第81話:エルフの姫の独白
エレンの一人称です。
若干読みにくい表現になっています。
あまり読みにくいようなら修正します。
タクマ様が旅立たれて一日が経ちました。
エルフ以外で初めて見た殿方。人間という種族らしいですが、黒い髪に黒い瞳はとても珍しかったです。
でも、黒い髪は烏の濡れ羽のようで艶と光沢がありお綺麗でした。
黒い瞳は黒瑪瑙のように深い輝きを放っておりました。
それにとても紳士的な方でした。
エルフの男性は女性を獲物の品定めでもするかのような目で見るものですが、タクマ様は違いました。
同じお風呂に入ろうものなら、即座に孕まされてしまうと聞かされていたのですが、タクマ様は違いました。
緊張していた私を慮ってか、タクマ様は何も仰らず、ただ私を心配するような優しい眼差しを向けて下さっていました。
その態度はひどく私を安心させるもので、安心し過ぎてのぼせてしまったのは失敗でした。タクマ様に恥ずかしい所を見せてしまいました。
あれで嫌われてしまったらどうしよう、とも思いましたが、気になさっておられないようで、本当に優しい方なのだと、心が暖かくなりました。
そんなタクマ様に私は渡される筈だったのですが、タクマ様は旅の途中という事で、私は集落に残る事になりました。
お姉様はいつでも抱きに来て良いですよ、なんてタクマ様に仰っておられました。
なんて事を言うんですか、タクマ様も困っておられましたよ。
けれど、本当にただ私を抱くためだけにお越しになられたらどうしましょうか。
勿論、タクマ様に下賜された時点で、私は覚悟しているのですが、それでもやっぱり、初めてというのはドキドキします。
タクマ様が旅立たれて二日が経ちました。
今日はタクマ様はおられません。昨日の今日ですから、すぐにお越し頂けるとは思っていません。
勿論、来て頂けるなら嬉しいですけれど、それはちょっと望み過ぎですよね。
それでもあの柔らかな笑顔を讃えてその扉を開けてやって来るのではないかと想像すると、それだけで心が弾んでしまいます。
タクマ様が旅立たれて五日が経ちました。
タクマ様の旅の道程はある程度聞いていました。そろそろルードルイに着いた頃でしょうか。
集落の外に出た事はありませんから、そこがどのような場所かはわかりません。
いつか、タクマ様が迎えに来て下さった時、そのような場所をタクマ様と共に歩ければ、それはとても楽しいでしょうね。
タクマ様が旅立たれて十日が経ちました。
人間の国では一週間という一区切りだそうです。
一区切り。そう、丁度良い期間。
ひょっとしたら今日タクマ様がふらりと立ち寄られるかもしれません。
朝からそわそわして落ち着きませんでした。太陽より早く起きた事なんて初めてです。
布団を干して、部屋を掃除して、いつタクマ様が来られても良いように綺麗にしておきましょう。
髪も整えて、服も新しいものを卸しましょう。
下着は……。
なんて破廉恥な……! きっとお姉様の仕業です。
エルフの男性は慎みが足りないと常々仰っているお姉様ですが、実は慎みが足りないのはお姉様の方なのではないでしょうか?
そんな事がお姉様の耳に入れば、頬を耳と同じくらい伸ばされてしまうでしょうから、口が裂けて言えませんけれど。
タクマ様が旅立たれて二十日が過ぎました。
あれからタクマ様は一度も姿を現しておりません。
ひょっとして、私はタクマ様に捨てられたのでしょうか?
いえ、そんな筈はありません。あの日はお酒を飲んですぐに眠ってしまったので直接は聞いていませんが、お姉様の話では、タクマ様も満更ではない様子だったそうですから。
きっとタクマ様はお忙しいのでしょう。
どこかに腰を落ち着けられるようになるまで私を迎える事はできないと仰っていたそうですから、そのための準備をなさっているんです。
きっと、私を迎えるための準備をして下さっているんです。
きっと……。
タクマ様が旅立たれて五十日が過ぎました。
考えてみれば、私のような存在がタクマ様に懸想するだなんておこがましい話だったんですよ。
あの方は強く優しく聡明であるだけでなく、女神様の使徒でもあるというではないですか。
ヒトでありながら使徒になった方なんて、長命なエルフにさえ殆どいません。
そんな偉大な方に、私のような、ただ古いだけの種族なんて、相応しい筈がなかったのです。
申し訳ありません、タクマ様。
エレンがもっと、タクマ様と吊り合うような女で無かった事を、深くお詫び申し上げます。
ですからどうか。一度エレンめに会いに来て下さらないでしょうか。
このエレンを捨てるというなら、せめて直接言っては下さらないでしょうか。
タクマ様が旅立たれて八十二日目。
今日、エレンは天啓を得ました。
最早エレンにとってタクマ様は思い出。エレンの胸の中に残る暖かな光とすると決めました。
そう考えて、タクマ様の事をエルフの方々に聞いて回りました。
特に、エレンが寝てしまってからタクマ様が旅立たれるまでの間のお話を中心に聞きました。
その中で、エレンはある事を聞いたのです。
タクマ様がエレンを集落に残していかれた理由。
旅をしている最中なので、危険があるから連れて行けない。
つまり、エレンが旅について行っても危険でないならタクマ様はエレンを迎えに来て下さるのです。
成る程、それは仕方がありません。
何せ私は弱い。エルフが得意としている弓すらまともに扱えないくらいですから。
集落の端から端まで歩くだけでも息切れしてしまうくらいですから。
これではタクマ様も安心して旅を続けられないでしょう。
タクマ様はお優しい方ですから、無理矢理ついて行っても文句も言わずにエレンと共に旅をしてくれるでしょうが、タクマ様のお邪魔になるなんて、エレンには耐えられません。
ですから強くなりましょう。
タクマ様のお邪魔にならないように。タクマ様に心配をかけないで済むように。
そうすればきっとタクマ様が迎えに来てくださいます。
きっと。
タクマ様が旅立たれて百五十二日目。
今日から一人で狩りに出かけようと思います。
安全性を考慮すれば、これまで通りに狩り班と共に森に行くべきなんでしょうが、どうやら、大勢でモンスターを倒すより、少人数で倒した方が強くなりやすいそうです。
ならば、一人ならばより強くなりやすいというもの。
あれから一度もタクマ様はエレンに会いに来て下さいません。
それはきっとエレンが弱いからです。エレンが強くなればきっとタクマ様は会いに来て下さいます。
なのでエレンはもっと早く、もっと強くならなければならないのです。
ああタクマ様。早くタクマ様にエレンはお会いしたく存じます。
タクマ様が旅立たれて二百十七日目。
明日でタクマ様が会いに来なくなって二百十八日目です。
今日からはダンジョンに潜ろうと思います。
ダンジョン、特にエルフィンリードは一人では危険だとお義兄様からは止められました。
けれど止まる訳にはまいりません。
あれからタクマ様はエレンに一度も会いに来て下さいません。
それはきっとエレンが弱いからです。エレンがもっと強くならなければタクマ様は会いに来て下さいません。
もっと早く、もっと強くなるためにも、今までと同じやり方では駄目なのです。
危険だからなんだと言うのでしょう。むしろ危険を潜り抜けられたならば、それはタクマ様の仰っていた、危険だから連れていけない、という言葉を覆す事になります。
つまり、危険を乗り越える事ができたなら、タクマ様が迎えに来て下さるのです。
ああタクマ様。愛しいエレンの旦那様。早くお会いしたく存じます。
タクマ様が旅立たれて二百九十九日目。
明日でタクマ様が会いに来なくなって三百日目です。
三百日、つまり人間の国では一年が経つという事。
一区切りです。けれど、もうエレンは期待しません。したりなんかいたしません。
何故ならエレンはまだ弱いからです。
先日、ダンジョンで右腕を失いかけました。その前には、両足をモンスターに食べられてしまいました。
エレンはまだ弱いのです。ですからタクマ様はまだエレンに会いに来て下さらないのです。
一年とかそんな事は関係ありません。エレンが強くならないとタクマ様は来て下さらないのです。
エレンの愛しい旦那様。
両足は里に伝わる霊薬によってまた生やす事ができました。
右腕は里の治癒術士の方の尽力によって治る事ができました。
エレンはまだ戦えます。エレンはまだ強くなれます。
だからタクマ様、待っていてください。
きっとエレンは、タクマ様を守れるくらい強くなってみせます。
タクマ様より、強くなってみせます。
タクマ様が会いに来なくなって三百四十日目です。
昨日は派生ダンジョンンを一つ攻略しました。手に入った弓はそれなりに使えるようです。
けれどタクマ様は会いに来て下さいません。きっとまだ足りないのでしょう。
タクマ様もきっと煩悶としておられる筈です。
エレンを想って悶えて下さっている筈です。
だってエレンがまだ弱いから。
エレンが弱いからタクマ様は会いに来られないです。
ああ可哀想なタクマ様。
エレンが弱いからエレンに会うのを我慢しなければならないなんて。
けれど安心して下さい。
愛しい旦那様をそう長くお待たせするなんて妻失格でございますから。
エレンはきっとすぐに強くなってみせます。
旦那様よりきっと。ずっと。強くなってみせます。
旦那様に勝てるくらいに。
タクマ様が会いに来なくなって四百十日目です。
エルフィンリードである服を手に入れました。それはまだ世界が乳白色の泥でしかなかった頃。
神がその泥に樫の棒を突き入れ世界を創ったその時に、零れた泥でできたという植物の繊維で作られた服です。
神器というものですね。これでまたエレンは強くなれました。
けれどこれで満足していては駄目です。
だってタクマ様がまだ会いに来て下さらないから。
つまりエレンはまだ弱いという事なんです。
これでは駄目です。
タクマ様をまたお待たせしてしまう事になります。
申し訳ありませんタクマ様、今暫くお待ちください。
すぐにエレンは強くなります。
タクマ様を守れるように。
タクマ様よりも。
タクマ様に勝てる程。
エレンは強くなってみせます。
タクマ様に勝つ事ができたなら、タクマ様はエレンを迎えに来て下さるでしょうから。
タクマ様が会いに来なくなって五百日目です。
また一つ派生ダンジョンを攻略しました。手に入った弓はゼプトレーゲンと言うそうです。
冷たい雨と優しい雨という二つの能力を持っているようですね。
これでまたエレンは強くなりましたがまだ足りません。
だってタクマ様がまだ来て下さっていませんから。
弓から降る雨は冷たいので思い出さえ濡れてしまいます。
弓から降る雨は優しいので涙も洗い流してくれます。
ですからエレンは寂しくありません。
タクマ様と会えるいつかの明日へ向かって今日もダンジョンへ潜ります。
エレンはまだまだ強くなります。
エレンはもっともっと強くなります。
この想いが愛しい旦那様に届くその日まで。
エレンは戦う事をやめません。
戦って戦って戦い抜いて。
旦那様と戦い勝つ事ができたなら。
きっと旦那様はエレンを迎えて下さるでしょう。
今日、旦那様に会えるような気がしました。
森の中で迎え撃つ事にします。
お父様お母さまお姉様お義兄様お祖父様お祖母様、お祖父様のお父様方お母様方、お祖母様のお父様方お母様方、そして里の皆様。
エレンは今日、旦那様と共に旅立つでしょう。
今生の別れとなると思います。
けれどご安心下さい。きっとエレンは幸せになります。
愛しい旦那様と共に、エレンは幸せになってみせます。
エレンは今日、旦那様と共に戦うでしょう。
今生の別れになるかもしれません。
けれどご安心下さい。きっとエレンは幸せだと思います。
愛しい旦那様も、幸せだと思って下さるでしょう。
ああ、愛しい旦那様。今からエレンは楽しみです。
きっと旦那様は、あの頃より強くなっていらっしゃるのでしょう。
けれどエレンも強くなりました。
ああ、愛しい旦那様。今からエレンは楽しみです。
旦那様がどのくらい強いのか。
旦那様がどのくらいエレンと戦えるのか。
エレンは今から楽しみです。
愛しい愛しいエレンの旦那様。
今、愛に逝きます。
ああ、ああ、ああ。
今エレンの前に愛しの旦那様がいらっしゃっています。
試しに放った矢は撃墜され、冷たい雨は吹き飛ばされて。
ああ、愛しの旦那様。貴方の強さは私の想像をはるかに超えていました。
けれど見て下さい、旦那様。エレンも強くなりました。
とっても、とっても強くなりました。
さあ、さあ、さあ、見て下さい。エレンの全てを。感じて下さい。
矢を放つ。
矢を放つ。
矢を放つ。
愛しいあの人へ向けて矢を放つ。
エレンの想いが届くように矢を放つ。
けれど届かない。
矢は当たっています。けれど、まるで何の感触も無いかのように、タクマ様はその場に立ったまま。
ただただ、エレンが放つ矢を受け続けています。
何故?
どうして?
どうして防がないのですか?
どうして躱さないのですか?
防ぐまでもないのですか?
躱すまでもないのですか?
エレンはそれほど弱いのですか?
何故? 何故? 何故!?
エレンはまだ貴方様に届かないのですか?
エレンの力は。エレンの強さは。エレンの想いは。
貴方の心を穿つ事はできないのですか?
どうして? こんなに想っているのに。
どうして? こんなに強くなったのに。
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
どうして? どうして? どうして? どうして? どうして?
どうしてですか!!!???
「あ…………」
次の矢を番えようとして、しかしそこに弓が無い事に気付く。
私が手に入れた力。私が手に入れた二つの弓は、ゆっくりと地面に向かって落ちていく途中でした。
弓を支えてくれていた戦の精霊が消えていきます。
それは、私の魔力が彼女を維持できない程消耗してしまった証。
それは、私の力が尽きた証拠。
目の前が真っ白になる。
魔力枯渇による失神。それだけではありません。
それは絶望。
私の力が、想いが、タクマ様に届かなかった事への絶望。
足から力が抜ける。
そのまま、立っていた木の枝からこの身が投げ出されるのがわかる。
このまま地面に落ちたら、この情けない私は消えてなくなるのでしょうか。
申し訳ありません、タクマ様。エレンは貴方の望むエレンにはなれませんでした。
…………あれ?
衝撃が来ません。それどころか、何か暖かいものに包まれているような……。
「お待たせして申し訳ありません、エレン様」
声が聞こえました。それは、私が待ち望んだ方の声。
待ちに待った、方の声。
ゆっくりと目を開けると、そこにはタクマ様のご尊顔が!!!
「約束通り、あなたを迎えに参りました」
ああ、よろしいのですか? 私のような女で?
貴方を守れる程でも、貴方に勝てる程でも、貴方を殺せる程にも強くない、このエレンで。
まるで全てわかってくださっているかのように、タクマ様は優しい微笑みを浮かべたまま、小さく頷いで下さいました。
いえ、まるで、だなんてタクマ様に失礼ですね。
タクマ様なら、私如きの心中などお見通しなのでしょう。
タクマ様に抱きかかえられたまま、私は両腕を伸ばして、その首にしがみつきます。
タクマ様も、私の意図を察して下さったようで、私を抱く腕に力を籠め、そしてゆっくりと顔を近付けて下さいました。
ああ、エレンは幸せ者です。
タクマ様。愛しの旦那様。
もう離しません。決して離れません。
エレンはもう、タクマ様から離れません。
二度と。
絶対に。
ヤンデレは難しいですね(今更)。
次回はエルフの里で、人生の一大イベント発生です。




