Part.2
脳筋だが知りたがり屋系女子な千山葉月と、頭脳明晰だがちょっと残念系男子な花浦和樹が挑む学園ミステリ。
ある夏の日の事、葉月と和樹は和樹の兄、宗治に連れられて居館市立大学に向かう。それは大学で起きた自殺事件の謎を調べてほしいというものだった。
わたしたちは大学を出て、部長が住んでいるアパートに向かった。
アパートは大学から歩いて15分ほどの、閑静な住宅街の近くにあった。
「ここね……」
わたしはそのアパートを見上げた。
〈ケオパレス22 ILLUSION〉
2階建てで、築数年のこぎれいなアパートだった。
大学生が借りるアパートというとボロアパートを想像してしまうが、大学が多い居館では安い家賃でも新築で、設備が整っているところもあった、
勘介さんは二階に部長が住んでいると言っていた。
部長の名前は堀川卓也と言った。堀川部長の部屋の前に立ち、インターホンを鳴らす。宗治さんがマイク越しに呼びかけた。
「ごめんください。二年の花浦ですけど……」
ドアが開いた。
中から短い茶髪で、眼鏡をかけた男の人が出てきた。
「ああ、君らが竜野が言ってた人たちか」
「ちょっと、こいつが放送室を見たいって言うもんで」
「わかった。上野のことで調べたいんだったよな。一緒に行くから、少し待っててくれ」
すんなりと受け入れてくれた。
部長は捜査に協力的なようだった。
少しして、堀川部長が鍵を持って現れた。
「お待たせ。放送室まで案内するよ」
「でも、いいんですか? わたしたちの勝手な都合で……」
わたしの言葉に部長は頷いた。
「いいんだよ。上野が放送部から消えて以降、部内に暗い雰囲気が流れてるんだ。みんな。上野がまた戻ってくることを願ってる。部長の俺としても上野の自殺の理由を突き止めたいんだ」
わたしたちは大学に戻る途中だった。
堀川部長は今の部内の様子を話してくれた。
アパートを出るときも言っていたように、放送部は陰鬱としていた。
上野さんが担当していた木曜日は、金曜担当の穴倉さんが務めているが、上野さんがいたころよりも活気がなくなっていた。
「穴倉も頑張ってるとは思うんだけど、やっぱり上野が担当していた時の方が賑やかだったよ。上野にはリスナーを引き付ける魅力があったんだ」
大学の門の前まで差し掛かった時だった。
わたしたちの前に栗色の髪を肩まで垂らした、裾の青いワンピースを着て果物が入ったバスケットを持って歩いている女の人がやってきた。
なかなかの美人だったのか、和樹の目は彼女に向いていた。
「あら、部長。大学に行くんですか?」
「姫宮……。ちょっとした探し物だよ。この人らに協力を頼んだんだけど」
「何か大切なもので失くしたんですか?」
「まあな」
姫宮と呼ばれた女の人は微笑んだ。
この人も放送部員なのだろうか。
堀川部長に聞いてみると、彼は頷いた。
「こいつは姫宮詩織。上野と同じく二年で『IDATELive』のパーソナリティをやってるんだ」
「あら、花浦君もいるじゃない。私の放送、聞いてくれてる?」
宗治さんは頭を掻いた。
「ああ。サッカー部の連中が釘付けになってるよ」
「それはありがと。何か音楽のリクエストがあったらよろしくね」
こんなところで番組の宣伝をするのか。
堀川部長が会話に入った。
「それはそうと、姫宮。どこかに呼ばれたのか?」
「紗代のお見舞い。そして、麻利亜ちゃんと食べに行くつもり。あの子紗代の後を継ぐんだって張り切っちゃって、最近疲れてるみたいだからね」
「気を遣ってくれてるんだな。ありがとうよ」
『IDATELive』は三人のパーソナリティが曜日ごとに担当を受け持って放送していた。自殺未遂事件までは木曜は上野さん、金曜は穴倉さんが担当していたが、火曜日は姫宮さんが担当していた。
「じゃあ、私はこれでっ!」
姫宮さんはわたしたちに軽く手を振ると、病院に向かっていった。
過ぎ去っていく姫宮さんの後姿を眺めながら、堀川部長は口を開いた。
「姫宮も上野に匹敵するくらいの実力を持ってる。知名度は上野ほどじゃないけど、今度の大学祭の特番の司会をやってもらおうと考えているんだ。ここだけの話だけど、誰にも言わないでくれよ」
大学に戻ってきた。
放送室に行くと、堀川部長は持っていた鍵でドアを開けた。
部屋の中はいろんな放送機材が置かれている。
奥の部屋には収録スタジオがあり、さらに奥は倉庫になっているという。
倉庫にはこれまでの番組が収録されたCDが保管されてある。
堀川部長は改めて上野さんが首を吊った時の状況や、部屋の様子を説明してくれた。
「遺書とか、自殺を図った時にあった物とかは、もう返されたんですか?」
部長は頷いた。
放送室の現場検証は終了したらしく、警察は一度押収した物品は返却していた。
「ただ、警察の捜査がひと段落した後に事件があったんだ」
「事件?」
「どうやら、何者かが放送室に侵入したんだ」
それは初耳だった。
宗治さんも知らないと首を振っていた。
それもそのはずで、何も盗まれた痕跡もなかった。
そのこともあって被害届も出しておらず、放送部の関係者しかこの事件を知る人はいなかった。
「放送室の鍵は部長さんだけしか持っていないんですか?」
「いや、部員ならだれでも入れるよ」
誰でもか……。
「だけど、警察の捜査中は放送部の活動はしていないし、部員に聞いても誰も入っていないって言ってるからさ」
「それは間違いないんですよね」
「ああ。部員の片っ端から聞いたから間違いないよ」
しかし、侵入のことも気になるが、自殺未遂事件が先だ。
まずは上野さんの人間関係をはっきりさせておく必要があった。
「上野さんなんですけど、部内ではどんな感じだったんですか?」
「そうだな……。部内でもよく気が利くし、誰にでも人当たりがよくて印象はよかったよ。中西との仲も部内公認みたいなものだったからね」
中西さんと上野さんは大学入学時から付き合っているという。
「とても敵を作るような人じゃなかったんですね……」
「ああ。ほかの女子部員とも仲がいいし、さっき会った姫宮や後輩の穴倉とは名前で呼び合うほどの間柄だ」
放送部は上野さんの事件まではみんなの仲がよく、誰かをいじめたり、嫌がらせをすることはなかったと部長は言っていた。
親密で、家族のような付き合いだったという。
次に中西さんのことを聞いてみた。
「中西さんはどういう役割だったんですか?」
「音響、音楽担当だよ。ただ、上野が自殺したときは講義で来るのが遅かったんだ」
「どんな人だったんですか? 上野さんと公認の関係って部長さん言ってましたけど」
堀川部長は上野さんが首を吊っていた窓を見上げた。
「口数は少ないけど、黙々と仕事をこなすやつだったな。音響機器の扱いに慣れてるし、演出も上手い」
しかし、中西さんがいなくなってから仕事が回らなくなり、放送回数も減少したという。
惜しい人を無くしたと、部長は嘆いていた。
一方上野さんとの関係については、恋人同士ではあるものの、中西さんがやや一方的に上野さんに愛情を向けていたようだ。
寡黙な中西さんは、上野さんのこととなると熱くなっていた。
「中西は他の部員と関係が悪いわけじゃないんだが、どこか近づきにくい雰囲気はあったと思う」
「でも、上野さんの遺書は中西さんに宛てたものだって聞きましたけど」
堀川部長は考え込んだ。
少しの沈黙が流れた後、部長は口を開いた。
「考えてみれば、上野は中西に素直だったな。まあ、付き合ってるんだから無理もないかもしれないが」
また、中西さんも上野さんに素直だった。
寡黙な中西さんでも、上野さんとはよく喋っていた。
遺書の内容を思い出してみる。
―――もう誰も助けてくれない。私に味方なんかいない。ごめんね、なおちゃん……。
内容からして上野さんは孤立して、自殺を図ったのだろう。
だが、問題なのはその原因だ。
―――誰も助けてくれない。
―――私に味方なんかいない。
堀川部長から聞いた放送部の雰囲気から考えると、とても上野さんを追い詰めるような人はいないように見える。
ふと疑問が湧く。
遺書の内容と矛盾しているのだ。
「部長さん、さっき上野さんは敵を作るような人じゃないって話してましたけど、何か秘めてることとかありませんでしたか?」
「そうだな……。警察にも話したんだけど、特にそういうことはなかった。ただ、みんなには言わなかっただけかもしれない」
最後まで自分の心の中に隠していたのか……。
でも、こうなると探し出す術がなくなってしまう。
わたしは考えをまとめるために、一度外に出た。
大きく息を吸って深呼吸をする。
「お、推理タイムに突入したか」
背後から和樹が肩を叩いている。
「何かわかりそうか?」
「全然ダメ。自殺してることは間違いないのに、その理由がまるでないんだもん」
和樹はわたしの横でしゃがんだ。
「そういやさ、今朝勘介って兄ちゃんいたろ。あの兄ちゃんも上野って人にフラれたって言ってたよな」
「そうね」
「こうは考えられないか? あいつが自殺の原因を作った」
「どうして? 会った時の雰囲気を見ても、彼女に無関心だったようだけど」
和樹はにやりと笑った。
「それは表の顔。実際はフラれたことを恨んでいて、上野に嫌がらせをしたとか」
「うーん……」
その可能性も無いわけじゃないけど、嫌がらせをするとしたらどうやってするのだろうか。
勘助さんは放送部とかかわりがあって、『IDATELive』に出たことがあるという。
その時、放送部のドアが開いた。
「お前らは竜野が自殺の原因を作った犯人と思ってるのか。竜野は完全に上野を諦めてるし、恨んでもいねえぞ」
宗治さんと堀川部長が出てきた。
声は宗治さんだった。
「そういうわけじゃないです。でも、勘介さんって放送部の人と仲良かったんですよね」
「ああ」
一度彼に話を聞いてみる価値はあるかもしれない。
彼は中西さんの親友でもあるのだから、もっと情報が拾える可能性がある。
「ここにいても何もわかりそうもないし、一度勘介さん会ってみませんか?」
和樹も、宗治さんも、堀川部長も不思議そうな顔をする。
実はわたしにある考えがあった。
(Part.3に続く)




