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眠り姫は旅に出る  作者: へそ
眠り姫ニコラ
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5.冬籠り

 とうとう雪が降り始めた。数日後にはすっかり積もって冬籠りが始まるだろう。家の豚の処理は終えたし、薪も十分にある。今年も無事冬を越せる見込みだ。


「じゃあ、じいさまの様子みてくるね」

「いってらっしゃい」


 『眠り姫』のお噺を聞いて以来、私は少しでも時間があればじいさまの家に通った。じいさまは意図してあのお噺を私に聞かせていたし、実際それは大きなヒントだった。

 ニコラも眠り姫だ。きっと私がいなければ、おとぎ話の通りだったのだろう。だけど、私だけはニコラが眠っていることを知っている。


 じいさまも眠り姫を起こす方法は分からないそうだ。ただ、このお伽話は伝承が元になっているので『眠り姫』の魔術は存在しているはずだろう、と。

 正直、まともに魔術を教えてくれなかったことでじいさまに対する信頼度はみそっかすだけど、少なくともそれは嘘でも誤魔化しでもなさそうだった。


「じいさま。私よ、開けて」

「いらっしゃい」


 そして『眠り姫』の解決方法が分からない代わりに、じいさまはある方法を示した。冬までにどうするか考えるように言ったけど、私の答えは決まっていたし、じいさまも平民向けよりちょっと高度な魔術を教えてくれるようになっていた。


「前に教えた呪文は覚えているかい」

「ええ」


 私は自分の肩に手をかざす。そこには薄っすらと雪が積もっていた。呪文を唱えるとじわっと温かくなって服がすっかり乾く。


「覚えが良いのぉ」


 感心するじいさまに笑ってみせる。ドヤ顔ってやつだ。


 これは雪を溶かしたり水を乾かす魔術だ。効果は単純だけど、危険な使い方ができないように制御された魔術なので、平民は使えないらしい。


 魔術の構成の話は専門的でちんぷんかんぷんだったけど、一つのプログラムみたいだと思った。

 魔術はプログラム。様々な指示が組み込まれている。そのファイルを圧縮したキーワードが呪文。

 目に見える魔術の現象はプログラムの結果だけだから、呪文からプログラムの構成を探ることはほぼ不可能。ただ、新しく魔術を開発することは可能だし、国にそのための研究所がある。


「じいさま、私ちゃんと考えたよ。家族にも話した」


 じいさまが私に示した方法は、国の研究所に入ること。

 私たちの暮らすメンフガネという王国は世界で一番の魔術大国だから、王都にあるメンフガネ王立魔術研究所は即ち魔術の知識が全て詰まっていると言っても良い。きっと『眠り姫』の魔術から目覚めさせる方法を見つけられるはずだ。


「許しを得られたのか?」

「うん。一応ね」


 魔術で家事の手伝いをして「この力をみんなのために使いたいから勉強したいの」って感じで。騙すようだけど、ニコラも家族にまた会いたいだろう、と言い訳をした。父とレナートはしばらく拗ねて母に叱られていた。


 初めてニコラが村の外に興味を示した上に、王都に行きたいなんて言い出したものだから、家族の混乱具合は凄まじかった。レナートくん六歳の号泣。ニコラが愛されてるのをひしひしと感じて、胸の奥がギュっと引き絞られた。


「じいさま、研究所に行くにはどうしたら良いの?」

「そうじゃな……まず研究所に入るだけならそこで働かずとも可能じゃ。研究所に所属する魔術師の下で働けば良い」

「研究所に所属してるのは魔術師なの?」

「王国に仕える魔術師、宮廷魔術師が研究所に所属しておる。宮廷魔術師になれば好き放題研究できるからな」


 じいさまは鼻の上に皺を寄せながら教えてくれた。


「宮廷魔術師の研究を手伝う者ならば研究所の資料室を出入りすることができる。研究員か文官か、まあ使いっ走りじゃな」

「使いっ走り」


 じいさまは宮廷魔術師に対して悪印象でもあるのかな。現代日本出身の私はいかにもな響きにオッとなっていたんだけど。


「まあ、どちらにせよ王都に行かねばならん。それまでに研究員になるか文官になるか決めればよかろ」

「はあ」

「次の春にファガーシに降りて、商人を頼りタユビンという街へ行ったら、別の商人のじいさんが王都まで連れて行ってくれる手筈にしておく」

「わかった」


 うんうんと頷いているとじいさまが呆れたように言う。


「……本当に分かっておるのか?」

「次の春に村を出て王都まで行くんでしょう?」

「そう、そうなんじゃが……まあいい」


 じいさまは気を取り直すように一つ息を吐いた。


「冬の間は魔術の修練じゃ。いくつか教えるが、使いどころは弁えろよ。お主には理解できよう」


 新しく複雑な魔術の呪文を覚えて家に帰った。次の日もそのまた次の日も雪は止まず、ジツナーメ村の冬籠りが始まった。






 ジツナーメは、人間よりも家畜の方が頭数が多い。中でも羊や山羊が多くて、暖かいうちに刈り取られた羊毛は冬の間に糸にされる。その毛糸は自分達で使う分はもちろん確保できるけど、ほとんどがファガーシへ卸される。

 うちの家は村で食べる豚の担当で、これもまた村で消費する分が余ればファガーシに卸す。解体した豚肉や保存用に加工したものを箱詰めにして、少しずつ売りに行くのだ。

 ちなみに豚や鶏などの解体は村の子どもも手伝うので、園子の気持ちとしてはトイレとお友達なのにニコラの肉体はぴんぴんしていた。


「あら。ニコラの勘はまだ戻ってないのね」


 手先の器用なニコラの記憶とニコラの母であるジリヤの見様見真似で紡糸をして、編み物をして、余った時間で魔術を練習するのが冬籠り中の私の生活だった。




 魔術の修練をしながら気づいたことがいくつかある。


 一つ目は、魔術に対する魔力の消費量は一定じゃないこと。

 詳細に現象を思い描くほど魔力の消費量が減る。蝋燭に火を灯す時、何も考えず火を作るより、蝋燭の芯の先を灯せる最低限の火種、と考えながら唱えた方が魔力の消費量が少ない。魔術に対して効率的に魔力を消費できるというわけだ。

 これを繰り返し頭に染み込ませると魔術の練度があがるので、頻繁に使う魔術ほど魔力の消費量を抑えられる。効率化だか最適化だか、まあそんな感じだ。


 二つ目は、魔力を想像力に置き換えることができるということ。

 想像力を魔力のようなエネルギーとして考えると、想像することで減少した魔力の消費量は、想像力で補われている、と私は考えた。

 想像力は魔力のように計測することができないから仮定に過ぎないけど、これに基づけば私がニコラの存在を確信できたことも説明できる。


 あの時私は胸の奥を探ることを強く想像していた。感覚的なものだけど、それをする時に僅かながら魔力を消費するのだ。ほんのちょびっと。魔力によって身体の中に眠るニコラの魂を探知できるのだと思う。

 ついでのようにこのことからある可能性に気づいたわけだけど。


 証明する方法は無いので誰かに告げるつもりはない。だけどこうして魔術について調べていけば、ニコラを起こす方法も思いつくだろう。



 さて、そんな風にイマジネーションイズパワーと独自理論で魔術について考えていた私が行き着いた可能性。


 無詠唱ってできないのかな?


 呪文は圧縮された魔術プログラムを解凍、もしくは呼び出すキーワードのようなものだ。魔力を呪文によって魔術に変換する、と言っても良い。

 しかしそれは、呪文が無ければ魔術を行使できない、という結論を導き出すわけじゃない。


 実際、私はニコラの魂を探る時に呪文を必要としない。ここに来てからその陽だまりのようなささやかな気配を何度か確かめていたけれど、胸に手を当てて集中していただけだ。この確認作業が魔力によるものだとしたら、魔力を動かすこと自体に呪文は不要ということになる。


 案ずるより産むが易し。考えるより感じろ。理屈をこね回して結論が出ないなら実践あるのみだ。


 結果だけ述べておこう。


 私は無詠唱魔術に成功した。

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