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ふたりの探検記  作者: ヒロ法師
No.2 社殿の幽霊
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Part.2

中間試験が近づく五月。千山葉月は友人である雪城楓からある相談を受ける。

それは、楓の実家の雪城神社で発生している不可解な現象の謎を解明してほしい、というものだった。

葉月は幼馴染の和樹を巻き込んで、怪奇現象の謎に挑むのだが……。

 翌日、早朝。

 わたしは居館駅前の改札前にいた。


「わりぃ、遅れた!」


 商店街の奥から和樹が手を振って走ってくる。


「とはいえ葉月、朝早くに電話する必要ないだろ」

「犯人を見つけ出すためよ。これくらい我慢して」


 昨日、楓の家からの帰り際に今日も神社に行って調べることを約束していた。

 しかし、集合時間は居館駅に朝五時に集合することになっていた。

 現在、午前五時半。

 三十分遅れてしまったが、急いで雪城神社に向かう。


 なぜ朝早くから捜査するか、というともちろん夜中に現れる『幽霊』を捕まえるためだ。

 朝早くだったらまだ潜んでいる可能性がある。


「葉月、あそこまで調べてまだ幽霊いると思ってんのか?」


 和樹の呆れるような、怯えるような訳のわからない声だ。


「思ってないって。まだ確証があるわけじゃないけど、昨日楓が言ってた三人の参拝客が引っかかるの」

「なんでだよ。確かに、毎日来るらしいけど」


 毎日来るには何か特別な理由があるのだろう。

 しかし、その特別な理由が今回の『幽霊』騒ぎと関係あるのだとしたら……。

『幽霊』は一体何がしたいのだろうか。


 朝六時、雪城神社。

 早朝なので、辺りの住宅街は静かだった。

 神社の社殿前には既に楓が待っていた。


「ごめん、このバカのせいで大分遅れちゃったわ」

「バカは余計だっつーの!大体葉月のせいだろ」

「仕方ないじゃないの!同じこと言わせないでよ!」


 いつもの張り合いが始まった。

 だが楓は。


「いいのいいの。こんなに朝早く神社に来るなんて普通しないからね」


 そして、昨日夜に何かなかったか尋ねた。


「いつもと変わらないわ。ただ、奇妙な物音はしてたけど」


 やっぱりよく眠れなかったという。

 普通じゃないことが起きている。

 しかし、現時点ではそれが「普通」なのだ。


「じゃあ、本殿の中見せてくれる?」


 楓は頷いた。


 わたしと和樹は本殿の中に入った。

 本殿の中は相変わらず暗い。

 すぐに懐中電灯をつけて、辺りを照らした。


 また何かを動かした形跡があった。

 段ボールや棚が昨日とは違う場所あるのだ。

 さらに新たなことがわかった。

 わたしはスマートフォンで写真を撮った。


 そして、昨日の写真と見比べる。


「葉月、何か変わったところはあったか?」


 後ろから和樹が顔を覗かせている。


「うん。物の配置が変わってるし、動かした跡があるわ」


 段ボールの蓋が開いていたのだ。

 昨日の夕方は閉まっていたのに……。

 そして、蓋が折れ曲がっている。

 物が上に置かれていたのか、それとも……。


「葉月、これ見て」


 後ろから楓の声がした。


「楓、どうかしたの?」

「靴跡が残ってるの……」


 入り口付近にあって見にくかったが、よく見ると微かに何者かの靴跡が残っていた。

 こんなもの昨日は無かった。

 泥が固まっていることから見るに、昨日の夜につけられたものだろう。


 まさか……。

 わたしは和樹と楓に顔を向けた。


「夕方に本殿に忍び込んで、あの段ボールに隠れていたみたいね。そして、棚や物を動かした」

「やだ、やっぱり昨日も隠れてたんだ……」


 楓は気味悪がっていた。

 まあ、今は本殿に誰もいない。

 いつ出て行ったかはわからないけど、楓の話からして少なくとも夜中までは居たのだろう。


 わたしは靴跡の写真を撮った。

 靴跡の型やサイズから犯人がわかるかもしれない。


 わたしたちは一度外に出た。


「この靴跡が誰か調べようよ。社殿に入る人って限られてるよね」

「そうだな」


 和樹に続いて楓も頷いた。

 まずはこの神社の関係者、そして楓が気になっている三人の靴を調べる必要がある。

 楓によると社殿に入る可能性があるのは、楓の家族の他は宮大工さんと清掃員、そして宮司さんに巫女さんだ。

 ところが……。


「最近は宮司さんも巫女さんも社殿や本殿には入らないわよ。しばらく大きな祭りもないし、持ち出す必要はないからね」


 こうなると宮司さんと巫女さんは犯人から除外される。

 その後、楓の家族に断わって靴底の型を調べてみたが、どれも一致しなかった。

 残ったのは参拝者三人と宮大工と清掃員だけだ。


 朝の八時。

 日曜日で休日ということもあって人通りが多くなる。

 ふとわたしのお腹がうめき声を上げた。

 そういえば朝食まだだったわね……。


「ごめん、わたしご飯食べてなかったの。コンビニ行ってこようかな」

「あ、じゃあオレも行くよ。メシ食ってないし」


 ところが、楓は。


「じゃあ、みんなうちで食べて行ってよ。わたしもまだなの」

「楓、本当にいいの?」


 だが楓はにっこり笑った。


「いいのいいの。朝早く呼んでおいて、ご飯抜きなんて失礼すぎるわ」


 というわけでわたしたち三人は神社の隣にある楓の家にお邪魔していた。

 テーブルには朝ご飯が並べられていた。

 楓は彼女のお母さんに断わって料理を振舞ってくれた。

 ご飯に味噌汁、目玉焼きといたって普通の和食の朝食。

 しかし、どれもがとても美味しかった。

 楓のお母さんが作ってくれたものだが、さすが手料理だ。

 わたしの家は両親が共働きで朝はとても早い。

 休日で時間があるときでも、お父さんもお母さんも料理が上手ではない。

 そのため、ご飯のほとんどはコンビニ弁当か、スーパーで買えるお惣菜が中心だった。

 最近の加工食品やお惣菜は本物に負けないほど美味しいと聞くが、わたしはやっぱり手料理のほうが好きだ。

 だが、右隣にいる幼馴染も同じようだった。


「やっべぇ!めっちゃうまいわ!」

「こら!大声出さないの!」

「早食いガサツ女に言われたきゃねーよ!」


 いつもの張り合いが始まった。

 親友は左隣でくすくす笑っている。

 向かい側では親友のお母さんも笑っていた。


「やっぱり葉月に花浦君はお似合いね」

「そんなわけあるかい!」


 今の一言はわたしと和樹で完璧に一致していた。

 楓はそれを見てさらに笑った。

 和樹はやばいという顔をしたかのように、口を手で当てている。

 わたしは気を取り直すために、胸に手を当て心を落ち着けた。


「でも、ありがとうございます。こんなに美味しいものを」

「いいのよ。どんどん食べて!」


 楓のお母さんは遠慮はいらないと言っていたが、もうお腹いっぱいだ。

 御馳走様でした、と言おうとした時だった。

 楓の家のインターホンが鳴った。


「母さん、わたし見てくる」

「頼むわ、楓」


 少しして、楓が帰ってきた。

 そして来訪客も現れた。


「あら、黒金さん!お久しぶりねえ」


 楓のお母さんは来訪者を歓迎していた。

 来客は六十歳くらいの男の人。

 白髪交じりのもじゃもじゃ頭のわりに、口周りの髭は整えられている。

 家を訪れたのは黒金勘二郎くろがね かんじろうさん。

 県内の神社界隈では有名な宮大工で、この居館市を中心に神社の建設や改築を請け負っていた。

 雪城神社にもたびたび訪れているという。


「神社の建て替えの件でいらしましたの?」

「ええ、神社の改築開始日が決まってねえ。明日になったんだ。それで、今日はその下見に」

「明日?そんなにいきなりですか!?」


 楓のお母さんは戸惑っているようだ。

 同じように娘の楓も困惑していた。

 そう、例の『幽霊』騒ぎで宮大工が怖がって逃げだし、改築日が延期しているからだ。


「おや、情報が行き届いていなかったようだね。じゃあ、改めてここでお伝えしますよ。楓ちゃん、鍵貸してくれないかな」

「使用記録に名前を書き込んでいただけませんか?」


 黒金さんは楓に言われた通りボールペンで台所に立てかけてある記録簿に名前と日付をつけた。楓は神社の事務所の鍵を手渡した。


 宮大工の黒金さんが出て行った後、楓のお母さんは深くため息をついた。


「事前に知らせてくれればいいのに。こっちも準備大変なんだから」

「そうね、母さん」


 これから一か月ほど神社の改築が始まる。

 その間、楓の家族は宮大工さんたちをもてなさなければならず、忙しい毎日になる。


「あのおっさん、少しくらい謝ればいいのによお!大迷惑じゃねえか」


 和樹は珍しく苛立っていた。

 わたしも楓に同乗していたし、あの宮大工は失礼だと思っていた。

 だが、同時にある疑問が浮かび上がっていた。


 なぜ急に改築開始が決まったのか。


「ねえ、楓。神社に戻りましょうよ。あの人に訊きたいことがあるの」

「黒金さんに?」


 わたしは頷いた。


 わたしたち三人は急いで神社に向かった。


「でも葉月、なんで建て替え決定が気になるんだよ。急に決まることもあるんじゃないのか?」

「だとしてもお詫びの気持ちくらい出るでしょう。あの人にはそういう感情が一切入ってなかった。むしろへらへら笑ってた」


 きっとあの決定には何かあるに違いない。

 直感だけど、私はそう感じていた。

 神社では社殿が開いていた。


「やっぱり動いてやがるな……」


 そんなつぶやきと一緒にあの宮大工は出てきた。


「黒金さん、でしたっけ」


 宮大工の前にわたしたちは立っていた。

 黒金さんは私の一言に少し驚いていたようだ。

 目の前にいる面識のない女子高生に声をかけられたのか、それとも……。


「君は楓ちゃんの家にいた女の子か。神社に参拝に来たのかい?それなら後にしてくれないかね」

「そうじゃないです。この神社の建て替えのことなんですけど」

「ああ、今朝楓ちゃんのお母さんに言ったことだね」


 わたしはあえて遠回しに言った。


「建て替え工事が明日からになるって急に決まりましたけど、楓もお母さんもだいぶ困っていましたよ」

「それについては申し訳ないと思ってる。でも、決定事項なんだ」


 わたしは疑いの目を黒金さんに向けた。


「本当に悪かったと思ってるんですか?さっきのあなたの態度はそうは見えませんでしたけど」


 黒金さんは怪訝な顔をした。

 そして、彼の表情が変わった。


「やっぱりガキは生意気なこと言うな。『幽霊』の事だろ。そんなの居るわけがない。どこぞの誰かが流した噂だろうぜ。ったく、近頃の大工は小心者ばっかじゃねえか」


 黒金さんは唾を吐き捨てた。

 幾らなんでも話が一方的すぎる。

 わたしのこの宮大工に対するイメージはさらに悪くなった。

 だが、聞きたいことはきちんと聞き出す。


「じゃあ、幽霊騒ぎがあるこの神社でなんで急に決まったんですか?」

「簡単な話さ。新しい宮大工を雇い入れたからさ」


『幽霊』の噂を真に受けて逃げ出した宮大工をクビにして、別の町から新たに雇ったという。

 だが、本当にそんな理由なのか。

 だったらなんで楓や楓の母親にあんな態度をとったのか。

 わたしは黒金さんが言っていることが信用できなかった。

 その時だった。


「あら、黒金さん。こんなところで会うなんて珍しいじゃない」


 その声は覚えがあった。

 振り向くと、エプロンを身に着け、頭にバンダナをかぶった中年の女の人。

 清掃員の白峰さんだった。


「おお、咲子……、いや白峰さん」


 白峰さんはわたしたちに顔を向けた。


「まあまあ。あなたたちは昨日の。黒金さん、何かあったのかしら?」

「ちょっといちゃもんつけられてね。ま、大したことないさ」


 い、いちゃもん?

 つけた覚えはないし、かなり適当に話が流されている。


「そうなの。ちょっと今から神社の掃除をさせてもらうわね」

「ああ」


 そして黒金はこっちに顔を向けた。


「さ、用はもう済んだろ。子供らは帰った帰った」


 黒金はまるで犬や虫を追い払うように私たちを弾こうとした。

 むかつくし、あいつに強い不信感を感じていた。

 だが、わたしは肩をつつかれた。

 つついたのは和樹だった。


「葉月、今は一度退却しようぜ。あの黒金が神社にいる限りここには居ない方がいい」

「花浦君の言うとおりよ。一度戻りましょうよ」


 二人の提案にわたしは同意するしかなかった。



 居館駅の近くにあるカフェ〈とけいや〉。

 先月、宗治さんの同窓会の時に打ち合わせに使われていた喫茶店だ。

 今日は別に誰かが貸切っているわけではなかったので、普段通り二十人ほどの客がいた。

 わたしと和樹、楓もこのカフェに来ていた、というか撤退していた。


「あの黒金って大工、すっげえむかつく!」


 わたしは茶髪を掻きむしった。


「昔はあんな感じじゃなかったのにねえ……、黒金さん」


 楓はため息をついていた。


「あんな感じじゃなかったって?」


 わたしは自分の気持ちを落ち着けるために水を飲んだ。

 黒金と楓の神社は長い付き合いだと聞いていた。

 楓も黒金とは何度も会っていた。


「わたしが小学生だった頃はよく仕事の合間に遊んでくれたわ。わたし、葉月みたいに友達多い方じゃなかったから」


 決して悪い人柄ではなかったという。

 つい最近も、といっても半年ほど前の話だがその時も優しく声をかけてくれていた。

 だが、パチンコに競馬とギャンブルをよくする人で、金遣いはよくなかったという。


 それ以降黒金が楓たちの前に現れることは無かった。

 それが今朝突然現れた。

 態度も、性格も半年前とは大きく変えて。


「ま、人にはいろいろあるものさ」


 和樹は何か悟ったようにブラックコーヒーを飲んでいた。

 そして喫茶店の大ガラス越しに人通りが多くなった駅前通りを眺めていた。


「あんた、またかっこつけてるでしょ」


 わたしには和樹の態度が見え見えだった。

 本当は苦手(和樹は甘党)なブラックコーヒーを飲み、どこぞのゲームかアニメか漫画のセリフ(和樹は二次元が大好き)かは知らないけど、もっともらしい言葉を言い放つ。

 いかにもインドアな和樹らしい。


「別にいいじゃんよ。でも、葉月。おまえはあの男を疑っているのか?」

「だっていきなり態度が変わるなんて、何らかの理由があるに違いないじゃないの」

「そうだけどさ」


 和樹は少し飲んだブラックコーヒーに砂糖とミルクを大量に入れた。


「幽霊騒動の解決が先なんじゃないのか?雪城がかわいそうだぞ」


 確かに、今は幽霊騒ぎの件が優先だ。


「確かにそうね。もともと楓から頼まれて、引き受けたことだからね」

「花浦君……」


 和樹の隣では楓の今にも途切れそうな声がした。

 話を幽霊騒動に戻そう。


「それで、靴跡から『幽霊』の正体を掴むのよね」


 これまでに分かったことをおさらいする必要がある。

 まず、『幽霊』が潜んでいるとされる社殿。

 社殿の中は明らかに動かされた形跡があり、しかも夜にそれは行われていたらしい。

 これは今朝発見されたことだが、社殿の中に靴跡が残されていた。

 スマートフォンの写真を拡大すると、うっすら「25.0」と見えた。

 靴のサイズだろう。型からみて運動靴のようだ。


 そして、楓が気になっている三人の参拝客。

 一人目は心配そうな顔をしているサラリーマン。

 自分の娘の病気の事で参拝していた。

 二人目はアラサーに見えるのスーツ姿の女性。

 結婚が決まり、意気揚々としていた。

 そして三人目。元気のなさそうな中学生。

 昨日参拝に来たときはかなり焦った様子だった。少々気になるが、何か急ぎの用があったのだろう。


 もちろん、あの黒金という宮大工が急遽神社の改築を開始したのも気になる。

『幽霊』騒ぎで宮大工も逃げ出してるという状況なのに……。


 夕方、もう一度参拝客が来るのを待つしかない。

  (Part.3につづく)

©️ヒロ法師・いろは日誌2016

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