Part.1
10月、居館高校の中庭にある時計台が壊されることになった。しかし、時計台には昔いじめを苦に女子生徒が自殺し、彼女の幽霊が出ると噂されていた。
葉月と和樹は自称ジャーナリスト、八瀬川梨花とともに噂の真相を確かめるのだが……。
中庭の時計台にはね、幽霊が出るの。
十年以上前から、ずっと語り継がれてるんだけどね。
昔、ある女子生徒がいじめられてそれを苦に自殺したの。
首を吊ったのがその時計台って訳。
女子生徒の遺体が見つかった時、遺書が足元に落ちててね。
その遺書には、いじめの加害者を酷く恨んだ内容があったんだって。
――二度と許さない。死んでも恨み続けてやる。
いじめの加害者はその後不幸に見舞われて、事故で死んだり、病気になったり、夜逃げしたり……。
みんな自殺した女の子の復讐だって言ってたの。
自殺してから、時計台では女の子がすすり泣く声が聞こえたり、誰もいないのに足音が聞こえたりして、不可解な出来事がたくさん起こったの。
中には時計台の近くで女の子の幽霊を見たって子も多かったそうなの。
***
「っていうのが居館高校に伝わる心霊話の一つ、『時計台の女の子』。まあ、知らない人はいないと思うけど」
「いや、わたし知りませんでしたが何か」
わたしは思わず後頭部を掻いた。
中庭にそんな話があったなんて……。
確かにあそこは出入り禁止になってるけど、てっきり体育館の建設工事が理由だと思っていた。
クラスメイトの自称ジャーナリストは腕を組んでにやにや笑っていた。
「知りたがり屋さんでも知らないことがあったのね」
「いいじゃないの、別に」
わたしはふと隣の席でうつぶせている男に目をやった。
「や、八瀬川。今の話嘘だろ……」
幼なじみは小刻みに震えている。
「それを今から調べるのよ。花浦君、顔はいいのに本当に残念ね」
十月中旬のある昼休み。
わたし、千山葉月と花浦和樹はクラスメイトである八瀬川梨花からある相談事を受けていた。
それは中庭にある時計台にまつわる謎の真相を突き止めてほしい、というもの。
何十年も昔に自殺した女子生徒がいてその幽霊が出るとの噂だった。
ところが新しい体育館を作るため、中庭の一部を改修し、老朽化した時計台も取り壊されることが決定した。
「時計台が無くなる前に、新聞記事のネタにしようと思ったの」
「でももう昔の話なんでしょ?そもそもそんな噂どこで仕入れてきたのよ」
「もともとはネットの掲示板よ。でも、昨日実際に幽霊を見たって人がいたの」
わたしは目を丸くした。
中間テストの一週間前なので、部活禁止期間になっていた。
一日の授業が終わった後、わたしと和樹は梨花に連れられ、隣の二年三組を訪れていた。
梨花が紹介したのは黒い短髪で、黒縁の眼鏡をかけたがり勉のようだが、どこか気の弱そうな男子生徒。
「村上洋太君。ちょうど昨夜、学校で『女の子』の幽霊を見たのよね」
梨花の問いかけに村上君は顔を俯けたまま、一つ頷いた。
「暗くてよく見えなかったけど、怖かったよ。声ははっきり聞こえた」
夜九時ごろ、村上君は教室に忘れ物をしてしまい、学校に取りに来ていた。
この時間帯になると校舎は施錠されるため、警備員さんの事務所がある裏口に行き、許可をもらわないといけない。
だが、裏口に行く途中、中庭を通りかかったとき彼は見てしまったという。
古びた時計台の近くて、白い靄が立ちこみ、周囲を覆っていた。
その近くを通ろうとすると、なぜか体が重くなり、心臓の鼓動も早くなる。
靄が次第に濃くなり、暗闇なのに辺り一面が白くなる。
そして、誰もいないはずの靄の向こうから、声が聞こえてきた。
―――クルナ。
「一瞬だけど、確かに聞こえた。女の人の声だったよ」
一瞬わたしは体がぞっと震えた。
隣にいる和樹も言うまでもなかった。
村上君が話し終えるのに続けて、梨花が話を切り出す。
「で、その幽霊の真相をこれから調べに行くって訳。花浦君も、今は夕方だし幽霊も出てこないから大丈夫よね」
和樹は何も口に出さない。とにかく、沈黙を貫こうとしている。
わたしは和樹の肩を押した。
「どうなのよ。行くの?」
「なんでオレもいかなきゃならねえんだ。そもそも八瀬川が葉月に持ち掛けたことだろ」
梨花はウインクして人差し指を立てた。
「花浦君は葉月の助手にピッタリじゃない。ほら、コナンドイルの小説に出てくる……」
ホームズとワトソンか……。
推理小説はあんまり読まないけど、土曜夕方の探偵漫画が原作のアニメが好きなので名前を覚えていた。
その話を聞いて梨花は手を合わせて何かひらめいたようなそぶりを見せた。
「そうそう!葉月はホームズで、花浦君はワトソン!」
「オレはいつからそうなったんだよ」
同意。
まあ、確かに和樹といろいろな事件に遭遇してきたし、彼と協力して解決してきたけど、勝手に例えられても困る……。
あと、ホームズって男だよね。
「とーにーかーくっ、葉月の推理力に花浦君の知識、二つ合わせれば怖いものはないのよ!」
いつしか楓に言われた言葉だ。
「オレは嫌だからな。もうテスト前だろ。オレはこいつの成績を上げないといけないからな」
「はあ?聞いてないわよ、そんなこと!」
そもそも、今日は宗治さんの家庭教師訪問がある。
和樹は自分が行きたくないから利用しただけだ。
「いいだろ別に!」
わたしは和樹の靴を踏んづけた。
和樹は痛みで飛び上がる。
「梨花、こいつ連れていくわ。わたしが許す」
「さすが葉月!ありがとねっ」
梨花は相当うきうきしている。
「おい、勝手に決めるな!」
もう決定事項である。
そして、わたしたち三人は時計台のある中庭にやってきた。
時計台は六メートルほどの高さで、時計はアナログ式だが、取り壊されるのですでに止められていた。
周囲三メートルほどは花壇になっていたが、花も移植されていた。
今は四時半。
暗くなるまではまだ時間がある。
「さ、さっさと謎を解いて帰ろうぜ」
「あんた本気で信じてるの?高校生にもなって幽霊なんて……」
「信じてねえけどよ!」
和樹はすぐにでも帰りたいようだが、引き受けると言ってしまった以上帰るわけにはいかない。
幽霊のせいじゃないのだとすれば、靄も声も人為的なものだ。
普段ここに靄はかからない。声にしても、何かからくりがあるはずだ。
わたしは時計台の周囲を調べるため、茂みを掻き分けた。
「おい、葉月!呪われるぞ!」
信じてないんじゃなかったんかい。
「まだ昼の時間だから大丈夫よ。てか、幽霊って空想上の存在じゃなかったの?」
「そ、そうだよな」
後ろで梨花のすすり笑いが聞こえた。
「和樹、梨花。あんたたちも手伝ってよ」
十分ほど探したが、茂みには何も目ぼしいものはなかった。
時計台内部も外側から見えたが、やはり何もない。
「痕跡も何もなかったな……」
「ええ。でも、何か装置とか使ったのよ。幽霊ができる訳じゃあるまいし」
今はそう推測するしかない。
その時、梨花は手を叩いた。
「そうだ!あたしにいい考えがあるんだけど」
「考え?」
いきなりなんだと思い、梨花に問いかける。
カメラを時計台に取り付けて、夜間作動させておき、決定的瞬間を撮影するのだという。
「ひょっとしたら今日も出てくるかもしれないわ」
「でもいいの?勝手に使って」
梨花はにっこり笑った。
「いいのいいの!うちにあるやつを使うから。明日改めて報告するから、待ってて!」
「待っててって、高校生は夜間外出禁止だし学校は閉まってるのよ?危険なんじゃないの?」
「時には捨て身の覚悟で取材しないと!ジャーナリストなんて務まらないわ」
なんか思い付きで突っ走っている感があるけど、大丈夫なんだろうか……。
熱意はわからないでもないけど……。
***
その日の午後十時ごろ。
新聞部の記者である八瀬川梨花はビデオカメラを携え、こっそりと校舎に潜入していた。
幸い校門を開いており、警備員はまだ帰っていない。
今のうちに設置して決定的瞬間をとらえるのだ。
時計台の周囲には誰もいない。
茂みを漁り、ベストポジションを探す。
「さあ、どこからでも来なさい。『時計台の女の子』の真相を暴いてやるんだから!」
幽霊でも、人為的なものでもネタにできる。
絶対この時計台には何かあるのよ。そしたら……。
色んなことを妄想しながら設置していると、周囲の様子は見えなくなる。
それは梨花とて例外ではなかった。
後ろから近づく足音に気づかなかったのだ。
カメラの設置が完了する。
額の汗をぬぐい、梨花は家に帰ろうと振り返ったその時だった。
ガンッ!
梨花は額に強い衝撃を感じた。
な、なんなの……!?
確認する間もなく、梨花は前のめりに倒れこんだ。
***
翌日。
わたしはいつものように和樹とともに登校した。
「梨花、ちゃんと撮ってくれてるといいんだけど」
「オレは映らないことを祈るよ」
わたしはため息をついた。
どれだけ怖がってるのよ、この残念なイケメンは。
校門に差し掛かった時だった。
中庭に人だかりができている。何かあったのだろうか……。
校内に入ると、わたしと和樹に気付いたのか野次馬の後列にいた女子生徒が駆けてきた。
「葉月に、花浦君!大変よ!」
走ってきたのは雪城楓だった。
「どうしたの?」
「梨花ちゃんが……」
それは驚愕の事実だった。
昨日の夜、梨花が中庭で何者かに頭を殴られ、病院に搬送されたという。
発見が早かったものの、意識不明の重体になっていた。
「意識がないって、誰がそんな……」
「今警察の人が捜査してるの。でも目撃者がいないから難航してるみたい」
わたしは和樹にリュックを渡した。
「和樹ごめん。これ、わたしの机に置いておいてくれない?」
「いきなりなんだよ!」
わたしは和樹の言葉を無視して、中庭に走り出した。
中庭。
野次馬の生徒を掻き分け、先生の注意も無視して前に進む。
中庭には制服警官が数名、そして若い刑事も何人かいた。
その中には、見覚えのある顔ぶれもあった。
「足利刑事じゃないですか」
「あ、君は女子校生殺害未遂事件の時の。そうか、ここは君の高校だったね」
夏の事件で知り合った居館署の足利刑事だった。
通報を受けてから夜を徹して捜査が行われているという。
「堂宮警部はご一緒じゃないんですか?」
「ああ、警部は今病院に行っていてね。被害者の容体を確認しているんだ」
「意識が戻らないって聞きましたけど……」
刑事は頷いた。
梨花は襲われてすぐに搬送された。
幸い、彼女が倒れているところを警備員が見つけたのだ。
「警備員さんは犯人を見てないんですか?」
「ああ。暗くてよく見えなかったらしい。逃げていく人影は見たらしいが、校門のほうに向かっていったようだ」
当時校門は開いていた。
犯人はそこから逃げたのか。だとしたら、外部犯なのか……。
そして足利刑事は手を叩いた。
「さ、ここまで話したから探偵ごっこはおしまい。君は授業があるんだろ?」
探偵ごっこって、遊びじゃないし。
「生徒の皆さんも、学校に戻ってください」
先生たちも刑事の指示に従って、生徒たちを教室に誘導する。
わたしは頑なにその場を動こうとしなかった。
誰が梨花をこんな目に遭わせたのか、なぜ彼女が襲われたのか、とにかくそれが知りたかった。
「刑事さん!ほかに何かわかったこととかありませんか?」
「だから君も教室に戻って……」
「何でもいいから教えてください!」
わたしの頭の中には梨花の事しかなかった。
他のことはすべて上の空にあった。
背後から幼馴染が近づいていることも。
いきなり後頭部に痛みが走った。
頭を抱えてしゃがみ込む。
痛みが引き、振り向くと目の前には和樹が腕を組んで立っていた。
彼はわたしのリュックを持っていた。
「葉月、教室に行くぞ」
「で、でも……」
「“でも”じゃねえ!早く来い!」
和樹に引っ張られて教室に入る。
教室ではもうクラスメートたちが席に着き、ホームルームを待っていた。
和樹はわたしのリュックを机に置くと、わたしをぎっと睨みつけた。
「なあ何でお前あそこまで必死になるんだ」
「あんたは心配じゃないの?梨花が死んじゃうかもしれないんだよ!?」
和樹はため息をついた。
「そりゃオレだって心配だよ。だけど、あそこで突っ走ったところで、八瀬川が救われると思ってんのか?」
わたしは押し黙った。
「気持ちはわかるけど、今は頭を冷やせ。捜査はそれからでもいいだろ」
そして和樹はわたしの隣の席に座った。
ホームルームの時間、担任の安田先生から梨花の容体について説明があった。
楓が話していたように、意識が戻らず現在も治療を受けているという。
午前中、わたしは気を落としていた。
梨花のことも心配だけど、隣の席にいる幼馴染を見ることができない。
クラスメートたちの噂が耳に入ってくる。
「八瀬川さん、時計台の謎を調べてるときに襲われたんだって……」
「時計台って『女の子』の幽霊が出るっていう?」
「そうそう。怖いよね~。八瀬川さん、きっとその『女の子』に……」
すでに梨花の事件の噂は広まっていた。
警察も先生も、梨花が何の目的で夜に中庭にいたのか、知る人はいない。
知らない間に飛び火しているようだ。
しかし、幽霊が人を殴るなんて不可能だ。
きっと誰かが、生身の人間が梨花を襲ったんだ。
このままじゃいけない。焦燥を感じているのか、体がぼわっと熱くなる。
ふと和樹の言葉が頭の中を駆け巡った。
――突っ走ったところで、八瀬川が救われると思ってんのか?
わたしは気持ちを落ち着けるため、教室を出た。
そして深く深呼吸する。
思えないよね。
梨花は病院で生死の淵を彷徨っている。
しかし、わたしには直接どうこうすることはできない。
今わたしがすべきこと。
それは、梨花を襲った犯人を捕まえることだ。
今は冷静になって状況を整理しなければならない。
それが今のわたしにできる梨花への最大限のことなのだ。
そう思うと、自然に体から熱が抜けていった。
昼休み。
昼ご飯を済ませた後、わたしはサッカー部の部室に向かった。
女子が男の部室に入れるわけがないので、グラウンドで練習していた一年のサッカー部員を捕まえた。
「花浦先輩ですか?」
「そう。呼んできてくれないかな」
しばらくして、和樹が部室から出てきた。
いつものように、部室で昼食を摂っていた。
「葉月、どうした?」
「あの……、さっきはごめんね。朝の事……」
なかなか言葉が出なかったが、無理やり吐き出す。
その言葉を聞いて、和樹は首を傾げた。
「謝ることはないだろ。あれはおまえや八瀬川の為にならないから言っただけ。言うなら“ありがとう”だろ?」
思わず後頭部を掻いた。
「で、用はそれだけか?部室にまで来るってことは、なんか重要な話みてえだけど」
「あんたも推理力上がったじゃない。ま、そういうことだけど」
そして、わたしは気持ちを整えた。
「結論から言うわ。梨花を襲った犯人を見つけようよ」
「気持ちは落ち着いたのか?」
わたしは頷いた。
「ええ。あれからいろいろ考えたんだけど、あのまま行ってもみんなに迷惑かけちゃうだけだし、梨花も喜ばないよね」
和樹の表情が次第に明るくなった。
「よく言った。そう来なくっちゃな。なら、今日の放課後さっそく始めようぜ」
(Part.2につづく)




