第74話:王国侵攻1 知恵の勇者対氷の勇者
三人称です。
タイトル通り、勇者同士の対決になります。
三人称視点です。
「まさか虎の子の勇者を出してくるとはな……」
その報告を聞いた、エレノニア王国赤狼騎士団団長ポール・カーライルが呟いた。
ただ突出して来た騎兵隊は代わりに退いたのは幸運だったか。
「敵本体が到着するまでの時間は?」
「およそ四半刻後です」
部下の報告通り、既に砦に向かって進軍する敵軍が見えている。
「勇者公爵殿?」
耕一郎につけられたその通称は多分に皮肉を含んでいた。
しかし、若い頃から耕一郎についてダンジョンに共に潜っていたポールは、それを心底から尊敬の念を含んで呼んでいる。
「お任せください」
年齢も爵位も耕一郎が上だが、彼は貴族には例外なく敬語を使う。
最初は自分が異世界からやって来たよそ者という意識があったからだが、今は癖になってしまっていた。
耕一郎は『リトルマジックボックス』から神器を取り出し、一歩前に出る。
それは金属製の杖だった。先端がベルヌーイ螺旋を描く独特の形をしている。
鉄砲隊がざっと割れ、耕一郎の花道を作る。
「五射目構え。六射目用意」
「て、鉄砲隊構えー!」
静かに発せられた命令に黒鯨騎士団副団長が慌てて号令を発する。
「カーライル卿、射程内に入ったら弓兵に掃射をお願いいたします」
「よろしいので?」
「ええ。私なら大丈夫です。彼の意識を少しでも逸らせれば、と思いまして」
「わかりました」
特にポールも強固に反対はしなかった。
その間にも、砦へ向かって突撃してくる勇者に向けて銃撃が行われている。
しかし、迫る弾丸を時に躱し、時に弾き飛ばし、勇者は確実に陣地に近付いていた。
速度が落ちているのが救いだろうか。
「時間稼ぎにしかなりませんな。むしろ、後方の本体と合流されては面倒です。いっそ時間稼ぎをせずにさっさと接触して貰っては?」
「いえ、先の『貫き』将軍を救って、そのまま撤退したのならそれでも良かったのですが、こうして一人で突撃して来るという事はどういう事かわかりますか?」
「それだけ自分の腕に自信があるという事では?」
ポールの言葉に、しかし耕一郎は首を振った。
「彼の能力は味方を巻き込むという事ですよ。むしろ、乱戦になった方が彼の実力を抑え込めるかもしれません」
「なるほど……」
「とは言え、これ以上はマズイですね。土嚢と塹壕がバレてしまう。恐らく彼にはどちらも知識がある筈。ただ、これまで身近では無かったのでまだ思い至っていないだけでしょう。けれど、気付かれれば対処法もおのずとわかる筈です。更に言えば、簡単に真似されてしまうでしょうね。この世界の戦術のスタンダードになってしまう」
いずれはそうなるだろうが、まだ早い、と耕一郎は思っていた。
転移者である自分から漏れるのではなく、自然発生的に思いつかれない限り、極力隠すべきだと考えている。
戦争は、兵器の技術もそうだが、へたに戦術、戦法を先取りさせてしまうと、文明そのものが崩壊しかねない。
大軍同士が真正面からぶつかり、堂々と戦っていたから、この世界の戦争は長引いていた。
同時に、一度の戦いで犠牲が少なかったのもそのお陰でもある。
(まあ、塹壕と土嚢は基本防衛側が使うものだから、広まっても構わないがな……)
陣地を攻略するのが難しくなれば、攻略側は数を揃える必要が出て来る。自然と、気軽に開戦できなくなる。
その間に話し合いで何かが変わるかもしれない。
(けれどそれにより、より速く、多くの敵を殺す手段が発明されるかもしれない)
それは殺意の簡略化であり、兵を育成する手間暇が少なくなる事も意味している。
特に鍛錬をしなくても、徴兵されただけの兵士が騎士を簡単に殺せるようになる。
流石にこの世界にそれはまだ早い。
銃を発明し量産してしまった耕一郎が言えた義理では無いが、自分のような転移者、転生者がこの世界には居るのなら、火薬や銃を作ろうと思うのは自然な流れだ。
しかし今までの戦争でそのような兵器が投入されたという話は聞かない。
知識があっても作れないのだ。
ならば、自分がこれを見せても問題無い。
結局は耕一郎自身の自己正当化だった。
火薬と銃を作っている間は、そこは年を取っても男の子。化学の実験をしているようで楽しかった。
しかし、いざ量産できるようになってしまうと、本当にこれを作ってしまっていいのだろうか? という思いが強くなった。
コンクリートなどと違い、これは明確に、人を殺すための道具を作っているんだ、と考えると、どうしても二の足を踏んでしまう。
その背中を押すのが先の理屈だ。
国を守るためには仕方のない事だと考えながら、耕一郎は効率良く人を殺す手段を考えていた。
(若いな……)
レベリングにより強化された視力は、いまだ百メートル以上先に居る勇者の顔をはっきりと見ていた。
(できればここで生かして捕え、このような血生臭い道からは外れて欲しいところだが……)
伝え聞くだけでもフェレノス帝国は、現代日本人が生きるには少々厳しい国だ。
それは勇者であっても変わらないだろう。このような戦争に駆り出されているのだから、帝国での地位が決して高いとは言えない筈だ。
ただの戦闘狂の可能性もあるが、ならばあのような厳めしい顔をして向かっては来ないだろう。
「銃兵は撃ち方止め。構えのみで待機」
八度目の轟音が戦場に響いた時、耕一郎は最前線の土嚢の上に立っていた。
「次の銃撃は敵本体に向けて浴びせるように。私が勇者に敗れるような事があれば、なりふり構わず砦へ逃げよ。銃は勿論だが、銃兵たる諸君らも捕らえられる事は許されない。だからと言って、無駄に自ら命を絶つような真似はするな」
そして耕一郎は土嚢を蹴って前に跳んだ。
とても六十を超える人間とは思えない軽やかな動き。
駆け出す。銃撃が止んだ事で勇者、長瀬慎二の速度も上がった。
走りながら耕一郎は杖を、慎二は斧槍を腰溜めに構える。
耕一郎は逆袈裟に切るように振り上げ、慎二は袈裟掛けに切るように振り下ろす。
二つの神器がぶつかり合い、新たなる戦いの鐘を鳴らした。
その音は、厳かな教会の鐘の音のようだった。
「相変わらず、俺の倍も生きているとは思えないジイさんだ。ヒトってのはあそこまで強くなれるんだな……」
勇者だから、と諦めるのは既に止めた。
ポールにとって耕一郎は尊敬すべき師匠であり、超えるべき目標だった。
「矢形耕一郎? 日本人か!」
「そういう君もな。これが戦争だという事は理解しているかね?」
互いに得物を振るいながら、慎二と耕一郎は言葉を交わす。
「甚だ不本意ではあるが、こちらに呼ばれておよそ一年。戦争の手伝いばかりさせられていたよ」
「聞くだけでも帝国は、およそ日本人の倫理観では理解できない国だと思うが、こちらに降る気はないかね?」
慎二が斧槍による突きを繰り出す。躱されるやいなや、すぐに横薙ぎに振るった。
これを耕一郎は杖で受け止める。
「国の上の奴らはそうだろうな。だが、この一年で共に戦った仲間が居る。俺を救ってくれた上官も居る。暖かく迎えてくれた国民も居る」
「全てを捨てる事はできんか……」
石突による振り上げを、踏みつける事で止めると、慎二の頭部目がけて杖を振るう。上半身を逸らして躱された。
「それに、上の人間にもマシな奴が居ると、知ったばかりだからな!」
石突を踏まれたままなので斧槍を振るえない。代わりに慎二は、自分の周囲に氷の槍を出現させた。耕一郎に向けて発射する。
回避のために石突から足がどけられた。すぐに柄を持ち替え、突きを繰り出す。
「そうか。ならばもう何も言わんよ。私にも王国を離れられない理由があるからね、君の気持はわかる。だが、いつでも気が変わったら連絡をくれたまえ」
「覚えていたらな!」
穂先を杖で弾き落とされ、体勢を崩したところへ、今度は杖による突きが放たれた。何とか右へ跳んで躱すものの、無様に地面に転がる事になる。
(なんかおかしいな……)
耕一郎と何度も打ち合い、慎二はそのような感想を抱いた。
目の前の中年の男は『致死予測』で見ると名前が黄色で表示されている。つまり、ステータス的には慎二と差がない。
人間の平均とされる50代なら、5や10の差は大きいかもしれないが、慎二達ほどステータスが高ければ、それこそ100程度は誤差の範囲内だ。
だと言うのに、自分の攻撃がまるで当たらない。向こうの攻撃も今のところ全て躱してはいるが、相手が余裕をもって捌いているのに対し、慎二はかなり際どい場面が何度かあった。
(スキルか? だが……)
『勇者』はその特性上、他の職業を獲得しにくい。慎二が確認できるだけでも、耕一郎は『錬金術師』くらしか持っていない。
後は戦闘には向かない職業ばかりだ。それなら、戦闘系の職業を獲得している自分の方が有利な筈。スキルに関しては言わずもがな。
「君は、自分より強い相手と戦った経験が無いね?」
そんな事を考えていると、耕一郎から話しかけられた。
「…………」
「戦争の手伝いをさせられていたという事だから、相手は一般兵か。まぁ、『勇者』はLVを上げれば、騎士団の中枢を担うような腕利きでもあっさりと追い越してしまうからね。その高いステータスと神器、固有能力だけで圧勝できたんじゃないかな?」
沈黙を肯定と受け取ったのか、耕一郎は話を続けた。
その間も、容赦のない打撃が慎二を襲っている。杖による攻撃だけではない。時に蹴り、時に素手による打撃。
耕一郎の攻撃は変幻自在で対処が難しかった。
「だから君の攻撃は大味だ。この差はそれが出ているんだよ」
耕一郎はこの世界に来てから主にダンジョンに潜ってLVを上げていた。
当然、その中にはヒトの限界を大きく超える、強大なモンスターも居た。ステータスに頼った戦い方だけでは、それらと戦い勝利する、或いは生き残る事さえ困難だった。
敵を倒せば経験値が入り、一定以上獲得すればLVが上がる。LVが上がればステータスが上昇し強くなる。
だからこの世界の人間は、技を疎かにしている者が多い、と耕一郎は思っていた。
冒険者だって好き好んで自分より強いモンスターを戦おうとは思わない。そのような相手と戦う時、それは不幸な遭遇戦だ。
同じステータスでも、技量が高い方が、動きが洗練されていた方が、強いのは当然だった。
(そりゃ俺だってダンジョンに挑みたかったさ! けど、許されなかったんだから仕方ねぇだろ!)
国への不満は、耕一郎への嫉妬と合わさり、怒りの矛先を彼に向けさせた。
慎二が身に纏っているのはこの国の騎士が標準的に装備しているものだ。だが、耕一郎が身に纏っているローブは、雰囲気からしてそこらで売っている既製品ではないとわかる。
恐らく、ダンジョン深部で手に入れた魔法の武具、もしくはモンスターの素材などで創られたものだろう。
(異世界生活満喫しやがって!)
慎二は日本に居た頃、その手の作品をよく読んでいた。
だから、異世界に来たとわかった時は、不安もあったが喜んだものだ。
しかし蓋を開けてみれば、言葉こそ通じるものの、帝国の兵に捕えられて奴隷として鉱山へ送られ、強制労働の毎日だった。
ステータス的には、その時彼を捕えに来た兵士より慎二の方が強かったのだが、やはり平和な日本で学生をしていた慎二が、力づくで彼らに抵抗するのは心理的なハードルが高過ぎた。
鉱山に視察に来た騎士が、見張りの兵士達と違って、奴隷にも紳士的に接すると知り、自らの力を見せて解放されようとした。
それは成功し、そのまま神殿に連れて行かれて、そこで勇者だと証明された。
しかし、氷の神の加護を得ていた事で、慎二は必要最低限の衣食住を与えらえただけで、帝国の各戦線をたらい回しにされた。
光の神の加護なら、国の重鎮として扱われていたのにな、とは彼を鉱山から連れ出した騎士の言葉だ。
オタクとして、各国の神話などにもある程度知識があった慎二は、神によって格の違いがある事には疑問を抱かなかったが、それでも不満があるのは確かだった。
帝都フェレノス内に日本の一軒家程度の大きさの屋敷を与えられ、そこで自分の世話をしてくれる侍女も与えられたが、誰も彼もが慎二を余所者として冷たい目を向けて来るので妙な期待を抱く事もできなかった。
ゲームもアニメも漫画もない、というか娯楽らしい娯楽が存在しないこの国で、慎二はただただ戦う事でしか苛立ちを解消できなかった。
しかし目の前の男はどうだ?
年齢こそ自分より大分上だが、どう見てもこの世界を楽しんでいる。
作戦前に見せてもらった、敵の参戦者のリストで、耕一郎が貴族である事もわかっていた。
(ダンジョンを楽しんだ上に国でそれなりの地位を与えられている? おまけに……)
慎二の目に映る、耕一郎の名前は『矢形耕一郎ウェズレイ』となっている。
そしてリストのプロフィールには、ウェズレイ公爵家当主、とあった。
(この世界でウェズレイって貴族の嫁を貰ったって事だよな!)
元々ハーフか何かで、王国で新しい公爵家を勃興させたと考えるより、余程現実的だ。そしてそれは正解だった。
(仲間や気のいい友人は確かにいるけど、いるけど、てめぇは……!)
思えば、一週間程前に出会った神の使徒も、この異世界での生活を満喫しているようだった。
皇室の権力争いに敗れた王女を連れて国境まで逃げる、なんて期待した慎二だったが、その王女は件の神の使徒の恋人だった。
(なんで、なんで……)
「なんでお前らは揃いも揃ってリア充なんだよおおおぉぉぉぉぉ!?」
それはまさに、魂の叫びだった。
どうして自分だけがこのような不遇な目に遭うのか?
勇者や転移者そのような星の下にあるというならともかく、慎二が出会った数少ない転移者は、二人とも幸せそうだった。
彼が一時憧れた光の勇者は、恋人どころか仲間も友人も居ないぼっちであるが、彼の存在を知らない慎二にとっては関係の無い話だった。
そして慎二自身も、彼につけられた侍女達は、慎二を帝国に縛り付けるための鎖でもあるため、彼が望めば、18歳未満お断りの作品に出て来るメイドのようになってくれるのだが、彼は気付いていなかった。
若干人見知りだった慎二が、初対面の女性、それも自分い対して何の感情も抱いていない目を向けて来る相手に、人の尊厳を踏みにじるような命令を下すのは不可能だったのだ。
命令されれば断らない事を知っていれば、違っていたかもしれないが。
多少闇を抱え込む事になるが、異世界でメイドハーレムを築くことができる立場にありながら、それに気付かず鬱屈した想いを抱く童貞。
それが氷の勇者、長瀬慎二である。
怒りの形相で慎二は斧槍を頭上に振り上げた。
隙だらけだが、耕一郎は踏み込む事ができなかった。
二人の距離では、そのまま斧槍が振り下ろされたとしても攻撃が届かない。
にもかかわらず、慎二がそのような行動を取った事に、耕一郎は必要以上に警戒してしまったのだ。
「ケルヴィンサークルううぅぅぅぅぅう!!」
そして斧槍を振り下ろす。刃の背についた鎚の部分が地面を抉った。
その瞬間、振り下ろされた斧槍を中心に莫大な魔力が広がった。
直感に従い、耕一郎は既に跳んでいた。
一瞬で地面が凍り付いたのが見えた。そして、このまま着地するのが躊躇われたため、杖を地面に突き立て、その上に降り立つ。
「ち……躱したか……」
斧槍を振り下ろした姿勢のまま、慎二が舌打ちをした。
「それが、君の固有能力か……」
「そうだ。俺を中心に絶対零度の空間を作り出すスキルだ。つまり……」
慎二の周囲に氷の槍が出現する。
「落ちたら終わりって事だ! アクションゲームは得意か!?」
そして五本の槍が高速で耕一郎に向かって飛来する。
「くっ!」
杖の上では回避もままならない。
何とか体を捻って二本は躱したが、残りの三本は食らってしまった。
流石にそれだけでは耕一郎が致命的なダメージを受ける事はないが、このままくらい続けたらそれもどうなるかわからなかった。
「仕方あるまい。こちらも切り札を切るとしよう」
そう言って耕一郎が掌を上に向けると、そこに一冊の本が出現した。
「固有能力か!? だが……」
「万物辞典。『ケルヴィンサークル』」
耕一郎がその名を呼ぶと、彼が手にした本が発光し、ページが凄まじい速さで自動的に捲れ始めた。
そしてあるページで止まる。
「ふむ、氷の勇者の固有能力。突き立てた氷の斧槍を中心に、地面の温度を絶対零度に変える……? おや、長瀬君、嘘はいかんな」
「なっ!?」
敢えて誤解するように行ったスキルの説明を嘘だと看破され、驚愕の表情を浮かべる慎二。
「効果範囲は魔力依存? 武器の見た目に反して魔法系のスキルなのか。そう言えば、本人も氷系の魔法を使っていたね」
(いや、そもそもなんでスキルが効果を正確に知られている? あの本になにが……!?)
「これが私の固有能力、万物辞典だ。この辞典にはこの世のありとあらゆる事象、現象、存在が記されている。名前を知らないと検索できないのと、この世界に存在していないものは調べられないのが難点だね」
だから、鉄砲を作るのに苦労したし、薬莢やマシンガンも作る事ができなかった。
「さて、まずはこの物騒な地面をなんとかしようか」
言うやいなや、耕一郎は杖の上で軽くジャンプするとその場で空転。上下逆さになった瞬間に杖を掴み、更に一回転して、地面に刺さったままの斧槍へ向けて振り下ろす。
「しまっ……!」
慎二が反応するより早く、箒で掃くように振るわれた杖が斧槍を直撃し、弾き飛ばす。
鎚が抜けた瞬間に、地面から魔力が失われるのが、耕一郎にもわかった。
「よし」
地面に降り立っても、少しひやっとする程度だった。両足が凍り付くような事はない。
「さて、このスキルはできれば使いたくなかったのだよ? なにせ、とても残酷なスキルだからね」
薄く笑う耕一郎が慎二には不気味に映った。あの本を使ったスキルで、何ができるのかわからなかったからだ。
「『長瀬慎二』」
そして再び本が発光し、ページが捲れる。
「ふむ。広島県呉市出身。20××年10月30日生まれ……。おや? 同い年?」
「え……?」
その呟きは、自分の出身地と生年月日を当てられた事に対してのものか、それとも、明らかに自分より年上の耕一郎が同い年だった事に対するものか。
「そうか、こちらとあちらで時間が完全にリンクしているとは限らないものな。出身地や誕生日は違うから、この年が関係しているのかな?」
ふむ、と顎に手を当てて思案する耕一郎。
慎二も混乱した頭で、転移や召喚の対象になる条件に思考を巡らせる。
しかし彼はすぐに後悔する。そんな暇があるなら、斧槍を拾って、いや、素手で耕一郎を攻撃するべきだったと。
「初恋は四歳の時、相手は通っていた保育園の先生。うん、よくある事だね。卒園児に告白するも振られる。あー、ませた子供だったんだねぇ」
「え……!?」
今度の呟きは、間違いなく何故それを知っているのか? という意味を含んでいた。
「その事を小学校の間友達にイジラレ続ける? あー、これはきついねぇ。学区が同じだとこういう事があるよね。あれ? 十歳までおねしょしていたのかい? 甘えん坊だったのかな? ああ、だから初恋は保母さんだったのか」
「ちょ……」
「よかったねぇ、修学旅行までに治って」
「ま……」
「中学は私立を受験するも失敗? しかも受験理由が、他人と違う事がしたかった? あー、他人と違う俺カッケーかぁ。そんな不純な動機じゃ落ちるよ。私は普通に学区の公立に入学したからよく知らないけど、中学受験って学力より面接重視なんでしょ?」
「やめ……」
「中学に入ると毎日右手に包帯を巻いて登校? 時々眼帯も? ああ、少し早い中二病か」
「あ……」
「雨が降ると右手が疼く。夜になると右目が疼く。口癖は『これが……デジャブか……』? 間違いと言うと微妙だけど、デジャヴュの方が発音としてはらしいんじゃないのかい?」
「やめろ……」
「ふむふむ。家には自作の魔法の辞典があるのか? 小説まで? 自分を主人公にした、クラスのアイドルと一緒に異世界に転生する内容? ははぁ、極めてるねぇ」
「やめてくれ……」
「そして一年前に突然この世界に飛ばされたのか。うん? 君、これだとその小説は実家に残されたままじゃないかい? 向こうで時間がどう進んでいるかわからないけれど、下手をすると君、失踪扱いだよね? マスコミに晒されてる可能性が……」
「やああぁぁぁめえええぇぇぇろおおおおぉぉぉぉぉおお!!!」
ついに慎二は限界を迎えた。絶叫と共に崩れ落ちる。
「ふ、やはりこのスキルは残虐だな。いつだって悲惨な結果しか産まない」
憐れむように慎二を見下ろし、耕一郎は本を閉じ、掌から消す。
「それに、時間切れのようだからね……」
「orz……」
項垂れたままの慎二、数十メートルの距離まで、帝国軍が迫って来ていた。
「九射目、放て」
迫る帝国軍二万に向けて、銃弾が浴びせられ、そして、彼らの上空に矢の雨が降り注いだ。
次回も三人称です。
戦争は暫く続きます。




