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ふたりの探検記  作者: ヒロ法師
No.17 もう戻れないあの日
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Part.2

二月の終わり。

葉月の友人、雪城楓のもとに小学校時代の遠足で出会った仲間から、彼らの地元で開かれるお祭りのお誘いが来る。

葉月たちは仲間と再会するため、彼らの地元である日本海側の小都市、浜津に向かった。

だが、これは悲しい事件の始まりに過ぎなかった。

 悲鳴が上がり、周囲は騒然となる。

 わたしたち三人がいるお堂の前も、人という人が走り回っている。


「皆さん、落ち着いてください! その場から離れてください!」


 お祭りのスタッフが呼びかける。

 観光客たちはスタッフに誘導され、河原から離れる。

 当然わたしたちも外に出された。


 いきなりの事態だったので、何が起こったのかわからない。夜だから尚更だ。


「みんな、大丈夫?」


 はぐれないように和樹たちに声をかける。


「ああ、オレは……」


 和樹はやっとの思いで人込みを抜けてきたようで、上着がしわくちゃになっていた。

 楓も人に押されたためか、つややかな黒髪が乱れていた。


「何があったのかな……」


 楓は河原を眺めているが、スタッフや野次馬があたりを埋め尽くしているので状況が確認できない。


「あれ、そういえばあいつらは? しのぶたちがいねえぞ」


 和樹が周りを見ながら目をきょろきょろさせている。


 緋田ひだ君たちがいない。

 三人とも別々にお祭りに参加しているため、わたしたちとは別行動だったが……。


「あ、いた!」


 声を上げた楓の指さす先に仲間たちがいた。

 野次馬たちの中央に、彼らは立っていた。だが、何か様子がおかしい。


 わたしたち三人はスタッフの目を盗み、野次馬をかき分けて中に入る。

 だが、最前列まで来たときわたしたちの足が突然止まった。


 炎は勢い良く燃え、河原や川を照らしている。

 そんな中、セミの抜け殻のように呆然と立ち尽くす仲間たち二人。

 ざわめく野次馬たち。


「おい、忍……」


 和樹は言葉をなくした。

 わたしたちの先には仲間の一人、緋田忍が苦悶の表情で倒れていた。うめき声をあげ、息は弱々しい……。

 彼は全身が濡れており、唇が紫に変色し始めていた。


 ***


「忍! ! 忍! ! ねえ、しっかりしてよ! ! !」


 さきちゃんは担架で運ばれる緋田君に向かって叫んでいた。

 川で溺れかけたようで、まだ息はあったが予断を許さない状況だった。

 すぐに救急車が到着し、緋田君は病院に搬送された。


「おい、誰が忍を……」


 和樹はこぶしに力を入れていた。

 瞳を隠して地面を見ている。

 救急車が走り去った後、わたしたちは呆然と立ち尽くすほかなかった。

 咲ちゃんは救急車がいたところでしゃがみ込んで、泣いていた。


「葉月……。緋田君、助かるかな……」


 楓は星空を見て身を案じていた。

 ゆかりちゃんは鼻声で目を腕時計の代わりにハンカチで縛った右腕でこすっていた。


「う……、忍ぅ……」


 手に涙がついているが、大泣きしたのかわからないけど腕も濡れていた。


「ゆかりちゃん、その腕どうしたの?」

「うう……。悲鳴がしたから急いだら転んじゃったのよお……。あたしドジっ子だから」


 ここでそんなこと言う必要ないだろ……。


 とはいえ、心配でならなかった。これまでも大切な人が襲われたことは何度もあった。

 やり場のない感情に泣いたことも、怒ったりしたこともあった。

 でも、結局はどうにもならない。


 ――葉月まで潰れたらどうにもならないよ


 この前の梨花の言葉。

 もう一度わたしは息を大きく吸い込んで、心を落ち着けた。


「今は緋田君が助かることを祈ろうよ。そしてすべきことをしないと」

「葉月、なんで忍があんな目に遭ったのか調べるんだな?」


 和樹の不安げな声にわたしは頷いた。


「大切な仲間だもん。今は精一杯のことをしなきゃ」

「葉月……、オレも乗るぜ」

「ありがとう、和樹!」


 和樹の顔が明るくなる。


「葉月ちゃん、調べるって本気なの?」


 ゆかりちゃんは唖然としてわたしを見る。


「ゆかりちゃん、葉月はこう見えて探偵さんなの。きっと原因を突き止めてくれるわ」

「そうなんだ……!」


 その話を聞いてゆかりちゃんも、咲ちゃんも光が差し込んだようだ。


 ***


 パトカーのサイレンがあたりに響いている。

 浜津署から警官たちが上瀬に入っていく。聖域とされる場所はたちまちその様相を変えた。

 わたしたち五人は緋田君の友人ということで警察から事情を聴かれることになった。


「わたしは浜津署の藤川ふじかわと申します。今回、被害者の緋田忍さんは現在意識不明の重体であることが浜津病院から伝えられました」


 藤川と名乗る若い刑事は淡々と今までの状況を述べていた。


 緋田君は現在意識不明の重体。

 溺れた時に水を飲みこみ、さらに水温が低い川の中で足掻き、溺れかけていたため体力をかなり消耗していた。さらに体温も下がり、昏睡状態だという。


 藤川刑事によると上瀬かみせ周辺の浜津川は急流だが水深も二メートルと深く、人間が底に立つことはできず、たちまち流されてしまうという。


 わたしは懐中電灯で周囲の様子を確認していた。

 真っ暗で見えないけど、時折水面を流れるてくる枯れ草を見ると流れは速いことがうかがえた。

 そして懐中電灯を川の奥に照らす。

 川の底から巨大な岩がいくつもせり出している。

 そして上流を照らしてみる。

 崖の上に柵があり、川に落ちたとすればあそこから落ちたのか……。


 藤川刑事の話は続いていた。


「目撃者の証言によると、何かが水に落ちる音のあと被害者が川の中で溺れている様子が目撃されたそうです。君たちは直前まで被害者と居たそうだが、その時の行動を聞いてもいいかな」

「え、あたしたち疑われてるんですか?」


 咲ちゃんが身を乗り出していた。


「いや、あくまで参考意見だよ。まだ事故か事件も……」


 ――信二お兄ちゃんの幽霊に襲われたんだよ


 どこからか、声の低い女の子の声。

 黒のショートヘアの女の子がこっちに視線を送っていた。

 まるで、わたしたちを睨むように。


「信二お兄ちゃんの呪いだよ! かえでねえも、さきねえも同じ目に遭うよ」

凛子りんこ、違うでしょ! 黙ってなさい!」


 ゆかりちゃんが声を上げる。

 凛子と呼ばれた少女は一瞬押し黙った。ところが、


「やっぱりお姉ちゃんも味方するんだね。あんな男に」


 あんな、男……?

 目の前に現れた凛子と名乗る少女、彼女はいったい何者……?


 ***


「君、入ってきちゃダメじゃないか」


 制服警官がショートヘアの女の子に立ち去るよう制している。

 女の子は押し黙っていたが、藤川刑事は、


「君はさっき幽霊といったね。君も溺れていた少年を知っているのかい?」


 女の子は頷く。


「忍兄ちゃんはあたしたちをめちゃめちゃにしたの。山登りの時に大ゲンカして、居なくなっちゃったから」


 わたしはそっと楓に耳打ちした。


「ねえ、あの女の子ってゆかりちゃんの知り合いなの?」

「妹の夕霧凛子(ゆうぎり りんこ)ちゃん。苗字は違うんだけどゆかりちゃん、昔両親が亡くなってそれぞれの親戚に引き取られたのよ」


 楓は凛子ちゃんのことを知っていた。実は楓も五年前の山登りに参加していて、その時に凛子ちゃんと知り合ったという。


「でも、その時はみんな仲良かったのよ。だけど、」


 桃山君。わたしたち仲間のリーダーだった少年。

 そういえば彼は登山中に崖から落ちて亡くなったとされていた。


「ねえ、楓。さっき行方不明って言ってたけどあんたは桃山君が亡くなったことを知らなかったの?」

「うん。あの時緋田君がいきなり“死んだ”って言ったから。びっくりしちゃって……」


 実際は一晩かけて捜査されたものの、ついに桃山君は発見できず現在も行方不明なのだという。


「崖から落ちたのは本当なんだよね」


 楓はしばらく考え込むと、首を横に振った。


「そう言われてるだけ。まあ、山で遭難したんだから可能性は高いと思う」


 わたしは一度考え込んだ。


 その後、わたしたちの事情聴取が始まった。

 緋田君が川に落ちた午後六時半ごろのわたしたちの行動。

 咲ちゃんは儀式の途中で踊っていた。わたしたち三人は一緒に上瀬に続く小さなお堂にいた。

 凛子ちゃんは久しぶりに親戚一同でお祭りに来ていた。姉のゆかりちゃんも松明をスタッフに渡した後、凛子ちゃんと合流し緋田君が溺れるまで一緒にお祭りを見物していたという。


「凛子、そんなバカなことあるわけないじゃないの」


 ゆかりちゃんに睨まれ、凛子ちゃんは顔を下に向ける。

 しかし、


「お姉ちゃんやっぱり知らないんだ。わかってないんだ。忍兄ちゃんがどれだけひどいことしたかを」

「関係ないでしょ、そんなこと! 忍は友達なんだから!」


 ゆかりちゃんは怒鳴り声をあげる。

 凛子ちゃんはぷいと振り向くと、警官に事情を話すと走って行ってしまった。


 ***


 その後わたしたちは後日事情を聴くということで、一度解放された。

 わたしたちは浜津市街にある旅館で宿泊となった。


「くっそ、誰が忍を……」


 和樹は波音がする窓の外を見ながら、病院の方向を眺める。

 浜津病院の赤いランプが明滅しているのがみえる。


 緋田君の手術は現在も続いていた。


「忍が信二の幽霊に襲われただって……。そんなバカな話あるわけねえだろ。なあ、葉月」


 わたしは頷いた。もちろん、事件だとしても幽霊が人間を突き落とすことなんて、できるはずがない。

 そしてわたしたちの中に映る九年前の光景。

 緋田君と桃山君……。わたしたちみんな仲が良かったよね?


「ええ……。だけど、あれって事故なのかな」

「どういうことだよ」

「わたし川の周りを調べてみたのよ。川の五メートルほど上に柵が見えたんだけど、あそこから落ちたんだと思うの」


 そう仮定するとなぜあんなところにいるかが引っかかるのだ。

 緋田君は咲ちゃんの近くにいたらしいし。


「きっと誰かが呼び寄せて落としたんだ。そうに決まってる」


 和樹はやや語気を荒げて声を出す。


「とりあえず明日、もう一度上瀬に行ってみようよ。落とされたかどうか、検証しよう」


 ***


 同じころ、こちらは旅館の外。

 長い黒髪の少女は一人砂浜を歩いていた。

 風が冷たいので、マフラーに赤いコートで寒さをしのぐが、スカートの膝丈より下は風が当たる。

 今日、不老長寿の神様に友人のお兄さんの無事を祈った。

 自分の親友の大事な人の……。


 少しばかり好意はあったと思うけど、もう諦めている。

 わたしにとってもうどうでもいいことだから。


 だけど、もう一つ祈らないといけないことがあった。

 わたしたちが出会った“仲間”。

 なんで、あんな関係になっちゃったんだろう……。もう、戻れないんだろうか……。


 ――どうか、あの時の笑顔が戻りますように


 ***


 暗い部屋。窓の奥、海の上に上弦の月が映る。


 桃山君の幽霊に殺された?

 そんな、バカな話があるの?


 昨日まではそう思っていた。

 現実を目にするまでは。だから、あいつは落とされたんだ。


 理由を問い詰めないと……。


 ***


 翌日。明け方まで雨が降っていたが、すぐに止んだ。

 わたしは和樹と楓と一緒にバスで上瀬に向かった。

 バスの中はわたしたち三人だけ。

 重苦しい雰囲気が流れている。楽しかった再会なのに、何であんな事件が……。


 わたしたちは終始無言だったが、バスはやがて停止した。


 ピーッ! !


 笛の音に顔を上げると、警官がバスを静止している。

 警官の指示にバスの運転手はいったん外に降りた。


 しばらくすると、運転手が中に入ってくる。


「大変申し訳ありません。ここから先は立ち入り禁止だそうで」

「え? 上瀬での捜査は終わったって聞いたんですけど」

「いや、昨日の事件じゃなくて、今朝方あったんだ」


 河原で白骨化した遺体の頭部が発見されたという。しかし、死後数年経っており死因は不明。

 登山客が滑落し、川を流れてきたのではないかとのことだった。


「上瀬も立ち入り禁止なんですか?」

「歩いてならいけるよ。ただ、あそこは聖域。今は入れないと思うよ」


 だけど、引き下がるわけにはいかない。

 わたしたちは“真実”を知りたかったのだ。

 上瀬の神様、今だけはお許しを。


 結局わたしたち三人は歩いて聖域、上瀬に向かった。

 聖域は歩いて二十分以上もかかる。春先なのに汗がじんわりと首筋を伝う。


 上瀬は静かに、そこに鎮座していた。

 鳥居の奥に、雪解けの水が流れる浜津川。

 昨日、お祭りの大護摩で用いられた木々の燃えカスや煤が残っていた。

 夜のうちにいったん捜査は切り上げられており、警察はいなかった。


「あれ、戸が開いてる。南京錠が外されてるわ」


 楓は口を開けて驚いていた。


「ここってお祭り以外は立ち入り禁止なんだよね」


 楓に聞くと、彼女は首を縦に振る。


「でもおかしいわ。神主さんがいるのかな……」


 しかし、わたしたちは現場検証に来たのだ。普段なら許可が必要らしいけど、ちょうどよかった。


「神様には失礼かもしれない。だけど、こうしちゃいられないわ」


 階段を下りて河川敷に出る。

 時折吹く風がとても冷たく、まだまだ冬の空気が残っている。

 確か、緋田君が突き落とされた場所は……。


「ちょっと、誰か倒れてるわ!」


 あたりを探していると、楓が声を上げた。

 岩陰に誰かの足と靴が見える……。

 駆け寄ってみると、艶やかだった黒髪を無残に振り乱し、ぐったりと倒れている女の子……。


「咲ちゃん!!」


 楓は声にならない声で叫ぶ。

 咲ちゃんは頭から血を流して倒れている。傷口の周りは、濡れた木片がついていた。


「ちょっと、咲ちゃん! しっかりして!」


 楓は激しく体をゆすった。

 すると、咲ちゃんの目がかすかに動く。


「か、楓……」

「咲ちゃん……。死んじゃったかと思った……」


 楓は目を隠して、涙を流した。でも、今は一刻を争う事態だ。


「ねえ、和樹。救急車呼んでくれない?」

「わかった」


 和樹はスマホを取り出し、少し離れた場所で連絡を取ろうとする。

 ところが、


「あ、もしもし? けが人です……」


 和樹が救急車を呼んでいるなか、わたしはどこからか視線を感じた。

 上からこっちを見る、視線。


 ふとがけの上を見る。

 肩にかからないショートヘアの女の子が駆けていった……。

 あの娘、どこかで見ている。まさか……。


 (Part.3につづく)


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