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閑話:来訪者たち

三人称視点です。

これまでとはちょっと違う話になっていますのでご注意ください。


荒野にぽつんと一つの建物が建っていた。


白い漆喰で塗られたような建物で、石とも煉瓦とも違う素材で作られている事がわかる。

砂と岩石しかない文字通りの不毛の大地には、少々似つかわしくない建物だ。


「私たち、これからどうなるの?」


その建物の一室に、三十人の男女が集まっていた。

十代ばかりで皆若く、同じような服装をしている。


「周りを確認にいかなきゃまずいんじゃないか?」


「外に何が居るかわからないのに馬鹿じゃないのか?」


「なんだと!?」


「それより食料はどうすんだよ? 全員の持ってる菓子程度じゃ三日と保たないぞ」


「水はあるし何とかなるだろ?」


「水道が通ってると思ってのか!? 少しは考えろよ!」


「ああ!?」


怒号と悲鳴が飛び交う室内。

間違いなく、彼らは恐慌状態に陥っていた。


不安と恐怖。

元々三十人全員が強固な結束を持っているような集団ではない彼らの秩序はあっさりと瓦解した。


「周囲の確認は必要だと思う。食糧の確保もしなきゃいけないし、ここがどこかわからないと動きようがないから」


「でも、虎とかライオンとか居たらどうするんだよ?」


「虎は熱帯の生物だからこんなとこにはいねぇだろ」


「そういうツッコミは今いらねぇんだよ! 建設的な議論をする気が無いなら黙ってろ!」


「あんだと? てめぇだって代案も無くただ否定してるだけじゃねぇか!」


「そういう! 危険な生物が居るかどうかも確認する必要があると思うわ」


少女の言葉に、喧騒が収まる。


「大型の肉食動物だけじゃない。虫とか、爬虫類とか。人間に害を為す生物が居ないとは限らない。室内に籠ってれば安全って訳じゃないのよ?」


「そうだね、地球でもセアカゴケグモとか、それこそ蠍とか百足とか。室内にも危険な生物は入って来る」


「でもどうするんだよ? 危険な生物が居るかどうか確認に行って、死んだら元も子もないだろ」


「死んでも問題無い奴が行けばいいんだよ。なぁ? ブタ」


他の男女とは違い、明るい色の髪の少年が、部屋の隅に座っていた、小太りの男子に声をかける。


「お前が行って来いよ。お前なら肉食獣が居たらすぐに寄って来るからわかるだろ」


「一人じゃ駄目よ。私も行くわ」


「え? 委員長?」


皮肉と嘲笑を込めて小太りの男子に話しかけていた、明るい髪の男子が怪訝な表情を浮かべた。


「二人なら、どちらかが襲われている間に逃げる事ができるわ。情報を持ち帰らないと、何があったかわからないでしょう?」


「期限を決めておいて、戻らなかったら死んだって事でいいんじゃね? 委員長が行く必要ないだろ?」


「死んだとして、それが大型の獣のせいなのか、有毒生物のせいなのか、それとも、空気が私達に合わなかったのかがわからないでしょう?」


「空気がって……」


「教室内に居ても大丈夫なのだから、多分大丈夫とは思うけど、酸素や二酸化炭素の割合が数パーセント違うだけでも、空気は人間にとって毒になるのよ?」


「委員長、なに言って……」


「一応聞くけど、皆はここが地球だと思ってるの?」


男女は押し黙った。

それは、ここに居る人間全員が、一度は思い浮かべながら、誰もが荒唐無稽だと頭から追い出した想像だった。


「さっきまで文化祭の準備で私たちは学校の旧校舎に居た。勿論、ここは旧校舎の中だけど、外はどう? 私達の学校はこんな荒野に建っていた? 新校舎はどこへ行ったの?」


「だからって地球じゃないってのは……」


「突然旧校舎がこんな所に飛ばされたんだから、地球じゃない可能性だってあるでしょう? そういう想定は全てしておくべきよ。だから私も一緒に外へ行くわ」


「いや、だからなんでそこで委員長が行く事になるんだよ? 一人じゃまずいってんなら、他に別の……」


「死ぬかもしれない外へ、最悪、囮になりに誰が行きたがるの? 本当はもう一人も、鮒田ふなだ君じゃなくて、行くと希望する人にお願いしたいんだから」


そう言って、委員長と呼ばれた女子は、先程の小太りの男子にちらりと目を向ける。


「鮒田君はどう? 行きたくないなら言っていいのよ? 誰も貴方にそれを強制する権利なんて持ってないんだから」


その声色に含まれた優しさが、彼女が心底から彼を気遣っているのだとわかる。

誰も、彼女が建前でこのような気遣いを見せているとは思っていない。

本気だとわかっている。

本気で、志願者のみで外に出るつもりだし、本気で、必要なら自分を囮にして死ぬだろうと、ここに居る誰もがわかっていた。


だからこそ、彼女はこの状況にあっても、周囲の男女から一定の支持を得ているのだ。


「い、いいよ、おれ、いくよ」


しかし、鮒田の答えは委員長の予想と違うものだった。


「だ、駄目よ、危ないわ! 桶谷おけたに君に言われて仕方なくって思ってるなら……」


「だ、だいじょうぶ。い、委員長こそ、委員長だからって、む、むりしてない? なんなら、おけたにをむりやり……」


「あぁん!? ブタ! てめぇ、誰を呼び捨てにしてやがんだ!?」


「ふ、ふひひ。こ、こっけいだね。も、もう怖くないよ、君なんか……。ぼ、ボクは、選ばれた(・・・・)んだ! この世界にさ!」


「なんだ? コイツ、イカレてんのか? おい委員長、計画変更だ。周囲の探索に行くんじゃなくて、コイツボコって外に放り出そうぜ? それで肉食獣の存在ならわかるだろう?」


「駄目よ。私は皆と一緒に地球に帰るつもりだもの。何年かかろうと、必ず。誰かを犠牲にする事は許さないわ」


「さっきまで自分が犠牲になろうとしてたじゃねぇか」


「犠牲が必要なら私がなるわ。それとも、他に犠牲になりたいって人が居るの?」


そう言われては、誰もが口を噤むしかない。


「犠牲を出さずに帰る事が最良。だけど、そのためには、ある程度危険な橋を渡る必要がある。だから鮒田君、無理はしなくていいのよ? 他に志願者が居ないのなら、別の方法を考えるだけだから……」


「だ、だいじょうぶ、だよ、委員長。い、いつもありがとね。けど、も、もうだいじょうぶなんだ。ふひひ。ボクはもう、強くなったから……!」


言って鮒田は立ち上がると、桶谷にゆっくりと近付いていく。


「な、なんだよ!?」


その瞳に宿った狂気の光を感じ取り、桶谷が思わず半歩後退る。


「お、おまえの名前、緑色(・・)なんだよ!」


そして鮒田が両手で突き押すように桶谷を突き飛ばした。


「ぐはっ!?」


軽く押しただけのように見えた。しかし、次の瞬間、桶谷は大きく吹き飛ばされていた。

机や椅子を巻き込んで盛大に倒れる。


室内のあちこちから悲鳴が上がった。


「ど、どう? これが、ゆ、勇者の力さ……!」


「ゆ、勇者……?」


勿論、その単語は知っている。だが、委員長達の感覚で勇者と聞けば、それは誰もが挑戦しないような無謀な事に挑む相手に使う言葉であり、しばしば蔑称として扱われるものだ。


「そうだ! 委員長はさすがだよ。びゅふふ。こ、ここは地球じゃない。世界の名前はわからないけど、い、異世界だ! そして、ぼ、ボクはこの世界に認められたゆ、勇者なんだこぷぉ!」


歓喜の感情が抑えられないのか、言葉のところどころで含み笑いが漏れて、それが不快な音となり、頼もしさより不気味さを演出していた。


「ぼ、ボクは強くなったんだ! もう、だれにもいじめられることはない! ぶふ。い、委員長も、うれしいでしょ? も、もうボクを、守るひつようはないんだよ!」


そして鮒田は室内を見回す。

無言で彼を見る男女の目は、明らかに恐怖で塗りつぶされていた。


「ぐふふ。全員、名前が緑色だ。ああ、これは勇者のスキルだよ。ち、『致死予測』って言うんだ。み、見たあいての強さを知ることができる。ぐひゅぅ。名前が緑色なのは、ボクのほうが強いからさふひゅひゅ」


普段であれば、先程吹き飛ばされた桶谷の取り巻きが、ここで声を荒げて暴力に訴えそうな言動だったが、その桶谷自身が、鮒田の強さを証明してしまった。

彼の言葉を疑う者は、この場には居ない。


「だから、ぼくが外へいくよ。き、きみたちじゃ、すぐにし、死んじゃうからね、ひゅふふ」


「そう。わかったわ。それじゃ鮒田君、行きましょう」


「え? い、委員長は、い、いいよ。そりゃうれしいけど、桶谷でも、て、てきとうにつれていくよ」


「駄目よ。さっき志願者だけって言ったでしょ? 私と鮒田君。志願者は二人。私達だけで行くわ」


「で、でも……」


「相手の強さがわかるんなら丁度良いわ。勝てないと思ったらすぐに逃げればいいんだから。でも約束して、鮒田君」


そして委員長は一歩、鮒田に近付き、その目をじっと見つめる。


「危なくなったら、躊躇なく私を囮にする事」


「え……?」


その言葉に、鮒田だけでなく、周囲の男女も言葉を失った。


「鮒田君がこの中では一番強い。喧嘩が強いとか、格闘技を習っているとか、そんなレベルじゃなくて、今見た限りでは、人間の強さを大きく超越している。なら、皆を守るには、私より鮒田君が適正だわ。鮒田君が囮になって私を生かすんじゃ意味が無い。貴方には皆を守るために生きて貰わないといけない」


「け、けど……」


「この状況では貴方の強さが、貴方だけが頼りなの。だから決して、自分を安く使わないで」


強い口調、強い意志。

鮒田を始め、その場の誰も、委員長の言葉を否定できなかった。




建物を出て暫く歩く。

食べられそうな植物は無いか? 兎などの野生の小動物はいないか?

毒を持った危険な生物はいないか? 人間を餌と見做す大型の動物はいないか?


注意深く周囲を見回しながら歩く事一時間、それは突然姿を現した。


「ギュオオオオオオオォォォォオ!!」


地面から突然出現した巨大な生物。

芋虫のような、蚯蚓のような、地面から出現している分だけでも三メートルはありそうなそれは、とても地球の生物とは思えなかった。


「鮒田君、あれは?」


「だ、だいじょうぶ。緑色だ。じ、ジャイアントキャタピラーだって!」


「英語なの?」


「げ、言語チートによる翻訳だと、思う。おやくそくですな、でゅふふ」


突然出現したそれに、鮒田でさえ驚かされたというのに、委員長は冷静そのものだ。

しかし、それに違和感を覚える暇はなかった。


ジャイアントキャタピラーは大きく口を開けて二人へ襲い掛かって来た。

びっしりと鋭い牙の生えた口は、人間ごとき、簡単に食い殺されるだろう事を想像させる。


「う、うわあああああぁぁぁあぁああ!!!」


絶叫を上げながら鮒田が拳を振るう。

ジャイアントキャタピラーの動きは鮒田にとってはひどく緩慢なものだった。

それでも、恐怖を感じざるを得ない。

一人だったら逃げ出していたかもしれない。


無茶苦茶なフォームで放った拳がジャイアントキャタピラーを捉えて吹き飛ばす。


「ぎゅおおおおおぉぉぉ……」


そして一度力無く鳴くと、ジャイアントキャタピラーは動かなくなった。


「倒したの?」


「う、うん。名前が灰色になった、から」


「そう」


明らかに説明が足りていないが、委員長は気にせずジャイアントキャタピラーに近付く。


「キャタピラー。芋虫かな? 虫なら食べられると思うけど……」


「こ、これを食べるの?」


「食べられるなら十分な量の食糧になるじゃない? 水はどこかで確保しないといけないけどね」


そして持っていたカッターを突き刺そうとするが、弾力のある皮に弾かれて、刃が通らない。


「ごめん、切り取ってくれる?」


「わ、わかった……」


もう何を言っても無駄だと思ったのか、鮒田はカッターを委員長から受け取る。

その瞬間に、委員長の指先が掌に触れた。思わず、手を引っ込める鮒田。


「どうしたの?」


落ちたカッターを拾いながら、委員長が尋ねる。


「い、いや、ご、ごめん……」


顔を真っ赤にして目を逸らしながら、鮒田が謝罪を口にした。


「ああ。別にいいのよ? そういうつもりで触ったんじゃないでしょ? 物の受け渡しをする際に手が触れるなんて普通の事じゃない」


心底から気にしていないような委員長の言葉。それを証明するかのように、委員長は鮒田の手をしっかりと握り、その手の平にカッターを手渡す。

買い物のお釣りでさえ、触れないように渡される鮒田にとって、その優しさは心に沁みた。


「じゃあ、お願いね」


「う、うん」


自然な委員長の態度が、本当になんでもない事なんだと、鮒田に理解させる。

若干、残念そうだった。


僅かな抵抗こそあったが、カッターは皮を突き破り、その下の肉を切り裂いた。

適当な大きさのブロックに切り取り、皮を下にして地面に置いた。


「流石に生は厳しそうね。ねぇ? 勇者なら魔法とか使えないかな?」


「ど、どうかな? 勇者になってから、たしかになにか、ち、力のようなものが体をめぐっているか、かんじはするから、から、できそうだとはおもう」


言いながら、鮒田はブロック肉に向けて両手を翳す。


「ほ、炎よ、出ろ!」


本当は呪文の詠唱でもしたかったが、流石にそれを恥ずかしいと思う程度の羞恥心は持っていた。


「おお!」


「やった!」


鮒田の掌から小さな炎が出て、肉を炙り始めた。

それを見て、二人ではしゃぐ。


「そろそろいいかしら」


ある程度焼き色がついたところで、委員長がカッターで炙られた部分の肉を切り取った。


「中の肉なら私の力でも切り裂けるのね」


そんな感想を言いながら、委員長は暫くカッターに突き刺さった肉をしげしげと見つめた後、躊躇なく口に運んだ。


「むぐ、むぐ、むぐ……。味は、海老とかに近い、かな? うん。シンプルだけど、野趣溢れる味わいね。有体に言って、まずいわ」


「へ、へぇ……」


しかし、肉が焼ける匂いに鼻腔をくすぐられ、食欲を刺激され続けた鮒田は、ごくり、と喉を鳴らした。


「あ、鮒田君はまだ駄目よ。毒とか寄生虫とか、食中毒菌とか居るかもしれないんだから。私が食べてから一時間待って」


「あ、うん……」


危険な時は自分が犠牲になる。

有言実行して見せた委員長に、鮒田は若干ヒいた。



結局委員長には何も起こらなかったので、鮒田もジャイアントキャタピラーの肉を食べ、持ち運べる分を切り取って旧校舎へと戻った。


委員長達が無事だった事と、持ち帰った肉を見て、二人の級友達は喜んだ。

肉の種類を聞いて、食べるのを躊躇したが、委員長が、


「少し味は悪いけど、大丈夫よ」


と言った事を皮切りに、一人の男子がそれを食べ、その後は全員が口にした。


この日から、クラス内に存在していたカーストに変化が訪れる。

とは言え、極端な変化は、カースト最下位に居た鮒田が最上位に行っただけだ。

桶谷達の位置は、変わらず男子の上位にある。

あくまで鮒田が、誰も逆らえない高みに上っただけだ。


委員長は、そんな鮒田の傍で、彼をサポートするように動く。

そうする事で、わけのわからない世界に突然連れて来られたクラスメート達が、混乱せずに生活する事ができた。

鮒田も、これまで唯一自分をいじめる事が無かった委員長を邪険に扱うような事はしなかった。

それにより、圧倒的な力と発言力を得た鮒田が、他のクラスメートに復讐めいた力の行使をする事はなかった。


全員で地球に帰る。

何年かかるかわからない壮大な目標に思えた。

しかしこれを成し遂げるためには秩序が必要だ。

鮒田の独裁政治ではいつか崩壊する。だから、委員長、立花たちばな乙女おとめは鮒田をコントロールする事を決めた。




名前:立花乙女

役職:月の勇者

固有能力・湖面の月:相手のステータスを任意で写し取る事が出来る(魔抵で抵抗可能)




だからこの事実は隠さないといけない。

自分と鮒田を頂点として、クラスが二つに割れてしまう。


全員で無事に地球に帰る。

圧倒的に困難で壮大な目標。

それを達成するためには、手段など選んでいられなかった。


次回から四章開始です。

果たして彼らはどのようい絡むのでしょうか。

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