Part.3
中間試験が近づく5月。千山葉月は友人である雪城楓からある相談を受ける。
それは、楓の実家の雪城神社で発生している不可解な現象の謎を解明してほしい、というものだった。
葉月は幼馴染の和樹を巻き込んで、怪奇現象の謎に挑むのだが……。
午前十時。
わたしたち三人はカフェ〈とけいや〉を出た。
とりあえず、あの三人についてもっと情報が欲しい。
雪城神社まで戻る。
「とりあえず、夕方までまだ時間があるから神社周辺で聞き込みをしましょうよ。三人の参拝客は毎日来るから、きっと見ている人がいるはずだわ」
和樹と楓は一つ頷くと、それぞれ訊き込みに出て行った。
わたしも聞き込みに出る。
神社にはもう誰もいないが、社殿に鍵がかかっていた。
黒金も白峰さんも神社を去ったようだ。
それから二時間後。
わたしたちは神社の近くにあるレストランで昼食をとっていた。
ウェイトレスが水とメニューを置き、わたしたちはそれぞれ好みの料理をメニューを見て注文する。
ウェイトレスが去った後、早速わたしは話を切り出した。
「で、何かわかったことはあった」
和樹はガッツポーズをしていた。
「あったよ。すんげえ収穫だった」
和樹が仕入れてきてくれたのはサラリーマン、そしてOLに関する情報だ。
サラリーマンの名前は青崎祐樹。
居館信用金庫に勤める男性で、娘が一人いた。
だが、その娘が重病にかかっており、大きな病院でないと治療できないという。
参拝はその娘の病気治癒を願ってのものだった。
OLは赤羽あい。
赤羽は西居館高校の教師で、最近交際していた男性にプロポーズされたのだ。
なぜ職業と名前がわかったかというと、この二人は雪城神社の近くに住んでいたからだった。
二人が毎日参拝していることは周辺住民の間でも話題になっていた。
住民たちは二人の事を一方では同情し、もう一方では喜んでいたという。
そして、三人目の中学生。
このことは楓が聞いてきた。
その前に楓自身もその少年に面識があった。
楓はその中学生を調べていくうちに、自分との思い出を思い出していったらしい。
「あの子、わたしが卒業した中学に通ってるのよ。名前は村崎圭介君。わたしより二つ下だったわ」
村崎君は気が弱く、自分に自信がない様子だったという。
「彼と何度か話をしたことがあったの。中学でひどいいじめに遭ってね、それで学校をやめたいって」
二年前、彼が中学一年の時にいじめを受けたことがあって、楓は相談を受けていた。
わたしはなんとも言えなかった。
楓は友達が少なかった。今だから言えることだが、小学校当時の楓は今よりも地味で、どこか暗い雰囲気があった。大人しすぎて、逆に無愛想にも見えた。
そのため、小学校の時はクラスの中でいじめられ、孤立したこともあった。
楓がわたしたちと違う中学を選んだのも、いじめっ子たちと決別するためだった。
「あの子が神社に来るとしたら、自分が強くなりたいって思ってるんじゃないかしら」
「そうかもしれないわね」
「でも、あの子最近学校行ってないらしいの」
え?
楓の口から放たれたのはとんでもないことだった。
「どうやら不登校みたいで……」
わたしは考え込んだ。
ひょっとして彼の居場所はなくなっているのだろうか……。
一度確かめてみる必要がありそうだ。
「ねえ、一度楓の母校に行ってみましょうよ」
居館西中学校。
雪城神社から西へ一・五キロほど。
歩いて二十分くらいの所にある中学だ。
わたしたちは昼食後、すぐに学校へ向かった。
丁度中学では部活が終わり、家に帰る生徒がちらほら見えた。
先に学校事務室に寄る。
中では作業員のおじさんがテレビでのど自慢大会を見ていた。
「すいません、わたしこの学校の卒業生で雪城というんですけど」
「ああ、確か君は二年前の。先生か誰かに会いたいんだね?」
「ええ、桃井先生に会いたいんですけど、いらっしゃいますか?」
楓がそう尋ねると、おじさんはにっこり笑って一つ頷いた。
職員室にいるとのことで、おじさんから連絡を入れてくれるという。
職員室に立ち寄る。
部屋では数人の教師(部活の顧問)が、昼ご飯を食べたり、書類を作ったりしていた。
一番奥で書類を作っていた体操着姿の男の人が来客に気付いたのか、こっちにやってきた。
「おお、雪城。久しぶりじゃないか」
「お久しぶりです。先生こそ、お元気にされてましたか?」
楓の丁寧な言葉遣いにわたしは妙に感心した。
「中学の時よりも大人になったな。隣にいるのは友人か」
「ええ、まあ」
そこに関して楓は頭を掻いた。
そりゃそうだ。
わたしと楓は友達だけど、和樹とは友達レベルですらあるのか……(しかも楓はつい最近フッたばかりだ)。
しかし、楓が成長したのは間違いなかった。
小学校の時と比べて大分明るくなったし、大人しいと言っても話せばよく喋る子になった。
わたしと和樹はそれぞれ自己紹介した。
先生の名前は桃井達也。
楓の中学時代の部活の顧問の先生だ。
当時楓はテニス部所属で、村崎君も同じくテニス部。
桃井先生は女子テニス部の顧問だったが、男子の方の指導もしていた。
「もうテニスの練習、終わりましたよね?ちょっとお伺いしたいんですけど、村崎君来てますか?」
「ああ、村崎の事か」
先生の顔が途端に険しくなった。
「ここで話すより、こっちの方がいいだろう。来てくれ」
職員室の隣には生徒指導室がある。
楓いわく、この教室では問題を起こした生徒の説教部屋だったり、いじめられたりして心に不調を訴えた生徒のカウンセリングの場でもあったりした。
桃井先生は村崎君の話を淡々と始めた。
「これから話すことは絶対に外部に漏らさないでくれ。わかったね?」
わたしたち三人はこくりと頷いた。
「村崎はこの二週間ほど学校に来ていない。部活にもだ。原因はクラスでのいじめだろう。要領が悪く、話すのも億劫な村崎は標的にされたんだろうな」
いじめは半年前から始まった。
内容は教科書やノートを隠したり、体や机に触れると黴菌が付くとかいう嘘を流して、意図的に避けることが中心だった。
村崎君は担任の先生にいじめの事を報告した(加害者らはちくった、と言っていた)。だが、担任が注意を入れた途端いじめはさらに陰湿化し、悪化したのだ。
その後も見かけるたびに注意したが、いじめは一向に止む気配はなかった。
桃井先生は担任の先生からその話を聞いており、彼も相談に乗ろうとしていたが、村崎君は隠してばかりいたという。
「学校に信頼できる人間はいないって思ったのね……」
楓は顔を俯けていた。
村崎君は学校での居場所を完全に失っていた。
「その矢先だった。村崎が学校に来なくなったのは。三日前に担任の教師と家に行ったんだ」
その時応対してくれたのは村崎君のお母さんだった。
村崎君は自室に籠りっきりでほとんど出てこない。
母親もそれを心配していたが、少しになることを話していた。
「村崎のお母さんは、村崎が夜になると居なくなってるっていうんだ」
話によると、夜のみんなが寝静まった頃こっそりと外出し、朝早くまだみんなが寝ている頃に戻ってきているのだという。
一週間前から夜の外出が始まっていた。
わたしの頭の中に何か走った、そんな気がした。
「先生も心配だからまた今度、村崎の実家にまた行くつもりだがね」
「お話、ありがとうございます」
わたしたちは職員室を出た。
村崎君の一件を聞いてわたしたちは彼のつらい気持ちがなんとなくわかった気がした。
だが、同時にわたしはあることを突き止められそうだった。
「ねえ和樹。靴跡のサイズってどのくらいだったっけ?」
「二十五センチくらいだったな」
「一度、村崎君の下駄箱を探そうよ。休みだし、上履きは残っているはず」
程なくして村崎君の下駄箱が見つかった。
「和樹、靴のサイズは?」
「二十五センチだな」
そうか、とわたしは思った。
ついに確証がもてた。
「葉月、おまえ何かわかったかのような顔してるけど、まさか犯人がわかったのか?」
「さすがあんた成績良いだけの事はあるわね」
その言葉に和樹はむっとしていた。
「じゃあ、『幽霊』は誰なんだよ」
「ここじゃ話しにくいから、外で話すわ」
中学から出て、わたしたちは雪城神社に向かう通りを歩いていた。
わたしは『幽霊』の正体を話した。
「村崎君が『幽霊』。わたしは今そう考えてるの」
「なんでだよ。あのサラリーマンやセンコーでも可能性はあるんじゃないのか?」
その可能性は低いだろう。
ふたりとも、参拝理由や聞き込みをした結果からして社殿に籠る理由がない。
そしてもちろん、村崎君にも社殿に籠る理由は無い。
だが、夜の彼の行動、そして靴のサイズが彼が『幽霊』の可能性があることを示している。
『幽霊』だって夜、社殿の中で物を動かしているのだ。
「まだ状況証拠しかないから、断言はできないけど村崎君、雪城神社に何か縁があったかもしれないわね」
「それって、祈願以外に何かあるって事かよ」
楓がいじめでつらい経験をしていたことはわたしも知っていた。
村崎君は過去にひどいいじめを受けていて、楓は何度か相談に乗っていた。
そして、わたしは楓に訊いてみた。
「ねえ、村崎君からいじめの相談を受けたとき、他に何か言われなかった?例えば……」
告白とか。
楓は俯いている。そして顔を上げた。
「別に何も言われなかったけど……。でも、卒業式の日にあの子、泣いていたの。わたしが最後に学校に出る時も私に何か言いたげだったけど」
わたしはやっぱりと思った。
「村崎君、楓に思いを寄せてたんでしょうね。今回の件と村崎君と楓の関係はどこかでつながってると思うの」
「どういう風にだよ」
そこは本人に尋ねてみるしかない。
日曜日の夕方五時ごろ。
日がだいぶ傾いてきた。
明日から学校や会社となると、憂鬱になる人も多いという。
だけど、わたしたち三人はそんな気持ちに浸っているわけにはいかなかった。
そろそろあの三人がやってくる時間だ。
わたしたちは雪城神社の石段を上った。
石段の上、すでに参拝客は社殿の前にいた。
立っていたのはサラリーマン風の男。
信金に勤める青崎さんだった。
「娘の治療が決まりました。ありがとうございます」
うっすらとそう聞こえた。
念のため彼の靴を見てみたが、革靴だった。
わたしたちの目の前を過ぎる青崎さんは涙ぐみつつも、安堵の表情だった。
わたしたちは青崎さんが出て行った後、すぐに近くの社殿に隠れた。
さらに五分、機嫌の良さそうな若い女がやってきた。
昨日のスーツ姿とはうって変わって、真っ赤なミニスカートに白いカットソー。
露出が多く、わたしの隣にいる男は鼻の下から何かが出ていた。
昨日の女性教師、赤羽さんだがこれから誰かと会いに行くつもりのようだ。
左手の人差し指には指輪がはめられている。
女の人は参拝を済ませると、意気揚々と階段を下りて行った。
ヒールの音が辺りに響いていた。
「後は村崎君ね……」
わたしは思わず言葉を漏らした。
それから三十分。
参拝客は数人いたが、村崎君ではなかった。
わたしは瞼が少しずつ重くなってきた。
今日は朝からずっと外にいるせいか、眠い……。
「おい、葉月。来たぞ」
「え?」
目の前にあの中学生が現れた。
村崎圭介君。
服装は違うが、昨日と同じ靴を履いていた。
おどおどしていて、辺りを警戒しているようだ。
わたしは、あらかじめ用意していたシナリオを二人に話した。
「楓、あんたが先に彼に近づいて。見ず知らずのわたしたちが行くのはまずいわ」
楓なら村崎君と面識もあるし、わたしや和樹が行っても警戒されるだけだ。
一度楓に村崎君に近づいてもらった後、さりげなく、自然にわたしと和樹が村崎君に近づくのだ。
楓は村崎君の様子を確認した。
「了解」
そう言うと楓は立ち上がり、スカートについた埃を払った。
(Part.4につづく)
©️ヒロ法師・いろは日誌2016