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ふたりの探検記  作者: ヒロ法師
No.5 お姉ちゃんを助けて
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Part.3

脳筋だが知りたがり屋系女子な千山葉月と、頭脳明晰だがちょっと残念系男子な花浦和樹が挑む学園ミステリ。


雪城楓に誘われ、雪城神社で開催される夏祭りの準備を手伝っていた葉月と和樹は、楓と同じテニス部に所属する浅間咲菜が参拝するところを見かける。

咲菜は姉、姫菜の夏風邪治癒のために参拝しているというが……。

 楓はもう少し病院に残り、咲菜ちゃんに付き添うと話していたので、わたしと和樹で咲菜ちゃんのアパートに向かった。

 現場検証は続いており、アパートの前では警官が数人周囲を見張っていた。


「すいません。あの、足利刑事に呼ばれたものなんですけど」

「千山さんだね。刑事は中にいらっしゃる。入ってくれ」


 階段を上り、咲菜ちゃんの部屋のドアを開けると、足利刑事と中年の体格の良い警部が煙草を吸っていた。


「お、よく来てくれたね」

「何か、わたしに用でも……」


 奥で煙草を吸っていた男の警部が立ち上がった。


「お前さんを呼んだのは俺だ。俺は堂宮。足利の上司で、この事件を指揮させてもらってる」

「あ、はじめまして」


 あまりの迫力に一瞬びくっとする。


「まあそう緊張しなくてかまわん。お前らが第一発見者だろ。それで改めて聞きたいことがあるんだ」

「聞きたい事?」

「部屋の状況だけで自殺じゃないって見抜けた、その理由さ」


 足利刑事には自殺じゃないと伝えてあったが、その後咲菜ちゃんが首を吊っていたロープを調べたところ、咲菜ちゃんとは別の人の指紋が出たという。


「お前が言うように部屋は誰かが招いた痕跡があり、遺書も偽装されている。間違いなくこれは殺害未遂だ。それを見抜いたお前は一体何モンなんだ」


 わたしは答えに窮した。

 ここまでわたしのことを見透かされたのは初めてだったから。

 しかし、和樹がフォローに入った。


「警部さん、まさか葉月がやらかしたって思ってるんじゃないだろうな」


 堂宮警部は煙草を吹いた。


「そうじゃねえ。嬢ちゃんに人の首を吊らせるほどの体力があるとは思えねえし、お前らのアリバイはすでに確認済みだ。聞きたいのはお前のその判断力と推理力だよ」

「わ、わたしはただの高校生で、その……」


 和樹はわたしの肩に手を置いた。

 そして目を向けると、下がっていろと合図をした。


「こいつは普通の高校生じゃねえ。運動馬鹿だけど頭の切れる女子高生探偵だ」

「和樹……」


 一言余計だけど、ありがとう。

 警部は煙草を潰して、空の缶コーヒーに入れた。


「そうか。なら、呼んだ甲斐があったって訳だ。この事件にはお前の推理力と判断力が必要だ。ついてきな」


 堂宮警部に連れられて、わたしと和樹は咲菜ちゃんが首を吊っていた部屋に入った。

 部屋は今朝見たときと同じだったが、ロープや踏み台に使われたと思われる辞書は証拠品として押収されていた。

 周囲を見渡し、部屋を確認するとわたしは聞きたいことを尋ねた。


「指紋が出たんですよね。犯人はわかったんですか?」

「いや、誰の指紋かはわからねえ。だが、容疑者の一人に数えられるやつならいる」

「それって」

「ガイシャの姉、浅間姫菜だ」


 わたしは驚きを隠せなかった。

 この部屋は咲菜ちゃんと姫菜さんが二人で借りているのだ。

 確かに部屋の鍵を持っているのは姉妹二人だけ。姫菜さんなら、いつでも自由に入ることができる。


「あの指紋は、姫菜さんのものの可能性が高いんですか?」

「ああ。姫菜はさっきまで逃走していて捕まった。あいつには別件で容疑がかけられているが、それを妹に感づかれて手にかけようとしたんじゃないのか。自殺を装ったのも、姉を心配していたという心理を逆手に取ってな」


 だが、わたしは腑に落ちなかった。

 姉が来るのなら、来客の準備をする必要なんてないはず。

 姫菜さんが筑波さんにかくまわれて移動するところは目撃しているが、それ以前に犯行を終えていたとしても不自然だ。


「警部さん。姫菜さんが犯行をするのは難しいと思います。彼女は筑波さんという人にかくまわれていたんですけど、そんな状態で身動きが取れるとは思えないし、咲菜ちゃん自身が犯人を呼んだと思うんですよ」


 つまり、鍵を持っていなくてもいいのだ。


「そうか。確かに筋は通っているな。だが、ガイシャは姫菜を気遣っていたことは事実だぜ」


 わたしは頷いた。


「ええ。現にお姉さんのことでわたしの知人の神社に来てましたから」


 そしてお姉さんのことを心配している理由。

 姫菜さんが殺害未遂事件の容疑をかけられていることだろう。

 お姉さんが病気だと誤魔化していたが、彼女は体調を崩している様子はない。


「ほう。じゃあ、俺の所見を話そう。俺はこの事件と稲木殺害未遂がどこかで繋がってると思っている。お前はどうだ」


 咲菜ちゃんが殺害未遂事件でお姉さんを心配していた矢先に襲われたとなれば、その可能性が高い。

 そして、この二つの事件を繋ぐ糸は姫菜さんが持っているのだ。


「同じ考えです。でも、その証拠がありません。警部さんたちはもう部屋のほうの捜索はされましたか?」

「ああ。だが、お前が言うような証拠は出てこなかったよ。なあ、足利」


 足利刑事は一瞬びっくりした。


「あ。はい。でも、この部屋だけですけど……」

「なに?現場の捜索は丹念にやれとあれほど言ったろ。ほんとにお前って奴は……」


 堂宮警部は呆れてものも言えないようだった。

 部屋は全部探していないという。


「だったらわたしたちも何なりとお力になります」

「だがな……」


 堂宮警部は渋っていたが、少し考えた後、


「わかった。もともと俺が呼んだからな。だが、あまり現場は荒らさないでくれ」

「ありがとうございます!」



 わたしと和樹は堂宮警部の許可を得て、咲菜ちゃんの居間以外の部屋を捜索していた。

 わたしと堂宮警部は姫菜さんの部屋を、和樹と足利刑事は咲菜ちゃんの部屋を調べた。

 姫菜さんの部屋は数日間使われていないようで、奇麗に片づけられていた。

 今朝がた彼女がいた痕跡はなかった。


 ふとわたしは本棚に目をやった。

 医学書がたくさん置かれている。

 医大生なのだから当たり前かもしれないが、その一部の本に大量の付箋が貼りつけてあった。付箋の形や質からしてつい最近つけられたものだった。


 ふと本を手に取って開いてみる。

 生殖や妊娠に関する箇所すべてに付箋があり、本文には蛍光ペンで下線が引かれている。

 勉強でもしていたのだろうか。


 わたしの様子が気になったのか、警部の声がした。


「何か見つかったか」

「いや、こんなに付箋とか貼ってあって、勉強熱心だなって」

「だが今は大学も夏季休暇中だ。試験があるわけでもないみてぇだが」


 確かにそうだ。

 まだ部屋を調べてみないとわからないけど、試験もないのにこんなに熱心に勉強するのはなぜだろう……。

 大学四年生であることを考えると、就職活動での勉強なのか?


 その後、姫菜さんの部屋の捜索を続けたが、部屋にある書類から彼女は就職はすでに決まっていて、就活の本やそれに関する書類は何もなかった。

 目ぼしいものは特になかったので、部屋を出ようとした時だった。


「おい、浅間はどこにいるんだ!」

「今はいませんよ!家宅捜索中なんだから、入らないでください!」


 外でもめる声がした。

 玄関に行ってみると、足利刑事と男の人が揉めていた。


「そもそもあんたは誰なんですか!」

「ここの大家だよ!最近家賃を滞納してるから、今月払えないんだったら追い払おうと思ってね」


 大家さんによると、半年間家賃を滞納しているという。

 それだけではなく、電気代やガス料金、受信料すら滞納状態が続いていた。


「しつこく業者から問い合わせがあってね。本人とも連絡が取れないし、ここに来たら事件かよ!」

「とりあえず、その件はあとにしてください!」


 足利刑事は何とか大家さんを追い返した。

 確か、首を吊った咲菜ちゃんを見つけたとき、支払い催促の封筒が大量に玄関に落ちていた。

 お金に困っているのか……。

 ふとわたしはあることを思い出した。

 病院で聞いたことだ。

 姫菜さん、トラブルを起こして稲木さんと別れたって……。


「お金がらみのトラブル……」


 咲菜ちゃんの部屋から和樹が出てきた。


「和樹、何か目ぼしいものとかあった?」

「ああ。咲菜の日記だ。どうやら咲菜のやつ、犯人を知っていたみたいだぜ?」

「え?」


 和樹は咲菜ちゃんの日記を見せてくれた。日記には姫菜さんを心配するいきさつ、そして稲木事件の真犯人が書かれてあった。

 でも、どうしてあの人が……。

 確かに、言動は矛盾している……。

 わたしたち以外に知るはずのないことを知っていたからだ。

 だけど、犯人だとしても稲木さんを襲う動機がない。


「警部さん、襲われた稲木さんってどんな人だったんですか?」

「評判は最悪。金のためなら何でもする、そんな男だそうだ」

「ゆすりとか、たかりとかもしてたんですかね」


 堂宮警部は頷いた。


「そういう噂もある。だが、大学ではごく普通の学生だったらしい」


 わたしはまさかと思った。

 咲菜ちゃんと姫菜さんはお金に困っていた。

 稲木さんと姫菜さんは喧嘩して別れた。まさか、稲木さんが姫菜さんをゆすっていたのか。

 でも、姫菜さんは犯人じゃない。咲菜ちゃんの日記の”犯人”が真犯人だとしたら、姫菜さんを助けるために……?


 ブルルルル

 わたしのスマホが鳴った。楓からだった。


「はい、葉月だけどどうかしたの?」

【いや、偶然看護師さんの噂話を聞いたんだけど】


 楓によると、一昨日の夕方に病院で姫菜さんと咲菜ちゃんを目撃していた人がいた。

 その時、彼女たちが産婦人科に入るのを見たという。


「なんで産婦人科なんかに?」

【わからないけど、咲菜ちゃん神社に参拝に来た時、お姉さんが体調を崩していたって言ってたでしょ?】


 楓が説明してくれたが、熱を出していたのも、風邪をひいて休んでいたのも妊娠の兆候なのだという。


「ねえ、その時姫菜さんの様子とかどうだったの?」

【相当泣いてたらしいわ。恋人に裏切られたって】


 裏切られた?

 確か、恋人ってあの人の可能性はまずないよな……。

 裏切られたというのなら、なぜ裏切られたって……。


 稲木によるゆすり、そして姫菜さんの部屋に置いてあった大量の妊娠に関する医学書。

 裏切られたと嘆く姫菜さん……。

 そして、矛盾した言動をしたあの人……。

 犯人はあの人で間違いない。


「ねえ、悪いけど今すぐ咲菜ちゃんのアパートに来て!警部に事情は話しておくから!」

【え、な、なんで!?】

「いいから!」


 わたしはスマホの通話を切った。


「何かわかったのか」


 警部さんが感心した顔でわたしの隣に立った。


「ええ。友人が大事なことを教えてくれたんです。これでほぼ事件の真相がわかりましたよ」

「葉月、本当に犯人を追い詰められるのか?」


 和樹が隣でわたしと警部のやりとりを眺めていた。


「これから締めの作業に入るのよ」


 そしてわたしは堂宮警部にあるお願いをした。


「この部屋に出入りした人がいなかったか、目撃情報を探していただけませんか?あの人が出入りしたのなら、犯人で間違いないです」

「そうだな。動機なら日記にも書いてある」

「で、もう一つお願いしたことがあるんですけど……」


 わたしは警部にあの二人を連れてきてもらえないか、尋ねた。

 なぜ彼女たちを呼ぶのか。

 それは恋人を“裏切った”理由を突き止めるためだ。

 事件を包み込んでいたベールがもうすぐで晴れる。


 (Part.4につづく)


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