おれには見える
夕暮れの街角、橙色が満ち、引き、去ろうとする刻、おれは帰宅する公務員の流れに逆らいながらずるずる道を歩いていた。
周囲の店は明かりを灯し始め、夜に備えている。明かりを点けないと見えないから。でも、おれには関係ない。
そこら中が光ったり、暗かったりしている。色も出鱈目なような、けれども秩序だった数式のような、混在がある。形があるようにも、ないようにも見える。おれには見えているんだ。
今、左の方で大きな鋼の風が見えたような気がする。きっと新幹線でも通ったのだろう。
人は、おれのことを盲という。他人から見るとおれは目が見えない障害者らしい。でも、おれからすれば、おれのことを盲だという奴らの方こそ盲ではないかと思う。なぜなら俺が見えているものがあいつらには見えていないからだ。見えていない人間のことを盲だというのならば、あいつらは盲である。なぜなら、おれには見えているからだ。
ふと、前から、黒や灰が混じった、どぅくどぅくしたものがやってくる。時々光が走っている。○○社の若手のサラリーマンである。よく見ると、赤い線がいくつかの伸びていて、周りに白いものがくるくる取り囲んで回っている。どうやらあのサラリーマンはこのままではもうすぐ死んでしまうようである。しかし、おれにはどうすることもできない。可哀そうだが、そう悪いことでもない。死んだら今より扱いが悪くなることはなさそうだ。
そういうおれも、これから死んでしまうから、まあ別にどうってことはない。人間は死ぬのだ。あのサラリーマンだって、おれだって、セイウチだって、ミドリムシだって、死ぬときは死ぬんだから仕方ない。それをやたらに遠ざけようとする方が無理な話で、そういう奴はやはり盲だ。だって、おれには見えている。
ああ、そろそろだ。
そら、行くぞ。




