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ふたりの探検記  作者: ヒロ法師
No.3 移動するテスト
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Part.3

 苦手な数学の小テスト。悲惨な点数を取ってしまった千山葉月ちやま はづきは、幼馴染の花浦和樹はなうら かずきにばれないように、こっそり処分する。ところが翌日、そのテストが意外なところから出てきたのだった。しかし、このことが大事件に発展するとは、誰も思っていなかった。

 翌日。わたしは居館駅から高校に向かう途中だった。

 後ろから自転車の音がした。


「よう、葉月! 調子はどうだ」

「あ、和樹。あんた今日サッカーの大会じゃなかったの? 」

「試合は昼からさ。それよりおまえこそどうしたんだよ。朝っぱらから考え事してるみてえだけど」


 わたしは一つ頷いた。

 昨日の夜はあまり眠れなかった。

 ごみ箱に捨てられてあった論文のメモと、昨日梨花が言っていた桂木先生への脅迫状。

 この二つがどこかでつながっていてならなかった。


「和樹、あんた桂木先生の物理選択してたよね」

「そうだけど。おまえも授業受けたいのか? 」

「いや、そうじゃないの。先生の事なんだけど……」


 わたしは脅迫状に書かれている論文盗作疑惑の事を話した。

 物理の授業を受けていた和樹は多分知っているだろうけど。


「ああ、聞いたよ。でも、そんなことで脅迫されるとか怖いよな」

「その話なんだけどほら、数学のテストが移動した件。昨日あの収集所を調べてみたらこんなのが出てきたのよ」


 わたしはリュックから昨日見つけた論文のメモを見せた。


「それって、捨ててあったのか? 」

「ええ。誰が捨てたかはわからないけど、ひょっとしたら盗作の告発と関係あると思って」


 和樹は詳しく見せてほしいということで、わたしは論文のメモをクリアファイルごと渡した。

 科学論文だということは想像はつくが、何が書いてあるかわたしにはさっぱりわからなかった。


「和樹、何かわかる? 」

「これ物理論文のメモだぞ。しかも桂木が最近発表した……」


 なんですって!?

 和樹は桂木先生が作った論文を読んだことがあるらしい。

 論文のメモに書いてある内容が桂木先生の論文と同じ内容だったのだ。


「なんでメモを捨てたのかしら」

「さあ……。単純に要らなくなって捨てたとか……」


 確かに、論文が完成したのならメモは必要ないから捨てることもあるだろう。

 だが、そうならどうして破り捨てるのか。

 失敗作だったから嫌になって破ったのか。


「噂の件も気になるし、セットで調べてみた方がいいみたいね」

「ああ」


 そして教室。

 わたしは鞄からテキストやノートを取り出すと、引き出しに入れた。

 その時、後ろから誰かに肩を押された。


「おはよっ! 葉月!」


 振り向くと梨花がにっこり笑って立っていた。


「あら、気分は落ち着いたみたいじゃない」

「むしろ燃えてるんだけどね」


 燃えてるって、気合が入ってるのか?

 今日、和樹は昼からサッカーの大会で一緒に捜査はできない。だから梨花と手分けして進めていくことにした。


「とりあえず、今日は関係者に聞き込みしないとね。物理選んでる子とかに」

「そうだね。こういう事はあたしに任せて、葉月」


 わたしは一つ頷いた。

 梨花の情報収集力は新聞部の記者だけあって、なかなか侮れない。

 だが、それがいい方向に行ってくれればいいんだけど……。



 その日の昼休み。

 わたしは楓とともに和樹を見送り、昼食を済ませた後、彼女と一緒に校舎に戻っていた。

 突如楓の足が止まった。


「あれ、あそこにいるの梨花ちゃんと木村先輩じゃない? 」

「え? 」


 中庭に出る裏口の前で梨花と木村先輩が何やら言い争っていた。

 よく見ると言い争っているというより、梨花が一方的に木村先輩を責め立てていた。


「木村先輩、本当に何も知らないんですか? 」

「し、知らないわよ」

「調べた中だと、あなた竹内先生と相当親密じゃないですか。今回の件にも絡んでるんじゃないですか? 」


 これはまずい、と思いわたしは楓と止めに入った。


「梨花! ちょっと待って!」


 叫びは届いたようだった。

 梨花の猛攻が一時的に止まった。


「一体何してるのよ」

「何がって、取材してるだけ。この人が桂木先生の脅迫状に絡んでるってね」


 木村先輩が脅迫状事件に絡んでる?


「何でそう断言できるの」


 梨花はこっちに顔を向けた。

 彼女の今の顔は「友達」の梨花ではなく、「取材記者」である梨花の顔だった。

 狙った獲物は逃さない、そんな目でわたしを注視していた。


「じゃあ説明するわ。わたしは最近桂木先生と竹内先生の仲が悪くなってることを突き止めた」

「物理を選んでる生徒から聞いたのね」


 梨花はうなずいた。

 桂木先生が授業中、陰でぼやいているところを何人かの生徒が見かけたという。

 それは竹内先生への不満だった。

 竹内先生は教師や生徒からの信頼も厚く、将来有望な先生と言われている。

 だが、もともと若い竹内先生に教師としてのいろはを教えていたのは桂木先生だと聞かされていた。

 ふつう自分が教えた部下や後輩が出世すれば上司は喜ぶと思うのだが……。


「逆に桂木先生は出し抜かれると思ったんでしょうね」


 桂木先生はむしろ嫉妬していたらしい。

 確かに、後から来た人に実力で追い抜かれるのは悔しいだろう。


「で、そんな桂木先生にどうして脅迫状が送りつけられるの? まさかそこで木村先輩が出てくるんじゃないでしょうね? 」


 梨花はウインクした。


「そのまさかだけどね」


 木村先輩は驚いて動けなかった。

 楓もわたしと梨花のやり取りを見守るしかないようだった。

 梨花は木村先輩に目を向けた。


「先輩、あなた桂木先生の物理を選択してますよね? 」

「え、ええ」

「桂木先生のぼやきを聞いたんじゃないですか? 」

「はあ? 」


 木村先輩は戸惑い始めた。


「そしてあなたと竹内先生は相思相愛の仲だ。うちの学校じゃもっぱらそういう噂ですよ」

「そんな噂聞いていないわよ!」


 わたしも初耳だ。

 和樹からもそんな話聞かないし、他の友人からもそんな話を聞いた覚えはない。


「梨花、幾らなんでも言い過ぎよ。それだけ大きな噂になるなら、知らない人はあまりいないんじゃないの? 」

「大きさはどうでもいいの。そういう噂がある以上、突撃しないわけにはいかないんだから」


 それだけ言い張るのなら証拠がないといけない。

 確かに竹内先生と木村先輩は親密かもしれないが、恋愛感情に発展しているのだろうか。

 昨日も見たけど、確かに木村先輩は先生によく教わっているし、先生も先輩を誉めている。


「二人が深く愛し合ってるところを見た人がいるの? 梨花、あんた噂だけを頼りに追及してるみたいだけど、ちょっとまずいんじゃないの? 」


 梨花は一瞬顔をしかめた。

 だが、すぐに取材記者の顔に戻った。


「それは今から調べるのよ。そのために先輩を突撃したんだから」


 開き直っている。

 証拠は何一つつかめていないのに……。


「どうなんですか? 桂木先生の盗作の真相、知ってるんでしょう? 」

「わ、わかるわけないじゃない。しゅう……、竹内先生のことも……」


 返答に窮しているとき、学校のチャイムが鳴った。


「あ、掃除の時間だわ。梨花、行きましょうよ」

「あ、ちょっと!」


 梨花は一向に離れようとしない。まるで足に接着剤を付けたかのように。

 わたしは隣にいた楓にも協力を頼んだ。


「楓、梨花を引っ張るの手伝って!」

「うん、わかった!」


 とりあえずわたしたちは梨花を先輩から遠ざけた。


 学校表の玄関まで来た。


「どうして離したのよ!」


 梨花が叫ぶ。


「掃除の時間だからよ! それにただの噂とあんたお得意の妄想だけで先輩を問い詰めて、あんたは疑わしいって思ってるんだろうけど、あれは可哀想すぎるんじゃないの」

「妄想って、あれは推測で……」


 あれは推測とか推理じゃない。

 証拠も物事を繋ぐ糸もないのに想像力だけで行くのは無茶苦茶だ。


「とにかく、状況を整理してから動きましょうよ。わたしだって脅迫状の犯人が誰だか見当がついていないんだから」


 梨花は何も言わなかった。

 さっきまであれだけ熱かったのに、この変わり様だ。


「わかった。葉月、あんたやっぱりこういう時になると冷静ね」


 わたしは何も言わなかった(わたしでもわからないことなので、答えようがなかった)が、代わりに楓が梨花の言葉に応えた。


「葉月はこんな時は違うのよ。いつもは頭で考えるより体動かすほうが得意なんだけどね」

「楓、それは言わなくていいって」


 遠回しに楓は「脳筋」と言ってるのか……?

 まあ、いいか。

 わたしは気を取り直した。


「ま、そういうことだから一緒に考えてみましょうよ」

「うん」



 その日の夜、帰宅中の電車の中。

 今日は新聞部の活動があったので、わたしは梨花と一緒に帰っていた。


「さて、引継ぎは終わったしこれで脅迫状事件の取材に専念できるね」

「それで、何か新しいこととか分かったの? 」


 梨花は首を振った。


「全然。それより、あたしは葉月がどんな推理してるか聞きたくなってきたわ。昼休みの時、一緒に状況整理しようって言ってたじゃん」

「推理って言ってもまだ固まってるわけじゃないけどね」


 わたしは一呼吸置いた。

 脅迫状事件の前に梨花に話しておきたいことがあった。

 小テストが移動した事件についてだ。わたしは小テスト移動事件と脅迫状が絡んでいると睨んでいた。


「昨日の朝だけど、わたしが安田先生に呼び出されたことは知ってるよね」

「ええ。確かあの悲惨な小テスト隠してたんだよね」


 それは認めるしかないことだ。

 だが、わたしが隠した小テストがごみ収集所から職員室に移動したことが不自然だった。

 このことが気になって私は調べに乗り出した。


「それで、もう一度あのごみ収集所を調べたら論文のメモが出てきたの。翌朝和樹に見てもらったら桂木先生が発表した論文のメモだった」

「その論文のメモ、今どうしてるの? 」


 わたしはリュックからその破り捨てられた論文を取り出した。


「これよ。手書きみたいだし、名前も書いてあるけど肝心の名前の個所が欠けてるから特定は難しいわ」


 とはいえ、手書きだし筆跡からだれが書いたかはわかるかもしれない。名前の個所も書き方が似ていれば有力な証拠になる。

 梨花は論文のメモに目を動かしていた。


「これひょっとしたら盗作の証拠になるかもね」


 梨花はつぶやいた。


「どうして? 破られてあったけど、出来上がった論文が気に入らなくて捨てた可能性があるのよ? 」

「その論文のメモが物理の理論を発見した人のもので、桂木先生は横取りして名前だけ入れた可能性はない? 」


 わたしは頭の中で思案してみた。


「だとしたら破り捨ててごみ収集所に処分したのは自分が盗作したのを隠すため。そして、論文のメモを作った人がごみ収集所からメモを取り返すために、持ち出した」


 わたしの小テストはその時に一緒に持ち出されたのだろう。

 梨花の言うように論文のメモを書いたのが、理論を見つけた人だとしたら脅迫状を書いたのも同一人物なのかも……。


「可能性はあるかもね。梨花にしては現実的な意見じゃない」

「あ、初めて葉月に褒められたかも」


 そこで照れてどうする……。

 だが、現実的とは言っても根拠が示されていない。


「推理を裏付けるためには証拠がいるわね。わたしが今持ってるメモのほかのパーツが見つかればいいんだけど」

「それを明日探してみましょうよ」


 そして脅迫状事件。

 そのことを聞いたのは昨日のことだ。

 梨花は桂木先生の物理を選択している生徒から聞いたらしい。

 そのことで梨花は木村先輩が何らかの理由を知っていると踏んで、取材に行っていた。


「あの取材は真実を伝えるためのもの。もっと追及すべきだったわ」

「梨花、あんたまだ懲りてないわね……」


 だが、気になるところがないわけでもない。

 木村先輩と竹内先生の関係の噂、そして竹内先生と桂木先生の関係の噂が立っているというのが同じ物理選択の生徒の間で立っていることが気になる。

 三人をつなぐ何かがあるはずだ。


「まず、各々の関係についてもう一度整理する必要があるわね」


 木村先輩と竹内先生は教え子と教師。竹内先生と桂木先生は後輩と先輩の間柄だ。

 噂では前者が恋人、後者が険悪な関係になっているという。

 この関係を確かめるには物理を学んでいる生徒から聞き出すしかない。


「でも聞き出す必要ならないんじゃないの? 」


 梨花が私の言葉を止めた。


「あたし今日情報収集やったし」

「それ、本当に詳しく調べたの? 噂だけに飛びついて裏取らなかったのがみえみえだったんだけど」


 そしてわたしはある提案をした。


「梨花、明日の昼休み“一緒に”取材しようよ。脅迫状を送り付けた犯人を見つけ出して」

「そうね。わかった」

「絶対妄想だけで行ったらだめだからね」


 わたしは強く梨花に忠告した。

 梨花はうなずいたようだが、心配でならない。


 翌日。今日は金曜日。

 朝のホームルームが始まる前、わたしと梨花は教室にいた。


「さて、今日は聞き込みからね。物理は今日の三限目にあるからその前後で調査しよっか」

「オッケー。準備完了よ」


 梨花はにっこり笑った。

 聞き込みだけでなく、論文のメモ探しや事件関係者に近い人たちへのアプローチも行う。


 わたしと梨花が作戦を立てているとき、聞き覚えのある声がした。


「よう葉月に八瀬川! 」


 和樹がスポーツバッグを背負って教室に入ってきた。


「あ、和樹。おはよ。SENN見たけど、試合に勝ったんでしょ?」

「おうよ! 五条のおかげだぜ!」


 五条君に反応したのか、梨花の目が輝き始めた。


「やっぱり!? 花浦君、シュートもかっこよかったんでしょ? 写真とか撮った?」


 梨花が和樹の両肩に手を当てている。

 顔が近い。

 梨花は和樹に対してそういう思いはないと思うけど、わたしは妙に怪訝になった。


「マネージャーが撮ってるけど……」


 和樹は梨花の両手を話した。


「八瀬川、おまえんとこの新聞部のやつが取材に来てたけどそいつが写真撮ってるんじゃないのか?」

「あいつはダメなの。ああ、こうなら取材を掛け持ちするんだった……」


 どんな写真を撮ってるかはわからないけど、脅迫状とサッカー取材を両立なんてできるのか?

 梨花は無理だからサッカー取材を他の人に任せたんじゃなかったのかい……。


「ま、これで決勝トーナメントに進める。来週の土曜に試合だから応援頼むぜ、葉月!」

「それぐらい任せなさい! 今日中に事件も解決してすっきり応援できるようにしないとね」


 すると和樹は事件のことを聞いてきた。


「それで脅迫状とおまえのテストの件、あれからどうなったんだ?」

「だいぶ進んだと思うわ」


 わたしは今日聞き込みと、論文の残りのパーツ探しをすることを告げた。


「オッケー。じゃあ、今日はオレも参加だな」


 言うまでもなく和樹は乗ってくれた。


 それからわたしたちは聞き込みを開始した。

 桂木先生や竹内先生の授業を受けている生徒や木村先輩と親しい友人たちなどから情報を集める。

 今日はわたしたち2年生だけでなく、3年生も桂木先生の物理の授業があった(竹内先生の化学は2年生のみ午後)。

 それだけでなく、論文メモの残りのパーツも探していた。

 たぶんメモを書いた人が持っているんだろうけど、その人が脅迫状を送り付けた可能性が高い。


 そして昼休み。

 わたしたち3人は教室で昼食を摂っていた。

 いつもは部室飯の和樹も一緒だ。


「さて、結構情報が集まったわね。和樹も梨花もありがとね」

「これくらい新聞部のあたしにしては朝飯前よ!」


 梨花は胸を張っていた。

 梨花の情報収集力はやっぱりすごい。

 合計で1時間も満たない聞き込みなのに、情報がどんどん舞い込んでくる。

 さすが新聞部といったところだ。


 さて、さっそく聞き込みで分かったことを照らし合わせる。

 これだけでも犯人の候補、そしてテスト移動事件に端を発する事件の全容が見えてきた。


 そして午後。

 化学の授業が5限目にあった。

 わたしは選択していないけど、梨花と楓が竹内先生の授業を受けている。

 同じころわたしは生物の授業を受けていた。

 授業が終わると、わたしはいつものように次の授業の準備をしていた。

 その時だった。


「葉月! すごいの見つけたわ!」


 いきなり教室の戸が開き、梨花が飛び込んできた。


「どうしたのいきなり」

「楓ちゃんが偶然見つけたんだけど、これ!」


 それを見てわたしはまさかと思った。

 もう脅迫状の送り主はあの人しかいない。


  (Part.4につづく)

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