Part.3
居館高校に通う女子高生、千山葉月は幼馴染の花浦和樹とともに兄宗治の中学時代の同窓会の準備に参加する。五年ぶりにタイムカプセルが開封されるということで、皆それぞれ想いを膨らませていた。ところが、埋められているはずのタイムカプセルが無くなっていた。開封までに葉月たちはタイムカプセルを見つけ出すことができるのか。
タイムカプセルを持ち去った張本人。
さっき電話した滝川さんだ。
滝川さんは”同窓会”という言葉にひどく反応していた。
行けないことはすでに伝えているはずなのに。
わたしはタイムカプセルを持ち去った理由を、知られたくないものを記念品として埋めたからだ、と考えていた。
「確かにびくついてたけどさ……。それだけの理由で犯人だって決めていいのかよ」
「でも、調べてみる価値はあるんじゃない?」
滝川さんが犯人だとすれば、発表会に参加していることは嘘になる。
これも宗治さんから聞いたことだが、滝川さんは東京にある六条大学に通っている。
居館から東京までは片道だけで六時間もかかる。
現在は午後一時。
開封まであと三時間だ。
わたしと和樹は手分けして滝川さんのことを聞き込みすることにした。
ただ、中学を卒業してもう五年経つ。
居館市内には高校がいくつもあり、中には別の市や町にある高校に通う人もいた。
また、宗治さんや飯田さんも滝川さんとは中学以来会っていなかった。
一時間ほどして、暑くなってきたのでわたしは体育館の木陰で休んでいた。
今は四月なのに今日はやけに気温が高い。
温暖化の影響なのだろうか。
「よう葉月。何か洗えたか?」
和樹がサイダーを持ってやってきた。
これでも飲めよと和樹はサイダーを軽く投げつけた。
「なんにも」
わたしはサイダーを受け取った。
「そっちこそ情報仕入れられた訳?」
和樹はにやにやしていた。
さっき飯田さんを見ていたかのように。
「あるんだよな、それが」
「早く教えてよ。気になるじゃない」
和樹はさっき宗治さんの同級生に聞いたが、どうやら中学時代に飯田さんに心を寄せていたという。
しかし、彼は一度も飯田さんに告白できずに離ればなれになってしまった。
ふとわたしはあることを思い出した。
中学時代に宗治さんと飯田さんが付き合っていたことだ。
さっき和樹が言っていた滝川さんが飯田さんを好きだったことを合わせると、三角関係が出来上がる。
しかし、一度も飯田さんに告白できなかったことを考えると、滝川さんは宗治さんと飯田さんの交際を知っていたのだろう。
「他に、何かわからなかった?」
さらに和樹に聞く。
だが、和樹はわたしの顔を見るなり、
「むしろこっちが聞きたいぜ。葉月、おまえ何か感づいてるようだけど」
とりあえず今考えていることを話した。
「滝川さんが犯人だとしたらの話だけどね」
「じゃあ、お前はあのタイムカプセルに滝川さんが何を入れたか、分かったのか?」
「まあ、大体はね」
多分、飯田さんに対する思いを記念としてタイムカプセルにしまい込んだのだろう。
しかし、開封することになってしまい急いでタイムカプセルを持ち去ったと。
「まあ詳しいことは本人に聞いてみようよ。タイムカプセル、返しに来るんだから」
その時、校庭のほうから声がした。
「明人!お前いたのかよ!」
校庭の方からだ。
わたしと和樹は急いで校庭に向かった。
校庭での人はまばらだった。
わたしたちは出来るだけ人目を避けるために、岩陰に隠れた。
男の人何人かに囲まれて、和樹と同じ身長(一七四センチ)くらいの男の人がいた。
彼は他の人に比べて茶髪で、分厚目の眼鏡をしていたから割と目立っていた。
あの人が滝川さんだ。
男の人たちの集団がこちらに向かってくる。
「お前、来られなかったんじゃないのか?」
「ああ。でも、すぐに発表が終わったから顔出しにさ」
滝川さんは事をごまかしているようだ。
目が泳いでいるのがよくわかる。
タイムカプセルの話題になると、視線だけでなく、口調にも表れていた。
「ところでお前、記念品何を入れたんだよ」
「い、いや。忘れちまったよ」
滝川さんは頭の後ろを掻いている。
「まさか、エロ本とか入れたんじゃないだろうな」
「い、いや、そんなんじゃ……」
喋り方も電話で聞いたように、どことなく変だ。
彼が何かを隠していることは明白だった。
さっきまでの様子だけでなく、電話で話していた「発表会」は嘘だった。
そして、友人たちに何か理由をつけて断った後、滝川さんは走り出した。
「葉月、どうする」
和樹がわたしの肩を叩いた。
わたしは立ち上がった。
「おい、どこ行くんだよ!」
「中庭よ」
わたしと和樹は物陰に隠れながら、滝川さんの後をつけた。
彼は中庭に向かっている。
タイムカプセルが掘り起こされている場所だ。
滝川さんの動きが止まった。
目の前には中庭がある。
わたしたちも気づかれないように隠れた。
辺りを見回して、誰かいないか確認しているようだ。
見た感じ、中庭に誰もいなかった。
滝川さんは走り出した。
そして、中庭奥のフェンスに飛び掛かった。
私たちも後を追った。
フェンスの前で叫ぶ。
「滝川さん、飛び入り参加ですか?」
「え、あ、ああ……」
滝川さんはフェンスから飛び降りた。
わたしは和樹に宗治さんを呼ぶように頼んだ。
オッケー、と和樹は事務局がある体育館に向かっていった。
「おまえら、宗治の知り合いか?」
「ええ。ちょっとした事件があって、一緒に探してるんです」
「事件?」
わたしは中庭に開けられた大穴を指さした。
「今朝がた、あそこに埋められていたタイムカプセルが持ち去られたんです」
「タイムカプセル?」
その言葉を聞いて滝川さんは一瞬硬直した。
「一番最後に開封するんですけど、まだ見つかってないんですよ。誰かが学校の外に持って行ったみたいで……」
滝川さんは口をつぐんだ。
「も、もう開封したんじゃないのか」
わたしは首を振った。
「開封するのは夕方で、一番最後。あと二時間ほど後です」
そしてわたしはこう投げかけた。
「そういえば、タイムカプセルは思い出とか、将来の自分への想いとかを記念に埋めるものですよね。滝川さん、あなたも心を込めたものを仕舞い込んだんでしょう」
滝川さんは無言になった。
そして口を開く。
「ああ、そうだよ。でも、何を埋めたかなんてお前に言うことないだろ」
「そうですね。だけど、あなたがタイムカプセルを持ち去ったのだとしたら、話は違いますけど」
「なっ」
滝川さんは一瞬硬直した。
「お、俺がタイムカプセルを……?そもそも俺は埋めてあるなんて知らねえぞ」
わたしは首を横に振る。
「じゃあ、何でさっき嘘ついたんですか?」
「嘘って……」
「さっきあなたに電話したのはわたしです」
さっきの欠席者確認。滝川さんは矛盾した行動をとっていた。
「なんで今ここにいるんですか?東京から居館まで六時間は掛かるのに」
それだけ時間がかかるならどれだけ急いで居館に戻っても夜九時になってしまう。
なぜこの時間に同窓会に現れ、しかも中庭に走っていったのか……。
「やっぱり、タイムカプセルが気になっていた。無くなっていたのを考えると、戻しに来たんですよね」
少し間を開けて、滝川さんはため息をついた。
観念したようだった。
「ああ、そうだよ。今日あれが掘り起こされるなんて思ってなかったからよ」
「何で知らなかったの?」
宗治さんにメールを送っている以上、招待状はもらっているはずだった。
「レポート作成の準備で忙しくてさ、研究室に寝泊まりして作ってたんだ。俺のとこの教授、めちゃくちゃ厳しくてさ」
それでアパートに帰る時間すらなかったらしい。
実は発表会自体は昨日終わり、滝川さんは久しぶりにアパートに帰った。
その時郵便受けに入っていた封筒を見て気付いたという。
そのため急いで居館に戻り、学校の施錠が解かれたのを見計らって中に侵入。
タイムカプセルを持ち出したという。
タイムカプセルはフェンス横の道に止めてある車の中にあるという。
わたしはフェンスにつかまってその車を確認した。
その車は白いワンボックスだった。
恐らく、早朝目撃された車だろう。
車の荷台に何やら積んである。
土をかぶった壺だった。
わたしはフェンスから飛び降りた。
「俺の分だけ抜き取ったら返すつもりだったんだ。飯田への気持ちがばれると恥ずかしくてさ」
滝川さんは頭の裏をかいた。
「でも、迷惑かけてすまない。とんでもないことになってしまったようだな……」
その時だった。
体育館の方から声がした。
「おーい!葉月!」
振り向くと、和樹が宗治さんを連れて走ってきた。
その少し後ろには飯田さんもいた。
「滝川、お前いたのか」
宗治さんは驚いていた。
滝川さんは何も言わなかった。
とりあえず、わたしはタイムカプセルが持ち去られた真相を宗治さんたちに話した。
ただ、滝川さんが飯田さんに好意を持っていることは伏せた。
「花浦、飯田。本当にすまなかった」
「謝ってくれたんならもうかまわないよ。とりあえず、タイムカプセルを戻そう」
宗治さんと飯田さんはタイムカプセルがないことは公表していなかった。
そのため、予定通り開封は行われることになった。
***
その後、わたしたちはタイムカプセルを車から運び、もとあったところに埋め戻した。
同窓会のスケジュールではみんなの前で、掘り起こすことになっていたからだ。
埋め戻した後、宗治さんと飯田さんは会場に戻っていった。
滝川さんも飛び入り参加ということで、同窓会に出席した。
わたしと和樹は体育館の裏で休憩していた。
「ふう、なんとか事は収まったな」
和樹はコーラを飲んだ。
「まあね、あと一時間で開封ね」
わたしも自販機で買ったジュースを飲んだ。
その時だった。
「ところでさ、葉月。あの滝川って兄ちゃん、兄貴と薫さんと一緒に行くとき、変じゃなかったか?」
「どういうこと?」
隣に好きだった人がいて緊張しているんじゃないだろうか。
だが、和樹は首を振った。
「ちがうちがう。なんか、思いつめた顔をしてた」
「思いつめた顔?」
まさかとは思うが……。
わたしはふとタイムカプセルを埋めた中庭を眺めた。
あの中にはもう……。
午後六時。中庭。
同窓生たちはみんな集まっていた。
わたしと和樹も物陰から様子を見ていた。
タイムカプセル開封の時がやってきた。
スコップを持った先生たちが現れ、埋めてあるところを掘っていく。
壺が出てきて、掘り起こされた。
中から同窓生一人ひとりの思い出が詰まった記念品が出てくる。
みんな記念品を受け取ると、思い思いに持ち寄って中学の頃の記憶を語り合っていた。
わたしの予想が正しければ、あの中に滝川さんの記念品は入っていない。
恥ずかしいと思うものをわざわざタイムカプセルに戻すなんて考えられないからだ。
もちろん、宗治さんと飯田さんの記念品も現れた。
わたしは宗治さんの記念品が何か気になっていたが……。
しかし、宗治さんの近くにいた滝川さんも妙にそわそわしていた。
「懐かしいな!俺、こんなもの埋めたんだっけか」
それは「10」とプリントされたゼッケンだった。
「花浦、お前そんなものを入れてたんだ!そういえば、居館中サッカーのエースだったもんな」
滝川さんは素直に喜んでいた。
「兄貴スゲーよ」
和樹はため息をついていた。
「俺も早くエースはりたいぜ」
「あんた、インドア派だから永久に無理じゃない?」
「それを言うな!」
和樹に耳打ちがうるさい。
飯田さんも記念品を受け取った。
丁寧に包み紙にしまわれている。
開けてみると……。
「あ、これお守りだわ!受験合格祈願の!」
「飯田、お前そんなの入れてたんだ……」
飯田さんは笑った。
「悪い?これのおかげで合格できたのよ!あなたよりも上に行けたし」
「上に行けた?」
宗治さんと飯田さんの話に、滝川さんが割り込んだ。
「上に行けたって、お前ら付き合ってたんじゃないか?」
その言葉に宗治さんも飯田さんも驚いた。
「付き合ってたって、ああ、俺と飯田が一緒に下校してたからか?あれはタダの噂だよ」
「実際は私と花浦君は……。まあ、ライバル同士だったのよ。テストとか、進学で張り合っちゃって」
互いに譲れない思いがあったのだ。
周りの人から分かったことだが、宗治さんと飯田さんは居館中の生徒の中ではトップを争う成績だった。
実力が伯仲している宗治さんと飯田さんはよきライバル関係だったという。
二人の話を聞く限り、恋愛が絡んでいる様子はなかった。
「まあ、俺らはただいがみ合ってただけだな」
宗治さんは頭を掻いた。
わたしの思っていた通りだった。
滝川さんは二人が付き合っていたと思っていたのだ。
「そういえばさ、滝川。お前は何入れたんだよ」
「そ、それは……」
滝川さんは記念品を隠している。
記念品は飯田さんが好きだったことを示すものだ。
本人が目の前にいるので、どうしたらいいか分からないようだ。
だが、滝川さんは思わぬ行動に出た。
「飯田。ここで言うのもあれだけど、話がある」
「私に話って?」
え、ちょっと……。
わたしは頭が混乱し始めた。
「でも、そろそろ中締めに司会に戻らないと」
だが、宗治さんは割って入った。
「いいよ、飯田。中締めは俺がやっておくからさ」
「そ、そう?」
宗治さんは微笑むと、場を後にした。
和樹も立ち上がる。
「さて、葉月。オレらも体育館に行こうぜ」
「う、うん」
和樹に手を引かれながらも、わたしは中庭に残る滝川さんと飯田さんを見ていた。
***
「え、フラれた?」
「ああ。昨日滝川からメールがあってさ。バッサリ切られたんだと」
宗治さんはブラックコーヒーをすすった。
四月下旬の休日。ここは喫茶〈とけいや〉。わたしと和樹は宗治とこの喫茶店で一服していた。
すでに同窓会から一週間経っていた。
「“好き”なら初めから“好き”と言ってほしい。タイムカプセルを隠してまですることじゃないし、卑怯だって言ってたよ」
「確かに、あれはちょっとひどいと思います……」
好きなら好きとはっきり言ってほしかった。
もっと早く滝川さんから誤解がなくなり、告白していたら少しは結果が違っていたかもしれない。
「でも、連絡先は教えてもらえたらしいぞ」
「え、どうして?」
宗治さんによると、滝川さんはフラれた後に友達からやり直したい、とお願いしたという。
飯田さんは「友人になりたいのならそれくらいの気構えは見せてほしい」と言って連絡先を教えてくれたのだ。
「じゃあ、今は……」
宗治さんは首を縦に振った。
「近いうちにデートとかするんじゃないか?それ以上のことは知らないけど」
テーブルの向こう側からコーヒーをすする音。
和樹はコーヒーカップをテーブルに置く。カップの隣に空になったミルクとシロップが積まれていた。
「ま、よかったんじゃね?これでまた関係が進展していけばよ」
そう言って和樹は店内を見渡す。
「何あんたかっこつけてんのよ」
「ただの感想さ。あ、そうだ。まだ解決してないことがあったな」
和樹は手を叩いて、何かひらめいたようだった。
「いったい何よ」
「ほら、仮進試験のことだよ。今度のゴールデンウィークにみっちり仕込んでやるから期待してろよ」
その言葉を聞いた途端、わたしの頭は真っ白になった。
「な、なんでよ!いきなり!」
わたしはテーブルを叩いて立ち上がった。
「お、忘れてた。そういや千山を呼んだのって“補習”のことだったな」
宗治さんもにやにや笑っていた。
「え、マジですか?」
宗治さんは笑顔で頷くが、隣で和樹は腕を組んで笑う。
「覚悟しろよ、葉月」
おい、一件落着じゃなかったのかよー!!!
(「消えたタイムカプセル」おしまい)
©️ヒロ法師・いろは日誌2016