Part.3
脳筋だが知りたがり屋さんな千山葉月と、頭脳明晰だがちょっと残念な花浦和樹が挑む学園ミステリ。
年明け。
葉月は和樹が所属するサッカー部の練習試合の応援に出掛ける。
彼女はあと三か月で居館を離れる。時間が迫る中、彼女は自分の思いを和樹にどう伝えようか迷っていた。
そんな中、事件は起きた。
スタジアムの隣にある体育館。ここで、関係者の事情聴取および聞き込みが行われていた。
わたしと梨花は警部に許可を貰うと、早速現場に向かった。
外は寒かったけど、体育館の内部は暖房が効いていた。
「うわっ、あつっ……」
思わずわたしは額から出る汗をぬぐった。
いきなり熱波がわたしたちを襲った。
「外寒かったから暑いねえ」
梨花は羽織っていたコートを脱ぐと、体育館の壁の隅に畳んで置いた。
わたしもコートを脱いで、梨花の隣に置く。
「うん。あれ、あそこの三人って……」
体育館のステージ近くでは、病院から戻った時に廊下にいた三人が、足利刑事から事情聴取を受けていた。
「梨花、あの三人が第一発見者なんだよね」
「うん。だけど、マネージャーさん暑くないのかな……」
とりあえず、彼らの話を聞きたかったのでステージに向かう。
しかし刑事と揉めているようで、
「だから、何で俺達が疑われるんですか。更衣室は他校の生徒たちも使ってるんですよ?そもそも花浦に襲われる動機なんか……」
伏見さんは突っかかるように声を張り上げる。
「疑ってるわけじゃないよ。ただ、君らが被害者を発見したんだろ?その時の様子を教えてほしいんだよ」
「あの、」
わたしの声に気付いたのか、足利刑事が立ち上がる。
「千山さん。警部から話は聞いているよ」
ふと目の前の三人を見て、わたしは驚きを隠せなかった。
「宗治さんを見つけたのって、あなたたちだったんですか?」
「そうだよ。あいつが開会式に来ねえから捜しに行ったらあんなザマだったんだ」
伏見さんは唸っていた。
そもそも、わたしや梨花みたいな女子高生が捜査現場にしゃしゃり出ていることが気に食わないのか、
「刑事さんまでなんでこの娘を」
「すまないね。千山さんはこれまで何度も事件を解決してるすごい娘なんだ。知られてないけど、沖縄のテロ事件もこの娘が解決してるんだけどね」
刑事さんの言葉に三人は凍りついた。
大々的に報道されていたので、沖縄のテロ事件を知らない人はいないだろう。
わたしは思わず恥ずかしくなる。
刑事さん、別に言わなくていいです……。
しかし、三人の反応は明らかに変わった。
「け、刑事さんがそう言うなら……、なあ、花園」
「ああ……」
伏見さんと花園さんは顔を合わせている。
***
どうして運が悪いのよ。
いつまでも作戦が、実行できないじゃないの!
目の前に探偵がいる。
だけど、私には……。
***
三人に話を聞いたところ、居舘市立大学のサッカーチーム全員で宗治さんを捜していた。
そのうち、花園さんと伏見さんがまだ更衣室にいるのではないかと思い確認に行ったところ鍵がかかっていた。
「その直後、智子ちゃんも来たんだな」
「ええ。私は外を捜してたんだけど花浦君がいなかったから合流したの」
鍵は伏見さんが合鍵で開けたらしい。
更衣室の鍵は一つしかなく、犯人が持ち去ったものと思われていた。
「それで、最後に宗治さんに会ったのはいつですか?」
「君らと別れてからは会ってないよ」
ふと伏見さんはマネージャーを眺めた。
「そういや智子ちゃん、あれから花浦と一緒に里川さんを迎えに行っただろ?あの後どうしたんだ?」
「え……。挨拶してからすぐに別れたけど」
東山さんはすぐに部員たちの元に戻ったらしい。宗治さんは講師である里川先生と打ち合わせをしてから合流すると言っていたらしい。
そういえば梨花は講師の先生の話を聞いて、宗治さんの後を追っていた。
「梨花、講師の先生のところで宗治さんとマネージャーさんはいたの?」
梨花は首を横に振った。
「確かにいたわ。だけど、講師の先生はしばらくマネージャーさんや花浦君のお兄さんとずっと一緒だったの。結局独占インタビューできなかったんだけど」
梨花は不満そうな顔をマネージャーたちに見せる。
ずっと一緒だった、なのに挨拶してすぐ別れた?
梨花の証言が本当ならマネージャーさんは……。
「東山さん、すぐ別れたって何分くらいでしたか?」
「え?」
「いや、友人の発言とあなたの発言の整合性がとれなくて」
一瞬マネージャーさんは押し黙る。腕時計をきょろきょろ見ている。
「いや、挨拶の前に何分か喋ってたのよ。その後に別れたの」
「そうですか」
マネージャーさんは深くため息をついた。
様子を見ていた花園さんがわたしたちに割って入った。
「ま、花浦を見つけた時の状況はこんなもんだ。犯人は更衣室を使った誰かだろうぜ。俺らじゃねえけど」
「そうそう。後、男子更衣室だから智子ちゃんは関係ない」
伏見さんが付け加えるように言った。
しかし、わたしはある違和感を覚えた。
「別に男の人である必要はありませんよね」
三人と足利刑事、そして梨花の視線がわたしに向けられる。
「葉月、それって女の人でも犯行は出来たってこと?」
梨花の質問にわたしは首を縦に振る。
「さっき現場で見たでしょ?襲われた場所は更衣室じゃなくて他の可能性がある。つまり……」
わたしは三人に顔を向けた。
「マネージャーさんも含めて、犯行は出来たってわけ」
三人はきょとんとしていた。
***
――な、何なのこの子……。で、でも、まだ、まだ大丈夫よ……。私がやったって証拠はどこにもないんだから……。早くこの場を切り抜けないと!
***
「千山さん、現場を見てたのかい?」
足利刑事の問いかけに頷くと、更衣室の詳細を伝えた。
現場は荒らされた形跡があったが、被害者の返り血がどこにも付着していなかったこと、そして荒らされ方が不自然であることが現場が偽装工作されたことを物語っていた。
「更衣室が現場でないのなら、性別は関係ないようなものですからね」
「そうか……」
――あの、刑事さん
その声はマネージャーの東山さん。
「この体育館にいる誰でも犯行は可能なんでしょ?証拠もないのに、別に私たちに拘る必要はないですよね。あと、花浦君は恨まれるような人じゃないです」
突っかかるように声を上げた東山さんは厚手のコートの袖で額の汗をぬぐう。
暑いのか、それとも……。
足利刑事はメモを取りながら、
「念のため聞くけど、一時間以内に更衣室は利用したのかい?」
花園さんも伏見さんも首を横に振った。
その後、第一発見者以外にも更衣室の使用者がいなかったか尋ねたが、利用した人がいても宗治さんを見た人はいなかった。
少しして、三人の第一発見者は解放された。
わたしと梨花は足利刑事と共に体育館に残っていた。
「外で襲われて、更衣室に運ばれた。ってことは外部犯なのかなあ……。誰も更衣室使ってないらしいし、お兄さんに襲われる動機がないし……」
梨花はため息をついていた。
足利刑事も考えは同じなようで、
「確かに、被害者の交友関係を調べても人柄もいいし、人望も厚い。襲われる理由や動機もない……」
一方、わたしはあの人の発言、そして動きを思い返していた。
明らかに焦る様子。腕時計を見ていたけど、何かあったんだろうか。
あと、途中で話に割り込んだ。
まるでこの場を切り抜けたかったかのように。
そもそも、あの人はおかしい。何でこんな暖かい室内でも分厚いコートを着ていたんだ?
「ねえ、葉月。険しい顔してるけど、あんたは犯人誰だと思う?」
梨花がわたしの顔を覗き込む。
「まだ犯人とは言えないけど、気になる人ならいるわ」
「誰?」
「マネージャーさん。事件があってから不自然な行動ばかりとってるの」
あの更衣室が襲った現場でないのなら、女性であるマネージャーさんでも可能性はある。
「ただ、犯人だとして証拠はない。そもそもあの人たちの言うように宗治さんを襲う動機がないのよ。ただ、何か焦ってたみたいだけど」
「取り調べを受けて、緊張してたのかな」
その可能性もある。しかし、一番大切なのはわたしたちと離れて、あの花園さんや伏見さんと会うまで何をしていたか。
そう言えば、講師の先生と会うって言ってた……。
「ねえ、梨花。講師の先生に会いに行ってみようよ」
「え、マジ!?」
わたしはこくりと頷いた。
***
女子高生探偵と呼ばれるあの子。多分、私がやったことに気付いてるかもしれない。
だけど、キャプテンには襲われる動機はない。そして、私も殺意があったわけじゃない。
もう少し、時間を稼げるかもしれない。
だけど、あいつと接触するには直接出向くしかない。
休んでいる合間を狙うか、それとも……。
私はカプセルをお茶に入れた。
お姉ちゃんを殺した、男。
何があろうと、許せない。
***
わたしと梨花は改めてスタジアムに戻った。
周囲の人に聞いたところ、講師の先生はスタジアム内の休憩室で休んでいるらしい。
コンコン
「失礼します。里川さん、いらっしゃいますか?」
「だ、誰だ……」
中から警戒する声。
「あの、千山といいます。ちょっと花浦さんの事件のことでお話を伺いたくて……」
「事件の事?警察関係者か?」
それは……、とわたしが口に出そうとすると、
ガラガラガラ……
戸が開いた。奥には三十くらいのジャージ姿の男性。
男性はこっちをみて、目が点になっている。
ふと隣を見ると梨花が目を閉じてしめた顔をしている。
「警察じゃないわ。この娘は女子高生探偵。居舘が誇る……」
「いいから、梨花」
梨花を下がらせると、わたしは頭を下げた。
「ごめんなさい。事件の捜査を協力させてもらってるんです。更衣室で見つかった花浦さんと最後に会ったのがあなただったので」
「警察の捜査に協力?まあ、いいだろう」
わたしと梨花は休憩室の中に通された。
テーブルの椅子に腰を掛ける。
「そうだ。話をビデオに収録していいですか?記録として残したいんで」
梨花はビデオカメラを取り出していた。
「ああ。構わないが」
やった! と梨花は嬉しそうにほほ笑んでいる。
その魂胆が見え見えなんだけど……。
早速聞き取りに入る。
「あの時は二十分ほど花浦君と話して別れたよ。練習の内容とか、時間配分の打ち合わせをしてたんだ」
「駐車場でですか?」
里川先生は首を縦に振る。
ピー、ピコッ
わたしの隣で何かの機会が動く音。
自称ジャーナリストがカメラを回し、わたしと里川先生を映している。
「そのとき、マネージャーさんも一緒に居たと思うんですけど、宗治さんよりも前に別れたんですか?」
一瞬先生の顔が引きつった。
しかしすぐに後頭部を掻きながら、
「ああ……、まあ……」
すると、テーブルに置いてあった黒いスマートフォンが振動しながら動いている。
「失礼」
里川先生はスマートフォンをとり、画面を見つめた。
「なにっ」
先生の表情が変わった。
何かに勘付いたのか、怯えているのか。
「どうされたんですか?」
「い、いや、別に……。君たちには関係ないことだ」
***
一礼すると、わたしと梨花は休憩室を離れた。
スタジアム玄関のベンチで一度休憩する。
「結局何もわからなかったね」
梨花はベンチでカメラを触りながら撮影状況を確認する。
「話だけ聞くとね。とりあえず、行動を整理しないと」
三人の第一発見者と里川先生の聞き取りを整理する。
わたしたちと別れてから宗治さんが発見されるまで一時間。
宗治さんと東山さんは里川先生のもとにいた。東山さんはしばらくして彼らから離れており、里川先生も二十分ほど宗治さんと話したあと別れた。
「梨花、もう一度聞きたいんだけど何分くらい里川先生を追いかけてたの?」
「正確な時間ならビデオを見たらわかるわ。あたし、ビデオ撮ってるから」
梨花はビデオカメラの画面を再生した。
宗治さんと東山さん、そして里川先生が話し合っているところ。
しばらくして、東山さんが去っていった。しかし、宗治さんと里川先生の話は続いているようだが途中でカメラは止まっていた。
「結局話が終わりそうになかったからここで切ったの。あれじゃ、独占は無理だったからね」
時間は十五分ほど。
カメラは合計三十五分回っていた。
つまり、二十五分の間に宗治さんは襲われたのだ。
しかし、同時にわたしはあることが気になっていた。
「梨花、もう一回カメラ見せてくれない?」
「うん」
冒頭部分が映され、宗治さんと東山さん、里川先生が話ながら歩いている。
「いったん止めて」
梨花はビデオカメラの停止ボタンを押すと、
「葉月、何か見えたの?」
「うん。やっぱりおかしい」
「おかしいって?」
わたしは里川先生の表情を指差した。
東山さんに顔を一切向けず、宗治さんとばかり話しているのだ。
東山さんが話しかけようとすると、何かにおびえた様子を見せる。
梨花は何かを思い出したのか、
「そう言えばさっきも講師の先生、マネージャーさんの話をしたときも怯えてたよね」
「確かにそうね。でも、何でだろ……」
怯えたと言えばスマートフォンに通知が来た時も驚いていたような……。
誰からの電話だったんだろう。あと、東山さんといえば宗治さんと意気投合していた。普通に考えたら宗治さんが襲われるとは思えない。だけど、東山さんは相当焦っているようだ。
もし、彼女が宗治さんを襲ったとしたら動機は……。
そして東山さんを怯えている里川先生……。大学以外で過去に面識があったのか?
「ねえ、梨花。悪いんだけど東山さんの足取り、もう少し詳しく調べてくれない?それと東山さんと里川先生の関係も。わたしも宗治さんと東山さんについて調べてみるから」
「オッケー、こんな時こそあたしの出番ってわけね」
梨花は立ち上がるとスタジアムから出て行った。
わたしはスマホを取り出し、電話帳を開く。
あいつに電話しないと。
(Part.4につづく)
©ヒロ法師・いろは日誌2016




