1.目覚め
よろしくお願いします。
ふっ、と意識が浮上する。夢から覚めたような感覚。ゆっくりと覚醒していくにつれ、ああ今日は目覚めが悪い、と思う。思った次の瞬間、体のあちこちが痛み始めた。体験したことのないその激しさと驚きで悲鳴をあげたところで、「わたし」の意識は再びくらやみに紛れた。
次に目覚めた時は部屋の中だった。ベッドに寝かされているようだが、少しカビ臭い。相変わらず体の節々に痛みを感じるものの、意識を失う前とくらべればどうってことなかった。
「起きたか、ニコラ」
たっぷりとした白い髭を持つおじいさんに顔を覗き込まれる。人違いです、と答えようにも喉が張り付いたように声がうまく出せない。それに気づいたおじいさんが「少し体を起こすぞ。喉が渇いただろう」と私を抱き起こしてくれた。親切な様子に、人違いであっても気が緩む。
「ほら、水だ。少しずつお飲み」
唇にあてられたコップから冷たい水が流れ込んでくる。コップを支える皺の寄った手の上に自分のそれを重ねながらあっという間に飲み干すと、おじいさんは「思ったより元気そうじゃ」と嬉しそうに言った。
二杯目を断りながら自力で起き上がり、部屋の様子を観察する。温かみのあるログハウスの一室、といった雰囲気だ。ベッドは固いけれどシーツは清潔だし、日光が差し込んで部屋の中は明るい。
きょろきょろ見回すうちにさらりと髪が落ちてきて、反射的に耳にかけようとしたところでハッとした。
「……え?」
手に触れた髪の毛をつかまえて見つめる。私の髪はこんなに長くないし、染めてもいない。
「ああ、編んでいたのは解いたよ。寝苦しかろう?」
おじいさんの声が右から左へ通り抜けていく。私の髪型はショートカットだし色は黒だ。間違ってもこんなココアみたいな茶色ではないし、掴んで目の前に持ってきても頭皮が引っ張られないような長さでもない。信じられなくて頭の天辺から梳くように指を通すと、今まで寝ていたのに毛先まですんなり通った上にしっかり生えていることも確認できた。
「なんだいそんな顔して。身つくろいしたいなら鏡を持ってこようか」
「お願いします!」
一も二もなくお願いした私に、おじいさんは笑いながら手鏡を手渡してくれた。やけに凸凹して鏡というかただの銀の板みたいだけど、自分の姿を大まかに確認するには十分だった。
誰、これ。
おじいさんが「いつまで自分に見惚れてるんだ?」という笑い声と共に食事を運んできてくれるまで、私は必死に己に起きた現象を考えていた。