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眠り姫は旅に出る  作者: へそ
眠り姫ニコラ
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2.決意

 呆然としながらおじいさんの持ってきてくれた食事を口に運ぶ。温かいスープだ。小さく切られた野菜が浮かんでいてトマトっぽい味がする。


「ニコラ、お前は家の屋根ぐらいの高さから滑り落ちた。しばらく安静にしなさい。じきにアントニオかジリヤが様子を見に来るだろうが、帰るのは明日の朝だ。万が一があってはいけないからね」


 おじいさんの気遣わしげな声にはっとする。アントニオとジリヤが誰か頭の中を探るとすぐに思い出せた。ニコラの両親のことだ。

 私が頷くとおじいさんは何かあったら呼ぶように言いつけて部屋を出て行った。


「……なんなんだろ」


 ひとり言がやけに響く。


 おじいさんが食事を持って来るまでの短い時間で、私は大まかに現状を把握できた。多分。それは私、志水園子の記憶と、この体の持ち主であるニコラの記憶とが揃っていたおかげだ。


 私は志水園子だった。てきとうにモラトリアムを満喫していたごく普通の日本の大学三年生。幸運だったのは弟がオタクで、一緒にアニメを見たり面白い小説を教えてもらっていたこと。そこから異世界転生という答えを弾き出すことができた。

 次に、この肉体の持ち主であるニコラという少女。9歳で家族は両親と弟。森の中にある村で養豚とちょっとした農耕をしながら暮らしている。村一番の美人のお母さんとそっくり、と評判なので恐らく美少女。母譲りのココア色の長いおさげ髪と父譲りの深い青色の瞳という色彩だ。

 ニコラの記憶によると、看病をしてくれたおじいさんはこの辺りでは有名な物知りで、みんなから「じいさま」と呼ばれている。辺境では珍しい高度な医療魔術を使えるんだとか。


 さて。要するに私は、ニコラとして転生したか、ニコラに憑依したわけだ。そしてここは魔術なんてものが存在する異世界ってこと。把握したところでわけがわからない。わからないけど実際に起きているから、もう、どうしようもない。


 私は匙を投げた。


 こうなった原因を突き止めるより未来のことを考えよう。大方死にかけたところに私の魂が飛び込んだとかそんなところだろう。そんな小説読んだことあるからそういうことにしておこう。


 そうだとして、ニコラはどこにいったんだろう。


 ニコラの魂は消えてしまったのだろうか。それともまだこの身体に宿っているのだろうか。

 徐に胸に手を当ててみた。魂って心臓の近くにありそうだから。目を閉じて、胸の奥の気配を探る。乳房の柔らかさはないけれど子供らしい柔らかさの肉、少し体温が高い、その奥で心臓が動いている、呼吸に合わせて肺が膨らんだりしぼんだりしている、もっと奥。


 数秒か数分か、長いようで短いような時間の後で、じわっと漏れる陽だまりのような温かさを感じた。



 私はニコラの魂が生きていることを確信した。






 ジリヤと6歳の弟レナートが見舞いに来た時にちょっとだけ胸がざわついたぐらいで、その後何事もなく翌朝には帰宅した。

 記憶の中のニコラの家族は仲が良かったから、私の奥に残るニコラの心が反応したのかもしれない。二人ともニコラを見てひどく安堵していたし、帰宅時に迎えに来たアントニオも同じような反応だった。


「ニコラ、今日は家にいるんでしょ? おれも家にいていい?」

「いいわよ、今日は特別ね」


 レナートは母に似た灰色の瞳をきらめかせて笑顔を見せる。ニコラのいるじいさまの所より幾分か粗末なベッドに乗り上がると「おれがニコラのお世話してあげる!」と子供らしくニコラの腕にしがみついた。


「ありがと、レナート」


 記憶の中のニコラの振る舞いを参考に話す。笑う。レナートの頭を撫でる。肉体がニコラのものだからか思ったより自然に演じることができているみたいだ。レナートはにこにこしたまま頭をすり寄せてくる。


 ニコラとして生きるには問題が無さそうでほっとしたけど、このまま生きて良いのだろうか。


 今は私がニコラとして生きているものの、ニコラの魂はまだ死んでいない。それなら、この肉体はニコラに返すのが道理だと思う。その後私がどうなるかは兎も角として、ニコラの人生はニコラのものなのだから。


 よし、決めた。とりあえずニコラの魂を元に戻す方法を探そう。


 きっとじいさまなら何か知っているはずだ。うまいこと説明して、誰にも気づかれないうちにそっと入れ替わろう。

 じいさまには打ち明けても良いかもしれないけど、子供の冗談だと思われかねない。それなら隠したままそれとなく探る方が穏便な気がする。


「ねえ、レナート」

「なに? ニコラ」

「明日の午後、念のためじいさまの所に行ってくるね。何かあったらこわいから確認してもらう」


 レナートが弾かれたように顔を上げる。


「ニコラどっか痛いの!?」

「なんともないよ。けど、本当に治ったか確かめたくて」


 罪悪感をひしひし感じつつ、ごめんねの気持ちを込めてレナートの頭を撫でた。

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