Part.3
脳筋だが知りたがり屋系女子な千山葉月と、頭脳明晰だがちょっと残念系男子な花浦和樹が挑む学園ミステリ。
ある夏の日の事、葉月と和樹は和樹の兄、宗治に連れられて居館市立大学に向かう。それは大学で起きた自殺事件の謎を調べてほしいというものだった。
昼食後、わたしと和樹、宗治さんの三人は勘介さんがいる中西さんの家に向かった。
わたしが和樹の提案に乗ったのには、勘介さんのこと以外にも理由があった。
勘介さんは今の時間帯、中西さんのアパートに行っている。
そう、上野さんの恋人である中西さんに会うためだった。
大学から西に歩いて十五分、閑静な住宅街に中西さんが住むアパートがあった。
二階の一室に勘介さんが立っていた。
「少しでもいいから、外に出てみようぜ。お前が泣いても上野は元気にならないぞ」
「うっせえな!! 帰れよ!!」
ドアの向こうから大声がする。
勘介さんは思わずため息をついて、壁にもたれかかった。
「勘介さん……」
わたしも自然と言葉を出してしまった。
勘介さんがわたしたちに気付いた。
「お前ら、どうしてここに」
わたしの代わりに宗治さんが答えた。
「ちょっと上野のことで気になることがあって、千山がうるさくて」
「葉月ちゃんが?」
わたしは思わず頭を掻いた。
「すいません。勘介さんは上野さんと縁があったんですよね」
「ああ、そのことか……」
勘介さんは立ちあがった。
「中西、俺帰るわ。気が変わったらいつでも俺に連絡くれよ?」
ドアの向こうからは何も声はしなかった。
「行こう。ここで上野の話はしたくない」
勘介さんの提案で、わたしたちは近くの喫茶店に移動した。
話を切り出したのは勘介さんだった。
「朝方花浦が言ってたオレが上野を好きだったことだろ? 確かに好きだったし、一瞬でフラれた。あいつには中西がいるんだ」
「やっぱりもう心残りとかは」
「ないよ。まさか、お前ら俺を疑ってるのか?」
勘介さんが怪訝な顔をする。
わたしはすぐに首を振った。
「いや、そんなことはないです。上野さんが勘助さんとの交際を断った後のことを聞きたいんです」
「後の事か」
わたしが一番聞きたかったのは上野さんが交際を断った後の中西さんの心境の変化だった。
堀川部長によれば中西さんは上野さんに一途だった。
「そういや、中西から電話があってよ。どこで見たか、聞いたか知んねえけどすっげえ怒られたんだ」
「上野さんにコクったからですか?」
勘介さん頷いた。
電話がかかってきたのはフラれたその日の夜。
ものすごい剣幕で中西さんは勘介さんを捲し立てたという。
堀川部長は、中西さんは上野さんに対して一途だったと話していた。
「まあ事情を話したら収まってくれたけどよ」
「それ以降は上野さんを諦めたんですね」
「ああ、そうさ」
勘介さんは中西さんの前では上野さんの話をしないことにした。
さっぱり諦めたというのもあるが、中西さんと上野さんの関係はそっとしておいたほうがいいと思ったからだ。
「けどよお。その話を蒸し返されかけたことがあったんだ」
「蒸し返された? 別の人からですか?」
勘介さんは頷いた。
それはあの「IDATELive」でのことだった。
上野さんが自殺を図る三週間前の金曜日、ちょうど勘介さんのバンドがライブツアー中に、番組でバンドの特集が組まれた。
金曜といえば一年の穴倉さんが担当している。
そして番組編成を担当したのは堀川部長だった。
新曲の紹介や、今後のライブ日程、楽曲リクエストなどが放送された。
その時に、勘介さんのプライベートにまで突っ込んだ話を訊かれたという。
しかもよりによって「これまでに付き合った人はいますか?」という質問だった。
最近、「学内のアイドル」と熱愛が噂されているとか、そんな話を吹っ掛けられた。
「学内のアイドル」というと、もうあの人しかいないのだ。
「やばかったよ……。放送中、上野はいなかったけど中西はいたんだ。出来るだけ上野のことはぼかして言ったつもりだったんだけど……」
やはり中西さんは怪訝な様子だったという。
堀川部長と姫宮さんで場をなだめ、幸い揉め事にはならなかった。
翌週もいつもの放送になっていたが、どこかしら部内にぎすぎすした雰囲気が流れ始めていた。
堀川部長いわく、「これまでに感じたことのないような黒い霧」が放送部員の間に漂っていた。
「あれ以降、中西はかなりイライラしてたよ。これまではよく駄弁ってたのに、顔もろくに合わせなくなったし。でも、部活には行っていたみてえだけど」
「その放送の時、上野さんは学内にはいましたか?」
「ああ。用事があって部活には行けなかったみてえだけどよ」
わたしは頭の中で状況を整理していた。
勘介さんの放送と上野さんの自殺の件はどこかで繋がっている、わたしにはそう思えてならなかった。
ただ、中西さんの状況だけではこの二つを繋げる糸は見つからない。
上野さんのことについての情報がいる……。
「和樹、一度病院に行ってみない?」
「いきなりなんで」
「上野さんのお見舞いよ」
宗治さんが話していたが、彼女は今居館総合病院に入院している。
わたしたちは病院に向かった。
居館総合病院。
わたしたち居館市民が子供の頃からたびたびお世話になっている病院だ。
中核市であり、「そこそこ都会」な居館では周辺市町の拠点病院の役割も果たしていた。
上野さんは入院直後は救急病棟で入院していたが、今は一般病棟に移っていた。
ナースステーションで、看護師に彼女の病室を聞いていた。
「部屋は七○五号室です。面会の方がいらっしゃいますから、お静かにお願いします」
戸をノックすると、病室から入ってくれという声がした。
「失礼」
宗治さんが戸を開けて中に入る。
わたしと和樹もそれに続いた。
ベッド際の椅子に大学に行こうとしたときにすれ違った姫宮詩織さんと、金髪で赤いカットソーにデニムのホットパンツをはいた女の人がいた。
「あら、あなたたちどうして?」
「詩織さん、あったことあるの?」
姫宮さんはわたしたちに隣に座っていた女の人を紹介してくれた。
この人が穴倉麻利亜さんだった。
金髪のハーフで、放送部の番組「IDATELive」の木曜、金曜担当のパーソナリティだった。
わたしと和樹も、改めて自己紹介した。
ベッドでは長い黒髪の女の人が目を閉じて静かに眠っていた。
腕に点滴用のチューブが繋がれ、口には吸引機が取り付けられていた。
彼女が上野紗代。
一ヶ月前に自殺を図った放送部員だ。
顔かたちが整っている美女で、「学内のアイドル」と呼ばれているのも頷ける。
「でもあなたたちがお見舞いに来るなんて思わなかったわ」
「ああ。この、千山が上野の見舞いに行きたいって」
わたしは上野さんの顔に目をやった。
「お気の毒に……。ずっと眠ったままなんですよね」
「ええ。さっきまで紗代のご両親もいらしたんだけど、何日経っても意識が戻らない紗世に、まるで生気が抜けたようだったわ……」
わたしは気が重くなった。
子供がいるわけじゃないけど、大切な人がずっと眠ったまま。さらに、様々な機器を繋がれ、それがないと生きていけない状況。
想像するだけでも上野さんのご両親の気持ちがわかるような気がした。
そしてこの病院に来た本当の理由。
上野さんの自殺以前に、上野さんに何か変わった様子はなかったかということ。
そのことを聞くと、姫宮さんは一瞬強張った。
「と、特別変わったところはなかったわ」
だが、その表情の変化をわたしは見逃してはいなかった。
額から汗がにじみ出ている。
夏だし、暑いけど姫宮さんから出ている汗はそんな汗じゃない。
「本当にそうなんですか? 自殺未遂をした人が自殺のサインを出さないなんて、わたしはあまり思えないんですけど……」
病室は沈黙に覆われた。
「詩織さん、隠さないほうがいいんじゃないの?」
状況を察したのかわからないが、穴倉さんが姫宮さんの肩に手を置いている。
「麻利亜ちゃん……」
姫宮さんは目を閉じて、手に胸を当てた。
「紗代が自殺を図る一週間前にケンカしちゃって……」
「ケンカって、上野さんとですか?」
姫宮さんは頷いた。
実は、姫宮さんはほのかな恋心を抱いた人物がいた。
それは中西さんだった。
中西さんは仕事をテキパキとこなすが、寡黙で無愛想な人だと聞いていた。
しかし、姫宮さんにとっては好みの男性だったようで、いつかは告白したいと思っていたが、上野さんとの関係は部内公認の仲。
どうしても入り込む余地はなかったのだ。
そこで姫宮さんは中西さんと上野さんと一緒に、旅行に行こうと提案したという。
「一度でもいいから彼と一緒にいたかったの。紗代と一緒なら何も問題ないと思ってたのよ」
しかし、上野さんにその話を持ち掛けたとき彼女は激昂した。
結局姫宮さんが謝罪したことで上野さんは許してくれたが、もちろん旅行は取りやめになった。
「けど、私が思っている以上に紗代は中西君に入れ込んでたの。中西君も同じ。そりゃ紗代があれだけ怒るし、彼女が首を吊ったら中西君も引きこもるわ」
「ありがとうございます」
その後も少し雑談した後、わたしたちは病院を出た。
わたしはこれまでに聞き出したことを繋ぎ合わせていた。
まずは放送部内部の人間関係。
堀川部長は部内の人間関係は良好で、上野さんが自殺を図るまではぎすぎすした雰囲気はなかったと言っていた。
しかし、関係者の話を聞くと上野さんと中西さんの関係が絡むと二人とも激怒して気まずい状況になったことがあった。
竜野さんが出演したラジオ番組、そして姫宮さんが中西さんに思いを寄せていたこと……。
病院外の歩道を歩いているときだった。
「だいぶ自殺の真相が見えてきたわ」
「見えてきたって、犯人わかったのか?」
和樹が私の顔を覗き込む。
犯人、つまり上野さんを自殺に追いやった人物はつかめていた。
「ええ。だけど証拠が足りない。まああそこにあるんだろうけど」
「あそこってどこだよ」
わたしは和樹と宗治さんにそっと耳打ちした。
証拠はそこに残っている。
(Part.4に続く)
次回、解決編です。
©️ヒロ法師・いろは日誌2016




