第79話:思い出された思い出
明けましておめでとうございます。
昨年は応援ありがとうございました。
本年もよろしくお願いいたします。
サラ達お手製のハンバーグを食べた後、シュブニグラス迷宮へと赴く。
ちなみに、モニカはハンバーグを一口食べた瞬間に光の神に感謝を始めた。
五体投地なんて初めて見たよ。
そこまで信心深くないミカエル達はドン引きしていたけれど、モニカとは別の神を信仰するサラだけは、さもありなん、と深く頷いていた。
彼女の信仰する神、その名は肉。
迷える子羊を我らの口に放り込んでくれる、有り難い神だ。
白パンにもいたく感激していた。野菜スープだけは反応が普通だった。
少し、悔しい。
「本当に、冗談みたいな話ね」
ダンジョンの中を歩きながら、モニカは呆れたように呟いた。
彼女の手には一枚の羊皮紙が握られている。そこに綴られているのは、俺達のステータスと所持スキルだ。
それぞれの能力を数値で知る事により、互いがどのような動きができるのかを把握できるようになる。
育成に関しても個人でわかりやすい目標を持ちやすくなり、訓練も捗るというもの。
名前:サラ
年齢:13歳
性別:♀
種族:人間
役職:タクマの奴隷
職業:家事士
状態:平静
種族LV31
職業LV:戦士LV19 槍戦士LV33 重槍戦士LV18 盾戦士LV20 槍撃士LV4 家事士LV48 事務員LV19 家事女中LV21 洗濯女中LV17 台所女中LV12 愛人LV52 自然術士LV15 客室女中LV8 接客女中LV6
HP:609/609
MP:463/463
生命力:371
魔力:278
体力:413
筋力:422
知力:309
器用:386
敏捷:379
頑強:455
魔抵:402
幸運:11
装備:ウーズスタン バフォールバックラー 黒羊の毛皮 灰色狼毛皮の服 灰色狼毛皮のズボン 隕鉄糸の篭手 シェルグリーブ フェレンダの花櫛 春告鳥の腕飾り
保有スキル
奴隷の心得
清掃 洗濯 料理 床術 接客 調整 絶倫 書類作成 清書
不意打ち 従属 戦闘継続 魔力操作 スタミナ 根性 不屈 連携
自然魔法 槍戦闘 魔法戦闘 パワースパイク スマッシュ ダブルスパイク フルスイング 受け流し カバーリング ヘイトアップ シールドバッシュ チャージ ダッシュ 投槍
真の絆 慈愛の神の加護 愛の神の加護
正直、育て過ぎたという気がしないでもない。ステータス的には、同じ種族LVの相手の二倍の高さを誇る。
まぁ、俺のせいだろうな。俺の何某かが影響した結果、非常に高い成長度を持つ事になった。
『槍撃士』は『槍戦士』の上位職業だ。『重槍戦士』はあくまで派生職な。
ウーズスタンというアシッドランスの改良版を片手に、バフォールの素材で作られた丸盾を持っている。ウーズスタンは短槍ではなく、三メートルの長さを持つ長槍だ。
サラの異常に高くなった筋力あっての戦法だろう。以前に戦ったフェルも、高い筋力にものを言わせて、火竜槍と火竜の小盾を同時に持っていたっけ。
ところでその『愛人』の高さはなんなんですかね? サラだけを特別扱いしてるつもりはないんだけどなぁ。本人の意識の問題だろうか。ただ俺に抱かれるんじゃなくて、積極性を見せる事で経験値を獲得しやすいとか?
一方で経験値獲得の機会が少ない『接客女中』や『客室女中』はともかく、メイド系の中で『台所女中』があまり伸びていないのは、基本肉料理にしか意欲を見せないからだろうか。
『愛人』と比較すれば、やはり本人のやる気というか、積極性が重要みたいだな。
名前:カタリナ
年齢:22歳
性別:♀
種族:人間
役職:タクマの奴隷
職業:貴族
状態:平静
種族LV34
職業LV:貴族LV9 魔導士LV32 家事士LV34 錬金術師LV12 家事女中LV13 洗濯女中LV11 台所女中LV15 愛人LV9 客室女中LV10 接客女中LV8 事務員LV15 自然術士LV21 魔光師LV9 真理魔道士LV4 治癒術士LV8 付与術士LV9
HP:548/548
MP:781/781
生命力:325
魔力:522
体力:378
筋力:316
知力:449
器用:392
敏捷:346
頑強:326
魔抵:417
幸運:37
装備:スクリーマー 魔光蟲の薄羽 灰色狼毛皮の服 灰色狼毛皮のズボン 灰色狼毛皮のブーツ テテスの雨櫛 赤真珠のネックレス
保有スキル
世界魔法 自然魔法 真理魔法 魔力操作 魔力感知 効果拡大 魔法戦闘 根性 忍耐 連携 詠唱破棄 詠唱省略 高速詠唱
清掃 洗濯 料理 床術 調整 接客 書類作成 清書
貴人の振る舞い 不運(中度)
真の絆 試練の神の加護
サラと同じく、こちらも俺の影響によって非常に強くなっている。魔法特化なのにベテラン戦士もかくやという筋力を保有してるからな。魔法使い系の職業を獲得しているからと言っても、ステータスやその成長にマイナス補正が入らないからなぁ。
スクリーマーはバフォールの素材で作った杖だ。魔力上昇効果に加え、バインドシャウトを使用できる。しかし味方を巻き込む。
『魔導士』の上位職業である『魔光師』に、『魔導士』と『自然術士』のLVが高いと獲得できる『真理魔道士』も持っているため、魔法に関しては間違いなく当代一と言えるだろう。
サラは自分の技能として無詠唱が可能だが、カタリナはスキルとしてこれを所有している。これにより、本来なら相応の努力が必要になる無詠唱を、大した労力も無く行使できる。
とりあえず魔法系の職業は片っ端から獲得させている。そのうち『神性術士』も覚えさせたいところだが、俺のようなチートが無いなら、神殿で修行が必要だし、どうするか。
『貴族』が微妙に上がっているのは、自分の目標を忘れていない証拠だろう。健気というか一途というか。
うん、普通『愛人』はこんなもんだよな。特にカタリナがマグロって訳じゃない。やっぱり意識の問題だろうな。
名前:ミシェル・ラナ・エレノニア
年齢:18歳
性別:♀
種族:人間
役職:タクマの奴隷
職業:強剣士
状態:平静
種族LV64
職業LV:戦士LV59 剣戦士LV48 強剣士LV41 盾戦士LV13 王女LV37 探索者LV25 家事士LV11 農夫LV6 家事女中LV4 台所女中LV9 洗濯女中LV3 農園女中LV5 愛人LV7 接客女中LV1 客室女中LV2 事務員LV3
HP:532/532
MP:447/447
生命力:465
魔力:298
体力:478
筋力:501
知力:339
器用:467
敏捷:448
頑強:372
魔抵:315
幸運:93
装備:宝剣・鈍喰 隕鉄糸の帽子 サガ鋼の胸当て サガ鋼の脚甲 銀糸のグローブ 砂漠亀の小盾 灰色狼毛皮の服 灰色狼毛皮のズボン デュカの宙櫛 薄紅珊瑚のイヤリング
保有スキル
剣戦闘 盾戦闘 軽業 直感 王気 人徳 カリスマ 貴人の振る舞い サタナキアの誘惑 秀才 学習 忍耐 根性 スタミナ 連携
スマッシュ ダブルスラッシュ シールドバッシュ 受け流し 盾逸らし 矢流し アームズブレイク アクセル
パワースラッシュ デッドスラッシュ オーラブレード
罠感知 罠解除 迷宮探索 忍び足 耕地 清書 書類作成
清掃 洗濯 料理 床術 造園 接客 調整
真の絆 清廉の神の加護 大地の神の加護 英雄の素質 太陽の微笑 黄金のオーラ
元々人間が到達し得る最高峰に居たせいか、あまり強くなっていない。いや、十分強いんだけどな。サラやカタリナの成長度と比べると非常に緩やかだ。
それでも戦闘に関するステータスはまだまだ彼女が上だ。もしもこれから、彼女も俺の影響で成長率が良くなるとしたら、この差は中々縮まらないかもなぁ。
グローブと鎧の下の服に隙があった装備も、しっかりと補う事ができている。銀糸はエレノニア王国南部の森林地帯に生息する、蜘蛛型の魔物が吐く銀色の糸を加工したものだ。
『王女』が伸びてないどころか下がっているのは、もう王族に未練が無いからだろう。まだ衰えの始まる年齢でないのに所有経験値が下がるという事は、日常生活で一切経験値が入っていないって事だ。
バランスを考えればミカエルにも魔法系の職業を獲得させるべきだけど、さて何にするか。
畑の管理をしているせいか唯一『農園女中』を獲得している。『女房』獲得のためには、サラ達にもそのうち獲得させないとな。もうイーティングイーター相手に事故が起きる事もないだろうし。
そしてやっぱり加護を獲得してるよ。大地の神の加護は畑仕事してるからか? 正直そこまで真面目にやってないだろ。畑に魔力を注いで、モンスターを倒すだけの簡単な収穫だ。農業における苦労は殆ど味わっていない。
そしてミカエルには清廉のイメージがあまりないんだけど。なんでだ? 心は清いかもしれないけど、私欲はありまくりだからなぁ。国のために王族としての地位を捨てた事を評価されたか?
そしてこいつはこいつで別のチートを与えられているとしか思えんな。
案外、彼女を持ち上げようとしていた貴族達は、女王が誕生すれば国が危機から救われるというジンクスに縋っていただけじゃなくて、真っ当に彼女を評価していたのかもしれない。
正直、全員やり過ぎたと思わないでもない。俺の何かが影響してるせいで、手をかければかけただけ育っていくからなぁ。楽しくてしょうがないんだ。
基本的に全員『女房』を目指して、『家事士』の派生職を順次獲得させている。
『侍女』はモニカの手伝いをさせてればそのうち獲得できるか?
問題は『子守女中』の獲得だな。子守のバイトでもさせるか? 一番良いのは俺が子供を産ませる事だけど……。
俺? 俺はこんな感じ。
名前:佐伯琢磨
年齢:30歳(肉体年齢18歳)
性別:♂
種族:人間
役職:時空の神の使徒
職業:錬金術師
状態:平静
種族LV48
職業LV:戦士LV39 魔導戦士LV9 弓使いLV31 弓撃士LV13 剣戦士LV25 狂戦士LV23 魔導士LV25 自然術士LV24 暗殺者LV15 槍戦士LV21 錬金術師LV40 拳闘士LV32 撃闘士LV8 野伏LV23 精霊術士LV18 教師LV26 主人LV15 治癒術士LV7 付与術士LV9 農夫LV8
HP:1735/1735
MP:1894/1894
生命力:1099
魔力:1223
体力:1176
筋力:1125
知力:1245
器用:1229
敏捷:1198
頑強:1206
魔抵:1213
幸運:147
装備:エルフのショートボウ 人鳥魔獣の毛皮ジャケット 灰色狼の服 灰色狼のズボン 砂漠狐の毛皮グローブ 赤毒蜘蛛革の靴 小鬼の大鉈 鉄の矢 ブロードソード 鋼鉄の槍 時の旗印 火竜槍
保有スキル
神々の祝福 技能八百万 魔導の覇者 異世界の知識 世界の常識
まぁ、なんというかよくぞここまで、って感じだよな。
装備はサラ達を優先していたから代わり映えしてない。
ちなみにこれで勇者シンジとはほぼ互角らしい。勝ってるのは魔力と幸運くらいで、筋力に至ってはダブルスコアなんだが、総合力的には誤差の範囲のようだ。
まぁ、俺はここからスキルを発動させるなどしてステータスが上昇するからな。
『魔法戦士』『弓撃士』『撃闘士』は上位職業だ。当然、ステータス、成長率への補正は下位職業より高いから、今後は更に強くなれるぞ。
当然の話だけれど、モニカに渡した紙には、タクマ・サエキと名前はなっているし、年齢も19歳にしてある。
そう言えば、肉体年齢が加算されてないな。ひょっとして俺、不老だったりするのか?
「それに比べて私は……」
そしてモニカは自分のステータスを見て溜息を吐く。
名前:モニカ・ヴェレイ・デル・フェレノス
年齢:16歳
性別:♀
種族:人間
役職:冒険者
職業:王女
状態:平静
種族LV27
職業LV:戦士LV7 剣戦士LV4 王女LV73 事務員LV14 執政官LV28
HP:268/268
MP:229/229
生命力:163
魔力:91
体力:135
筋力:122
知力:223
器用:162
敏捷:184
頑強:126
魔抵:138
幸運:88
装備:夜啼き鶯 プロトタイプグリヴェルメイル ダガモ毛の服 灰色狼毛皮のズボン 銀糸のグローブ フェザーブーツ 星の首飾り
保有スキル
剣戦闘 軽業 直感 仁徳 カリスマ 王気 貴人の振る舞い 根性 忍耐
執政 書類作成 清書 策謀 弁舌 論戦 根回し
ダブルピアッシング アクセルショット
政治の神の加護
高く成長した王女LVが彼女の帝国での苦労を物語っている。政治の神の加護まで得ているのに勝てなかったのか。
相手がそれほど強かったのか、それとも、もう個人ではどうしようもないくらいに事態が進んでいたのか。
そして基本政治闘争に邁進していたんだろう、戦闘系の職業がまったく伸びていない。この年齢で『戦士』のLVが下がるとか、よっぽどだぞ。
種族LVと『王女』のLVの高さでかろうじてステータスを維持している感じだな。
そして、それを考えると、モニカも俺の影響下にあるようだ。じゃなきゃ、この成長度はおかしいだろうよ。
そして役職は冒険者か。完全に帝国とは縁が切れたって事だな。
夜啼き鶯こそ持って来たが、以前見たレア装備は軒並み置いて来たモニカ。ダガモ毛は帝国で飼育されている、羊に似た動物、ダガモの毛だ。帝国は寒いからな。保温性に優れた服は必須なんだ。
ズボンは普通の麻のズボンだったので、お馴染み灰色狼毛皮をテテスの所で買っておいた。銀糸のグローブ、フェザーブーツもそう。フェザーブーツは鳥の羽を編み込んで作られた靴で、イメージ通り非常に軽い。
ていうかテテスが作ったせいで魔法の武具扱いになっているため、敏捷の上昇と共に、魔力を通すと耐久性と機動力が上がる。
ていうか、サラ達を見た後だと確かに弱く見えるが、成人の平均的なステータスがオール50である事を考えると、非常に強いんだけどな。
さて、俺達は現在シュブニグラス迷宮の50階層を歩いている。
ここまで潜った冒険者は少なくとも、『常識』の中には存在しない。派生ダンジョンなら既に攻略を終えていてもおかしくない深さだ。
ここまで来ると、出現するモンスターも相当強化されている。
上の階層ではボス扱いのバフォールが、普通に雑魚モンスターとして出て来るからな。
ステータス的にはサラ達でほぼ互角。つまり、モニカはかなり厳しい。
出現するモンスターはサラ達三人の練習台にし、モニカはパワーレベリング。時折剣を振るうなどして戦闘系の職業に経験値が割り振られるようにする。
多分、『王女』はもう伸びないだろうからな。
そして一つの扉の前に到達する。
高さで三メートル、幅は二メートル程の扉が二枚。観音開きになっている。
精緻を凝らした意匠。それぞれの扉の中心部には山羊の頭のレリーフが飾られていて、禍々しい雰囲気を漂わせていた。
簡単に言うとボス部屋の前だ。
「よし、全員準備はいいか?」
「はい」
「よろしくてよ」
「大丈夫、いけるよ」
「邪魔にならないようにしておくわ」
俺の言葉にそれぞれ言葉を返してくる。モニカが既に諦めの境地に立っているな。
「モニカもこれからすぐに強くなれるさ」
「ありがとう、頑張るわね」
扉を開いて中に入る。
かなり広い空間が広がっていたが、その雰囲気は暗い。
ダンジョンの中は基本的に薄暗いんだけど、この部屋は黒いというか、暗闇の濃度が濃いというか。
単純に光源が少なくて暗い、というだけではないだろうな。
そして俺達が部屋に入ると扉が自動的に閉まった。
雰囲気と相まって、少しびくっとしてしまったのは内緒だ。
内緒なんだが、俺がパーティの先頭に立っているからな、間違いなく後ろの四人にバレただろうな。
天井から何か、黒い物体が垂れ下がって来る。
粘液を纏い、てらてらと光る、見る者に不快感を与える外見。
雫が垂れるように、黒い物質が細長い粘液の糸で天井から吊り下がっている感じだ。
その糸が、物体の重さに耐えきれず、ぷつりと切れる。
不快な水音と共にそれは地面に落下。落とした卵のように下半分が割れ、黒い粘液が漏れ出した。
ぶくぶくと泡立ち、床に広がった粘液から幾本もの触手が伸びる。
そしてそれは出現した。
太い触手と蹄のついた足のようなものを持つ、樹木に似た黒い塊。
体中にある、鋭い牙の生えた口からは絶えず緑色の液体を垂れ流している。
シュブニグラス迷宮50階層のボスモンスター、黒き仔山羊だ。
見ているだけでSAN値がピンチになりそうな姿形をしているぜ。
「うぶ……」
俺の後ろからえずくような声が聞こえた。
位置と声からモニカか。ゲロインの称号を与えるようで申し訳ないが、我慢しなくていいぞ。
俺は振り向かないでおいてやるから。
「しゅげえええええぇぇぇぇぇぇええええ!!!」
そして部屋中に響く、脳が溶かされるかと思える程の奇怪な鳴き声。
このダンジョンに出現する固有モンスターの恒例である、出現時のバインドシャウトだ。
そして『サーチ』と『アナライズ』を併用して見れば、俺以外の全員が状態異常、拘束を受けている。
まぁ、俺が動けるならとりあえずは問題無し。四人は動けるようになってからゆっくりと参戦してくれればいい。
駆け出す。このままここに居ると、動けない四人を戦いに巻き込んじゃうからな。
素手で触るのは躊躇われたので火竜槍を取り出し、とりあえず一突き。
「うおっ!?」
その瞬間に黒き仔山羊は触手を伸ばし、槍を捕えようと動いた。
慌てて槍を引き、触手から逃れる。
「しゃげぇ!」
更にその口から緑色の液体をこちらに向けて吐きかけてくる。
地面に落ちると、石が溶ける音と共に黒い煙が発生した。
酸かな? あとあの煙は絶対有害だよな。
黒き仔山羊は、俺を捕えんと触手を伸ばしてくる。
結構速い。しかも捕まるとこいつの持つ『捕縛』『生贄の儀式』の効果で、拘束の状態異常を受けるからな。
そうなると俺のステータスでも抜け出すのが難しくなる。
俺に向けて伸ばされた触手を槍で弾き、前に踏み込みながら突きを繰り出す。
穂先が胴体に突き刺さると、その部分から緑色の液体が吹き出し、周辺に撒き散らされる。
「ぐ……」
口から吐き出されるのとは別の液体なのか、石畳が溶ける事こそないが、ひどい悪臭が漂い始めた。
その匂いに顔を顰め、一瞬気を取られた隙に、槍に触手が絡みついていた。
「ちぃっ!」
舌打ち一つ。『インヴィジヴルジャベリン』を放つ。直撃を受けて触手が緩んだ瞬間に槍を引いた。
うぅむ、意外と厄介だな。
『アナライズ』でステータスとスキルは見えるが、攻撃方法やパターンまでわかる訳じゃない。ましてや、あの体に纏っている粘膜がどういう効果を持っているかはわからないんだ。
多分、口から吐き出す酸的なやつと同じだと思うけどさ。
ここまで来ると『常識』が通用しないからなぁ。
昔は攻略本無しでゲームしてたけど、今はネットなんかの情報頼りだからな。それに慣れちゃったのもあって、情報が無い初見の相手にはどうしても及び腰になっちゃうぜ。
俺が槍を構えて黒き仔山羊と対峙していると、後方から魔法が飛んで来た。
サラ達が動けるようになったらしい。
「ミカエルはモニカの護衛。モニカは前に出るな。サラは中距離、カタリナは魔法で援護を頼む!」
「「「「はい!」」」」
俺の指示に四人は力強く応える。すまんな、モニカ。今回は見学しておいてくれ。
俺が前に出つつ槍を繰り出すと、それに合わせて黒き仔山羊が触手を振るう。
だがその隙を突いてサラが横合いから、文字通りの横槍を入れた。
触手の一部がサラへ向けられるが、今度は俺達二人の背後から、カタリナによる魔法が飛んだ。
酸性に毒、気を抜くと意識を刈り取られる程の悪臭を放つ体液は相変わらず厄介だ。
複数の触手による多方向への攻撃、あるいは防御も嫌らしい。
中々の耐久力にそれなりのスピード。
更に、他にも何か特殊能力があるらしいから、それに対する警戒も必要だ。
ステータス的に圧倒的に上の俺でさえ苦戦するこの相手、当然、互角以下のステータスしか持たないサラにとってはかなりの脅威になるだろう。
けれどその程度だ。
俺が一人ならばかなり苦戦しただろう。
サラ達だけでは勝てなかったかもしれない。
けれどこの状況ならば、ちょっと厄介な敵でしかない。
警戒は必要だがその程度。
油断しなければ完封できる程度の難敵でしかない。
うん、やっぱ育て過ぎたよね。
サラの動きも凄ぇもん。
盾で体液を防ぐだけならわかるけど、命中する瞬間盾を振るって、体液を弾き飛ばすとかどういう技術だよ。
俺も『盾戦士』取ろうかな? まぁ、職業とスキル獲得したからって簡単にできる技じゃないとは思うけどさ。
うん? 槍の時にも似たような事思ったよな。
で、今それなりに槍を使えてる訳だから、盾もひょっとして使えるようになるって事じゃないか?
最終的にはカタリナの魔法で怯んだ隙に俺が黒き仔山羊に槍の穂先を突き入れた。
と同時に反対側からサラが槍を突き立て、黒き仔山羊は光の粒子となって消えた。
だから、その妙な技術は何なんだよ? あ、『連携』か。
「なんていうか、凄いわね……」
俺達の戦いぶりを見ていたモニカが、感心半分呆れ半分で呟く。
「大丈夫、モニカも一年鍛えればできるようになる」
お前は何目線なんだよ?
「そうね、頑張らないとね」
まぁ、前向きなのは良い事だ。首の辺りをしきりに気にしているのが気になるな。
そこに何か欲しいものでもあるのかい?
迷宮を後にして家に帰る。
夕食は唐揚げにした。
サラは無言で次々に口へと唐揚げを放り込んでいく。
カタリナは一口当たりが小さく上品に食べているが、その速度はかなり速い。
ミカエルはどちらかと言えば付け合わせのポテトやトマトの方がお気に入りのようだ。
モニカ、五体投地はやめなさい。
「ところでタクマ」
夕食後、風呂上がりにリビングでまったりしていると、髪をタオルで拭きながら、モニカが話しかけて来た。
「うん?」
俺は俺の膝に頬を擦り付けているサラの髪を撫でながら応じた。
「エレンは?」
「…………………………………………………………………………………あ」
翌日、俺はエレニア大森林へ行く事を決めた。
という訳で、いよいよエレン編に入ります。
タクマは忘れていましたが、作者は忘れていた訳ではありません。
元々このタイミングの予定でした。
本当です。
本当ですってば。




