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第1話
「…あの日から、真っ暗な部屋にいるの。窓も出口もない部屋に閉じ込められたまま、何処にもいけない。私、もっと違う世界をみてみたい。自分や他人を信じてみたい」
*
早坂さんのことが好きだったのかどうか、今となっては良く分からない。もやもやと巣作っている感情は恋とか愛とかの類のものではなくて、もちろん友情でもないような気がするから。
周囲から送られる視線が怖くなったとき、笑い声が耳の近くに聞こえてうるさいとき、私はいつもハッカドロップの味を思い出す。鼻を抜けるツンとした香りとあとからやってくる甘さを思う。緊張に冷たくなりつつある指をこすり合わせながら、丸まりかけた背中をピンと張り詰めさせながら。
制服のポケットのなかでサクマドロップの缶をからころ鳴らして歩く、彼女の苦手なハッカ味の飴。押し付けられるようにして手の平に載せられた白い砂糖の素っ気ないかたまりは、一瞬にして私たちの初めての出会いに引き戻してくれる。
早坂さんが学校からいなくなってしばらく経つけれど、私は彼女のことを忘れたことなんて一度だってなかった。