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ふたりの探検記  作者: ヒロ法師
No.3 移動するテスト
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Part.4

 苦手な数学の小テスト。悲惨な点数を取ってしまった千山葉月ちやま はづきは、幼馴染の花浦和樹はなうら かずきにばれないように、こっそり処分する。ところが翌日、そのテストが意外なところから出てきたのだった。しかし、このことが大事件に発展するとは、誰も思っていなかった。

 

 その日の夕方。

 ここはいつもなら誰もいない物理室。

 わたしたち3人はこの部屋に来ていた。

 部活は適当に遅れると伝えてある。

 明日大会がある和樹には悪いと思っていたが、和樹も事の真相が気になっているようで了承してくれた。


 すでに三人は呼んである。

 間もなく、彼らが来るはずだ。


「これから真相が明らかになるのね! すごく面白い記事が書けそうだわ!」


 梨花がうきうきしている。

 思わず机を軽く叩いている。


「八瀬川、落ち着け。ここからは葉月に任せたほうがいい」

「そ、そうね」


 夕日が物理室の窓を照らした。

 それと同時に戸が開いた。


「くっそ。この物理室西日がきつすぎるんだよ!」


 入ってきたのは桂木先生だった。

 後ろから竹内先生、木村先輩と続く。

 梨花は待ってましたとかとでも言うように、カメラを持ち構えた。


「君たちかね。いったい何の用だ」


 桂木先生は両腕を組んでいる。

 わたしは前に出た。


「先生、あなたに関係することなんです」

「き、君は花浦君と同じクラスの……。でも、私は担当してないだろう?いったいどういう風の吹き回しだ」

「あなたを脅迫する犯人が分かったんです」


 桂木先生は一瞬顔が強張った。


「い、いつの間にそんな噂が生徒に流れてるのかね。送られている覚えはないが」


 脅迫状を送り付けられた人が言うような台詞ではない。

 台詞だけじゃない。表情もどこか焦りが見える。


「隠さないほうがいいですよ。脅迫状の噂、かなり広まっているようですからね。そこの花浦君と八瀬川さんと一緒に調べたんです」

「そ、そんな話は知らない……。脅迫状なんて送られていない!」


 わたしは今の言葉で確証が持てた。

 だが、先生の後ろから竹内先生の声がした。


「ぼ、僕たちは関係ないだろう。木村君の補講があるから帰らせてもらうよ」

「あなたたちもですよ。今回の脅迫状の件に絡んでいるの、間違いないんですから」


 三人とも驚いて動けなくなった。


「な、なら私に脅迫状とやらを送ったのは誰なのかね」

「教えてあげましょうか」


 わたしは目を閉じた。

 そして、目を上げ人差し指の先を向ける。

 その先には……。


「竹内先生。あなたが桂木先生に脅迫状を送り付けた張本人ですね」


 わたしの声に桂木先生と木村先輩は、指差されたその若い教師に顔を向けた。


「ち、千山君。いきなり何を……。僕は桂木先生を恨んじゃいない。そんな酷いことした覚えはないぞ」

「恨んでいない?本当にそうですか?」


 竹内先生が桂木先生を恨むのには理由があった。

 それは……。


「論文を横取りされ、発表された。それで桂木先生は時の人になった。名声を全部取られてしまった。そのことで恨んでいるんじゃないですか?」


 わたしの言葉にすぐさま桂木先生が反論した。


「わ、私が、物理教師であるこの私が論文を作らずに、横取りしたというのかね! ?」


 桂木先生は突っかかるようにわたしに近づいた。


「わたしが横取りした、証拠を見せてくれないかね!」

「そうだよ」


 竹内先生は桂木先生に同調した。


「桂木先生は物理界隈では有名な先生だ。実績もあるし、横取りなんてするわけがない」


 わたしは目を閉じた。


「昨日先生と会った時、先生はズボンをまくり上げていましたよね。汚したんですか?」


 竹内先生は口をつぐんだ。


「ああ……」

「どこでですか?」

「トイレで……」


 わたしは首を振った。


「トイレの可能性もあるかもしれませんけど、ごみ収集所で汚したんじゃないですか?」


 竹内先生の体が硬直した。

 前日にごみ収集所から論文メモと私のテストが回収された可能性はあったが、竹内先生のズボンの様子を見ると、回収したとすれば昨日、つまりわたしと先生が会った日だ。



「僕がごみ収集所に行ったっていう証拠はあるのかい?っていうか、何で論文横取りの話からズボンの汚れの話に飛ぶんだい?」

「それはですね……」


 わたしは振り返るとリュックの中に入っているクリアファイルを取り出した。

 中には論文の破れてしわしわになったメモが入っている。


「このメモなんですけど、体育館裏のごみ収集所に捨ててあったんですよ。わたし、自分で言うのも恥ずかしいことがあったんですけどね」


 それは小テストをごみ収集所の可燃ごみの所に隠したことだ。

 誰かがごみ収集所から論文メモを回収しようとした時に、偶然捨ててあったテストを持ち出してしまったのだ。

 わたしは論文のメモを竹内先生に突き付けた。


「あなたは論文メモを回収しようとした時にズボンを汚した可能性があったから。そして、このメモを書いたのが竹内先生、他ならぬあなただからですよ」


 その言葉に部屋の中にいたもの全員の視線が竹内先生に向けられた。


「ど、どうしてだい?」

「簡単な話ですよ」


 わたしは敗れている論文メモのパーツを組み合わせた。


 ―――竹内修也


 紛れもない、竹内先生の名前だった。

 実はこれ、もう一つのパーツは楓が見つけていたものだった。

 彼女は竹内先生の化学を選択している。

 同時にわたしは楓にあることを聞いていた。

 それは竹内先生の書き方だった。彼は手書きで生徒と宿題やテスト関係でやり取りをすることがある。

 楓に聞いたところ、宿題に書かれた彼の手書きメッセージと論文のメモの書き方がよく似ていたのだ。


「この論文メモこそが竹内先生が新理論を発見した証拠。そして桂木先生を恨む理由です。

 さっき梨花も言ったようにあなたは桂木先生に新理論発見の論文を奪われ、桂木先生は時の人になった」


 恨むのには十分な理由だ。

 さらにわたしはこう付け加えた。


「職員室のごみ箱にわたしの小テストを捨てたのもあなたなんじゃないですか?うっかり一緒に私の小テストも持ってきてしまい、急いでごみ箱に捨てた。ま、あなたの隣の席が山中先生の席だったのはわたしにとって運が悪かったみたいだけど」


 竹内先生は口をつぐんでいた。

 その時だった。


「修也さんは何もやってないわ!」


 木村先輩が前に出た。


「脅迫状を送り付けたのも、体育館裏からメモを持ち出したのも私よ!」


 わたしは目を丸くした。

 脅迫状もメモの持ち出しも竹内先生がやったと推理していたからだ。


「陽子……」

「知ってるんです。最近修也さんが物理の理論を見つけたこと。それを桂木先生が妬んで、盗み取ったことも!」


 木村先輩は桂木先生に指をさしていた。

 桂木先生は俯いているようだが、目に光が当たらず不気味な雰囲気を醸し出していた。


「やっぱり、相思相愛だったのね」


 梨花が出てきた。


「噂は本当だったんだ」


 一瞬驚いたが、木村先輩は竹内先生をかばっているのだ。この二人が先生と生徒の関係以上のつながりがあったのだ。

 木村先輩は竹内先生の自供を代わりに言うかのように、声を張り上げた。


「そうよ! 私は竹内先生が大好きだった。理論が見つかったとき、先生はとても幸せそうだった。それを陰で見てる男がいた」

「それが私だよ」


 顔を俯けていた桂木先生がようやく顔を上げた。


「じゃあ、論文の横取りを認めるんですね……」


 わたしの問いかけに桂木先生は一つうなずいた。


「わたしは教師として失格だ」



 桂木先生は淡々と事件の動機、事の真相を語り始めた。

 わたしや和樹、そして梨花が調べたように桂木先生と竹内先生は仲の良い先輩と後輩だった。しかし、竹内先生は化学だけでなく生物や物理、地学などほかの科学分野にも精通しており、めきめきと兎角を現し始めた。

 論文も執筆するようになり、高い評価を得ることもあった。

 一方、桂木先生の生活は荒んでいた。数年ほど前に妻を亡くしそれ以降風俗やキャバクラ、ギャンブルにお金をつぎ込んでいた。

 教師としての質も落ち、研究に対する意欲も失ってしまう。そして後輩であり、台頭する竹内先生に嫉妬心を抱いた。


「気に入らなかったんだ。何もかも失って壊れていく自分と、何もかも手に入れていく竹内君が……」


 そのため、たびたび桂木先生は竹内先生に対して嫌がらせをしていた。

 最近二人の仲が険悪になっているといううわさが、一部の生徒で流れ始めたのもそのせいだろう。

 しかし、それでも竹内先生の勢いは衰えなかった。


「そして私は見てしまったんだ。竹内君の素晴らしい論文を。これを自分の名前で世に発表したらお金が手に入る。自分の生活も楽になる、とね」


 そこでこっそり論文のメモを盗み出し、論文を出力して発表したのだ。

 あとは世間に言われているように桂木先生は一躍時の人になった。

 論文のメモは使用後、やはりごみ収集所に隠されていた。


「すまない、竹内君。許されないことをしてしまったが、深く謝罪する」


 桂木先生の顔からは先ほど見えた焦りは消えていた。

 竹内先生は何も言わず、黙ったままだった。

 わたしはそっと先生に尋ねた。


「竹内先生も、脅迫状の件は認めるんですか?」

「ああ……」

「修也さん!」


 木村先輩が横に出ようとすると、竹内先生は左手を出して先輩を制止した。


「あの桂木の論文を見た時から怪しいと思ってたんだ」


 それは論文の内容を見た時に自分が研究したこととそっくりだったから。

 桂木先生のことを何かと監視していると、彼が竹内先生の論文メモをごみ収集場に捨てるところを目撃してしまった。


「それが三日前さ。その時に脅迫状を作って桂木に送り付けたのさ」


 論文を書いているとき、殺意すら覚えたという。

 ここ最近桂木先生からいじめられていた竹内先生は桂木先生に対して恨みを抱いていた。


「すきを見て殺すつもりでいたんだ。だけど、僕も一教師。そんなことをしたら木村君、いや陽子に悪いと思って、できなかったんだ」

「桂木先生もあれだけ深く謝ってるんです。後のことはまた別の所でやった方がいいんじゃないですか?」

「君は桂木を許せというのかい?」


 竹内先生が顔を上げた。

 しかし、わたしは首を振った。


「論文の盗作や横取りは犯罪です。桂木先生は何らかの罰を受けないといけないでしょう。ここで恨みを募らせても何の得にもならないですよ」


 その時だった。


「私は、自首するよ」


 その声は桂木先生だった。


「千山君の言うように私の犯したことは犯罪だ。償わないといけない。こんな卑怯なことをする最低な教師にはどんな刑罰でも足りないかもしれないけどね」


 桂木先生はまるで魂が抜けたかのように、ただ立ち尽くすだけだった。

 ただ、夕日だけがわたしたちを照らしていた。


 その日のうちに桂木先生は自首した。

 学校側も桂木先生の件を教育委員会に報告し、先生に対して処分が下った。

 そして、彼が発表した論文はすべて竹内先生が執筆したことに変更され、改めて竹内先生は学会に理論を発表することになった。

 だが、竹内先生も桂木先生に対し脅迫状を送ったことは事実としてあった。


「結局、竹内先生も減給処分と職務停止処分を受けたみたい」

「だから最近来てなかったんだ」


 わたしと梨花は居館スタジアムの観客席にいた。

 わたしたちの眼下にはサッカーグラウンドが広がり、選手たちが各々練習に励んでいた。

 週末の土曜日。あの事件から一週間後だ。

 今日はサッカーの県大会の決勝トーナメントが開かれる日。

 もうすぐ居館高校サッカーチームの試合が始まる。もちろん和樹も出場する。

 わたしと梨花は応援に訪れていた。

 梨花は五条君の活躍にほかの誰よりも楽しみにしていた。


「でも怖いよね。昔は仲が良かったのに、今じゃ恨みあう関係になっちゃうなんて」


 わたしはため息をついて、六月の曇り空を見上げた。


「人間ってやっぱり変わっちゃうんでしょうね」


 梨花は微笑んだ。


「ま、あたしとしては大スクープになったんだけど。学校に真実と正義を伝える。これが新聞部の役割だからね」

「よく言うわよ。いい意味でもよくない意味でも、あんたはすごかったわ」


 てへへ、と梨花は照れ隠しに笑う。

 まだ懲りていないようだが、そういう気構えがなければ新聞記者は務まらないのだろう(やりすぎは困るけど)。


「おう、おまえらも来てたか」


 その声に振り向くと、ユニフォーム姿の和樹が手を振って立っていた。


「和樹、もうすぐ試合じゃないの?」

「いや今回の試合はベンチ。だから休みだよ」


 わたしはにやりと笑った。


「ははーん。オタクだからか」

「それとこれとはカンケーねえだろ!」


 梨花はサッカーグラウンドを眺めた。


「そういえば五条君、試合出るんでしょう?」

「ああ。だけど、まだグラウンドに出てないな」


 その時だった。


「花浦君いたいた! 悪いんだけど、試合出てくれない?」


 マネージャーの女の子が上がってきた。


「何があったんだよ」

「いや、五条君が足ひねっちゃってね……。その代役で出てほしいの」

「ま、マジで」


 わたしは妙にうれしくなった。


「和樹、良かったじゃん! 頑張ってきなさいよ!」

「えー、五条君出られないのー?」


 わたしの隣では梨花が顔を膨らませてぶつくさ言っている。


「ま、和樹だってやるときはやってくれるからさ」

「じゃあ葉月、八瀬川。行ってくるわ!」


 和樹は手を振った。


「負けちゃだめよ! 負けたらあんたの恥ずかしいこと梨花に言うからね」

「へぇー。花浦君って隠し事あるんだ」


 梨花はにやにや笑う。

 新聞記者としての梨花が現れ始めている。


「そ、それだけはやめろ! じゃ、行ってきまーす!」


 和樹は急いで走っていった。

 間もなく居館高校の試合が始まった。


 わたしは誰よりも和樹のことを応援してるからね。


 (「移動するテスト」おしまい)



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