Part.3
知りたがり系女子、千山葉月と残念なイケメン男子花浦和樹が挑む学園ミステリ。
居館高校では十二月の初旬に沖縄へ修学旅行がある。
葉月と和樹は小学校以来、久しぶりに雪城楓と一緒の班になった。葉月たちが班別行動の準備に追われている中、楓は小学校の修学旅行で起こったある事件を思い出していた。
※シリーズ第3話。次回解決編です。
ここは男子が就寝する和室。
和樹は今日一日の感想を提出用紙に書き連ねていた。
「あー、めんどくせぇ。原稿用紙一枚全部埋めろとか正気の沙汰じゃないぞ」
和樹は腕を組んで畳の上に寝転がった。
ふと彼の目の先に同じ寝室の部屋割りになってる男子の背中が見える。
「卓司、おまえはできたか?」
「わかりきってること言うなよ。それよりさ、おまえ千山を贔屓しすぎなんだよ」
「贔屓?」
和樹は起き上がって牧村の背中に顔を向ける。
「別に贔屓してねえよ。葉月は幼なじみなだけだ」
「ほんとか?じゃあ、おまえネクラから千山を引き離せよ」
「はあ?雪城から?」
「カノジョなんだろ?ならそうしたほうが千山もあいつからいじめられずに済むじゃん」
和樹にとってそれは答えがたいものだった。
葉月をカノジョと思ったことは一度もない。いや、それはどうでもいい。
それよりも、葉月から雪城を引き離せって……。
「そんなの、葉月の勝手じゃないか」
「やっぱり千山を庇ってるなあ。朝森にとってあいつは敵になってんだ。今のうちに朝森に従っておかないとおまえも餌食だぜ」
和樹は一瞬黙ったが、ゆっくりと口を開く。
「じゃあ卓司。おまえは朝森をどう思ってるんだよ」
「はあ?女王様に決まってるだろ。あいつに従わない奴は消される。それだけさ」
「嫌だから従ってるだけか」
牧村はむっとした。
「一応忠告しておくが、女子であいつに従っていないのは千山と雪城だけだ。つい最近、同調してないやつが一人いたが」
和樹はびくっとした。
「この前の“公開裁判”のことか」
あの時、オレもあの様子を見ていた……。
「ああ。あの裁判であいつも朝森に屈服したんだ。もうこのクラスは朝森の天下さ」
牧村は缶ジュースを飲むと、机の上に置く。
「友達としてもう一度言っておくぜ。今のうちに千山に言っておかないとあいつも朝森の餌だ。あと下手すればおまえも男といえども神原の二の舞だぜ」
***
――明日、本当のことを話します。約束して
「ネクラ。あんたでしょ。こんなろくでもないことをしたのって」
わたしたちの目の前でボールペンで書かれた紙を突き付けている女子、それはいじめグループのリーダー、朝森蛍子その人だった。
楓は怯えてわたしの後ろに隠れている。
「そんな、わたし……」
楓の声は途端にとぎれとぎれになる。
女王様に恐れてしまい、声を詰まらせている。
「”本当のこと”ってなんなの?あんたそこまで気持ち悪いの?カッターと一緒に紛れ込ませるなんて、頭おかしいの?」
「楓がするはずないじゃない!朝森さん、あんた本当に楓がやったところを見たの?証拠はあるの?」
わたしはぎっと朝森さんを睨みつけた。
しかし、朝森さんは涼しげな顔をしている。
「あら千山さん。結局あたしたちの部屋に来なかったじゃない。怖かったのかしら?」
挑発的な言動にわたしはカチンと来そうになる。
「それより何で楓がやったって言えるの?」
「証拠?でもどう見たってネクラしかいないじゃない。あたしと辰美の布団にこれ入れるなんて。あたしの陰に隠れて、こそこそ変なことでもしてるんじゃないの」
憶測と決めつけだけで楓を犯人扱いしている。
しかも朝森さんは自分の思い通りにならないとすぐに怒る。
朝森さんと対立しているわたしは敵に見えているだろう。
「やっぱり千山さんはネクラを庇うのね。それだけネクラがやらないって言い張るのなら、あなたがその証拠を持ってきなさい。そして、あたしに危害を加えないように、ネクラを見張ることね」
「やっていない証拠?」
昔お父さんが言っていたことがある。
証拠を提示すべきなのは犯人を突き止める側。
つまり、朝森さんがすべきことなのだ。
でも、そんなの朝森さんに言っても聞き入れてくれるはずがなかった。
なら、真犯人を突き止めるしかない。
楓が犯人でないことを、わたしたちが証明するしかない。
「受けて立とうじゃないの。楓がやってないって教えてあげるから」
朝森さんはカッターをしまうと、後ろを振り向き、嘲笑する眼差しでわたしたちを眺める。
「あーこわいこわい。やっぱりネクラのことになると熱くなるわね。明日の朝、バスの中で“公開裁判”をするから、それまでに証拠を集めるのね」
そして朝森さんは一歩ずつ歩き出す。
「まあ精々頑張りなさいな。でもネクラが犯人なら……」
――あんたもネクラと同じ目に遭うわよ
ふん、と朝森さんは不敵に微笑むとその場を去っていった。
「葉月……」
楓は小さな声で廊下の先を見ていた。
さっきまでそこにいた女王様はいない。
「やるからにはやらないと。初めから決めてたことだしね」
わたしは一歩も動じなかった。
いや、動じたくなかった。
真犯人を見つけ出し、親友の無実を証明しないといけない。
「楓、引率の先生の部屋に行ったほうがいいかも。みんなからどんな目で見られるかわからないわ。わたしから事情を話しておくから」
「うん」
旅館の廊下を歩く。
浴衣姿の家族連れやカップル、そして日本の和装に慣れない外国人が通り過ぎていく。
そんな中、わたしと楓は事件時の状況を話し合っていた。
カッターなんて誰も持ってきていないが、隠し持っていたとして部屋に入れるのは四人だけ……。
「楓は朝森さんのほかに誰と一緒だったっけ」
「確か、二沢さんと美山さんかな……」
「うーん」
わたしは考え込んだ。
誰がカッターを隠し持っているなんてわからない。
「あ、おまえらどうしたんだ?」
ジャージ姿の和樹がプリントを持ってやってくる。
「楓の無実を晴らすの。朝森さんに喧嘩売られちゃって」
「おまえも大変だな。女王様相手にさ」
「このまんまだと楓が犯人にされちゃうよ。そんなの絶対ないから。和樹、あんたは楓がやったって思ってないわよね」
和樹は一瞬硬直した。
しかし、一呼吸置くと口を開く。
「それはわかんねえよ。でも、朝森の決めつけならよくないと思うぜ。どうせ雪城なら言いたい放題できると思ってるんだろ?」
「和樹……」
幼なじみはいつも頼りないけど、こういう時はやってくれる。
ふと和樹は何か思い出したようで、
「そうだ。葉月、おまえにも話しておいたほうがいいな」
人が少ない休憩所。
トイレの前にある自販機とベンチが置かれた簡易な休憩所で、本棚に漫画や雑誌が数冊置いてあった。
「話って何なの?こんなところじゃないと話せないことみたいだけど」
「神原冬馬のことだよ。覚えてるだろ?」
「あ、まさか三か月前の……」
神原冬馬君。
わたしたちとはクラスは違うが、学校前の横断歩道を歩いているときにトラックに撥ねられて亡くなった児童だった。
彼と和樹は居館の同じサッカークラブに所属していて、仲が良かった。
健気なしっかり者の明るい子で、それでいて和樹が恥ずかしがって言い出せない二次元の趣味を持ち、気楽に語り合える関係だった。
そんな奴がなんで……。
和樹は彼が命を絶った時、頭の中が真っ白になっていた。
わたしはその時の和樹を高校生になった今でも覚えている。
「あいつもおまえみたいに正義感が強い奴だったんだ」
神原君は信念を曲げない性格で、別クラスの学級委員も務めていた。特に“裁判”と称して気に入らないクラスメートをいじめる朝森さんと対立していた。
確か、一時期楓がいじめられていた時も彼が止めに入ってたっけ。
「まさか、事故に朝森さんが関わってるっていうの?」
和樹はこくりと頷いた。
「卓司の奴言ってたんだ。朝森と揉み合って……」
「え……!?」
校門前の横断歩道で口論となり、揉み合いに発展。
ふとした拍子に神原君は突き飛ばされ、通りかかったトラックに撥ね飛ばされたという。
朝森さんたちはついうっかりやってしまったというが、本当なら嫌がらせでは済まされない。
「でも学校側は事故で処理してるんだよね」
「ああ。朝森に殺意はなかったみたいだし、内々に揉み消したんだと」
小さい声だが、怒りに満ちた声が聞こえた。
「酷いわ……。幾らなんでも、死なせるなんて」
振り向くと、楓は瞳を隠して目をハンカチでこすっていた。
「葉月、こんなの許せないよ」
わたしは楓に一つ頷く。同じ考えだ。
「でも、牧村君なんで今になって話したの?」
「朝森に葉月がいじめられないようにするためらしい。あいつもあいつで朝森が嫌みたいだぜ」
牧村君が朝森さんを嫌ってる?
そうは見えないけど、いやいや女王様に同調しているのか?
彼女を嫌ってるから、朝森さんが神原君を突き飛ばしたことを話したのか?
「ねえ和樹。朝森さんの布団にカッターナイフが仕込まれていたこと、知ってる?」
和樹は首を縦に振った。
「ああ。朝森がわめき散らしてた。二沢も一緒に声を上げてたな」
「そのことで楓が疑われてるのよ」
昼に起きた画鋲事件。あれも朝森さんは楓がやったと言っていた。しかし、その時楓はお土産屋にいたという。明日売店に連絡してアリバイを確認するつもりだが、あれは朝森さんの決めつけだろう。
今回の画鋲事件にしてもそうだ。
しかし、すでに朝森さんは大声で事を騒いでいる。クラスメイト達も楓がやったと思っていてもおかしくない。
「だから、楓の無実をはっきりさせるためにも手伝ってくれない?」
和樹は少し考えるそぶりを見せる。
「ああ、もちろんだ!オレも乗るぜ」
「ありがとう!」
わたしは思わず和樹の両手を握った。
「葉月、痛いっ!」
「あ、ごめん」
その様子を楓は後ろからどう見ていただろう。
少なくとも、落ち込んだ顔に光が差し込んだのは間違いない。
***
とはいえ、犯人を捜すには当時の状況を整理しないといけない。
「楓、部屋に戻った時は鍵を持って行ったの?」
楓は首を振った。
「美山さんが持って行ったわ。お腹が痛いみたいで、途中で抜け出したらしいの」
「朝森さんたちはいなかったのね」
楓は頷いた。
鍵がないと部屋には入れないのだから、外部の人間がカッターを仕込むには鍵を持った人と一緒に入らないといけない。しかし、部屋には楓を含めた四人以外誰も入っていないのだ。
ここから先のことは部屋のメンバーに訊くしかない。
朝森さんたちに事情を聴くのは気が乗らないけど、やるしかなかった。
「え?二条公園で何してたかって?」
「うん。散歩に行くって妙子ちゃん言ってたじゃん」
ここは寝室がある階の休憩所。
部屋から妙子ちゃんを呼んで、話を聞く。
呼び出しに行ったとき、運よく朝森さんと二沢さんは部屋にいなかった。
楓は引率の先生の部屋で待機している。
一応、妙子ちゃんには体調を崩したので別の部屋で休むと伝えてあった。
「本当にぶらっとしてただけよ?」
「何か面白いのとかあった?」
「ぜーんぜん。むしろ葉月ちゃんと花浦君のほうが楽しそうだけどな」
後ろで和樹はむっとしている。
「美山、変な話しないでくれ」
わたしも今は話を変えられても困る。
二条公園での話はいったん切り上げ、旅館での行動を確認する。
確か妙子ちゃんはお腹が痛くなってすぐに寝室に戻ったらしい。
「お腹痛いのは治ったの?」
「あんなの、トイレ行ったらすぐ治っちゃった。二条公園のお土産の試食を食べすぎたからかなあ……」
「試食ってあった?ねえ、和樹知ってる?」
和樹は両手を上げて、知らないという素振りを見せる。
「わかんね。土産屋の屋台も売店にもなかったと思うけど」
しかし、妙子ちゃんは突っかかるように声を上げる。
「あるのよ!でも秘密の場所だから教えてあげなーい!」
顔を膨らませて、妙子ちゃんはそっぽを向いた。
「秘密の場所って……」
ふと廊下を歩く足音がする。
「あら、美山さんそんなところにいたの?捜してたんだけど」
「あ、けーちゃん!ごめん!ちょっと葉月ちゃんに呼ばれたの」
わたしと和樹の前に立つ女王様とその取り巻き。朝森さんと二沢さんだった。
ふたりともわたしに気が付くと、鋭い目つきでわたしと和樹を見る。
「千山さん、勝手なことはやめてくれる?美山さんは同じ部屋の一員なの!」
朝森さんが一歩前に近づく。
「就寝時間はまだでしょ?わたしは妙子ちゃんに用があったの!」
掛け時計はまだ九時前だ。
「うちの部屋にはうちの部屋のルールがあるんだけど。ネクラがいないんだけど、あんたがやったんでしょ?」
「は?何が?」
わたしの言葉に朝森さんは突っかかるようににじり寄る。
すぐそこまで女王様が迫っている。
クラスメイトならここで怯んでいしまうけど、怖気づいてはいられなかった。
「あんたがネクラを遠ざけたんじゃないかって言ってんの」
「さあ?楓なら気分悪いみたいだから別の部屋で休んでるけど?」
朝森さんはわたしから顔を離した。
「あっそ。じゃあもういいわ。でも、千山さん約束破っちゃだめよ。破ったらどうなるか、わかってるわよね」
「忘れてないって」
隣では二沢さんが指を鳴らしながら、わたしに視線を突き刺していた。
朝森さんはさらに和樹に顔を向ける。
「花浦君、どうやら牧村の忠告を無視したみたいだけどそれでよかったの?」
「いいだろ」
和樹はそれ以上何も言わなかった。
「じゃあどうぞご勝手に。あんたたちがどうなっても知らないから。クラスのみんなから嫌われるわよ」
朝森さんは振り向くと、二沢さんと妙子ちゃんに「行こう」と声を掛け、戻ろうとする。
「二沢さん、ちょっと待って」
「何よ」
「二沢さんが部屋に戻った時、どこか変わったところはあった?」
言うまでもなく、二沢さんは怪訝な顔をする。
「はあ?千山さん、あんたあたしを疑ってんの?蛍子にそんな酷いことするなんて」
「疑ってないわよ。ただ、部屋に何か変わったところがなかったか訊きたいだけ」
「はぁ……。もう布団は敷いてあった。部屋には美山さんしかいなかったし、これでいいわよね」
わたしは一つ頷いた。
妙子ちゃんも朝森さんとともに寝室に戻っていった。
「信じられないけど、状況からしてそうよね」
わたしは腕を組んで言葉を漏らす。
「犯人、わかったのか?」
「一応。だけど、はっきりした証拠は必要だし、何より動機が分からないのよ。和樹はあの子がやると思う?」
とりあえずわたしが予想している犯人を告げる。
やはり和樹も首をかしげている。
「いったん状況を整理しないと……」
画鋲事件とカッターナイフが入れられた事件。
朝森さんに恨みを持つ人物がやったのは間違いない。
犯人が同一人物だとしたら、楓や二沢さんがすることは可能だ。
だけど、楓にはアリバイがあるし二沢さんは朝森さんに恨みを持っているとは思えない。そもそも、彼女が朝森さんを恨む理由がないのだ。
でも、もし神原君の事故が今回の事件に関係しているのだとしたら……。
あの子はそれを匂わせる発言をしている。
二条公園でも行き先は同じ。
そして部屋での話からあの子しかカッターを仕掛けることはできない。
だけど動機がない。
これじゃあ犯人をみんなに伝えることができない。
いろいろ悩んでいると和樹が声を掛ける。
「そうだ、神原のことで卓司から聞いたんだけど」
「何を?」
「ちょっと耳貸せよ」
和樹の耳打ちは驚くべき話だった。
その話は間違いなく、動機につながるものだった。
「ねえ、あんたの部屋に行っていい?牧村君いるんでしょ」
「え、おまえ本気なのか?」
「じゃあ連れてきてよ。わたし待ってるから」
(Part.4につづく)




