第86話:女神と難民事情
難民の話です。
ノーラにスポットを当てるべきなんですが……。
新しいヒトとの出会い。
それは俺をこの世界に送った女神にとって、信仰心を稼ぐ良い機会でもあった。
にも関わらず、先日の仕送り日は、夜に俺の寝室に出現した。
俺の傍には全裸のエレン。
行為が終わってて良かった、とその時は思ったけれど、あまりにタイミングの良過ぎるその登場と、基本的に俺の事を監視できる事を思い出せば。
決して良かったなどとは思えない筈だ。
流石に女神相手に「お前も混ざるか?」なんて言える程、俺も調子に乗っていない。
「初めまして女神様。この度、使徒様の寵愛を新しく賜る事になりました、エレンと申します」
と、エレンは地面に座り、深々と頭を下げた。全裸で。
そう言えばエレンとは初対面だったか。
その時は単純に、エレンからの信仰を得るためだと思っていた。
ついでに、エレンが書いた手紙をエドウルウィンの親父さん達に渡すように頼む。
「ええ、承りました」
「頼んでおいてなんだけど、いいのか?」
「ええ、勿論です。洗礼を受けた以上、エレンも私の可愛い仔です。その頼みを聞くのも神の役目ですよ」
「そうか、悪いな」
「それに、あのエルフの里にはまだ洗礼を与えていない者もいることですし」
ちょっと感心しかけた俺の想いを返して欲しい。
エレンに手紙を届けた時も、エルフの多くが活動している時間に出現し、大量の信仰を獲得していったんだとか。
まぁ、無理矢理とか洗脳とかじゃない限り、俺もそれを止めようとは思わないけどさ。
「けれどあんたも大変だよな。信仰心を得るためとは言え、こんなちまちまちまちま……」
「え? まぁ、それはそうですけど……」
そのまま帰ろうとした女神に俺は話しかけた。
今までそんな事をした事無かったので、女神が驚いている。
「信仰心を得られるのは大事だけどさ、一人とか二人は勿論だけど、十人単位、百人単位でも意味あるもんなのか?」
「え、ええ。そうした積み重ねが大事なのですよ。特に、私のような有名でない者は」
「ふぅん、そういうもんか」
「ええ。それではタクマさん、失礼を……」
「そういや母さんは元気でやってる?」
「え? ええ、はい。まぁ……」
「手紙を送るばっかりで、向こうの様子はわかんないからさ」
「そ、そうですか。一度咲江さんにも、手紙を書くかどうか聞いてみましょうか?」
「いやぁ、そこまでして貰う事じゃないよ。頼りが無いのが元気な証拠ってね」
「そうですか。それでは失礼して……」
「ああ、ところで」
「話をするなら服を着て下さい!」
とうとう、女神は顔を真っ赤にして叫んだ。
ふっふっふ、俺は気付いていたからな。
出現した時、いつも通りに雰囲気を作って目を閉じていた女神だったけれど、目を開けて俺達を見た瞬間に、再び目を閉じた事に。
そのまま目を瞑って、神々しい雰囲気だしていたけれど、頬がわずかに赤くなっていた事に。
後光だけじゃ誤魔化せなかったぜ?
女神の出現から今まで、俺は全裸のままだ。
隠そうともしていなかった。
だからちょっと意地悪してみた。
別に女神に思う所があった訳じゃないけれど、まぁ、なんとなくな。
「女神でもこういうの恥ずかしいと思うんだな」
「この世界に顕現した時はそうでも無かったんですけど、長い時間を経た事で子羊達の感性に影響されるようになってしまったんです」
へぇ、そういう事もあるのか。
「母さんの想いを汲んでくれたりするのもその影響のせいなのか?」
「それもあるとは思いますけど……」
「多分この世界より地球の方が信者多いよな? そうなると、感性も地球のそれに引っ張られたりするのか?」
「ち、地球に拠点を持ってまだ時間が経っていませんので、まだこちらの世界の影響の方が大きいかと……」
「そっかー、聞けば万単位の年月だもんな。多少人数が多いくらいじゃ逆転はできないか」
「そ、そうですね」
「それでさ……」
「だからせめて服を着てください!」
うん、このくらいにしておこうか。負の祝福かけられても困るし。
「すまんすまん。反応が可愛かったからつい、な」
「う……。ご、誤魔化されませんからね! タクマさんは女性にだらしが無さ過ぎです。御母堂の願いに複数の女性とお付き合いする事は入っていませんよ!」
「うーん、それは俺も多少思ってはいる。けど、目の前で助けを求めてる女性が居るなら、助けちゃうじゃん?」
「まぁ、それは立派な考えだと思いますけど……」
実際は流されてるだけなんだけどな。
本当に助ける気があるなら、ダンジョンで他の冒険者避けて通るのがおかしい訳だし。
見捨てると寝覚めが悪いってのが一番大きな理由だよな。
見えない相手は存在していません。視界内世界論だっけ?
テレビの向こうで外国の貧しい人が何人餓死しても、全財産投げ打って助けに行く人なんて稀でしょ?
「その考えはとても危険だと思いますが、概ね否定はしません」
あ、心読めるんだっけ。
やっべ、さっきの悪戯がわざとだってバレた。
まぁ、可愛いと思ったのは本当だから、口にした事と矛盾は無いからいいか。
「心読めるの思い出してからそういう事思うのやめてください」
顔が赤い。
そうか、人の影響があるって事は、そういう感情もあるって事だもんな。
そのうえで経験なんてないだろうし……。
純粋か。むしろ初心か。
「そ、それでは今度こそ失礼します。次は服を着ていて下さいね」
「だったら添い寝中に出てくんなよ」
「…………」
なんで無言? まさかずっと行為を見てたのか?
俺の心は読めている筈だけど、女神は無言のまま魔法陣へと消えて行った。
初心というかムッツリだった。
さておき。
女神が何故あのタイミングで出現したかに、女神が他人の性交渉を覗き見していたせい、という出歯亀疑惑が上がったけれど、今俺の前に広がる光景を見れば納得できた。
普通に考えれば、俺んちの庭の早朝に出現する筈なんだ。だってそれならウォードさん達獣人一家の信仰もゲットできるんだから。
それをしなかった理由は一目瞭然。
「敷地周りのテント、増えてないかい?」
ミカエルの言葉が答えだった。
今、俺の家の周りには多くのテントが張られている。
出入りするヒトを見れば、それが全て獣人のテントであり、おそらくウォード一家と同じ、ラングノニア王国からの難民だと想像するのは容易い。
ウォード一家に実地訓練を施し、ウォードさんとノーラが一人立ちするまでの間、他の家族をうちで雇い始めると、少しずつ敷地の周辺にテントが増え始めた。
今では百を超えるテントが張られている。
つまり女神はこれを見越していた訳だ。
獣人一網打尽って訳ね。
「ノーラ、何か知ってる?」
「うーん、アタシらがここに住んでるからかにゃぁ? ガルツの周囲にテントを建て始めたのも、誰かが最初にそれをやって、皆が真似したからだし」
「それまでは野晒しだったにゃ」
ノーラとウォードさんがそれぞれ答えた。
なんだろう? 獣人には同じ種族の真似をする習性でもあるんだろうか?
獣人総レミングス説?
そういや、レミングスの集団自殺は嘘だって証明されたんだっけ?
「ガルツの時は野晒しで苦労していた時に、テントを張って快適になった獣人を見てそれを真似した。今回はウォード達がウチの周りに住み始めて、私達について安全にダンジョンで稼げるようになったからそれを真似したという事?」
「アタシはそう思うよ」
「え? 流石にこの人数は面倒見れないぞ」
「ああ、その心配はにゃいと思いますよ。これは獣人の、それもラングノニアの獣人の験担ぎのようにゃものですから」
「成功者の真似をする事で、自分達もあやかろうという訳ですのね」
「その通りですにゃ。あと、獣人だからと迫害される事は無いとは言え、やはり宿無しにはガルツの住人や冒険者の目も厳しかったですから」
まぁ獣人に対する差別が無いとは言っても、イコールで全員が純真で優しいとは限らないからな。
むしろ、実力主義な冒険者達は、自分の力で自分の食い扶持を稼げない人間を蔑む傾向にある。
クレインさんみたいな初心者に優しい冒険者の方が稀なんだよな。
初心者に優しい冒険者は、善意から、というより、自分の優位性をアピールして悦に浸りたい奴が殆どな訳だし。
あれ? なんか胸がチクチク痛いな。
「とりあえずクレインさんに相談に行くか。獣人を集めて反乱を企ててるとか思われてもあれだし」
「昔に貴族と揉めたから、関連を疑う人間も居るだろうからね」
「そんな事あったの? タクマ、あなた目立ちたくないとか言ってなかった?」
「家建ててる時点で今更だろ」
「その節は大変ご迷惑をおかけしましたわ」
「その可能性も含めてカタリナを買ったんだから、お前が気にする必要は無い」
「ああ、あの時の事ね」
モニカが一人で納得している。
そう言えば、カタリナと貴族の事件を詳しくは教えてなかったな。
「難民の扱いに関して何か規則や制限があるかもしれないからね。相談するなら早い方が良いと思うよ」
「だな、ダンジョンに行くときに俺はクレインさんに相談するから、モニカ達はそのまま入ってくれ」
「わかったわ」
「ミカエル達も、何かトラブルが起きたらすぐに連絡してくれ。ニーナさんにも相談した方がいいな」
「わかったよ」
「わかりました、妻に話しておきます」
間違いなくトラブルになるんだろうけれど、さて、これから一体どうなることやら。
「ああ、門番の奴らが難民のテント減ったって言ってたのはそういう訳か」
昼、モニカ達をダンジョンに見送り、屋台で買った肉串を手土産にクレインさんに難民の事を相談する。
「ええ、それで、難民に関する規則などがあれば聞いておこうと思って」
「ん? あいつら全員雇うのか?」
「いえ、何かあった時に俺のせいにされたらいやなだけです」
クレインさんもわかってて言ったと思うけれど、一応否定しておく。
「まぁ、特に制限も規則も無いな。婚姻や移住に制限がかかる程度だ。職に就く場合は雇用主に義務が発生するから、難民側が気にする事じゃないしな」
「じゃあ住む場所を自由にはできないんじゃ?」
「村の敷地内や誰かの土地、防壁の中に勝手に住まなきゃ誰も気にせんさ。ああ、街道を邪魔するようなら注意するべきだな。それ以外はお前さんが家を買う時に言われた注意事項を守らせれば十分だと思うぞ」
「川を堰き止めるな、とか言われましたね。後は開発が始まるなら退去しなきゃならないとか」
「それな。お前さんはきちんとガルツの執政府に金を払って家と土地を買ったから、開発時の退去については引っ越し費用が出るが、難民には出ないからな」
「成る程」
まぁ、当然の話ではあるよな。それ許したら勝手に土地に居座って、退去費用をがめる奴らとか出そうだし。
「難民とは言っても、村とか集落単位で動いてるだろうから、代表者を呼び出して話せばいいだろう。勿論、個人で動いてる奴もいるだろうが、他の難民についてお前さんの近くに移った奴なら、他の獣人に流されるだろうよ」
「成る程」
丁度ウォードさんも居るし、彼に取り纏めを任せればいいかな。
リーダー的な存在じゃなくて、あくまで俺との仲介役で良い訳だし。
「獣人は獣の本能が強く残ってるのか知らんが、同じ種族や同じ村落の奴に倣う習性があるからな。成功体験を基準にし過ぎるのもこの習性のせいだろうな」
あ、やっぱりそういう習性があるのか。ラングノニアの獣人だけって訳じゃないのな。
「なんせ王国には、お伽噺だが、奴隷に堕ちてから戦闘奴隷として成功した獣人を見た他の獣人が、自分から奴隷に堕ちるって話があるくらいだからな」
あー、それもうオチ見えてるよなぁ。
そんな有名なのか。ミカエルやカタリナが知らないのはなんでだ?
「獣人の間で流行ってるお伽噺だからじゃないか? 俺も獣人の冒険者から聞くまではその話も習性も知らなかったからな」
「成る程」
まぁ成功体験を基準に判断して行動するのは別に悪い事だけじゃない。
重要なのは、何故成功したかを分析しているかどうかだ。
どうも獣人の習性は、その辺りを考慮してないみたいだな。
切り株の前で兎が蹴躓くのを待つ猟師みたいだ。
「じゃあその辺りも含めてルール説明かな。他に注意しておく事ってあります?」
「あの嬢ちゃんをお前さんの愛人にする分には問題無いが、家族纏めてわかりやすく優遇するのはやめとけ」
「まずノーラを愛人にするつもりは無いですが、なんでですか?」
あれ? 言っててフラグのような気がして来た。
押されたら流される事に定評のある俺です。
「そりゃ他の獣人も娘や姉妹を愛人に寄越すからさ。断ったらそれこそ暴動だぞ」
「マジか……」
でも成功者の真似をするなら、確かにその可能性が高いのか。
「まぁ、もう暫くの辛抱だろ。帝国との戦争が終われば、北の復興で人手が必要になるからな。王国の移民管理部が機能するようになればそっちに送られるさ。王都の復旧もまだ完全じゃないし、エレア隧道の再建も全然だしな」
「帝国との戦争が終わるのはいつくらいだと思います?」
「国内に侵入されたせいで、現地徴発で長引いているが、あの国の兵站能力を考えたら何年も戦争するのは無理だ。もう数ヶ月程度、こっちが現状を維持していれば、向こうから講和を申し出て来るだろ」
「数ヶ月か……」
長いのか短いのか。
とりあえずお礼を言って、俺はダンジョンに入らず今日は家に戻る事にした。
ニーナさんと相談して、俺の家の周りに住んでる獣人達に規則を説明する事話さないといけないからな。
数ヶ月間、何も問題が無いといいんだが。
まぁ、無理だろうな。
何も問題無いなら、女神が俺とノーラ達を引き合わせる筈が無いんだから。
前半は女神、後半はクレインさん。
ノーラ含めヒロインがほぼ出ない展開になってしまいました。
まぁ原点回帰ですね(勘違い)。




