第78話:デート、のようなもの
お待たせしました。
モニカを中心とした日常回です。
「という訳で、今日はモニカと買い物に行って来る」
翌朝、朝食を摂りながら俺はそう宣言した。
「えぇ?」
「かしこまりましたわ」
「じゃあその間に家の仕事をしておこうかな。昼からは一緒に居られるかい?」
三者三様の反応を見せる俺の愛すべき奴隷達。
「私は構わないけれど、いいの?」
モニカはちらりとサラを見ながら言った。
やっぱり気を使うよなぁ。
奴隷だからと見下していない事を喜ぶべきか。まだ三人との間に距離がある事を心配するべきか。
「元々奴隷を買っていたのは、俺が別に動いていてもこの家を任せられる相手が欲しかったからだからな」
モニカの懸念はそういう事じゃないとはわかっているけれど、ここは敢えて鈍感力を発揮しておく。
反論を許さない完璧な正論って、相手を不快な気持ちにさせるだけだからな。
お前は間違ってる、なんて言われて、気持ち良く納得できる事なんて稀だ。
「装備もそうだけど、服も買わないといけないし、日用品もな」
ミカエルも来た当初はカタリナやサラのを借りてたからな。こういうのはすぐに揃えてやらないと。
「昼には戻るから、昼飯はガルツで摂って、その後皆でダンジョンに潜るか」
「「「…………」」」
しかし三人の反応が芳しくない。
うぅむ、やっぱり三人も連れて行った方が良いんだろうか?
「タクマ様、お肉はまだお持ちですよね?」
「え? ああ、あるけど」
「じゃあお昼はウチで食べないかい? ここに戻って来て、お昼を食べにガルツへ行くのもあれだろう?」
「いや、そんなに手間じゃ……」
「久し振りにご主人様のご飯が食べたいですわ」
サラだけでなく、何故かミカエルとカタリナまでも言って来る。
え? マジでなんなの?
「あー、まぁ、あれだよ……」
俺の反応から、本気で察していないと判断したらしく、ミカエルが苦笑いを浮かべながら口を開く。
どうでもいいけど、そういう言いにくそうな事を言うのって年長者の役目じゃないのかな?
え? 古い? 知らないの? 意外とニートって年功序列にうるさいんだよ?
自慢できるのが重ねた年数しかないからね。中身カラッポだけど。
「ボクとカタリナ君はまだマシなんだけど、それでも大分思っちゃうんだよね。サラ君なら尚更さ」
「え? 何が?」
「料理が、美味しくないんです……」
そして本気で哀しい表情と声でサラがその心情を吐露した。
って、料理? ガルツの?
「生まれてから奴隷商で暮らしていたサラさんが、次に口にしたのはご主人様の料理。そしてそれに慣れてしまったせいで、普通のお店の料理では物足りなくなってしまったのですわ」
俺なんかの料理で舌を肥えさせないで欲しい。
とは言え、基本的に料理は焼くか煮るだけ。出汁も取らず、下味もつけず、調味料もほとんど使わないこの国の料理に負ける気が無いのも確かだ。
俺もここの料理を食ってたから、サラを懐かせるのに餌付けって手段を選んだんだから。
「へぇ、そんなにタクマの料理は美味しいの? だったら私も、是非口にしたいわね」
モニカも賛同した事で、昼は家で食べる事になった。
「サラ何食べたい?」
「お肉」
「料理名で答えてくれないか?」
むしろここで野菜とか言ったら俺がびっくりするわ。
偏食の事で色々言ったの昨日だぞ。
「…………」
長考に入ってしまった。作る側としてはそんなに悩む程好物があるって事だから嬉しいけどさ。
「わたくしは卵を使ったパスタが好きですわ」
「ボクはシチューかな。鳥肉や野菜にスープの味が沁み込んでて美味しいんだ」
ミカエルとカタリナが恍惚とした表情でそれぞれの好物を語る。ごくり、とモニカの喉が鳴った。
「じゃあサラは決められないみたいだし、どっちかを……」
「ハンバーグがいいです!」
カタリナ達の考えはわかっていたので乗ってみると、あっさりとサラは釣られた。
そうか、ハンバーグか。そう言えば最初に作った料理もそうだったな、懐かしい。
「じゃあ今日の昼はハンバーグな。下拵え、しておいて貰えるか?」
「任せてください!」
「目玉焼きを乗せるのはありでしょうか?」
「チーズは? チーズは中に入れて良いのかい!?」
俄然テンションが上がる三人。あー、カタリナとミカエルもサラを焚き付けるためだけじゃなく、割と本気だったかー。
「ああ、その辺は好きにしてくれ。パンの準備もよろしくな。野菜はスープがあるけど、サラダでもいい」
「わ、わかりました……」
途端に顔がひきつるサラ。わかりやすいな、お前はほんと。
モニカと共にルードルイへやって来た俺は、まずテテスの工房へ向かう事にした。
「懐かしいわね。彼は元気?」
「元気だよ。工房も繁盛してるし嫁さんも貰ったし」
「え!?」
そう、テテスは例の商業ギルドから派遣されていた従業員のマーゴことマーガレットさんと一緒になった。
ちなみにこの国では結婚式なんてのは王侯貴族くらいしかやらない。
富豪や大商人が自分の財力を見せつける目的でやる事もあるけどな。
忙しい事もあってテテスは身内で簡単に宴会を催しただけだった。
ちなみに俺も呼ばれた。サラ達三人を連れてお祝いしたんだ。
「そっか。あれから二年近く経つもんね。人間関係が変わってて当然か……」
どこか遠くを見つめ、寂しそうに呟くモニカ。
「これから埋めていけばいいさ」
多分、一人だけ取り残されたような気分になっていたんだろう。
帝国で頑張っていたとは言え、彼女は失敗してしまったんだ。その全てが無駄とは言わないけれど、それでも、かけた時間と労力の殆どが無意味なものになってしまったからな。
「ふふ、ありがとう」
言って笑うモニカは、どこか影のようなものを感じさせて、年齢以上に大人びて見えた。
やっぱ苦労すると人は変わるな。
「やあ、久しぶりだね」
テテスの工房は相変わらず賑わっていた。また職人が増えている。
金属音や何かの機械が動く音が工房内には響き、人々の怒声が飛び交う様子が、その隆盛ぶりを語っている。
顔パスの俺はその中を歩いて奥へと向かう。出迎えたのは、何かの革を鞣している途中のテテスだった。
随分と穏やかな顔になったもんだ。やっぱり、家庭を持つと色々と落ち着くもんなのかね。
とは言え、その目に灯る強い意志の輝きは健在だ。
誰にも負けない、工房は自分が守る、という悲壮感さえ漂う狂気の色が消えて、純粋に才能の光だけが灯っているように見える。
頑張る理由が変わったんだな。
「そうだな、一ヶ月ぶりくらいか」
「ところでハーピーの素材だけど……?」
「ああ、まだだな」
正直、サラ達の育成がちょっと楽しくてそっちにかかりきりだったからな。
ミカエルが来たし、モニカも入ったから、そろそろ行って来ても良いとは思うけどな。
「ところでそれは?」
「ああ、グリフォンの革だよ」
その名前に、ちょっとしたひっかかりを覚えた。
「それってひょっとして……」
「ああ。一年前に王都を襲ったグリフォンの一部だね。最近ようやっと出回り始めたんだ」
当時倒されたグリフォンの死体やゴブリンの魔石は冒険者ギルドや王国に回収された。
グリフォンが編隊を組んで飛行するのも、ゴブリンが騎乗しているのも、爆弾を落としてくるのもあり得ない話だった。
だから色々調べてたんだろうな。
でもグリフォンはともかく、ゴブリンの魔石は調べても何も出て来ないと思うぞ。
グリフォンはそもそも高いステータスを持った魔物だから、その革をなめしてジャケットにするだけでも、それなりの防御力を持った防具になる。
だからか、素材が珍しい事も相まって、あまり特殊な武具にはなっていないんだよな。
「何かの防具になるのか?」
「基本はジャケットでいいと思うけど、白鋼石で挟んでみようかと思って」
白鋼石は帝国北部の鉱山で採れる白鉱石と鉄を混ぜて作る合金だ。
基本的に硬くて軽い。そのうえである程度の防寒性能も備えている優秀な性質を持つ合金である。
少数ではあるが、帝国との交易で王国にも入って来ていたが、戦争のせいで間違いなく流通はストップしている筈だ。
そして、目敏い商人なら、帝国と戦争になるかも、という空気を感じた瞬間、これを抱え込む筈だから、ひどく値上がりしていただろうに。
高価なもの、というか、珍しいものを使いたがるんだよな、テテスは。
「面白そうだな。一個買いたいけどいいか?」
「いいよ。試作品でよければすぐに渡せるけど?」
「何か問題があるのか?」
「いや。作れるかどうかを試すために作っただけのやつだから、特にこれから作る奴と違いはないと思うよ。作ってる途中で新しいやり方を閃いたら別だけど」
天才め。
「とりあえず見せてくれるか?」
「いいよ。マーゴさん、マーゴさーん!」
まだ『さん』付けなんだな。多分一生変わらないんだろう。
それはそのまま、テテスとマーゴさんの力関係を示しているんだろうな。
「はいはい、聞いていましたよ。こちらが白獅鷲魔獣の鎧です」
マーゴさんが一つを木箱を抱えてやって来た。
「大丈夫ですか?」
「ええ、このくらいなら」
木箱を降ろすと、どすん、と中々重そうな音がする。女性の細腕でそんなものを持って大丈夫か? という意味もあったけれど、もう一つ、俺が心配した理由があった。
それは、マーゴさんの服装だ。
マーゴさんはワンピースタイプの服を着ている。あまり体形の出ない服。言い換えれば、着ている人間があまりしめつけられないような服だ。
具体的にはお腹とか。
そう、マーゴさんは妊娠している。
お腹はそれほど目立っていない。医学が全然発展していないこの世界では、今妊娠のどのくらいの時期なのかは熟練の医者の経験による見立てでしかわからない。
その直感が外れていなければ、出産まであと半年程だそうだ。
ちなみにサラ達が妊娠しないのは、俺か彼女達のどちらかに原因がある訳じゃない。
いや、俺が原因ではあるのだけれど、それは体質的な話じゃない。
避妊魔法ってのがあるんだよ。
真理魔法の第七階位だ。無駄に高等な魔法である。
当然、世界的には認識されていない魔法だ。一応、子供ができない事で悩まれても困るので、サラ達には既に話している。
子供が欲しくない訳じゃない。
勿論、サラ達とまだまだ恋人的な関係を続けていきたいという思いもある。
なんとなくではあるけれど、俺に覚悟ができていないんだ。
父親になる覚悟が。
実年齢的には結婚して子供ができていてもおかしくはない。
そりゃ、きちんと学校を出て、就職して、交際を経て結婚、という手順をこなしていれば違うんだろうけどさ。
やっぱり俺はまだ子供、というか大人になりきれてないんだろう。
まぁ、言ってみれば就職して二年が経過した程度。ようやっと新人扱いから抜け出せた程度の若造だ。
まだもうちょっと、社会って奴を堪能させてもらおうじゃないか。
プロトタイプグリヴェルメイル:[分類]防具
[種類]金属鎧
[耐性]斬〇突△打〇火△熱×氷◎水〇風〇土〇石◎雷×光△闇△
物理防御力98
魔法防御力23
重量12
水・氷属性のダメージ軽減
[固有性能]なし
強い!!
防御力なんて俺が見た中で一番あるんですけど!?
あとなんだこの優秀な耐性は。氷と水に高い耐性を持った上で、水・氷属性のダメージを軽減する?
つか重量火竜槍の三分の一かよ。金属鎧だぞ。上半身だけとは言え、軽すぎだろ。
ていうか名前が……。
「これ、もしかして名前ある?」
「一応グリヴェルメイルってつけようと思ってるけど?」
やっぱりか。まぁ、『錬成』とかで作るんでなきゃ、名付けは製作者の特権だからな。
「ちなみにグリフォンと帝国語で『信頼』を意味するヴェルンを合わせた造語だ」
言ってどや顔で胸を張るテテス。まぁ、由来としてはわからんでもない組み合わせだけど……。
「今の時勢にその名前はやめるように言ってるんですけどね」
苦笑いを浮かべるマーゴさん。
絶賛戦争中の敵国の言葉を使うなんて、まぁまともな神経をしてれば考えられないよな。
それもあってマーゴさんはテテスのつけようとしている名前じゃなくて、他の武具と同じく、白獅鷲魔獣なんて言い方してるのか。
ちなみに戦争は国境付近で一進一退の攻防が続いている。
当初はフェルデバで帝国軍を防ぎ、そのまま防衛を続ければ、帝国の兵站が限界を迎えて勝利できるだろうと思われていた。
長くても二~三ヶ月で集結する予想だったんだが、帝国が王国側の国境付近の村や街を蹂躙した事で、現地調達によって物資に余裕が出てきているそうだ。
勿論、帝国の兵站に不安がある事は変わらないが、王国の目論見が崩壊したのは間違いない。
まだまだ長引きそうだ。
とりあえずモニカが暗い表情を浮かべて俯いてしまったので、その肩にそっと手を添えてやる。
わずかにほころんだのを確認した。
「名前はとにかくそれを貰おう。幾らだ?」
「試作品だから別に……、安くできるけれど、そうだなぁ……!」
またしても無料で俺に渡そうとして、笑顔のマーゴさんから溢れる無言のプレッシャーに慌てて言い繕うテテス。
変わんねぇな、お前は。
「仕入れの金額が多少かかっています。研究費は完成品でペイオフできるとして、3万デューといったところでしょうか」
ちらちらと自分を見るテテスの意図を理解したマーゴさんが代わりに答える。
そうか、テテスは仕入れの値段も知らないか。
「まぁ、性能が保障されれば冒険者ギルドが優先的に買い取ってくれるだろうからな」
とは言え流石に高い。
しかしこの一年、生産業に勤しんだ結果、俺はかなり財産を蓄えていた。
それこそ、全財産を放出すれば、女神から課せられた仕送り代金を払い終えられるくらいには。
まぁ、今後の生活が不安になるからしないけどさ。
株式のルールはできていないけど、似たような商売をしている人間はいる。
投資、利殖という概念は既にこの国にあるんだ。
戦争特需を見込んで鉄鋼業と農業の分野に投資をしたらかなりの利益を上げてくれているからな。
あれ現金化したら多分凄い事になるぞ。
……そろそろ資源系にも手を出してみるか。
「よし、モニカ、着てみてくれ」
「え? 私?」
「ああ、どうも金属鎧にしては大分軽いし、性能もすこぶる良さそうだ。これならモニカの機動力を削ぐ事無く、防御力を大幅に上げられると思う」
ちなみに、俺の能力に関してはある程度モニカに話してある。今晩には、俺達のステータスを数字にしたものを見せるつもりだ。
『アナライズ』も当然、モニカは知っている。
「そう? ならお願いしようかしら」
なのでモニカは俺の言葉をなんら疑う事無く受け入れる。
モニカは高い敏捷を活かしたスピードファイターだからな。本来は重くて速度が殺され、動きが阻害されるような防具は身に着けるべきじゃない。
けれど、この鎧なら問題無いだろうと判断した。
ミカエルもスピードよりだけど、あっちは手数よりも確実に急所や弱点を狙い撃つ戦法だ。
カタリナは魔法特化。
サラはいつの間にか防御が高くなっていたんだよな。
「タクマ様をお守りできるようになりたいんです!」
と鼻息を荒くして言ってたっけ。有り難いと思うけれど、『守る』がなんで直接的かつ物理的なのかね。
彼女、比喩でもなんでもなく、俺の盾になれる事を目指してるんですよ?
いつの間にか敏捷を頑強が、器用を筋力が追い越してたもんなぁ。
あの体格でタンク目指すか?
テテスの工房を後にして、次に向かったのはルードルイの服屋だ。
最近はフィクレツじゃなくてこっちの服屋を利用する事が多い。特に理由はない。強いて言えば、テテスの工房を訪れるついでに寄れるからだ。
ここでは普段着と部屋着、寝間着、そして下着を買う。
モニカは裾の長いスカートとハイネックタイプのセーターを好んで選んでいた。
色は白かそれに近い色。
流石に下着は俺の意見を聞くような事はなかった。まだ恥じらいが残ってるらしい。
既にサラもミカエルも、そしてカタリナでさえも、俺に見せつけるようにして選ぶからなぁ。
むしろ、俺の反応を楽しんでいるかのようだ。そこで今なお照れる俺も俺だけどさ。
カタリナは黒系統を好むが、大きいせいであまりデザインを重視したものは持っていない。それでも妖艶さを醸し出すのは、大人の女性としての面目躍如といったところだろう。
ミカエルは実用的なものを好み、材質は絹を選びがちだ。デザインも上品なものが多い。彼女の隠し切れない王族としての気品と相まって、その姿は禁忌的というか、ある種の背徳感を覚える。
サラは透けていたり面積が小さいものを好む。あまり攻撃的なのは男性はひく、という事をそろそろ教えるべきだろう。そんなものを使わなくても、お前は十分に魅力的だと伝えなくてはならないな。
次に立ち寄ったのは家具屋だ。
と言っても、出来合いの家具が並んでいて、それを客が買って帰るような、現代の家具屋とは違う。
基本的にこの国の家具はオーダーメイドだからな。職人に頼む金の無い庶民は手作りするし。
僻地の村などでは、流通と材料の関係で木こりが兼任している場合も多い。
大きさを伝えて、モニカ用のベッドと小物入れ用の棚、クローゼットを注文する。
後日馬車を使って引き取りに来るとも伝える。
勿論、街を出たら家具は『マジックボックス』へインする予定だ。
製作には一週間かかると言われた。
まぁ、仕方ない。
それまではモニカは俺の部屋か、空いているベッドを使って貰うとしよう。
空いているベッドがあるなら買う必要は無いんじゃないかって?
ヒント:空くベッドは毎晩変わる。
多分、モニカも、ベッドを貸す人間も、あまり良い気分はしないだろうから、なる早で頼むとチップを弾んでおく。
そして家に一度帰り、昼食を摂った後は五人でシュブニグラス迷宮だ。
長くなりそうだったので二話に分けます。
次回はモニカを中心としたダンジョン回です。




