。

 けれど、それにはしゃげるほど呑気ではいられなかった。私は小心者なのだ。周囲の評価とは違って。


 この世界の魔術は主に呪文によって行使される。他にも触媒はあるけど、それは追々。

 呪文は様々な指示を含む魔術というプログラムを呼び出すためのキーワードで、魔力は呪文によって規定された魔術に変換される。


 では、呪文を経由せずに魔術を発動すればどうなるか?


 一言で言おう。危険だ。


 火を発生させる魔術で説明しよう。平民でも使える初歩魔術だ。これは魔力の少ない平民が使うからこそ小さな火になるが、もし大量の魔力を注ぎ込めば、大きな火になるのではないか?

 しかしそうはならない。その魔術を発動するための魔力の量に上限があるからだ。上限以上の魔力を注ぎ込むと魔術は発動しない、だから大きな火は発生しない。


 このあたりは私の魔力の量を注意する際にじいさまが教えてくれたことだ。


 つまり呪文は、魔術を呼び出すと同時に魔力を規定する安全装置の役割も持つ。

 無詠唱は、その安全装置無しに魔術を使う方法だ。やろうと思えばジツナーメを飲み込むような炎さえ魔術で発生させられるだろう。


 とんでもないものを習得してしまったものだ。さすがに動揺する。私、世界征服も夢じゃない、わはは。


 笑えねー。


「ねえ、レナート」

「なに? ニコラ、寒い」

「ああ、うん」


 言われるがままに小さな火の玉をいくつか作り部屋に浮かべる。レナートは「あったかーい」と顔を緩めて布団に潜り込んだ。


 いや、そうじゃなくて。


「レナート。私の魔術のこと、誰にも内緒だからね」

「分かってるよ……おやすみ、ニコラ」

「おやすみ……」


 隣のベッドのレナートを見つめる。三つ下の可愛い弟だ。私の――園子の弟も、三つ下だった。私がここにきた時は受験生だったけど、どうなったのかな。まだ終わってないのかな。


 私は、志水園子は、元の世界でどうなっているのだろうか。死んだ記憶はない。直前の記憶を思い出すことができないから希望的観測だけど。

 異世界転生とか転移もののセオリーで考えると、元の世界線における志水園子は存在しなかったことになっているのかもしれない。

 ついでに、園子とニコラの人格ははっきりと別個であると認識できているから、事故をきっかけに前世を思い出した、とかいうわけでもない。


 無詠唱ができるようになって、元の世界に戻ることを考えた。ニコラとして目覚めてから初めて帰りたいと願った。


 だけど、不可能だった。


 無詠唱は、詠唱する魔術とは違って想像しなければ魔術を使えない。私の頭の中で世界を移動することが想像できない以上、無詠唱であっても魔力が充分であっても帰ることはできないのだ。


 元に戻る方法を考える過程で転移魔術に成功したのは不幸中の幸いだったのかな。そう思っておこう。

 鋼メンタルと弟に言わしめる私であっても、さすがに、厳しい現実だった。


 でも、しんどいからと言って立ち止まることはできないのも現実なのだ。私にはニコラを起こすという目的がある。志水園子がどうしようもないなら、せめて希望のあるニコラを助けたい。それが出来るのは私だけだ。


 正直なところ、そうやって使命感を燃やさなければ、やってられない。


 部屋の中が暖まった頃合で火を消す。空気を循環させていたので部屋全体の温度が整えられている。魔術って便利だね。


 私は胸の奥で眠り続けるニコラの光を確かめて、意識を沈めた。






 白で塗り潰された日々を繰り返し、徐々に日が長くなってきた頃に雪解けが始まった。晴れの日が続き、村人も外に出て春を迎える準備を始める。この時期も事故が起きやすいので子どもはまだ森には入れないし、ファガーシへ下山するのも慣れた男にしか許されない。


 そんな中、私はじいさまに冬の間の成果を見せていた。言いつけられていた魔術の修練により、魔術を発生させるスピードや威力、操作の正確性が高まっている。


「ふむ、真面目にやっていたようじゃの。これなら外に出ても大丈夫じゃろ」


 想像がどうとか無詠唱とかその辺の話はせず、レナートが魔術を見て喜んでいたとか家の役に立ったとかそういう話題で報告する。いかにもニコラが話しそうなことだ。


「女子供が下山できるようになったらすぐに行くからの。村を出る準備をしておきなさい」

「何か特別必要なものは?」

「あればその時に用意すると良い。着替えがあればどうにかなる」


 そんなはずはない。じいさまは魔術師だから必要ないだけだ。


 私がよっぽど胡乱な目を向けていたのかじいさまに目を逸らされた。


 まあ、いい。どうにかならなかった時に調達すれば良いというのには同意する。


「分かった」


 それから数日後、下山ルートの雪解けが確認された翌日、私は村を出た。

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