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ふたりの探検記  作者: ヒロ法師
No.5 お姉ちゃんを助けて
17/54

Part.1

脳筋だが知りたがり屋系女子な千山葉月と、頭脳明晰だがちょっと残念系男子な花浦和樹が挑む学園ミステリ。


雪城楓に誘われ、雪城神社で開催される夏祭りの準備を手伝っていた葉月と和樹は、楓と同じテニス部に所属する浅間咲菜が参拝するところを見かける。

咲菜は姉、姫菜の夏風邪治癒のために参拝しているというが……。

 八月の中旬、雪城神社。

 わたしと和樹はお盆明けに開催される夏祭りの準備を手伝っていた。


「和樹、ちゃんとやってよ!」

「へいへい……」


 提灯を取り付けるのに和樹はもたもたしている。

 もう明後日には開かれるというのに……。


「つか、何でオレまで付き合わなきゃなんねーんだよ! そもそも葉月! おまえを手伝ってやってたのに!」


 手伝ってる?

 あれはどっからどう見ても自宅軟禁なんだけど……。

 期末試験の結果がまた赤点ギリギリだったことが先週発覚し、かねてから予定していた夏休み漬けの「補習」が始まったのだ。

 とはいっても、部活がある午前中を抜いて昼から夕方まで、和樹と宗治さんと一緒につきっきりで一学期分の復習をするというもの。

 両親は快く承諾したようで、夏休みの後半は軟禁状態になってしまった。

 本当だったら友達と遊びたいし、カンフー映画も借りたいんだけどな……。


 そんな時、楓から連絡があって今度雪城神社の夏祭りの準備を手伝ってくれないかと誘われたのだ。

 もちろん、わたしはすぐに引き受けた。

 そして軟禁から抜け出すため、ある策を練った。

 この前、雪城神社での幽霊騒ぎの時にも使った方法だ。


「たまには息抜きもいいじゃん。楓にも会えるんだし」

「結局おまえが抜け出したかっただけじゃねえか……」


 和樹はまだ楓を諦めきれておらず、また協力すると持ち掛けたのだ。

 幽霊騒ぎの事件以降、楓も少し和樹に対して心を開いていたこともあって作戦はスムーズに運んだ。


「そのずる賢さを勉強に向けてくれ」

「はいはい。明日はちゃんと勉強するから」


 ああだこうだやり取りをしていると、


「お疲れさま。二人とも手伝ってくれてありがとうね」


 お盆にお茶とお菓子を添えて、楓がわたしたちの前に立っていた。


「いいんだって! せっかく神社が建て替わった後の、初めての夏祭りなんだからさ!」

「勉強から逃げ出した奴がよく言うぜ」

「もう、息抜きだからいいじゃないの!」


 またいつもの張り合いが始まった。


「まあまあ。今は休憩したら?」


 楓は微笑みながら社殿の階段に差し入れを置いた。

 とりあえず、わたしも和樹も差し入れをいただくことにする。

 三人で差し入れを挟んで、社殿の段々に腰を掛けた。


 今日は祭りの準備に訪れる業者や神社関係者の出入りはあるものの、一般の参拝客はあまりいなかった。

 街中にある神社だが、雪城神社は鎮守の森が大きいためか周囲の音が聞こえず、セミの鳴き声だけが響いていた。


「やっぱり、夏の神社って風情があるね。ここ、木陰で割と涼しいし」

「葉月にそんなところがあるなんて、オレ生まれて初めて聞いたぞ」


 和樹がにやにや笑っていた。


「わたしだってそれくらい感じるわよ。日本人なんだし。ね、楓」

「え、ま、まあそうね」


 なぜか楓も苦笑いしている。

 まさかみんな、わたしが風流とは程遠い存在だと察知しているのか……?


 本殿の鈴が鳴る音がした。

 顔を上げると、わたしたちと同じくらいの女の子が参拝に来ていた。

 お盆はまだ早いし、高校生が一人で来るなんて珍しい。


「あれ、あそこにいるのって咲菜ちゃんじゃない」


 楓が立ち上がった。


「咲菜ちゃんって、テニス部の浅間咲菜(あさまさきな)さん?」

「ええ」


 参拝をしていた肩までかかる長い黒髪に右に髪留めをしている青いワンピースを着た女の子が、わたしたちに気付いた。


「あ、楓ちゃん!」


 女の子が手を振っている。

 参拝に来ていたのは楓の予想したように、浅間咲菜ちゃんだった。

 咲菜ちゃんはわたしたちと同じ居館高校に通う二年生で、楓と同じテニス部に所属していた。


「こんなところで咲菜ちゃんに会うなんて、驚いたわ」

「あたしも。楓ちゃんが神社にいるとこ、初めて見たかも」

「今日は特別。もうすぐ夏まつりがあってね、葉月たちに手伝ってもらってるの」


 咲菜ちゃんは楓の後ろにいた

 お世話になってまーすとも言わんばかりにわたしたちはアピールする。


「あ、千山さんに花浦君! あなたたちのことはうちのクラスでも噂になってるよ。いい夫婦だって」


 咲菜ちゃんの言葉にわたしはびくっとした。


「ふ、夫婦?わたしと、こいつが! ?」


 わたしが指差すと、和樹も同意する。


「そうだよ。ただ付き合いが長い幼馴染だよ」

「でもよく一緒にいるし、デートととかしてるんじゃないの?」


 咲菜ちゃん、結構痛いところをつくわね……。

 でも、一体誰がそんな噂流したんだ……?


「そ、そう! ただの幼馴染!」


 これ以上言うのはよそう。

 わたしは無理やり話題を変えた。


「ところで咲菜ちゃんは神社に何しに来たの?」

「え、ええ……」


 咲菜ちゃんの表情が変わった。

 まずいことを聞いたような気がした。

 しばらく口を閉ざしていた咲菜ちゃんだったが、ようやく口を開いた。


「お姉ちゃんの夏風邪が早く治るようにお願いに来たのよ」


 咲菜ちゃんのお姉さんは浅間姫菜(あさまひめな)さん。

 彼女は居館医科大学の四年生だった。

 しかし姫菜さんはここ一週間風邪をひいて休んでいた。


「お姉さんの調子はどう?」

「う、うん。熱もだいぶ下がってきたし、吐き気も落ち着いてきたかな……」


 咲菜ちゃんの声のトーンが低くなる。

 彼女は目をこすった。

 咲菜ちゃんの手はなぜか濡れていた。


「どうしたの?」

「いや、何でも……」


 咲菜ちゃんは顔上げ、微笑んで見せた。

 まるで、さっきまでの表情を拭い去るように。


「じゃあ、あたし帰るね。お姉ちゃんの看病をしないといけないし……」


 そう言うと、咲菜ちゃんは踵を返して帰っていった。

 わたしたちはただその様子を眺めていた。


「何で泣いてたんだろ……」


 わたしは咲菜ちゃんがいなくなった鳥居を眺め、思い返していた。


 だが、その日の夜のことだった。

 コンビニで買ってきたカップラーメンを食べながら、ふとテレビを観ていると……。


【昨日居館医科大学で若い男性が血を流して倒れているのが発見された事件についてです。男性の身元は居館市の医科大学に通う稲木達彦(いなきたつひこ)さん(22)と判明しました。警察は殺人未遂事件として、近隣の住民から話を訊くとともに、稲木さんの回復を待って事情を聴く方針です。一方、現場から立ち去る女を目撃したとの情報もあり、警察は女の行方を追っています】


 わたしは目を丸くした。昨日発生した大学構内での未遂事件のニュースだった。

 居館医科大学って咲菜ちゃんのお姉ちゃんのところのじゃない! 


 ***


 翌日、部活に行くため居館駅の改札を出ると、和樹がスポーツバッグを引っ提げて立っていた。


「おう。葉月」

「おはよ。昨晩のニュース観た?」


 和樹は首を縦に振った。


「殺人未遂だろ……。オレあんまニュースとか見ねえけどあんな物騒なのが近くで起こってたんだな」

「うん。しかもその被害者の人、咲菜ちゃんのお姉さんの大学の人だったよね」

「ああ。でも関係ないだろ」


 そうだといいけど……。

 居館高校。

 部活の休憩中のことだった。

 わたしはジュースを買いに体育館前の自販機に行っていた。


「あ、楓!」


 体育館の玄関先に楓がいた。

 楓は誰かと電話をしていたらしく、わたしが話しかけたときに電源を切った。

 彼女は浮かない顔をしていた。


「どうしたの?」

「咲菜ちゃんに電話してたんだけど返事が無くて……」


 咲菜ちゃんは朝から来ていないらしく、学校に一切連絡をよこしていなかった。


「お姉ちゃんの看病で忙しいのかしら……」

「楓、部活午前中で終わりでしょ?昼から、咲菜ちゃんの家に行ってみましょうよ」

「そうね」



 その日の午後。

 北居館駅。

 わたしと楓はレストランで昼食を摂った後、午後からの打ち合わせをしていた。

 もちろん、あいつも一緒に。


「結局オレも付き合わされるのかよ! 葉月、昼からは兄貴と勉強だろ」

「予定変更! 勉強よりも大事なことなの!」


 勉強も大切だけど、咲菜ちゃんのお姉さんが殺人未遂の件で疑われている可能性があるのだ。

 咲菜ちゃんが休んでいるのがその理由だとしたら、何か助けになってやりたかった。

 それだけ大ごとになっているのだ。


「もう宗治さんにも伝えてあるから、また今度ね。今度の土日にするから」

「今度って……。仕方ねえな」


 さて、本題に入る。

 咲菜ちゃんはお姉さんと北居館のアパートに住んでいる。

 彼女の実家は隣町の湯殿町にあるのだが、高校や大学まで遠いのでアパートを借りているのだ。


 そして、アパートの前。

 ドアの前にはたくさんの郵便物が詰め込まれていた。

 誰も来ていないのだろうか……。


 わたしはドアノブを回した。

 ドアが開き、どさっと詰まっていた郵便物が落ちた。

 電気料金に受信料の滞納の催促状が来ている……。


「咲菜ちゃん、中にいるのかな」

「だろうな……」


 しかし、部屋の玄関はしんとしていた。

 妙な静けさがあたりに漂っている。


 玄関から続く台所。

 IHヒーターの上にはやかんが置いてあり、隣にお盆もある。

 食器棚からお皿とマグカップが取り出されていた。


 この奥は居間になっている。

 昔、楓が遊びに来たことがあって、部屋の間取りは知っていた。


 だが、その居間の様子が何かおかしかった。

 和樹は指をさしている。


「おい、何か揺れてるぞ」

「ええっ! ?」


 人影らしきものが揺れている。

 わたしは急いで居間のドアを開いた。

 その先にいたのは……。


「きゃああああっ! !」


 目を隠して、楓が悲鳴を上げた。


「咲菜ちゃん!」


 咲菜ちゃんが首を吊っていたのだ。

 わたしはすぐに咲菜ちゃんに駆け寄り、彼女の腕を触った。

 微かに脈はある。


「大丈夫! 意識はあるわ。和樹、救急車と警察を呼んで!」

「あ、ああ!」


 和樹はスマホを取り出し、連絡を取った。


「楓、大丈夫?」

「え、ええ」


 腰を抜かしていた楓を立ち上がらせると、わたしと楓は咲菜ちゃんの首にかかっていたロープをほどき、彼女を安静なソファの上に移動させた。

 彼女を下ろした時、わたしの足元に何か当たった。

 彼女の足元に辞典三冊と四つ折りになった紙が散乱していた。


 救急車が駆け付けるまでの間、わたしたちは近所の人の協力をもらって咲菜ちゃんの応急手当てをした。

 救急車が来た時、楓も搬送される咲菜ちゃんに付き添っていた。

 その後、楓から連絡があったが、咲菜ちゃんは意識不明の状態だったという。


 わたしと和樹はアパートの外に来た。

 遠くからパトカーのサイレンが鳴り響いている。


「すげえ事になっちまったな」

「うん。咲菜ちゃん、大丈夫だといいけど」

「咲菜のやつ、自殺を図ったのかよ」


 和樹の一言にわたしは違和感を覚えた。


「自殺じゃないわ」

「え?」


 咲菜ちゃんが搬送された直後、わたしは部屋の様子を確認していた。

 部屋は片づけられており、辞書以外は散らかっていなかった。

 中央に置いてあるテーブルにはマグカップが二つ、お茶が入っている。台所のIHヒーターの上に置いてあるやかんから入れたのだろう。

 隣には小皿が同じく二つ。

 多分、首を吊る直前まで誰かいたのだ。


「でも、遺言書もあったろ?」

「あの紙の事?」


 わたしは四つ折りの紙を広げた。

 紙にはこう手書きでこう書いてあった。


【お姉ちゃんごめんなさい。生きていくことに疲れました。さようなら】


「どこからどう見ても遺書じゃないか。それに咲菜は昨日すっげえ悩んでたろ」

「字面を見てよ。殴り書き過ぎるわ」


 まるでメモを取ったかのように、字が汚すぎた。


「自殺をする人が、こんな乱雑な遺書書くと思う?衝動的に死のうと思ったのならともかく、この部屋は明らかに直前まで誰かいた痕跡があった。そいつが書いたと判断するのが筋でしょ?」

「あ、そうか。てことは、葉月はその“直前までいたやつ”が犯人だと思うのか?」


 わたしは頷いた。


 (Part.2につづく)

久々更新。

はじめて殺人(未遂)事件を扱います。


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