閑話:光の勇者の日常
三人称視点です。
サブタイトルの通り、勇者ユーマの日常の一コマです。
大理石で作られた床と天井。
太い石柱が何本も並び、壁には神話を綴ったステンドグラス。
どこからかオルガンの音と聖歌隊のコーラスが聞こえて来る。
そんな厳かで清廉なる場所。
そこは光の神、ウェルを祀る神殿。
大陸東端部の全ての人類国家において信仰され、ほぼ全ての国家において最も信仰されている神を祀る神殿。
フェレノス帝国中央部に存在する、帝国最大の交易都市モスグ内にある広大な敷地に建てられた建物。
それがこの神殿だった。
その神殿の中に一人の少年が足を踏み入れる。
幼さを残したあどけない顔立ち。しかしその瞳には、強い意志の輝きが灯っている。
見る者に安心感と緊張感を与えるという、矛盾した雰囲気を纏った少年。
彼の名前はユーマ・クジョウ。光の神から加護を受けた、光の勇者である。
「おお、お帰りなさい、勇者ユーマよ」
ユーマの姿を認めて、豪奢で荘厳な法衣に身を包んだ初老の男性が近付いていく。
「ただまいま戻りました、大司教様」
ユーマがはにかんで、軽く頭を下げる。
男性の名はレオニード・ポードル。光の神を信仰するウェル教の中で大司教という高い地位にある。
「また、神の名を広めたようですな」
「はい……」
レオニードの言葉にユーマは沈んだ表情を浮かべた顔を俯かせた。
そんな彼を見るレオニードの目は優しい。
「悔やむ事はありません。貴方は神の使命を果たしているだけなのですから」
「……ありがとうございます」
「それで、今回はどのような?」
「炎の勇者です」
「ラングノニアで囲われている勇者ですね。まったく、嘆かわしい。勇者は神より加護を授けられ、人類国家を脅かすモンスター共を殲滅するために存在するというのに」
ユーマの言葉にレオニードは大仰な仕草で嘆いてみせた。
「ラングノニア王国に抗議の文書を送るように。それと、獣人や他のヒト属に対する差別をやめるよう、別途書状を送りなさい」
「はい」
傍に居た、年若い職員が頷き、早足でその場を離れた。
「大司教猊下。フェレノス帝国よりエレノニア王国侵攻の協力要請が届いていますが」
「エレノニア王国から光の神の信徒が居なくなったら考えると伝えておきなさい」
それは事実上の協力拒否だ。
「大変ですね」
深い溜息を吐くレオニードに対し、ユーマが苦笑いを浮かべて労いの言葉をかける。
幾分気分が落ち着いたようだ。レオニードは優し気な笑みを浮かべた。
「なに、これも我らが神の威光を全てのヒトにもたらすためです。大変ではありますが、やりがいのある使命ですよ」
「使命……ですか」
「ユーマ様の使命の大きさに比べれば、私の使命などは大した事はありませんが」
「そんな事はありませんよ。僕なんかより、大司教様や皆さんの方が多くのヒトを幸せにしているんですから」
「ふふふ、勇者様にそう言っていただけると、大変励みになりますね」
褒められたのはレオニードである筈だが、その笑顔に癒されたのはユーマの方だった。
「勇者様、この後はどちらに?」
「いえ、今の所は特に神託は受けていないので、どこかのダンジョンにでも潜ろうかと……」
「そうですか。それでしたら情報を一つ」
「はい」
ユーマの顔が引き締まる。
レオニードがこのような事を言う時は、ユーマでなければ解決できないような難題がある時だ。
「最近エレノニア王国内をゴブリンが徘徊しているそうなのです」
「ゴブリン……ですか? あ、いえ、勿論普通のヒトからすれば十分脅威なんでしょうが、その、数も多かったりしますからね」
出て来た名前のメジャーさとは裏腹に、危険度の小ささに一瞬がっかりしてしまうユーマ。
すぐにそんな自分を恥じて、フォローを口にする。
「数が多いのは確かですが、これが通常のゴブリンではないようなのです」
「亜種……? レッドキャップの群れとかですか?」
「レッドキャップやブラックアニスも確認されております。しかしこのゴブリンが特異なのは、集団で行動し、ヒトと共存している事です」
「ヒトと、共存……?」
ゴブリンを飼っている奇特な人間を見た事があるし、逆にゴブリンがヒトを奴隷にしていた事例もあった。
だが、共存とはどういう事か。
「ゴブリンキングダムという集団らしく、マヨイガで起こった氾濫を、冒険者と協力して鎮圧したそうです」
「それは本当なんですか?」
「フィクレツの街で冒険者として行動している我が教団の教徒からの情報ですから、確かでしょう」
「信じられませんが……」
「私とて、複数のルートから上がって来なければ信じる事はできなかったでしょう。しかし、事実です」
そしてレオニードがユーマに近付く、そっと耳打ちした。
「その集団のボスが、勇者だという話です」
「ええ!?」
思わず大きな声を出してしまい、すぐに周囲を見回すユーマ。
「『神眼』からの情報です。間違いないかと」
「モンスターに加護を与える神がいるんですか?」
「『小鬼の勇者』らしいですから、神が加護を与えている訳ではないようです」
「そんな事があるんですか?」
一般的に、『勇者』は神から加護を授からないと獲得できないとされている。
しかしそのゴブリンは、どの神からも加護を得ていないという。
「職業やスキルに関しては判明していない事の方が多いですからね。何か別の条件があるのかもしれません。しかし重要なのはそこではないでしょう?」
「ええ、勿論です」
レオニードの言葉を受けて、ユーマが力強く頷く。
「ゴブリンの勇者が、勇者に相応しい訳ありません」
「どれほどヒトの為になる事を為していたとしても、モンスターの時点で神罰の執行対象ですからね」
「エレノニア王国内で、黄色の布を身に着けたモンスターはそのゴブリンキングダムの所属だそうです」
「そのゴブリンキングダムはどこに?」
「それはまだ判明しておりません。奴らは特殊なスキルかアイテムを使い、その足取りを完全に隠蔽していますから」
「厄介ですね……」
「情報を集めておきます」
「お願いします」
レオニードと別れ、ユーマは神殿の奥へと進む。
今日は神殿に一泊するつもりだった。
本来宿泊施設を備えていない神殿だが、ユーマのために、と一室を寝室に改造してある。
「勇者様」
廊下を歩いていると、後ろから声がかけられた。
シーツを抱えて、一人のシスターが小走りに近付いて来る。
「すみません、今からベッドメイクを……きゃあ!」
しかし彼女はユーマの目の前で足をもつれさせて転んでしまった。
「おっと!」
地面に衝突するその前に、ユーマが優しく抱きかかえた。
本来なら感謝してしかる場面だが、ユーマの手はシスターの小振りな胸を鷲掴みにしていた。
「大丈夫かい?」
それに気付かないまま声をかけるユーマ。
シスターは顔を真っ赤にして無言だ。
「どうしたの? 足を痛めたのか?」
「!!? だ、大丈夫です!」
顔を覗き込まれ、慌ててシスターがユーマから離れる。
恐ろしい。
首を傾げるユーマを見ながら、シスターは戦慄に身震いした。
ユーマは光の勇者として、神から様々な祝福を得ている。
そしてその中に、あまりにも強力過ぎて、ユーマ本人でさえ制御できないスキルが存在している。
その名は『ラッキースケベ』
シスターには言葉の意味はわからなかったが、実際何度か体験すると、その恐ろしさを実感できた。
近くの異性と強制的に運命を結ぶスキル。
なんと強力で凶悪なスキルなのだろう。まるでそれは負の祝福のようだ。
「これを僕の部屋に持って行けばいいのかな?」
シスターが恐怖に慄いていると、ユーマがシーツを持って歩き出した。
「お、お待ちください!」
慌ててシスターも追いかける。
「こういうのは男の僕に任せて。あ、ベッドメイクだけお願いしてもいいかな?」
暗に部屋に誘うその言葉に、相手がユーマでなければ警戒をするところだ。
だが、彼にそんな下心が無い事は、神殿に居る者なら誰でも知っている。
だからこそ、『ラッキースケベ』の恐ろしさが際立つのだが。
「あ!」
「きゃっ!」
シーツを抱え、斜め後ろをついて来るシスターの方を向いていたせいで、ユーマは角から出て来た別のシスターとぶつかってしまう。
二人とももつれて地面に転がる。
恐ろしい。
そんな二人を見て、シスターは戦慄した。
角から出て来た人物とぶつかった程度で、勇者が何故こけるのか。
そして何故こけただけで、このような態勢になるのか。
曲がり角でぶつかっただけで、ユーマがシスターを押し倒すような形になるのが恐ろしい。
ユーマの手がシスターの胸に置かれているのが恐ろしい。
ユーマの顔がシスター服の裾を捲り上げて、股間に突っ込んでしまっているのが恐ろしい。
何故、角でぶつかっただけでそのような態勢になるのか。
近くの異性と強制的に運命を結ぶスキル『ラッキースケベ』。
なんと強力で凶悪なスキルだろう。
前半は炎の勇者排除に関しての後処理。基本的に光の勇者に他の勇者が殺された場合、証拠の有無に関わらず、相手の勇者が悪い事になるので、勇者を囲っていた国は文句を言えなくなります。
次回も閑話です。
3/3追記
ラッキースケベの体勢が流石に無理があり過ぎたので修正しました。
互いの股間に頭を埋める体位から→勇者が股間に顔を埋めて、伸ばした腕が胸に当たっているように修正。
 




