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眠り姫は旅に出る  作者: へそ
眠り姫ニコラ
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3.ニコラの魔力

 村の子どもは立派な働き手として数えられる。村は貧しくはないが、毎日ちゃんと働かないと食べていけないからだ。


 ニコラ達の住む村はジツナーメ村といって、山岳地帯の森の奥にある。羊や山羊を中心とした牧畜が主流で、自分たちや家畜の食べる植物を育てる畑も持っている。森では狩りも採取もするけど、狩りの目的は害獣駆除だ。


 麓にはファガーシという町があって、そこで家畜の毛や乳、肉を売り、生活に必要な道具や調味料などを購入している。ファガーシまでは男の足で丸一日かかるけど、ジツナーメにとっては一番近い他所のコミュニティだ。

 この辺りはメンフガネという国の北の国境側にあって、ジツナーメのある山を北に登っていくと夏でも白いままの山脈が見えるらしい。その山脈が国境の代わりだそうだ。ジツナーメも冬は雪に閉ざされるため、秋は誰もが冬支度に追われる。

 ただ、ファガーシには冬でも晴れの日を狙って行商がくるらしいので、本当の本当にまずい時には山を降りればどうにかなるんだとか。


 そんなことをニコラの記憶から掘り起こしているうちに午前の仕事が終わった。


 夏の終わりのこの時期の子どもは、だいたい家畜の面倒を見るか畑の手伝いだ。早朝に家畜小屋の掃除や餌やりをして、日が暮れる前には放牧されていた家畜を小屋に戻す。畑に顔を出して雑草を抜く。ニコラの場合は養豚なので、掃除と餌やりが終わったら後は畑だ。

 家族みんなで昼食を食べたら、森に入る。子どもにとってはほとんど遊びみたいなもんだけど、ちゃんと仕事だ。木の実や茸の採集と薪拾い。とはいえ秋に収穫する方がよっぽど良いものになるから、今時期は野生動物のマーキングをチェックしたり早めの冬支度としててきとうな枝を拾ったりする。


 ニコラは森で怪我をしたばかりだから午後の仕事は免除だ。昨日レナートに宣言した通り、私はじいさまの家に向かった。


「じいさま、いる? ニコラです」

「どうした? どこか痛むのかい」


 じいさまはすぐに扉を開けてくれた。私は首を振って「聞きたいことがあるの」と切り出し、中へ入れてもらった。


 じいさまは普段、医者の仕事か子どもの相手をしている。雨で森に行けない日はみんなじいさまの家に来て、お噺をねだるのだ。狭い村の数少ない娯楽で、時々大人も混じるくらい、じいさまのお噺は魅力的だ。

 だから私もじいさまもいつも通りに、床に敷かれた分厚い敷物の上に座った。このあたりじゃ床に座るのは珍しくないけど、じいさまのような敷物のある家は少ない。板張りの床に直接座ることで尻が痛くなっても死なないから、大きな敷物を作るよりも売ることを優先してる。


「あのね、私怪我をしたでしょ? 何か魔術が使えたら、みんなに心配をかけることも無かったかもしれない。だからじいさまに、もっと魔術を教えてもらおうと思ったの」


 九歳の美少女のお願いだ。できるだけあざとい表情でじいさまに語りかける。深い皺が刻まれている優しい顔を覗き込むと、じいさまは眉尻を下げて私を諭した。


「ニコラの気持ちは分かった。じゃがな、魔術を使うには魔力が必要だ。ニコラが生まれた時に測った魔力は、ほとんど魔術が使えないほど少なかった。小さな魔道具を動かせば疲れてしまうだろう。それぐらい、少なかったんじゃ」


 知っている。この国では出生届を出す時に魔力も計測されるから、誰しも自分の魔力を把握している。ただ、誰しも魔力があると言っても平民の魔力は少ない。蝋燭一本灯せばひいひい言うくらいだ。

 ニコラも例に漏れず、蝋燭に火を灯すたびひいひい言っていた。ただしそれはニコラの記憶の中だけだ。

 たとえしんどいとしても魔法が使えるなら、とウキウキした私は、魔術を使ったのだ。覚えている通りに呪文を唱え、蝋燭を灯した。何十回も。


「じいさま。魔力って、生まれてから死ぬまでずっと変わらないのが、普通?」

「……そうじゃな。魔術師は多少魔力が増えることもあるが、普通はずっと変わらない」


 今まではたった一度の魔術で魔力が尽きていた。昨夜は何度魔術を使っても減った気がしなかった。使い切るのを諦めたくらいだ。


「じいさま……」


 私はじいさまを見つめる。ニコラの魔力が増えたのは十中八九私のせいだ。けどタイミングとしては事故を原因にすることができる。

 じいさまは少し難しい顔になってから「ちょっと待ちなさい」と立ち上がった。


「この中に水を貯めてごらん。呪文は覚えているね?」


 持ってきたのは木桶だ。日本の洗面器と同じくらいの大きさで、それを満たす量の水を出すのは平民には難しい。


「ロヤ」


 ただ水を出す魔術自体は難しくない。手を桶にかざしながら短い呪文を呟くと、みるみるうちに水が湧き、桶が満たされた。

 髭を撫で思案している様子のじいさまに私は嘆願した。


「じいさまお願い。私に魔術を教えて」


 きっとニコラを起こすために必要になるから。


 じいさまはどこか重たい空気を纏いながらも、しっかりと頷いてくれた。

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