Part.4
中間試験が近づく五月。千山葉月は友人である雪城楓からある相談を受ける。
それは、楓の実家の雪城神社で発生している不可解な現象の謎を解明してほしい、というものだった。
葉月は幼馴染の和樹を巻き込んで、怪奇現象の謎に挑むのだが……。
村崎君の後ろにさりげなく楓が近づく。
彼は楓に気が付いていないようだ。
「あなた、村崎君だったわよね」
「えっ?」
村崎君はきょどった。
彼の目の前にいるのは背中の肩甲骨辺りまで長い黒髪を伸ばした年上の女子高生。
「こんなところで会うなんて、偶然じゃない。ここ、うちの神社なんだけど覚えてるかしら」
「え、ええ……。雪城先輩の家族がやってるところで……」
楓は頷いた。
「あなたと会うのも二年ぶりね。よくうちに来てるって噂になってるけど、何か心配事でもあるの?」
「い、いや別に……」
そんなはずがない。
村崎君の悩み事は周りの人から聞いていた。
「無いようには思えないんだけど。あなた、わたしに言ってたじゃない。もう学校に行きたくないって」
村崎君は何も言わなかった。
言葉を詰まらせているのだ。
「何があったか、話してみて?この神社に毎日お参りに来てるんでしょ?」
村崎君は俯けていた顔を上げた。
「ぼく、強くなりたいんです。先輩みたいに」
「わたしみたいに?」
村崎君は頷いた。
村崎君には楓が強い先輩に見えているのかもしれない。
わたしから見ても楓は昔よりも自分に自信を持ち、強くなっている。
だが、彼女は相当な努力をしているからだ。
「強くなりたいから毎日来てるんです……」
「わたしは全然強くないの。でも、あなたの心の奥に秘めていることはわかる気がするな」
「ぼ、ボクは何も隠してないです……」
理由は強くなりたいだけではないはず。
楓の言うように、彼が奥に秘めているものがきっとあるはずだ。
わたしは和樹にそっと耳打ちした。
「そろそろ行くわよ」
「あいつの前に行くんだな」
わたしは「グッド」のサインをした。
物陰から出て、わたしたちは楓のもとに向かった。
「楓、ごめーん!遅れちゃった」
「葉月……。今日掃除手伝ってくれるんじゃなかったの?」
「いやー、こいつが電車に乗り遅れて……」
そう言って和樹の肩を押す。
「すまねすまね」
和樹は作り笑いで後頭部を掻いていた。
目の前で繰り広げられる寸劇に村崎君は戸惑っていた。
「あ、あの……。お姉さんたちは……」
「ああ、わたしたち楓先輩の友達でーす。今日は神社の掃除を手伝いに来たのよ。ねっ」
楓は笑顔で頷いた。
「最近本殿が荒らされてるみたいだから、掃除を手伝いに来てもらったの」
「ねえ、楓。早速始めようよ」
「そうね」
本殿に向かおうと一歩踏み出した、その時。
「待ってください!」
村崎君の叫び声に、私たち三人の足が止まった。
「どうしたの?」
「掃除は……、やめてください……!」
その一言を待っていた。
「どうして?」
「そ、それはその……。危ないからです。いろんなものがあって暗いから。神像とか……」
わたしは村崎君に目線を合わせた。
「そうね。懐中電灯が必要ね。持ってきてるけど、でもどうして神様の像があるって分かるの?」
優しく問いかけるが、村崎君は口をつぐんだ。
「それは……」
「そうね。あなたは答えられないかもしれないわね」
そしてわたしは楓に向き直った。
「ねえ、楓。村崎君って強くなりたいからここに来てたんだよね」
「うん」
楓は一つ頷いた。
そして楓は村崎君に顔を合わせる。
「でも、あなたがいじめられてたことで学校の先生もあなたのお母さんも心配してたの。いじめに打ち勝ちたいからというのもあるんでしょ?」
「はい。ですけどそれと”僕が答えられない”というのと、何が関係あるんですか?」
村崎君は少し声を荒げていた。
わたしは楓に変わって答えた。
「あなたの下駄箱の上履きのサイズと社殿の中でつけられた靴跡のサイズが一致してたのよ」
村崎君の目が丸くなる。
学校の先生が村崎君の家を訪問した時に分かったこと。
村崎君は夜、一人で出歩いている。
わたしは中央に立つ大きな社殿に顔を向けた。
「あの社殿。あの中に真夜中につけられたものを動かした痕跡があった」
そして社殿内に残されていた靴跡サイズと、中学校の下駄箱にある上履きのサイズが一致した。
もう一度村崎君に目を合わせる。
「わたしの推理だけど、あなたは多分夜にこの神社に来て、社殿に隠れていた。社殿には普段鍵がかけられているから、誰かが開けたすきを見計らって入った。そして、中にあるものを動かした……」
「こ、根拠は?ぼくが雪城先輩の神社に侵入したっていう根拠はどこですか!?」
「根拠ね。あなたがさっき言った”神様の像”もそうなんだけど、もっとはっきりした証拠は……」
わたしは村崎君の足元を指差した。
「あなたのその靴」
村崎君の目が変わった。
驚いたのか、瞳が大きく見開いている。
わたしはスマートフォンの写真を彼に見せた。
今朝撮った靴跡の写真だ。
「その靴の型、見せてくれない?あなたは昨日も今日も同じ靴を履いていた。靴跡が一致すると思うの」
そういうと、村崎君の肩が落ちた。
「わかりました」
村崎君は靴を脱ぐと、靴の裏を見せてくれた。
やはり靴跡の型と一致していた。
「はい……。ぼくがやってました」
この言葉になによりも驚いたのは楓だった。
楓は村崎君の近くでしゃがみこんだ。
「どうしてあなたが……」
「先輩を守りたかったんです……」
村崎君は力なくそう答えた。
「守りたかったって……」
「見てしまったんですよ。この神社に神様の像が担ぎ込まれるところを……」
村崎君の一言にわたしたち三人は驚いた。
さらにわたしは昨日楓から聞いた話を思い出した。
最近県内で起こっている文化財盗難事件のことだ。
村崎君は話を続けた。
学校でいじめられ、家でもいざこざが絶えなかった村崎君は居場所がなくなってしまった。
そのため、彼の頭の中には常に消えてしまいたい、という思いがあった。
一週間ほど前、衝動的に家を飛び出し街中を彷徨っていた。
自分で首を吊る場所を探していたという。
「そんなとき、偶然この神社を通りかかったんです」
「そこで神様の像が運び込まれるのを見たのね」
わたしの質問に村崎君は一つ頷いた。
あれは今世間を騒がせている文化財泥棒に違いない。
そしてこの神社は雪城神社。
雪城神社といえば親切にしてくれた先輩がいるところ……。
もし盗まれた神様の像がこの神社から発見されたら、神社の関係者、つまり楓やその家族が疑われ、大変な目に遭ってしまう。
そう考えた村崎君は自殺するくらいなら、今自分にできることをしようと思った。
それが楓や神社を守ることだと彼は考えた。
社殿の物を動かしていたのは、神様の像が入っている段ボールが見つからないようにするため。そして犯人を告発するためだった。
「それであなたはこんなことを……」
楓は言葉を失っていた。
「でも村崎君。あなたの気持ちはわかるけど、なぜ警察に連絡しなかったの?あなたの証言があれば楓や楓の家族に疑いはかからないと思うわ」
村崎君は何も言わなかった。
しばらく沈黙が続いたが、彼は細々とこう言った。
「あの時のぼくはかっこつけたかったんですよ。雪城先輩を守ることだけが自分の使命になってしまったみたいで」
だが、その発言にわたしの幼馴染が動いた。
「バカ野郎!かえって雪城は迷惑を被ったんだぞ!あいつが葉月に悩みを言ったのは夜も眠れないからだ。その原因を作ったのはほかならぬお前じゃないか!」
「和樹、抑えて!」
わたしは和樹を制した。
和樹は情に厚く、優しいが時に熱くなるのだ。
しかし、和樹が怒っているわけは本当のことだった。
わたしは和樹に代わって話を続けた。
「だからね、他にも方法はあったはずよ。楓を守ろうという動機は悪いことじゃないんだから」
「はい……」
わたしは村崎君を立ち上がらせた。
隣では和樹が不満な顔をしている。
「雪城先輩、ご迷惑をかけてごめんなさい」
村崎君は頭を下げた。
「いいのよ。あなたの本心がわかったから……」
これで事件はひと段落、と言いたいところだが気になることが残っていた。
文化財盗難事件の犯人の事だ。
「ねえ、キミが見た犯人ってどんな人だったの?」
六十くらいの男と五十代の女だったという。
二人とも作業着を着ていたようで、初めはどこの男か女か分からなかった。
だが、そいつらは早朝神社に行く所を村崎君は目撃していた。
「確か、掃除屋の人とどこかの大工さんだった」
ふとわたしの頭にあの二人が思い浮かんだ。
それは幼馴染も同じだったらしい。
「おい葉月、それってまさか……」
「あの二人が犯人だったの?」
その答えを口に出そうとした時だった。
「お前が邪魔をしていたのか。そこの中学生よ」
わたしたちが顔を上げると神社の前にその二人が立っていた。
***
目の前にいるのはわたしたちが見た宮大工と清掃員だった。
黒金勘二郎と、白峰咲子。
「神像を探しても見つからなかったのはそこのガキか。そして今朝居た奴らも一緒か」
わたしは今朝あった黒金と言い争ったことを思い出した。
あの時の黒金はあからさまに怪しかった。
いきなり改築開始が決まったのに、楓の家族にはお詫びひとつなかった。
まるで何かを隠しているかのように。
そして、こいつなら動機もある。
喫茶店で楓が話してくれた。
黒金は一歩ずつこっちに来ている。
右手にはナイフが握られ、それを裏付けるかのように明らかに殺意剥き出しの表情だった。
村崎君は怯えて、足がすくんで動けなかった。
わたしは村崎君の前に出た。
「おい葉月!」
和樹の言葉はわたしの耳をすり抜けた。
「やっぱりあんただったのね。この神社に神様の像を隠したのは」
「ああそうだ。ついでに言うなら県内の文化財騒動も俺たちだ。俺たちな金に困ってんだ。神像とか仏像は海外で大きく売れるんだぜ。せっかく明日が取引日だったのによ」
改築を急遽決定したのは今日が取引日だからだ。
夕方、この神社に取引業者が来るという。
そして幽霊のうわさを流したのはこの黒金だった。噂を流すことで関係者を神社に近づけなくさせるためだ。
そんな中、村崎君が楓を守るために社殿に入るようになった。
結果的に『幽霊』騒動に拍車をかけることになってしまったのだ。
「でも、どうして白峰さんも……」
楓はショックを隠し切れないでいた。わたしも信じられなかった。
白峰はどこかで黒金とつながっていたのか?
ふと白峰の腕を見る。
指先に指輪がはめられている。
わたしはまさかと思った。
今朝黒金と言い争ったとき、偶然白峰が現れた。
その時黒金は白峰を一瞬名前で呼びそうになった。
「私たち、稼いだお金で結婚式上げるの。文化財は結構儲かるからこれで死ぬまで遊んで暮らせるわ」
「金もらったら税金高い日本を出て東南アジア辺りで豪邸建てようか」
「まあ」
白峰は黒金の腕に手を挟んだ。
思った通りだ。
こいつらの目的は金だった。
そのせいで楓も、さらには村崎君も……。
「なんてやつなの、こいつら……」
わたしは右手を強く握った。
「ま、お前らに見つかった以上生かしちゃおけねえ。特にそこのガキはなあ!」
黒金は村崎君を睨みつけた。
村崎君は怯んでしまい、動けなかった。
後ろでは和樹がスマートフォンを動かしている。
警察に連絡しているのか。
だが、彼の右手に石が当たり思わず和樹はスマートフォンを落としてしまった。
黒金の後ろで白峰が笑っている。
「おっとお兄さん。警察呼ばれたら困るんでねえ。大人しくしてなさい」
「クソっ!」
楓は村崎君の肩に手を当ててかばっている。
そして、わたしにはナイフが突きつけられていた。
「さあ、もうお遊びは終わりだ。まずこの女からあの世に逝ってもらおう」
「この女」とは言うまでもなく、先頭で黒金の行く手をふさいでいるわたしだ。
覚悟を決めるしかないのか!?
いや、突破口はあるはず。
相手のナイフをどうにかすれば……。
今からナイフを持っている手を掴むのはだめだ。
ならば……。
「じゃあな、お嬢ちゃん」
ナイフがわたしに振り下ろされた。
和樹も、楓も、村崎君も目を閉じた。
白峰は笑っていた。
しかし黒金の腕にはナイフが握られたままだった。
そしてその腕はわたしが確保していた。
「き、貴様!」
「あんたみたいなやつにやられたくないわよ!」
わたしはすぐに黒金の腹を思いっきり蹴り飛ばした。
毎日グラウンドを走り回り、脚力には自信があるのだが自然に足に筋肉がついていた。
黒金は悶えて地面の上で転がりまわっていた。
「か、勘二郎!」
白峰が声を上げておろおろしている。
今がチャンスだ。
「みんな、今のうちに逃げるわよ!」
わたしたち四人は素早くその場を去った。
黒金と白峰が見えない場所まで逃げると、わたしたちはすぐに警察に連絡した。
十分後、警察が神社に現れた。
黒金達は警察に連行された。
必死で自己弁護を始めたが、誰も聞き入れてくれなかった。
警察はかねてから文化財盗難事件を捜査していて、居館市の北にある湯殿町のお寺に盗まれた仏像が発見された。実は、そのお寺の清掃員も白峰が担当していた。
調べていくうちに県内各地で黒金や白崎に似た男女二人が目撃されていたことが判明した。
そして、彼ら二人をマークしていたのだという。
その後、雪城神社本殿から神様の像が発見された。
わたしたちも警察で事情聴衆を受けたが、村崎君の事は伏せておいた。
彼がやったことも不法侵入で本来ならやってはいけないことだが、彼に悪気はないし結果的に文化財盗難事件の犯人が捕まったからだ。
二週間後、カフェ〈とけい〉。
わたしと和樹、そして楓はカフェにいた。
これは和樹が提案したことだった。
「いや、前は死ぬかと思ったぜ」
和樹は砂糖とミルクを大量に入れたコーヒーを飲んでいる。
「でも、よかったじゃない。犯人捕まったし、楓も最近はよく眠れてるんでしょう?」
「うん。事件は落ち着いたし、建て替えも順調に進んでるわ。葉月、花浦君ありがとうね」
「いや、それほどでも」と言わんばかりに和樹は自分の頭を掻いている。
「それで、村崎君あれからどうしてるの?」
「桃井先生から連絡があったんだけど、彼転校するって」
転校?
楓の話によればこのまま不登校を続けて、もし学業に影響が出れば高校受験も控えているのに、この先厳しいことになると村崎君と村崎君の家族、そして担任の先生と相談して決めたという。
転校先は同じ居館市内にある中学だった。
「転校までの間は保健室登校して学校に行ってるみたいよ」
「よかった、少しずつ復帰してるんだね」
和樹は飲み終わったコーヒーを横にどけた。
「でも、大丈夫なのか?あのまま転校しても……」
だが、楓は首を振った。
「彼ならきっと大丈夫よ。あの子、思ってる以上に勇気があるみたい。だって、夜に神社に入ってわたしを守ってくれたのよ」
それだけじゃない。
勇気があると言えるのは楓だからだろう。
彼女も小学校時代につらい経験をしている。
中学に行った時に勇気を振り絞って自分を変えていったのだ。
あの子も自分を変えられる。
そんな楓は信じているのだ。
「そういえば葉月。おまえも自分を変えられたのかよ」
和樹がわたしを見ている。
「え、変えられたって何が」
「おまえの頭だよ。中間試験の結果、終わってから一切オレたちに言ってないじゃんか」
「そ、それは……」
わたしの体が急に熱くなる。
和樹はやけににやにやしている。
「ぎりぎりだった……」
力なくそう答えた。
「葉月、ぎりぎりってあなたまさか赤点ギリギリだったってこと?」
楓の問いかけに私は一つ首を縦に振った。
「やっぱりな。言わないもんだから隠してると思ったぜ。オレたちの努力は何だったんだよ」
「う、うっさいわね!」
「今度の期末、点上がってなかったら夏休み漬け兄貴に頼もうかなー」
「それは止めて!!!」
いつもは静かな喫茶店は今日は騒がしくなった。
周囲の視線がわたしたちに向けられる。
楓は笑いをこらえきれないようだ。
「葉月、ご利益があってよかったじゃない」
いや、全然よくないよ!
変なお願いするんじゃなかった!
(「社殿の幽霊」おしまい)
©️ヒロ法師・いろは日誌2016