第68話:決闘騒動
日曜までには間に合いませんでした。
何故か最初の投稿で反映されなかったのでもう一度投稿してみました。
サラドでの話です。
初日は少し街をぶらついた後、宿を探してそのまま休むことにした。
食事はジャガイモとトマトのスープにトウモロコシを材料に作ったコーンパン。
肉類は大蠍の姿揚げがあるそうだったが、それは肉なのか? と思ったので頼まなかった。
カタリナも拒否したけれど、サラが若干残念そうにしていたので、サラの分だけ頼んでやった。
「魚っぽい感じです」
感想を聞くとそんな答えが返って来た。
そう言えば、蠍の食感は海老に似てるって聞いた事があるな。
海老を初めとした魚介類は食べさせてないから、魚、なんて感想が出たんだろう。
確かに足と鋏と尻尾を取って揚げれば、海老の天ぷらに見えなくもなさそうだ。
四十センチくらいあるけどな。
ちなみに姿揚げとは言え、尻尾は取ってあった。
いや、毒は体内に精製する部分がある筈だから尻尾だけ取ってもダメだろ。
そう思ったけれど、『常識』によると、大蠍の毒は尻尾の付け根部分から分泌されるらしい。
なら大丈夫なのか。
まぁ、何かあっても『キュアポイズン』でなんとかなるか。
翌日、昨日考えた通りに闘技場を見学しようと足を運んだ。
相変わらず人が多い。
正直、サラとカタリナが居なかったら、即座に回れ右して宿屋に戻っていたぜ。
やっぱり恰好をつける相手が居ると、俺は頑張れるな。
サラはいつも通りに俺の腕にしがみつくように抱き着いている。
カタリナも、手を添えているのは同じだけど、いつもより距離が近い。
決して人が多くて離れられない事だけが理由じゃないだろう。
肉体関係をもってなんだと思うかもしれないけれど、やっぱり心の距離が近くなると嬉しいものがある。
奴隷はこの街でも珍しくないし、女性の奴隷を連れている者も居る。
それでも道行く人々は俺達をチラチラと見ていく。
サラもカタリナも、好みはあれど間違いなく美少女だからな。
それだけでも目を引くのに、サラは性能が良く、珍しい事で有名な灰色狼で作られた装備を身に着けている。
カタリナはいかにも貴族らしい青い絹のドレスだ。
そんな二人が奴隷として俺に従っている。それも、首輪で命令されているようには見えないとなれば。
まぁ、目立つよな。
「おい、そこの男!」
キョロキョロと屋台を見渡しているサラを若干強引に引き摺りながら闘技場へ向かって歩く。
「おい、そこの女性を連れた男!!」
カタリナも屋台を見かける度にそわそわし始める。
幼少の頃は貴族として教育されただろうし、成長した後はお家再興のために邁進していただろうからな、こういう場所は珍しいんだろう。
けれど、二人とも食べ物の屋台にだけ反応しているのは、女子としてどうかと思うぞ。
「おい、聞こえていないのか!? そこの黒髪で、女性奴隷を二人連れたお前だ!」
周囲の人々が俺達に視線を向けて来た。
ち、ここまでか。
なんとなく俺の事だろうな、と思ったけれど、面倒事の匂いしかしなかったので無視していたのに。
「なんだよ……」
溜息を吐きながら振り向く。そして、その途中で俺の動きは止まった。
そこに居たのは一人の青年。
十人中十人が美形だと太鼓判を押す、絶世の美青年だ。
ほっそりとしたシャープな輪郭。
細いがキリリと整った眉。
切れ長の目に怜悧な瞳。
通った鼻筋、瑞々しい唇。
短く切り揃えられた金髪は、陽光に照らされて輝いている。
鎧と盾で武装しているけれど、武骨な印象はまるで受けない。
稀代の芸術家が丹精込めて掘り出した戦の神の彫刻が、そのまま動き出したかのような神々しさまであった。
成る程。こんな男が目の前に現れれば、誰だって言葉を失い目を奪われるだろう。
けれど、俺があ然とした理由は別にあった。
こいつはさっき、俺を女性を連れた男、と評した。
その声には明らかに批難の色が含まれていた。
けれどそいつは、両手に一人ずつ、背後に三人、女性を連れていた。
これほど見事なブーメランの使い手は、中々お目にかかれないだろう。
「隷属の首輪を使って女性を侍らせるなんて、男として恥ずかしくないのか!?」
俺に指をつきつけ、彼はそう叫んだ。
……まぁ、確かにお前の周りに居る女性は奴隷じゃないみたいだけどさ……。
周囲も、お前が言うか? という空気が流れている。特に男性からな。
女性はうっとりと見とれている人が多い。
「まぁ、確かに二人は俺の奴隷ではあるけれど、首輪で無理矢理言う事を聞かせてる訳じゃねぇよ」
「ふん、首輪の発光はあくまで奴隷が拒否している場合のみだ。拒否していなければ首輪は反応しないさ」
「拒否してないならいいじゃねぇか」
「だからと言って望んでいるとは限らないだろう?」
それはそうだと思うけど、なんだろうな? 上手く説明できないけれど、なんとなく違うような気もする。
けど、上手く説明できないせいで、俺は何も言えなくなってしまった。
こういう時、考えなしに喋れる奴って凄いと思うわ。
「それに、そんな風に女性を侍らせて連れ回す事自体が間違っている!」
びしり、と俺を指差すと、周囲の女性が歓声を上げる。
激しく、お前が言うな、と言いたい。
「まぁ、じゃぁ、俺が間違っているとして、お前は俺にどうして欲しいんだ?」
このまま言い合いをしていても時間の無駄だ。とにかく話を進めてしまおう。
相手の言い分を聞けば、それに対する反論も思い浮かぶかもしれないし。
「決まっている。その女性達をすぐさま解放しろ!」
三度俺を指差すイケメン。周囲の女性達が黄色い歓声を上げる。
「いやいや、こいつらにはこいつらの事情があるんだぞ? それに別に違法な方法でこの二人を購入した訳じゃない。ちゃんとした商取引だ。お前が女性を奴隷とするのを嫌うのは勝手だけれど、それを強要するなよ」
「だったらボクが二人を買い直そうじゃないか。購入額の二倍でどうだい? 勿論、すぐに首輪から解放するけどね」
「二人分を二倍って、そんな金あるのかよ?」
「ふふん、こう見えてもボクはAランク冒険者だし、迷宮攻略度もサラ・バーティが70を超えている。そのくらいは稼いでいるさ。なんなら装備の分も含めて二倍払おうじゃないか」
そう言ってイケメンは胸を張る。おお、と周囲の人間が感嘆のざわめきを漏らす。相変わらず、周囲の女性は歓声を上げるだけだ。
「ふぅん……。『輝きの剣士』ミカエルか……」
「へぇ? 知っていたかい? この辺りじゃ見ない顔だから、てっきり知らないと思っていたけれど?」
まぁ、知らなかった。『常識』にあったから知る事ができただけだ。
しかし『輝きの剣士』か。二つ名があるという事はそれだけ実力知名度共に高いって事なんだけど、なんだろう? なんとなく馬鹿にされているような名前だよな。
まぁ、実際はその輝く金髪と太陽のように眩しい外見からつけられたんだと思うけど。
ふぅん、ミカエル、ねぇ……。
「それなら話が早い。ボクの言っている事が虚勢でも無茶でもないとわかるだろう?」
「いや、それでも無理だな。見ての通りこっちの奴隷は貴族だ」
言って俺はカタリナの頭を撫でる。
「元貴族じゃなくて、現役で貴族だ。それが奴隷をやっている。この意味、わかるだろう?」
「ああ、成る程。領地を買い戻したいのか? 流石にその持ち合わせはないけれど、十分それだけ稼ぐ事は可能だよ。なんなら、その後、条件の良い婚約者も探してあげるよ」
上から目線、というより、こいつが言っている事は基本全部本当なんだろうな。
できるからできると言っているに過ぎないんだ。それが嫌味にならない妙な爽やかさがある。
「いいのかよ? そんな事言って」
「ん? ああ、大丈夫。ボクはできない事はできないって言うよ」
「ふぅん。良い婚約者を紹介できるって、そんな伝手があるのか? お前、基本的にソロ冒険者だろ?」
「ふふ、人は見かけによらないものさ」
いや、むしろすげぇ見た目通りだけどな。
「成る程。お前なら確かに二人を買い直すだけの金はあるんだろうさ。その後、領地を買い戻す事も、それなりに年齢がいっているであろう、その時のこいつに、良い条件の婚約者を紹介する事も可能だろう」
「その通りだ。だから……」
「だが断る」
約50話振り、二度目でございます。
「さっきも言った通りこの二人が奴隷をやっているのには事情がある。詳しい事は二人のプライベートに関わる事だから言えないが……」
プライバシーなんて概念、この世界にあるのかね? 少なくとも『常識』には無かったけれど。
「サラは望んで俺の奴隷をやっているし、カタリナも俺が約束した事だ。他の人間に任せるなんてできないよ。勿論、二人がお前の方が良いって言うなら、俺はおとなしく身を引くけどな」
言って俺は、カタリナに続いてサラの頭も撫でる。
当然、二人の首輪は何も反応しない。
「タクマ様以外の奴隷になるなんて有り得ません」
「わたくしも、できる事ならご主人様と一緒に居たいですわ」
そして二人はきっぱりとミカエルを拒絶する。
「ならばこうしよう」
ならばじゃねぇよ、もう諦めろ。
「君に決闘を申し込む」
「は? 断る」
「まぁ聞き給え。ボクが君に勝ったら、さっき言ったように二人を装備込みで二倍の値段で買い取ろう。勿論、すぐに奴隷から解放する事を約束する。カタリナ君に関しては、まぁ暫く奴隷でいて貰う事になるだろうけど……」
「おい、話聞いてたか? サラもカタリナも俺と一緒に居る事を望んでるんだっつーの。ていうかその条件だと俺と一緒に居てもほぼ同じだろ」
「ボクが負けたら君の言う事を何でも一つ聞いてやろうじゃないか」
「へぇ……?」
なんでも? そこまで自分の腕に自信があるのか? それとも、俺が大した事無いと思っているのか?
『アナライズ』で見る限り、アーノルドやフェルは勿論、なんとクレインさんより強いみたいだけど、けれど俺よりは弱い。
総合力で言えば装備でフェルが、スキルでクレインさんが上にいくだろうか。
俺にしても、奴隷を二人も所有している時点で、それなりに稼いでいる、つまりそれなの実力があるって事なんだがな。
「流石に死ね、とか、四肢を切断しろ、とか言われると困るけれどね」
「相当な自信だな。そんなに俺は弱そうに見えるか?」
とりあえず、自信の根拠を確認しておこう。『アナライズ』では見えない何かがあるといけない。
「ふ、残念ながら見えないよ。君は強い。それもとてつもなくね。けれどそれでも、ボクは君の行為を見過ごせない。それだけの話さ」
それにしては破格の条件を出すな。
「この状況で、これだけの条件を出されて、まさか決闘を断るとか言わないよね?」
「いや、さっき断って……」
言いかけて、俺は周囲の空気に気付いた。
その場に居る誰もが、俺達に期待の籠った眼差しを向けている。
そして、俺を強く睨む者の瞳は、みな一様にこう言っていた。
「空気読め」と。
闘技場があり、日常的に賭け試合が行われているこのサラドにおいて、決闘は住人が好む娯楽の一つだ。
しかも決闘の理由が女を巡ってときたら、ゴシップ好きの人間だって巻き込むだろうさ。
おまけにこの街の有名人が、負けたらなんでもする、と言っているんだ。
この街の住民が盛り上がらない訳がない。
「……なら、お前が負けたら俺に絶対服従を条件として奴隷になって貰う」
そして俺には、この空気に逆らう勇気は無かった。
勿論、法律的にはここで俺が決闘を断っても何も問題が無い。
けれど、基本的人権なんて言葉も概念も無いこの世界で、住民感情を悪くして生きていける訳がない。
俺が宿で眠っている間に、火矢に囲まれ、住民全員に追い立てられる可能性だってあるんだ。
そもそも、宿に泊めてくれないかもな。
ミカエルには間違いなく勝てる。
それでも、これだけ目立った後に決闘を行い、この街一番とも言える冒険者を決闘で下したとなれば、俺の顔と名前が街中に知られてしまうのは避けられないだろう。
決闘を受けても断ってもデメリットしかないってなんだよ。
よくもこんな状況に追い込んでくれたな、このイケメンはよ。
にやりと笑った顔から、確信犯だと確信できた。
「それじゃあ、早速闘技場の予約に行こうか。流石にこの場で決闘をする訳にはいかないからね」
いくら血の気の多い住民の多いサラドでも、街中での決闘、喧嘩はご法度だ。
治安維持というよりは、そんな面白そうな出し物を無料で提供するなって意味の方が強いらしい。
商魂逞し過ぎる。
次回はイケメンとの決闘です。
可能ならば夜にもう一話更新したいですね。




