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ふたりの探検記  作者: ヒロ法師
No.4 学内放送の悲劇
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Part.5

脳筋だが知りたがり屋系女子な千山葉月と、頭脳明晰だがちょっと残念系男子な花浦和樹が挑む学園ミステリ。


ある夏の日の事、葉月と和樹は和樹の兄、宗治に連れられて居館市立大学に向かう。それは大学で起きた自殺事件の謎を調べてほしいというものだった。

 上野紗代。

 彼女は才能もある「学内のアイドル」とまで言われた部員だった。

 性格も人当たりもよく、パーソナリティをこなす彼女は周囲から一目置かれる存在だった。


 特に同期である穴倉麻利亜は強く上野紗代にライバル意識を持っていた。

 だが、スタートラインは同じなのに次第に実力の差が出始めていた。

 どれだけ努力しても、どれだけ頑張っても部長や周囲は自分のことを認めてくれない。

 それもそのはずで彼女には天性の才能があるのだから。

 次第にその憧れは嫉妬に変わっていった。


 上野紗代が自殺を図る3週間前のこと、穴倉は嫉妬心を抑えるために部内でも親しかった姫宮に事を相談した。


「詩織ちゃん、あたし向いてないのかなあ……」

「そんなことないわよ。確かに紗代はちやほやされてるけど、麻利亜ちゃんだって……」

「違うわ! みんな紗代を誉めてあたしを敬遠する! もうやっていけないわよ……!」


 そんな時だった。


 ***


 姫宮はゆっくりと口を開いた。


「この時、わたしも恐ろしいことを思いついてしまったの」


 姫宮は上野さんの交際相手である中西さんに恋心を抱いていた。

 しかし、思いを伝えようと中西さんに接近しようとしたら上野さんと口論になった。


「あれ以来諦めたと言ってたんだけど、本当は恨みは消えていなかったのよ」


 姫宮も上野のことをよく思っていなかった。

 中西直哉と付き合うためには、上野が邪魔だったから。

 ここで穴倉そして姫宮の利害が一致したのだ。


「あとは千山さんが話してくれたように、放送の台本を麻利亜ちゃんと練って、竜野君を利用して中西君を動揺させたの」


 穴倉が話をつづけた。


「ちょっとした嫌がらせのつもりだったの。でも、結果は……」


 上野は自殺を図ってしまい、現在も意識不明。

 中西も引きこもってしまった。

 予想をしなかった結果になってしまった。


 穴倉が語り始める。


「実はね、紗代が自殺を図る前にあたし呼び出されたのよ」


 ***


 六月下旬の夕方。

 放送室で上野と穴倉は今日の放送の準備をしていた。


「他に誰もいないわね」


 上野は周囲を確認していた。


「紗世、いきなりこんなところでどしたの?」

「一つだけはっきりさせたいことがあるの……」


 上野は顔を俯けていた。


「麻利亜さんだよね。なおちゃんにひどいことしたの」

「ちょっと、何を……」

「聞いちゃったんだから。あの放送……」


 上野はその時涙を浮かべていたという。


「今ね、あたしすっごくあなたを恨んでるの。ずっと友達でいたかったのに、裏切って……」


 床に涙がぽたぽたと落ちた。


「なんで? 何で今更話をするの?」

「今更じゃないの! あたしは竜野君との付き合いを断ってるの! あたしにはなおちゃんしかいなかった。何で嘘を流すのよ……」


 次第に感情的になる上野を見て、穴倉はどうすればいいかわからなくなった。


「あたしにはもう味方はいない。恨んでも恨みきれないほどに麻利亜ちゃんが憎い。でも、あたしにはあなたを直接裁く勇気はないわ」

「あ、あたしは準備があるから……。早まらないでよ?」


 穴倉が目を離し、倉庫に向かっていた時だった。


「憎い心であたしがあたしでなくなる前に……。さようなら」


 そう放送室から聞こえた。

 急いで放送室に戻ると、窓際で上野が首を吊っていたのだ……。


 ***


「これが自殺したときにあったことよ……。ちょっとしたことで紗代を追い詰めてしまうなんて……」


 穴倉は肩を落として座り込み、両目を隠して泣き出した。

 姫宮も顔を下に向けていた。


 上野紗代の自殺は放送部に大きな穴をあけた。

 以前ほどの活気はなくなり、暗い雰囲気が部内を覆ったのだ。


「そんなことがあったなんて……。気づけなかった俺は部長失格だな……」


 堀川部長は壁にもたれかかった。

 わたしはなんていったらいいかわからなかった。

 辺りも重苦しい雰囲気に包まれていた。


 ちょっとした嫌がらせだとしても、味わう本人にとっては酷い目に遭わされてるって思う可能性がある。

 今回はそんな食い違いから生じた悲劇だった。


 少しして、穴倉さんが口を開いた。


「部長、あたし紗代の家に行きます。紗代のことを話して謝ってきます」

「私も、麻利亜ちゃんと一緒に行きます。許されることじゃないけど、私たちが原因でああなってるんだから……」


 姫宮さんも穴倉さんに続いた。


「うん。だったら俺も行くよ。部長としても責任を取らないといけない」


 部長と放送部の女子部員二人はわたしたちに向き直った。


「千山さん、花浦君たち。ありがとうよ」

「いや、別にわたしは何も……」

「これから放送部はどうなるかわからないけど、おかげで部内の暗い雰囲気が取れたよ」


 そういうと、三人はカフェを後にした。

 カフェにはわたしと和樹、宗治さん、そして勘介さんが残された。


「さて、俺たちも帰るか。俺からも礼を言うよ、千山」

「さすが体力と推理“だけは”天下一品だぜ」


 いつものように和樹の日ところが余計だ。

 靴を思いっきり踏んづけたくなる。


 その時だった。

 どこからか携帯の着信音がする。


「俺のスマホか」


 勘介さんがズボンのお尻のポケットからスマホを取り出した。

 スマホの画面を見て、勘介さんは少し驚いていた。


「もしもし、勘介だけど。……。え? 今大学前にいるって? どうして。ああ、わかった」


 勘介さんは電話を切った。


「竜野、だれからだったんだ?」

「中西からだった。なんか今こっちに来てるらしくてよ。借りていたものを返しに来たってさ」


 借りていたものを返しに来ていた? 

 中西さんはこの一カ月ずっと学校に来ていない。

 昼に家を訪れた時も、勘介さんを追い返そうとしていたのに、何で今になって……。


 ふとわたしは昼頃に堀川部長が言っていたことを思い出した。


 ―――警察の捜査がひと段落した後、何者かが侵入した。


 そういえば放送室に入れるのは鍵を持っている放送部員だけだ……。


 ―――借りていたものを返しに来た。


 わたしの脳裏に恐ろしい光景が浮かんできた。

 すでにわたしの足は走り始めていた。


「和樹、宗治さん! あの3人を追いかけましょうよ! 嫌な予感がしてきた」

「嫌な予感って、なんだよ葉月!」

「とにかく、先を急がないと!」


 ***


 大学の正門前。

 わたしの予感は的中していた。

 短い髪の男の人がナイフを持って穴倉さんと姫宮さんに近づいている。

 堀川部長は説得に当たっているが、男の人はにじり寄り、穴倉さんも姫宮さんも怯えている。


「な、中西!」


 勘助さんの叫び声にナイフの男と放送部員たちは気づいた。


「何馬鹿なことしてるんだ! ナイフを離せ!」

「こいつらはな、紗代自殺させた張本人なんだ! 許しちゃおけねえ、命をもって償うべきなんだよ!」


 中西はナイフを穴倉さんと姫宮さんに突き付けている。


「紗代はなあ、俺に言ったんだ。あたしじゃあの人たちは裁けないって。だから俺が代わりに裁いてやるのさ!」

「よせ! 本当に上野はそこまで望んでいたのかよ!」


 部長さんが叫ぶ。


「やっぱり、そうだったのね……」


 わたしの言葉に和樹が反応する。


「葉月、やっぱりって?」

「中西さん、証拠を握っていたのよ」


 上野さんを自殺に追い込むきっかけとなった放送に立ち会っていた中西は、あの時のCDを抽出し、自分なりに探っていたのだ。

 放送室に侵入したのも中西で間違いないだろう。


「そうか、鍵を持てるのは放送部員だけ。中西って兄ちゃんは1か月間大学に来ていないから、部長から入ったかどうかを聞かれないからか」

「ええ。でも、今は中西さんを止めないと!」


 中西はナイフを振り回している。

 誰も近づけまいといわんばかりに。


「俺はこいつらを消して紗代と同じ目に遭わせてやる。紗代は死んだも同然なんだ!」

「死んだも同然って、上野はいつか目を覚ますはずだ! お前がこの二人を殺したところで、本当に上野は喜ぶのか!?」

「喜ぶさ! 紗代はそう願っている!」


 部長が必死に説得しているが、中西は聞く耳を持とうとしない。

 このままじゃ危ない。

 すると、勘介さんが部長と中西の間に立った。


「中西、それだけ人を殺したければ俺を殺せ」

「竜野、どけ!」


 だが、竜野さんは一歩も引こうとしない。


「もとはといえば俺が上野にコクっていなければよかったんだ。元凶は俺のほうだよ」

「違う。お前は利用されただけなんだ! 元凶はあいつらだよ!」

「フラれたとき、上野言ってたんだよ、俺に」


 勘助さんが上野さんに告白したとき、一瞬でフラれたと言っていたがその時に彼女が話していたという。


 ―――ごめんなさい。あたしには待ってる人がいるから。無口で無愛想に見えるけど、一途で素直な素敵な人が。熱くなるのが玉にキズだけど、とっても優しい人なの。そんな優しさを壊したくないから……。


「お前の優しさを一番理解している上野が、裁いてほしいなんて思うか? 上野は一言も裁いてくれなんて言っていないぞ!」


 中西は押し黙った。

 顔を俯けている。


「だから、殺したければ俺を刺せ」


 中西の口からは何も出ない。

 周囲に沈黙が流れる。

 わたしの心臓の鼓動が早くなる。

 おそらく、和樹も宗治さんも、放送部員たちもきっと……。

 そして。


「すまない。竜野……」


 中西の手からナイフが落ちた。

 中西はしゃがみ込み、人目をはばからず大声で泣き始めた。


「すまねえ、紗代……。すまねえ……」


 延々と泣き続ける中西に、周囲はただ立ち尽くすしかなかった。

 姫宮さんと穴倉さんもすすり泣いていた。

 しばらくして、勘介さんが中西の隣に寄り添う。


「お前は何も犯していない。今は家に帰ってしっかり休むんだ。後のことはそれから考えようぜ」

「ああ……」


 中西さんは一つ頷いた。

 顔は涙でずぶぬれだった。

 黄色いシャツの襟元にも、涙で滲んだ跡がある。


 その時、中西さんのシャツの胸ポケットにある携帯が鳴った。


『居館市立病院』


「もしもし。はい……。え? そうですか! ?」

「おい、何かあったのか?」


 中西さんは携帯を切ると、力なくこう言った。


「紗代の意識が戻った」

「まじか……」


 その言葉に周りの人は安堵した。


「じゃあ、まず上野に会いに行かねえとな。行くぞ」

「サンキュ……」


 中西さんは勘助さんに支えられながら、その場を後にした。

 夕焼けがキャンパスを照らす、夏の夕暮れのことだった。


 ***


 それから二週間後の八月。

 蝉がうるさく鳴り響く中、わたしと和樹と宗治さんは喫茶〈とけいや〉で一服していた。


「上野さん、あれからどうですか?」

「順調に回復しているよ。中西が付きっきりで看病してる甲斐もあってな」


 宗治さんによれば、中西さんは姫宮さんと穴倉さんを許したわけではないが、彼自身二人を殺そうとしたのも事実だった。

 復讐のために人の命を奪っていいはずがない。未遂で終わったが、中西さんはその件を二人の前で謝罪した。

 姫宮さんと穴倉さんも深く反省しており、同じように謝罪した。

 しかし、愛する人を自殺に追いやった人を許せる気にはなれない、と中西さんは勘助さんに話していたらしい。

 また、上野さんも女子部員二人を許せる状況ではなかった。


「姫宮と穴倉は放送部をやめて、上野の看病に専念しているよ。看病という形で自殺に追いやった“罪”を償ってほしいって二人から言われたらしいぜ」

「そうだったんですか……」


 ちょっとしたことで取り返しのつかないことに発展してしまう。

 今回の事件で、わたしは痛感した。

 姫宮さんも穴倉さんもいたずら感覚だったのだ。

 それが自殺未遂という悲劇を生んでしまった。


「ねえ、和樹。わたしたちにもやっぱりものの考え方の違いってあるのかな?」

「おまえにしてはらしくない言い方だなあ。あるだろうけど、あの事件は極端じゃん。そこまで気にすることないと思うけど」


 和樹は水を飲んだ。


「そういや、ひとつだけあったな」


 わたしはびくっとした。


「な、なに?」

「夏休みの過ごし方だよ。おまえ、海に行こうキャンプ行こうってはしゃぎまくってたろ。でも、なーんか忘れてる気がしたんだよな……」

「あ……」


 わたしの頭の中に期末テストの結果が浮かんだ。

 五月ごろ、期末の結果がよくなければ夏休み全部潰すって言ってたような……。


「おまえ、期末の結果どうだったっけ? オレ忘れちまったよ」

「ど、どうでもいいでしょ、そんな事今は」


 和樹はにやりと笑った。


「ま、そんなことおまえの家に行けばわかることさ。兄貴、今から葉月の家に行こうぜ」

「ちょっと、いきなり何よ!」


 わたしはテーブルを叩いて立ち上がった。


「そうだな。行こうぜ」

「宗治さんまで! やめてよ!」


 考え方の違いってこのことかよ! 

 何度も言うけど、夏休みくらい女子高生らしく遊ばせてよ!! 

 (「学内放送の悲劇」おしまい)

シリーズ最終話。

自殺事件の動機と後日談が語られます。

©️ヒロ法師・いろは日誌2016

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