第75話:王国侵攻2 小鬼の王国
三人称視点。
戦争中の話ですが、戦闘シーンは出てきません。
「フェルデバ砦にて我が軍と交戦していた帝国軍が撤退したと報告がありました。撤退した帝国軍は二キロ北方で部隊再編中とのこと」
評定の場で、一人の兵士の報告に、その場に居た者達が感嘆の声を漏らした。
「フェレノス帝国軍には彼の国の勇者が参戦しておりましたが、ウェズレイ公が一騎打ちにてこれを撃破。また、黒鯨騎士団の鉄火部隊の新兵器、鉄砲によって帝国六将の一人、アンドレイ・ロワーナ率いる騎馬隊を撃滅。ロワーナ自身も負傷しましたが、翌日には前線に復帰していたそうです」
「治療魔法の使い手くらい、従軍させておるか……」
「しかし一度負傷させたという事実は大きいですな。治療魔法でも大怪我ならば完全には治らんのでしょう?」
「勇者が戦線に復帰しておらんのも良い状況だな」
「帝国軍は兵站に問題を抱えている。あの年中飢えた国が、二万もの兵を何日も食わせていられる訳がない」
「しかも後詰の軍が万単位で動いているのだろう?」
一人の貴族の言葉に追従する声があがる。
「一月も防衛すれば撤退するであろう」
「しかり。その後の軍事行動も暫くは自重せざるを得まい」
「その間に王都の復興とエレア隧道の再建ですな」
気の早い貴族は、既に戦後の事を考えている。
「申し上げます!」
そんな中、一人の兵士が評定場に駆け込んできて声を張り上げた。
「御前である」
「よい、さし許す」
一人の貴族がそれを諫め、リチャード三世が許可を出した。通例通りのやりとりである。
「メグレ砦に帝国軍が接近中、その数一万を超えるもよう!」
「なにっ!?」
「申し上げます!」
更に別の兵士が駆け込んで来る。
「マナグル砦に帝国軍が接近中、数はおよそ二万!」
「フルーグナルの北に帝国軍が現れました! 一万はくだらない模様!」
「レダイズ砦が帝国軍、およそ二万の攻撃を受けています!」
次々に、王国北部の街、砦に帝国軍が接近、或いは攻撃中の報告が上げられる。
「どういう事だ!?」
「一体どこから湧いて出た!?」
「後詰の軍だ!」
騒然となる評定場。誰かがそれに気付いて叫んだ。
「二万の先遣隊にこちらの目線を向けさせ、他が手薄になったところで突破するつもりか!」
「馬鹿な、フェルデバの北以外の場所は大軍を進ませるのには向かない筈!」
「それこそが盲点なのだ。帝国軍が末端の兵の損害を考慮するものか!」
「自国の村の略奪といい、奴らは本当に人間なのか!?」
「砦も街も、ある程度は保つ。しかしそれは防衛に集中した場合の話だ。兵の一部を抑えに残されれば、拠点の横をすり抜ける帝国軍を追撃はできないぞ!」
「中央の貴族の招集を急がせよ! 東方諸国への警戒を強めよ!」
すぐにリチャード三世が指示を出す。
「そ、それが……」
中央の貴族を代表する者が、渋い表情をしている。
「如何にした?」
「つい先日、フィクレツの冒険者ギルドより、マヨイガで氾濫の兆候ありと報告がありまして……」
「なんだと!?」
「本来であれば中央の貴族と冒険者で十分対処可能でいたのでこちらで処理するつもりだったのですが……」
「馬鹿め! いや、貴様を責めても意味が無い! 処分は戦後だ! まさかこのタイミングだとは……」
「タイミングが良過ぎる。まさか帝国はダンジョンの制御に成功したのか?」
「王国北側のダンジョンならともかく、マヨイガでそのような真似をすればすぐにわかるだろう」
「主に攻略していた《赤き狼団》が解散して以降はあまり冒険者が入っていなかったようだし、偶然でしょう」
「一年前はダゴニア。今度はマヨイガか」
「サラ・バーティといい、何故我が国にあるダンジョンはこう面倒なダンジョンばかりなのだ?」
「そんな考察は後で良い。マヨイガの氾濫、冒険者のみで対処叶うか?」
「王国全土の冒険者を動員できれば何とかなるかもしれませんが、補給の問題があります」
中央の貴族が、フェルデバ砦の増援、或いは、北部に侵入した帝国軍の迎撃に出るならば、彼らに優先的に物資を渡す必要がある。
そのような状況で、冒険者達にまともな補給が受けられるかと言えば、簡単には肯定できない。
帝国との戦争も、マヨイガの氾濫も、いつ終わるかわからないので余計だ。
一月も防衛を続ければ撤退するだろうと思われた帝国軍も、既に王国内に侵入しているなら話は変わる。
現地徴発で継戦能力を強化できるからだ。
「南部の貴族にマヨイガの氾濫へ当たらせよ。中央の貴族は国内に侵入した帝国軍の撃退を優先」
「しかしそれではラングノニアへの備えが……」
「必要なら草を使い潰しても構わぬ。少し煽れば内乱が発生するであろう」
泥縄的ではあるが、今は目の前の事態に対処しなければならない。
起きるかどうかわからないラングノニアの北進に備える以前にやるべき事があった。
帝国軍との戦いが、フェルデバ砦での防衛戦だけでなく、王国北部全体に広がって三日が過ぎた頃、王城に来客があった。
「陛下、使者がお越しになっております……」
「使者? 誰からのだ?」
「そ、それが……」
報告した文官はしきりに汗を拭き、目を泳がせている。
「訪ねて来たのが誰であれ、其方の責任ではない。申せ」
「は、はい。ゴブリンキングダムの使者である……と?」
「はぁ?」
思わずそのような声を出してしまったリチャード三世を責められる者は、その場には居なかった。
「お初お目にかかります、国王陛下。拝謁賜りまして恐悦至極にございます」
リチャード三世が座る玉座の前で、見事な挨拶をして見せたのは、紛れもないゴブリンだった。
尖った耳に丸顔で潰れた鼻。頭に生えた茶色の髪はしっかりと整えられているが、それでもやはり、違和感は拭えない。
「わたくしはゴブリンキングダム初代国王よりエレノニア王国への使者として参りました、セイロン・ザ・エイプと申します。どうぞ、エイプとお呼びください」
「そうか。して、エイプ殿よ、本日はどのような用向きあっての来訪か?」
「は。ただ今エレノニア王国は未曽有の危機を迎えているものと愚考いたします」
「む……」
それまで、どこか夢現だった貴族達も、その言葉で現実に引き戻された。
「その前に、其方は一年前に王都を襲ったゴブリンと何か関係があるのか?」
尋ねたのは白鷲騎士団団長のエドワードだ。他の騎士団が王国全土へ散っている中、今や王都の防衛を一手に担っている彼からすれば、聞かなければならなかった。
「はい。先の爆撃は我々が使役するグリフォン部隊によるものでございます」
「なっ!?」
「よくもぬけぬけと!」
セイロンが肯定した事により、貴族たちが爆発したように責め立てる。
「陛下、このような者の言葉を聞く事はございませぬ! 今すぐここで斬って捨てて……」
「お待ちください! そのような真似をしたら王国は滅びてしまいます!」
物騒な進言をする貴族を制止したのは、誰あろうエドワードだった。
「グレン殿、其方が始めた話であろう!?」
「私はあくまで確認したかっただけでございます! 別のゴブリンなら、他にこの国を組織的に狙うゴブリンが居るという事になり、対策を考えないといけませんから。しかし、同じ組織であるなら彼らと友誼を結べば問題は解決いたします」
「友誼だと!? ゴブリンとか!?」
「まさしくその事をお願いしに参ったのでございます」
会話の隙間を縫うように、セイロンが口を挟んだ。
「黙れ、ぬけぬけと! 王都にあれ程の被害を与えておきながら、今更友誼などと……」
「一年も経てば国の情勢など変わりましょう。あの時は王国と敵対するつもりでしたが、その後の混乱の少なさ、復興の早さ、そして、帝国の動きの遅さから、王国とは友好な関係を築いた方が良い、と我らが王が判断されたのでございます」
「して、その方らの王は何を求める? ゴブリンが人間と友誼を結ぼうなどと……」
「まさにゴブリンだからです、ヒトの王よ。我らが王は嘆いておられた。ゴブリンのその儚さに。魔力によって生み出され、ただ他の生物に殺されるだけの弱き存在に。故に我らが王は国を造りました。しかしそれだけでは足りません。か弱きゴブリンが、安心安全に暮らすためには、ゴブリンキングダムだけでは足りないのです」
「そのために、我らと友誼を?」
「その通りでございます」
ふむ、とリチャード三世は考える。ここまで言葉を交わして、このゴブリンがただのゴブリンでない事は理解した。
むしろ、自国の保身しか興味の無い貴族などより余程頭が回るだろう。
ただ主の意向を伝えるだけでは使者は務まらない。相手が想定した通りに反応する事など稀だからだ。
その時その時で、柔軟に臨機応変な対応を求められる。主の思考、想定を理解するだけでなく、どこまでが譲歩して良いラインか、相手の反応で押すべきか引くべきかを判断しないといけない。
もしもゴブリンの王がそこまでわかった上で使者を出したのだとすると、決して侮って良い相手ではない。
「そちらの申し出はわかった。だが、まさか求めるだけで友誼が成るとは思っておるまい?」
「陛下!」
リチャード三世が乗り気である事を察した貴族が声を上げるが、国王はそれを片手で制した。
「勿論でございます。此度の争乱、我らゴブリンキングダムが微力ながら助勢いたしたく存じます」
「ゴブリン如きが何を……」
「いや閣下。かつてのグリフォンを操る手管を見れば、彼らの戦力は決して低くはない筈」
「うむ、グリフォンの部隊を帝国軍に差し向けさせるだけでも相当な戦果を期待できる」
ゴブリンを使い潰してしまえば王国の損失は減る。そのように考えた武官貴族の声がにわかに明るくなる。
「お待ちください。ゴブリンと手を組んだ事が知られれば、帝国のみならず、光の神を信仰する国全てを敵に回す可能性があります!」
口を挟んだのは教会勢力との交渉を担当する貴族だった。彼の言葉は正しく、そして、この大陸東端部において、光の神を信仰していない国は存在しなかった。
それこそ、ゴブリンキングダムなどの、他国に国として認められていない、或いはその存在が知られていない勢力だけだろう。
「勿論、それはこちらでも考慮しております。それに、王国の方々も、ゴブリンに国土を我が物顔で歩かれても気分の良いものではないでしょう。ですので、我らは別の戦場を担当させていただきましょう」
「別の戦場……?」
「マヨイガか」
「しかり」
ゴブリンにマヨイガの氾濫を任せる事ができれば、中央の貴族の軍を北部の援軍へ送る事ができる。
予定通りに、南部の防衛を手薄にする必要もなくなる。
「信用できるのか? マヨイガのモンスターと結んでいないとは限らないだろう」
「懸念なさるのも当然でしょう。では、我々の監視に冒険者を雇ってはいかがでしょうか?」
元々マヨイガの氾濫には周囲の冒険者を当てるつもりだったが、それだけでは数が足りないのはこれまでの氾濫のデータから明らかだった。
そのため、南部の貴族の軍を連れてくるつもりだったのだ。
「侵攻軍の水増しならともかく、領土の防衛で冒険者は使えないでしょう? 適材適所だとは思いませんか?」
「よかろう。ゴブリンキングダムにマヨイガの氾濫鎮圧を任せる。二日以内に戦力を算定し報告せよ。ロムール伯はその報告を基に、監視の冒険者の数を算定し報告せよ。全てを五日以内に終わらせるが良い」
「「拝命いたします」」
リチャード三世の決断に、セイロンと呼ばれた貴族が頭を下げたのだった。
それから四日程で、フィクレツ、ガルツ、ルードルイの冒険者ギルドへ通達が行き、マヨイガ周辺に大勢の冒険者が集められた。
エレノニア王国国内にゴブリンキングダムの本拠地ピッツァは存在する。
その敷地内にある発着場に、大勢のゴブリンが集合していた。
「セイロン・ザ・エイプ、エレノニア王国との交渉、ご苦労であった」
「勿体無いお言葉にございます」
そのゴブリン達を前に、金色の髪をなびかせたゴブリンが、セイロンに向けて労いの言葉をかける。恭しく、セイロンが跪いて頭を下げた。
ゴブリンキングダム初代国王、ユリアン・ザ・キング。
ただのゴブリンから、その上位種族の更に上位の種族、ヒーローゴブリンにまで進化した、ゴブリン達の英雄である。
かつては二十一世紀の日本で暮らす、農業に興味があるだけの女子中学生だった。
トラックに轢かれて死んだ彼女は、この世界でゴブリンへのオスへと転生した。
前世の知識を持って生れて来たユリアンは、その知識を使って、ただ殺されるだけだったゴブリン達を鍛え、成長させた。
そして遂に、一国と交渉できる程に、その組織を大きくしたのだ。
ここまで実に十年。
三十体程度の集団から一つの国を作り上げるのに、この年数が速いのか遅いのかはユリアンにはわからなかった。
けれど、遂にここまで来た、という感慨に浸りたい気分であった。
しかしまだそれは許されない。
まだようやっと、ゴブリンキングダムという存在を国に認知させたに過ぎない。
王国になくてはならない存在になって初めて、ユリアンの悲願は達成される。
「ダジリン、物資の用意は?」
「委細漏れなく」
「大将! いよいよだな! 俺の力をヒト共に見せる時が来たぜ!」
ユリアンに呼ばれた、三鬼将の一体であるダジリン・ザ・バードが短く返答している間、燃えるような赤い髪をしたゴブリンが叫んでいた。
彼の名前はアルグレイ・ザ・ドッグ。セイロン、ダジリンと同じく、ユリアン三鬼将の一体だ。
「お前は留守番だ、アルグレイ」
「なんでだよ!? ダンジョンアタックなら今までも……」
「控えろ、ドッグ。王の決定に逆らうな」
「けどよぉ……」
「よい、セイロン。疑問があるなら声を上げる事は大事だ。我とてただのゴブリンだ。見落とす事も見逃す事もある」
「はっ」
そしてユリアンはアルグレイに向き直る。
「お前を連れて行かない理由は簡単だ、アルグレイ。今度のダンジョンにお前の能力とスキルは向かないからだ」
マヨイガは、頻繁にその地形を変えるまさに生きる迷宮といった性質を持つダンジョンである。
基本的に、敵に突撃してこれを撃破する事に特化したアルグレイでは、その実力を発揮できないとユリアンは判断した。
「それに、我々の存在がヒトに知られた。信用を口にする裏で、我らを出し抜く事を考えていてもおかしくないのがヒトというものだ。誰かがこの場所を守らなければならない。それをお前に任せる、アルグレイ」
「そういう事なら任せてくれ! よぉし、卑怯な人間共を皆殺しにしてやるぜ!」
「アッサムを副官につけておけ」
「はい」
ユリアンの言葉を到底理解しているとは思えないやる気の出し方をするアルグレイを見て、ユリアンは冷静に人事を伝えた。
「んん? 俺が留守番って事は、大将も行くのかい?」
こうした言葉のちょっとしたニュアンスを察する能力は高い。
「そうだ。我らゴブリンキングダムの初仕事だぞ。私が行かないでどうするのだ」
そう言って、ユリアンは唇の端を吊り上げて見せた。
「王よ、準備整いましてございます」
一体のゴブリンが報告する。
「うむ、聞け! 皆の者!」
それを受けて、ユリアンが居並ぶゴブリン達に向けて声を張り上げた。
「これより我らゴブリンキングダムはエレノニア王国との盟に従い、マヨイガの氾濫鎮圧に赴く。これが最初の一歩、これが始まりだ! これより我らの歴史が始まるのだ! ただ生まれて来て殺されるだけだった、この世界に何も残せなかった我らゴブリンの歴史は、今この時より綴られるのだ!」
沸き起こる歓声。万雷のような拍手。足を踏み鳴らす音は、ここにはいない誰かをあっと言わせるための打楽器となる。
ユリアン、セイロン、ダジリンに続き、次々とゴブリン達が巨大な鉄の箱へと乗り込んで行く。
先んじて、グリフォンやワイバーンに跨ったゴブリン達が発進していく。
ユリアン達が乗り込んだのはただの鉄の箱ではない。その箱からは巨大な縄が伸びていて、その先には、山吹色の鱗を持ったドラゴンが三頭並んでいる。
魔物の中でもトップクラスの強さを誇る竜種。その中でも上位の実力を持つサンライトドラゴンだ。
「遠征部隊、全員乗り込みました!」
「よし! 空中戦艦、《キングギドラ》発進!」
ユリアンの号令を聞き、サンライトドラゴンが一斉に咆哮を上げる。
声が衝撃波となって空気を震わせる。発着場に置かれていた資材を吹き飛ばし、後方支援のゴブリン達が皆耳を塞いで蹲った。
サンライトドラゴンが飛び立ち、ゆっくりと、それに曳かれた鉄の箱が動き出す。
グリフォン、ワイバーン騎兵合わせて、ゴブリンキングダムの戦士三百体が、マヨイガへ向けて出撃したのだった。
マヨイガに集った冒険者達は怪訝な表情を浮かべて言葉を交わしていた。
彼らには既に、今回の顛末について話がなされている。戦争に駆り出されずに済んだのは良かったが、その代わりがゴブリンと組んで氾濫鎮圧というのだから、彼らの気持ちは推して知るべし。
「おい、あれ……」
空を何気なく見上げていた冒険者が、唖然とした表情で呟いた。
彼の指差した先には、黒い影が冒険者達へと近づいて来るのが見えた。
「ぐ、グリフォンだ……!」
「ワイバーンも居るぞ!」
場は騒然となる。多くの冒険者にとって、それらは死を覚悟しなければならない強敵だ。個人では敵う者も、圧倒的多数を前に恐怖を感じていた。
「待て、あの布は味方だ!」
グリフォンやワイバーンは、目立つ場所に黄色い布を巻いていた。
それは事前の説明が真実なら、今回マヨイガの氾濫鎮圧に協力するモンスターの証だ。
戦々恐々とした様子で冒険者達が見守る中、グリフォンとワイバーンの群れがゆっくりと地面に降りて来る。
更に一部の部隊が上空に残って旋回しながら上空から警戒していた。
ヒトがゴブリン達を信用し切れていないように、ゴブリン達も、ヒトを信用していなかった。
「ま、マジか……!?」
「さ、サンライトラゴン……!!」
そして、最後に姿を現したそれを見て、その場に居た冒険者達は全員平伏する事になった。
ダンジョンの深部か、神の揺り籠の奥地へ行かなければ出会う事も叶わない、伝説の魔物が三頭も突然現れたのだから、彼らの反応は致し方ないものだと言える。
そしてドラゴンが曳いていた鉄の箱がゆっくりと地面に降ろされる。
側面の一部が開き、ゴブリン達が素早く外に出て整列する。
彼らが作った道を通って、一体のゴブリンが姿を現す。
冒険者達の間から、思わず、感嘆の溜息が漏れた。
日の光さえ飲み込んでしまう程の深い黒色を讃えた革の鎧を身に着け、陽光よりも眩い輝きを放つ羽衣を羽織っている。
水晶のような材質の仮面は頭上から降り注ぐ日の光と、羽衣が放つ光を受けて、多方向に光を反射している。
そしてその頭頂部からは、まるで上質の絹のような金色の髪がたなびいていた。
悠然と、ゴブリン達の間を歩くその姿は、まさに絶対的王者としての風格を纏っていた。
誰もが、そう誰もが、その姿を見て言葉を無くし、息を呑む。
「冒険者達よ」
仮面の奥から、低く、しかしよく通る声が聞こえて来た。
「我はゴブリンキングダム初代国王、ユリアン・ザ・キングである」
立ち止まり、冒険者達を見渡す。目線を向けられた冒険者は慌てて頭を下げた。
「冒険者達よ」
再びユリアンが声を掛ける。
「勇敢なる者達よ。未知へと挑み、既知とする勇敢なる者達よ。愚かなる者達よ。無謀に挑み不可能を可能とする愚かなる者達よ。聞け、諸君らは歴史の目撃者となる」
抑揚のついた話し方、身振り手振りを交えた大仰な振る舞い。
聴衆を興奮させる演説の手法としては基本だが、そうした知識が共有化されていないこの世界の人間にとってみれば、このゴブリンが、普段自分達が頭上に頂いている王侯貴族のように映った。
「魔力によって生み出され、ただヒトに殺されていたゴブリンが。そのゴブリンを狩り、時に殺されていたヒトが、ここに手を取り合い、共に困難へと立ち向かおうとしている。これは歴史の転換だ。これから歴史は変わるのだ」
そして剣を抜いた。透き通った刀身は、一瞬、刃が無いかのように錯覚する程、薄く、そして美しかった。
「喜べ、名も無き愚かで勇敢なる者達よ。諸君らの名は歴史に刻まれる事になる」
ユリアンは、剣を天に向けて掲げて、そう演説を締め括った。
しかし誰も反応しない。いや、反応はしている。
無言ではあるが、彼らの瞳に籠った熱がそれを物語っていた。
「セイロン」
「御前に」
剣を鞘に納めてユリアンが名を呼ぶと、突然虚空から黄色いローブを纏った一体のゴブリンが姿を現した。
驚く冒険者達。勿論、黄斑のローブで姿を隠していただけであり、実際はずっと傍に控えていたのだ。
「前を征く事を許す」
「恐悦至極にございます。シャドウランナーズ」
ユリアンに深々と頭を下げた後、セイロンはその名を呼んだ。すると、先程のセイロンと同じく、突然彼の目の前に、黄色いローブを纏った、肌の黒いゴブリンが姿を現す。
「我らは剣でも無く盾でも無い。では汝らなんぞや?」
「我らは目である。主に代わり闇を見通す目である」
「我らは耳である。主に代わり星の嘆きを聞く耳である」
「我らは鼻である。主に代わり不穏を嗅ぎ取る鼻である」
「我らは肌である。主に代わり風を感じる肌である」
「疾く、主の前の道に横たわる未知を既知とせよ」
そして黒いゴブリン達は無言、どころか、足音一つ、衣擦れの音一つさせずにマヨイガへと突入していった。
「参りましょう」
「うむ。では共に征こう、ヒトの子らよ。今日一つの謎をこの世界から無くすために」
一切の迷いなく、そして力強く歩を進めるユリアンの後ろ姿を見て、冒険者達の胸にはある想いが去来していた。
ひょっとしたら、今日始祖ダンジョンが一つ死ぬかもしれない、と。
という訳でゴブリンキングダムがついに王国と接触しました。
次回も三人称。恐らく、戦争編の最後になると思います。




