第90話:神の揺り籠
第四章開始です。
大陸東端部の国々を優しく包み込むように横たわる巨大な山脈、ウェルズ山脈。
それは人々を西側の荒野から守る揺り籠であり、人々を大陸東端部へ閉じ込める牢獄である。
最大で標高二万メートルを超え、標高一万メートル越えの山々が連なる。
人の踏み込まないこの場所は、強大な魔物やモンスターで溢れている。
そんな山の中に、俺はサラ達を連れて来ていた。
まぁ、切っ掛けはノーラの装備を買いにテテスの工房を訪れた時、いつも通りにハーピーの素材を催促されたからだ。
そろそろ行ってみるか、という事で俺達はウェルズ山脈に挑む事になった。
家の管理はウォードさん一家に任せているし、何かあったらクレインさんからも連絡が入る事になっている。
長距離を一瞬で繋ぐ通信方法は存在しないから、最近王都に建立された、時空の神の神殿で女神に祈る事になるけどな。
祈りを受けた女神が、俺にそれを伝えるって寸法だ。俺はその後『テレポート』で戻ればいい。
ガルツからでもウェルズ山脈は見えているけれど、流石に千キロ近く遠いと『テレポート』の認識範囲外だ。
実際に行って、意識をその地に同着させてこないといけない。
それさえしておけば、どれだけ遠くても『テレポート』で一瞬だからな。
あ、世界は超えられなかった。
地球に戻れないかと、俺の部屋を思い浮かべてみたけど、うまく意識が繋がらなかった。
いきなり飛ぶようなバカな真似はしないよ。
石の中とか時空の狭間とかに飛ばされても事だしさ。
それに、首尾良く向こうへ飛べてても、向こうから戻って来れるとは限らないからな。
そう言えば、こっちで得たチートって向こうだとどうなるんだろうな?
女神は向こうに戻ったら二度とこちらに帰さないみたいな事言ってたから、向こうに戻る際にチートとか魔法は全部除かれちゃうと思うけど。
女神の力を使わずに向こうへ行くとどうなるんだろうな?
女神が向こうで力を行使できるんだから、俺も大丈夫?
それとも、フェルディアルが時空の神だから可能なだけ?
さて、ガルツからウェルズ山脈へ行くには、西へ向かうルートが一番近いんだけど、西にあるのはロドニア王国。
エレノニア王国と同盟を結んでいるけれど、それはフェレノス帝国に対する備えとしてだ。
エレノニア王国と帝国との戦争がそろそろ終わりそうだって話だし、その場合は帝国の兵站が崩れての、帝国側の判定敗北だろうから、間違いなく講和の条件として、帝国側に損害賠償の請求がいくだろう。
しかし、帝国にこれを支払う能力は無い。あったら戦争を続けるぜ、って国家だからな(モニカ情報)。
となると賠償として差し出されるのは土地な訳だが、つまりはエレノニア王国の国力が増すって事だ。
そうなるとエレノニア王国とロドニア王国の間でこの大陸東端部の覇権を巡って争いが起きる可能性がある。
既にロドニア王国では不穏な空気が漂っているという話だし、エレノニア王国西部でも、帝国とは別の仮想敵そ想定して軍事配備が進められているらしい。
流石にそんな所を堂々と通る訳にはいかない。
なのでエレノニア王国南西にあるノークタニア公国からウェルズ山脈へと入ったんだ。
「おお! これがウェルズ山脈!? ラングノニアの山は低かったからにゃー。これは凄い! 雲の向こうまで山が続いているじゃにゃいか!」
ウェルズ山脈の麓で、山々を見上げて興奮しているのはノーラだ。
正直、俺のチートの影響を受けていない彼女は弱いままだ。
勿論、同じ種族LVの人間と比べると、そこは流石に戦闘種族。大分ステータスが高い。
けれどその程度だ。俺は勿論、サラやミカエルもそうだし、モニカやエレンよりステータスが低い。
戦闘技術は間違いなくピカイチだと思うけどな。
どうも、経験値の取得数か、レベルアップに必要な数かはわからないけれど、レベルが上がるのもサラ達に比べて遅いみたいだからな。
レベルアップも、ステータスの成長率も低いから、どうしたってステータスの差は開くばかりになってしまう。
じゃあなんで連れて来たのか、と言えば。
まぁ、押し切られたからなんだけどさ。
それ以上に、最近戦闘の緊張感が足りない気がしていたんだ。
ミカエルやカタリナなんかは比較的マシだけど、ブランクのあるモニカや、そもそも冒険者としての考えを持っていないサラやエレンは特にひどい。
そんな訳で、ウェルズ山脈に生息、出没する魔物、モンスターを相手にするなら明らかに足手纏いのノーラの同行を許可した。
一応オートレイズの魔法はかけているけれど、しっかり守ってやらないとな。
「GYAOOOOOOOOOOO!!」
山に入って十分もしないうちに、上空からそんな鳴き声が轟いた。
空気がびりびりと震え、木々が風も無いのに大きくしなった。
上を見上げると、巨大な影が上空を旋回している。
その影は徐々に大きくなり、そして、俺達の前に地響きを立てて降り立った。
「GYUUUUUUOOOOOO!!!」
更に雄叫び一つ。
短くも太い足に支えられた巨躯。
体を覆う鱗はあらゆる攻撃を弾きそうだ。
長い尻尾の一撃は、何百年と生きる大木さえ圧し折るだろう。
広げた翼の長さは十メートルはあるだろうか。
大きな口から見える牙は鋭く、岩石でも砕き得るだろう。
赤い双眸が俺達を見据えると、背筋にびりびりと電流のようなものが走った。
威圧系のスキルかな?
しかし流石神の揺り籠。
人が足を運ぶには過ぎたる領域。
歩いて十分でドラゴンと遭遇するとは……。
ちょっとバランス大丈夫?
ちなみに一般的なドラゴンは戦士LV80相当。
ただそれは種族LV1の場合。
冒険者や他の魔物、モンスターを殺していれば、当然コイツらもLVが上がる。
『アナライズ』で見るとLV8だってさ。
元のステータスが高い種族ほど、このLVは上がりにくくなるので、コイツ相当なベテランだぞ?
いい感じにやる気満々だ。
まぁ、目的はハーピーの毛皮だけど、そういや火竜の全身鎧もいい加減修理しないといけないしな。
勿論、このドラゴンは鱗と体表が灰色のノーマルなドラゴンだ。
ちなみに、ドラゴンのイメージカラーとしてポピュラーな緑色は、グリーンドラゴンとして別に存在している。
「皆、俺が前に出るから……」
「タクマ様、モニカとノーラが動きません」
「わたくしも少々足が重いように感じておりますわ」
「『バインドシャウト』だな。カタリナも若干影響を受けたか」
抵抗が魔抵依存だからカタリナが耐えられない筈が無いんだが、ひょっとして『不運』が仕事しちゃったか?
「サラはカタリナとモニカとノーラの護衛。エレンは援護。ミカエルは俺に合わせろ」
「はい!」
「任せて!」
「かしこまりました」
俺は火竜槍を『マジックボックス』から取り出してドラゴンへと突撃する。
「GUOOO!」
その俺に向けて、ドラゴンは大口開けて噛みついて来た。
蘇る、アルグレイ戦のトラウマ。脇腹から胸部にかけて幻痛が走る。
「なめんな!」
幻痛ごとドラゴンの顎を槍で薙ぎ払う。
「GYUUUU!?」
「せや!」
吹き飛んだ先にミカエルが飛び込む。突き出した剣先がドラゴンの左目を貫く。
「GYUUUOOOOOO!!?」
左目から血を吹き出し、絶叫を上げるドラゴン。
あの血を浴びると不老不死になったりするんだろうか?
『常識』にも『アナライズ』にもそんな効果は無いって言われてしまったよ。
痛みに大きく仰け反ったドラゴンの首に、戦の精霊が左右から剣を突き立てている。
「『インヴィジヴルジャベリン』!」
そして空中で固定された形になった首に向けて俺が魔法を放つ。
不可視の槍がドラゴンを貫き、相手はゆっくりと地面に横たわった。
「このレベルが普通に出て来るのか……?」
「これは思ったより厳しそうだね」
俺の呟きにミカエルが応えた。
これは確かに、ウェルズ山脈を越えようとする人間が出ない筈だ。
ドラゴンは魔物なので魔石にはならない。鱗、皮、牙、爪、毛、血、内臓、肉、涎、糞、尿等々、ドラゴンの素材は全てが金になる。
という訳で丸ごと『マジックボックス』へ。
その後、モニカ達に『リフレッシュ』をかけて状態異常を解く。
「申し訳ございません」
「ごめんなさいね」
「世話かけたね」
カタリナ、モニカ、ノーラがそれぞれ謝って来る。
「いや、普段シュブニグラス迷宮に潜っているんだから、想定しておくべきだった」
一応状態異常を防ぐ魔法はあるけれど、効果時間が短いんだよなぁ。
「ところでタクマ君、ハーピーってどこに居るかわかってるのかい?」
「…………」
えっと、『常識』さん?
ああ、高い岩山の上? 雲は超えない?
ほうほう。
木々が生い茂ってて岩山なんて見えないな。
「高い岩山の上らしいから、ちょっと上から見て来る」
そう言って俺は浮遊の魔法で飛び上がった。
木々を超えて更に上へ。
鬱蒼と生い茂る枝葉を抜けると、青い空と眩しい太陽が目に飛び込んで来た。
おお、これは絶景だな。
眼下には緑の絨毯。
北西の方向に露出した岩肌の山が見えるな。
とりあえずあれを目指せばいいかな?
「うん?」
他の地形も把握しておこうとゆっくりとその場で回っていると、空の向こうに黒い点々が見えた。
それが、高速でこっちに近付いて来る。
あ、グリフォンだ。
ひの、ふの……六頭か。
降りてやり過ごせるか?
流石に上空から炎のブレスを撃って来るとは思えないけど、魔物が山火事に気を付けるかな?
よし、迎撃しよう。
魔法の射程範囲に入った瞬間に『フレア』を発動。
真っ直ぐに突っ込んで来たグリフォンが空中で突然発生した爆発に巻き込まれる。
流石に一撃では倒せなかったけれど、動きが止まったところへ『インヴィジヴルジャベリン』を連打。
それぞれ頭部と翼に直撃を受けて落ちていく。
素材が勿体無いので『テレポート』で接近し、『マジックボックス』へ回収。
そして『テレポート』でサラ達の元へ戻る。
「おかえりなさいませ」
「おう、ただいま。とりあえず北西にそれっぽい所があったから、そこを目指そうか」
「『テレポート』で飛べないの?」
「流石に遠い」
俺もできれば楽がしたい。
近付いて来たら『テレポート』で飛ぶか。あ、でも木々で視界が遮られてると飛べないから、その前に全員で浮かばないとな。
「ふふ、でもこういうのも楽しいですね」
「精霊におぶさりにゃがら言うこっちゃにゃいと思うがにゃ」
「旦那様に抱いていただくのは我慢したのですから、むしろ褒めて欲しいですね」
「自慢にならない」
ウェルズ山脈に来るまででエレンはギブアップしてしまい、戦の精霊におぶさってるんだよな。
本人の言う通り、最初は俺にお姫様抱っこをしてもらいたがったけれど、全員に止められた。
俺の両腕が塞がるといざという時に困る、というもっともな意見を言ったのはミカエルだけだったけどな。
一先ず目標は北西の岩山。そこでハーピーの素材を獲得しよう。
その後はどうするかな? 火山が幾つかあるから、その辺りを探れば火竜、フレイムドラゴンと出会えるかもしれないな。
投稿から一年が経ちました。
皆さまの応援のお陰です、ありがとうございました。
これからも応援よろしくお願いいたします。
あ、次回もウェルズ山脈での話です。




