第66話:氾濫終結と新たなる旅立ち
ダンジョン攻略後の氾濫鎮圧の話です。
リザルトと次の展開へ。
サハギン達の怒涛の攻勢を凌ぎ続けて三日目。
早朝に勇者達がダンジョンへ突入して半日が経過しようとしていた。
勇者達は突入直前とその道中にサハギンを倒していった。その数は千にも届きそうだったので、陣地内は大いに沸いたものだけど、考えて見れば万の大軍相手にその程度の数が減った程度では意味が無かった。
普通のヒトや魔物ならそれでも十分だったんだろうけどな。
結局陣地に残った冒険者や傭兵達は、この二日間と同じ防衛戦をしなければならなかった。
とは言え、前日までとは事情が違う。
疲労に前日までの被害と、マイナス面もあるけれど、何より大きな違いは士気の高さだ。
古来、士気の高い寡兵に大軍が敗北した例は枚挙に暇が無い。
勇者の出現と神の使徒達の来訪。更にその実力を目の当たりにして、陣地の大いに高まっていた。
更に誰も勇者達の攻略成功を疑っていない。
そのため、彼らが返って来るまで耐えれば良い、という明確な目標ができた。
これは大きい。
誰だって、先の見えないマラソンなんてしたくないからな。
昼を過ぎ、第二陣にも被害が見え始めた頃、遥か遠くで光の柱が上がったのが見えた。
天まで届くその柱に、誰もが一瞬目と心を奪われた。
「ゆ、勇者様だ!」
誰かが叫んだ。
すぐにその事実は周囲に伝播し、朗報として陣地内を駆け巡る。
光の柱がゆっくりと陣地に向かって傾いていき、サハギンの群れの後方に隠れた瞬間、光が強く瞬いた。
遅れてやってくる爆音。更に遅れてやってくる地響き。
誰もが、朝に見た、勇者の力によってサハギンが吹き飛ばされたのだと理解した。
「勇者様が生還された! この戦いは俺達の勝ちだ! 後はこいつらを追い散らせば今回の氾濫は終わるぞ!」
誰かの叫びに勝鬨が上がる。
「追い散らせ! 今がその時だ!」
「これまで溜まった鬱憤、散々に晴らさせてもらうぜ!」
「よくも今まで好き勝手やってくれたな、半魚人共が!」
次々に叫んで冒険者達が柵を乗り越え飛び出していく。
これまではサハギンが一日にどのくらい出現するかわかっていなかったし、何日防衛戦が続くかわかってなかったからな。
そのせいで陣地に籠っての迎撃戦っていう消極的な作戦に出ざるを得なかったんだよな。
「じゃあ俺達も行くか」
「はい」
「わかりましたわ」
そして俺とサラとカタリナも、陣地の最後方から、突撃していく彼らの後を追う。
ユーマ君を連れて第一階層へ『テレポート』した後、俺達は陣地の後方へと『テレポート』した。
ユーマ君と共にダンジョンへ突入する事を決めた後、俺はダンジョンから戻って来るための人気の無いポイントを確認してあった。
そして予想通り、そこには誰もおらず、部隊が交代する騒ぎの中に混じって、第一陣に潜り込んだんだ。
基本適当に配置を決められていたから、誰がどこに居るかなんて誰も気にしてなかったからな。
一日目と二日目に俺の近くに居た冒険者は違っていたし、彼らも俺達の姿が見えなくても、別の所を守っていると思うだけだっただろう。
あるいは既に戦死、もしくは負傷して後方へ下がったか。
とにかく、俺達は誰に見咎められる事も無く、防衛部隊に合流を果たし、そしてこの殲滅戦に参加する事ができた。
領主連合の指揮官が、必死に冒険者達を抑えようと声を張り上げているが、誰も従わないし、聞いてすらいなかった。
乱戦なので当然犠牲は大きくなる。
それでも彼らは活き活きしていた。
まぁ、基本はダンジョンや屋外で剣や槍を振り回してる奴らだもんな。柵の内側で迎撃だけなんて、さぞやストレスだったに違いない。
サハギンの後方からは時折光が瞬き、爆発音が聞こえてくる。
ユーマ君が徐々に陣地の方向へ近付いているんだろう。
俺は冒険者達の後に続きつつ、彼らが討ち漏らしたサハギンを素手で撃破していた。サラも槍を使ってこれらを攻撃し、カタリナも魔法で援護している。
とは言え、サハギン達も前に出て来た冒険者を無視してただ突撃するような真似はしなかった。
彼らはヒトを目指して突き進んでいたんだ。
当然、その反応が多い方向を目指す。
だから俺達がダンジョンへ突入する際、サハギンは俺達を無視して陣地へと向かった。
けれど、今は、この場に居るヒトの大多数が陣地を出て野戦を行っているんだ。
サハギン達が陣地を無視してそっちを狙うのは当然だった。
見ると、領主軍の歩兵や騎兵も陣地を離れてサハギンの殲滅戦に参加している。
陣地にサハギンが向かって来ないなら、彼らを防衛に残しておく意味は無いからな。
それなら一緒に投入して殲滅力を上げた方が良いと判断したんだろう。
サハギンの殲滅は一時間程で終了した。
通常、万を越える大軍を殲滅しようと思えば、数時間はかかる。
しかもこれは一度の会戦にかかる時間で、実際にはその段階で撤退するだろうから、本当に殲滅するとなるとまず不可能だろうな。
これはサハギンがどれだけ倒されても、とにかく冒険者達に向かってくるから可能だった事だ。
冒険者達がサハギンの殲滅を指揮官から通達され、勝鬨を挙げている中、足元に光輝く魔法陣が出現する。
なんだなんだと騒然となる戦場。
勝利の余韻に浸る間もなく、魔法陣から女神がその姿を現す。
沈みかかった夕日の光を浴びて、空中に浮かぶ女神フェルディアル。
冒険者達は皆一様に、その姿を呆然と眺めていた。
突然の事態に理解が追いついていないのもあるだろうけれど、やっぱり知らないんだろうな。フェルディアルの事。
「ヒトの子らよ」
全員が固唾を飲んで見守る中、フェルディアルが口を開く。
鈴の音が成るような澄んだ、それでいて良く通る、印象的な声だ。
「この度は世界の理に逆らう悪しき者共の討伐、よくぞ果たされました」
「勿体無きお言葉!」
そう叫んで膝をついたのは、誰あろう、勇者ユーマだった。
うん、まぁ、俺の仕込みなんだけどね。
勇者が恭しい態度を取った事で、周囲がざわめき出す。
「まさか光の神?」
「教会にある像と全然違うぞ?」
「男性神じゃなかったか?」
まぁ、普通はそう誤解するよな。
「私はフェルディアル。時空を司る神」
神らしい鋼鉄の精神力をもってそのざわめきを聞き流し、フェルディアルは涼し気な表情で自己紹介をした。
「フェルディアル……?」
「時空を司る……?」
「そう言えば勇者様に同行したのは時空の神の使徒じゃなかったか?」
「あの三人はどうした?」
冒険者達が騒然とする中、ユーマ君が女神に話しかける。
「女神様。この度はご助力感謝致します。お貸しいただいた使徒殿と従者の力無くば、今回の鎮圧は成されなかったでしょう」
これは若干嘘とは言い難いな。事実、ユーマ君だけだと水中ステージでかなり苦戦しただろうから。
「良いのです。ウェル様とは私も昵懇の仲。彼の神からの要請となれば、応えない訳にもいきませんんから」
そう言ってフェルディアルが微笑むと、それを見ていた冒険者達の頬が赤く染まり、そして緩んだ。
「お手数ではありますが、使徒殿達にも、改めてお礼の言葉をお伝えください」
「ええ、伝えておきましょう」
これで使徒達は使命を果たして神の元へ戻ったのだと冒険者達は認識するだろう。
「しかしこの度の討伐は、勇者ユーマと我が使徒だけで成し得たものではないと、私と光の神は考えております。ここにあるヒトの子ら全て。更に、この討伐でその儚い命を散らした尊き者達の尽力あってこそ」
「も、勿体無いお言葉……」
「恐悦至極に存じます……」
フェルディアルの言葉に、冒険者達は感動していた。中には涙を流す者も居る。
相変わらず沸点低いなー。
周囲が膝をつき始めたので、俺達も怪しまれないよう跪く。
「よって、ここに居る全員、そして、神の御許へと召された者達全員に、女神フェルディアルの名において洗礼を授けます」
わぁ、誰の、と言わないところが詐欺チックだね。
まぁ、時空の神の洗礼なんてマイナー過ぎていらねぇ、光の神の方が良かったなー、なんて思っても、この状況でそれを口にできる奴はいないだろうけどな。
勿論、俺も言えない。
コミュ症って意外と空気読むのよ? むしろ、読み過ぎて最悪の想像をしてしまうからコミュニケーションを取れないんだけどさ。
そしてフェルディアルは、二千人近い人数の信仰を得て、輝く魔法陣の中へと戻って行った。
涼し気な表情をしていたけど、内心ほくほくだった筈だ。
ちなみに俺の仕送りは、他の人間に気付かれないよう、手紙と一緒にさりげなく地面に置いておいたらいつの間にか無くなっていた。
盗まれないよう気を付けてはいたので、フェルディアルによって回収されたんだろう。
こうしてダゴニアの氾濫鎮圧は終了した。
この後冒険者達は一応の監視として陣地で一泊する。翌日、近くにあるベドナの砦へ向かい、そこで報酬を受け取る手筈になっていた。
回収されたサハギンの魔石は約4万個だそうだ。
サハギンの魔石は一個30デュー。なので約120万デューを生き残った人間で割る事になる。
ちなみに、これはルル湖南側に配置されていた俺達だけの分の話。
他の場所の細かい数字までは入って来ないけれど、単純に四つの防衛陣地があったんだから四倍と考えて、この三日間で約16万個のサハギンの魔石が冒険者ギルドや領主の手に渡った事になる。
一度にこれだけの数が出回れば、当然値崩れするものだけど、サハギンの魔石に関してはそんな事はない。
普段殆ど取引されないからな。一個30デューの値段は、この数年に一度の氾濫で手に入る個数を考慮して決められているんだ。
山羊小鬼の魔石なんて一日に千個近くが取引されているそうだから、一年三百日のこの世界では、ざっくり山羊小鬼の魔石が一年で30万個が取引されている事になる。
前回の氾濫が三年前だそうだから、つまりサハギンの魔石は三年で16万個。
一年当たりの取り引き数はサハギンの魔石は山羊小鬼の魔石の約六分の一。
魔石の値段は十五倍だけど、ほぼ毎日手に入る山羊小鬼の魔石の値段が落ちるのは当然の話だよな。
そして俺達の取り分は一人1000デューだった。
生き残りは約1200人って事か。
まぁ、細かい数字は省略されたんだろう。綺麗に割り切れる方が珍しい訳だし。
俺にはダンジョンアタックで手に入れた魔石の分もあるけどな。とは言え、俺とユーマ君に同行した時空の使徒は別人って事になってるから、すぐに売却する訳にはいかないけどさ。
生存者には魔石の配当金と一緒に参加証明書が渡された。これをガルツ、あるいはフィクレツ、もしくはルードルイ、またはウェドロカの冒険者ギルドへ持って行くと、参加報酬の1000デューが支払われる。
あれ? 死んだ人間ってひょっとして参加報酬も無し? まぁ、あの世で使い道があるかはわからないけどさ。
遺族への補償とかも無いのね。
で、ベドナ砦で報酬を貰った俺は、サラとカタリナの手を引いて早足で歩き始めた。
「どうされたんですの?」
俺の歩調に合わせながらも、カタリナが聞いてくる。
「つけられてる。普通に考えればディール家の関係者だろう」
「え?」
「クレインさんだけじゃ抑止力にならなかったか」
氾濫中に手を出さなかったのは、一応自分達の領地が危険だったからだろうか。
『サーチ』で見ると、左右に三人ずつ、背後に二人。
俺達の動きに合わせて明らかについてきている。偶々そこを歩いているだけにしては不自然な動きだ。
ちなみに、砦に入る前からそいつらを認識していた。
人目が多い所では襲って来ないだろうと思って普通に報酬を受け取ったんだ。
これは砦を出た瞬間に狙われるな。
「どうしますか?」
サラが聞いてくる。
既に小走りで俺の隣に並んでいるけど、手を離そうとはしない。
こんな時でもこいつはブレないな。
「『テレポート』を見られても面倒だ。砦の外で仕掛けて来るなら返り討ちにする。念のためオートレイズを今のうちにかけておこう」
まぁ、『サーチ』があるから不意打ちはまず受けないんだけどな。
このままついて来られても面倒なので、さっさと襲ってもらう事にする。
なのでルードルイへ向かう街道ではなく、北にあるシグナ砦へと続く街道に繋がる門からベドナ砦を出る。
ルードルイへの街道は、今回の氾濫鎮圧に参加した冒険者が居るだろうからな。そこじゃ襲って来ない可能性の方が高い。
案の定、街道を少し進んだところで襲撃を受けた。
ルル湖の北側にあるマゼナ山地から流れるマゼナ川の手前に差し掛かった辺りだ。
なるほど、ここなら逃げるのも難しいか。
背後を歩いていた冒険者風の男達が徐々に歩く速度を上げ、ついには走り出した。
こちらに向かいながら獲物を抜き放つ。
同時に、左右の茂みや林から矢が飛来する。
完璧な奇襲。
俺が『サーチ』で全てを確認していなければ。
矢の迎撃はサラとカタリナに任せ、俺は背後から迫る三人に向き直る。
三人は一瞬驚いたような表情を浮かべたが、速度は落とす事無く迫って来る。
気付かれた事に驚いたんだろうな。
三人のうち二人に向けて『インヴィジヴルジャベリン』を放つ。
直撃を受けて倒れる二人。まだ死んではないようだ。意外に耐久力がある。
突然仲間が倒された事に若干動揺しているようだけど、残った一人はそれでも俺の前までやって来て武器を振るった。
しかしその前に、俺は滑るように前に出て、剣を持った右手の手首を掴んだ。
相手の足の甲を踵で踏みつけ、手首を思い切り握る。
「ぐあああ!?」
足は明らかに骨を踏み砕いた感触があったし、手首も間違いなく折れただろう。
そのまま引き寄せ、肩に担ぐようにして投げる。
柔道で言う肩車。けれど、俺は投げ捨てずに相手の手首と太ももを掴んだまま自分でも跳んだ。
頭から地面に叩きつけられる襲撃者。ぴくりとも動かないそいつをそのままに、俺はゆっくりと立ち上がる。
生かしておいても面倒だしな。背後関係を吐かせたい気もするけど、それも面倒だ。
ディール家の者だと思うって事でゴリ押しして、後でクレインさんに金をせびろう。
襲撃を受けた証拠は後で何か考えよう。
猟奇的になるけど、やっぱり耳だろうか。
先に魔槍を撃ち込んだ二人にもう一度『インヴィジヴルジャベリン』を撃ち込み、こちらも殺す。
「カタリナは林へ『エクスプロージョン』。サラは茂みに『ウォータープレジャー』」
「はい!」
「わかりましたわ!」
ダゴニア内部でコツを掴んだようで、二人は無詠唱で魔力を練り上げると、言われた通りにそれぞれのターゲットに向けて魔法を放つ。
林が爆発し、三人の人間が吹き飛んだのが見えた。
茂みでは水の槍に切り裂かれ、二人の人間の反応が消失する。
「よし、周囲に人気は無い。念のため適当な林や森に入ってそこから『テレポート』だ」
「どちらへ?」
「ガルツへ戻ろうとも思ったけれど、折角だ。暫く王国の西側に行ってみよう」
「西、ですか?」
ほとぼりを冷ますって意味でも丁度良いかもしれない。あと、そのくらい俺達の帰還が遅れれば、氾濫鎮圧後に襲われたので、追っ手をまくのに時間がかかったと、クレインさんを強請る良いネタになる。
「俺は王国の西側には行った事が無い。だから『テレポート』で飛べない。そこへ移動が可能になれば販路の拡大に繋がる」
「追っ手をまく意味でも西へ行く事に賛成しますわ」
俺の言葉に被せるようにカタリナが同意を示した。
「タクマ様にどこまでもついて行きます」
そして変わらず俺を盲信するサラ。
一先ず王都近くに設定してある移動ポイントへ飛び、そこから王都の北にあるイウニスへ向かおう。あとは街道沿いに西周りでガルツへ戻るとするか。
王都から徒歩で五日程行くとイウニスの街に着く。
ここは北にある帝国との国境沿いの砦と王国中央部を繋ぐ大事な交易の拠点だ。
エレア隧道ができてやや衰退したが、その隧道が使えなくなった今、再びその価値は上昇している。
とは言え、今回の目的は王国探訪ではないので、一泊した後、俺達はすぐに西へ向けて旅立つ。
一応、王都とイウニスで氾濫鎮圧で得た魔石の一部を売却、また、魔石を還元して得た素材、その素材からできた物品を販売する事も忘れない。
特に魔石の方は、一度に多くの魔石を売却すると怪しまれるので、少しずつ売却する必要がある。
売る場所も分散させる事で、更に疑惑を抱かれる可能性が低くなるからな。
イウニスから西に向かう街道は、ある場所を境に大きく北にカーブしている。
その先は国境沿いの砦に繋がっているけれど、本来はこのカーブしている場所で枝分かれしている筈だった。
かつてあった街道が繋がっていた先は、今は一つのダンジョンがある。
そのダンジョンの名はサラ・バーティ。
以前、シュブニグラスが王国一派生ダンジョンが多いダンジョンだという話をしたと思うけれど、その時にちょっと出た例外がこのダンジョンだ。
このダンジョンには実に218もの派生ダンジョンがある。
これはシュブニグラス迷宮の実に十倍の数なのだけれど、冒険者ギルドやダンジョンの研究者達の間では、この派生ダンジョンを認めない者達が存在する。
通常、始祖ダンジョンと派生ダンジョンは繋がっていない。
ダンジョン内に存在する魔力の質や、存在するモンスターなどから始祖と派生の関係を確認できる。
サラ・バーティと周囲にある派生ダンジョンは、全て繋がっているんだ。
派生ダンジョン同士が繋がる事さえ本来は無い事らしいからな。
じゃあサラ・バーティの一部なんじゃないのか? と思うかもしれないが、それも違う。
何故なら、始祖か派生かに限らず、ダンジョンの入口は、ダンジョン一つにつき一つだけだからだ。
始祖ダンジョンや派生ダンジョンの定義はあくまでヒトが勝手につけたものだし、入口が複数あるダンジョンも例外的に存在していてもおかしくはない。
ダンジョンの性質の解明はまだまだ進んでいないので、サラ・バーティとその派生ダンジョンは、基本的に例外として扱われる。
サラ・バーティはそもそも人の名前だ。
かつてダンジョンのあった場所に一つの街があった。
王国西側にはサラヴィ荒地と呼ばれる不毛の大地が広がっていて、経済的に貧しかった。
トマトやトウモロコシのような作物が細々と生産されていたが、基本は西側諸国と王国との交易の拠点となる事で街や村は利益を得ていた。
そのため、かつての街の都市長が、新たな観光の目玉とするため、ガルツを参考に迷宮都市を作ろうとした。
この都市長の政策を陰で支えていたのが、時のバーティ夫人、サラ・バーティだ。
今でもサラの名前は王国史上偉大な女性として残っている。そのため、王国の女性にはサラという名前が多い。
とは言え、大方の予想通り、迷宮都市化は失敗した。
街はダンジョンに飲み込まれ、周囲を次々と迷宮化し、一時は王都まで迫っていたというから、改めてダンジョンの脅威というものを思い知らされる。
このダンジョンにバーティ夫人の名前がつけられているのは、都市がダンジョンに飲み込まれたその時、バーティ夫人は最後まで執政館に残り、住人の避難に腐心していたからだ。
そして夫人が逃げる前に完全に都市がダンジョンと化した。彼女は、自らを犠牲に一万人以上を救ったんだ。
ダンジョンの中心、その最奥では、夫人がモンスターとなって生きているという説まである。
当然、このダンジョンを横切る形で存在していた街道は使われなくなり、現在のような形になってしまった。
ちなみに、サラ・バーティは地球でも有名な変人として知られている。
そのエピソードも、夫の会社が造った銃で犠牲になった人の怨念から逃れるために、自宅を増築し続けていたというもの。
偶然の一致にしては出来過ぎていると思うけれど、ダンジョンの命名はともかく、夫人の名前は完全に偶然だからなぁ。
そのエピソードを知っていた異世界の知識を持った者が、敢えて命名した可能性はあるな。
もしくは謎翻訳による意訳か?
まぁ今回の目的はこのダンジョンではないので、素直に北へ向かおう。
その分岐点まで、イウニスの街からは徒歩で二日。
分岐点の先にあるメグレ砦とその城下町までは徒歩で六日かかる。
そしてメグレ砦から街道を南下して七日歩くと、サラドの街に辿り着く。
王国の西側、その中心に位置していて、西側諸国と王国との交易の拠点。
国境を守る関の役割も果たしている、大都市だ。
一応、王国西側に行くならここには絶対に行きたいと思っていたのがこのサラドだ。
サラドには王国唯一の施設がある。
闘技場だ。
作物が育ちにくい荒野にあり、交易の拠点として栄えたサラドは、代々の都市長、太守によって観光業に力を入れられてきた。
その観光事業の目玉の一つが、この闘技場だ。
円形ではなく微妙に楕円形になっているその闘技場は、古代ローマのコロッセオよりも、アメリカにある野球用スタジアムのような印象を受ける。
ちなみに屋根は無い。
野球場の例えで続けると、センター最奥までが約二百メートルとかなり巨大で、そこから三メートルの高さに、観客席が作られている。
この観客席は階段状に椅子が作られていて、それが六段。実に十万人を収容可能な、現代でも類を見ない程の巨大さだ。
平日は戦闘奴隷や闘技場専門の闘士による戦いが開催されている。
単発のものもあれば、一月単位、一年単位で勝敗を競う、所謂ペナントレースも存在している。
一対一の戦い、一対多数の戦い、多数対多数、バトルロワイヤル。戦闘形式も様々だ。
そして戦闘だけでなく、歌や演奏、演劇なども開催されている。
祝日の日の使用は、三年先まで予約でいっぱいだって言うからな。
エレノニア王国は煉瓦と石造りの家が基本だ。
それに木材が若干混ざる程度か。
けれどサラドはそれらとは趣が違う。
エレノニア王国自体、俺にとって異国だけど、それでもここは、異国情緒溢れる、という形容詞がぴったりな街だった。
荒地にある事もあって、風が強いためか、フード付きのローブを身に着けた人々が多い。
服装も様々で、王国らしい、ズボンにシャツという普通の人もいれば、一体どうやって着ているのかわからない、布を体に巻き付けた人も居る。
サラドから西へ伸びる街道が繋がっているのは、冒険者ギルドの本部があるロドニア王国だ。
傭兵業が盛んな軍事国家で、エレノニア王国からの支援を受けて、フェレノス帝国を牽制している。
とは言え、現在の王国の状況では、それもどうなるか微妙な所ではある。
それでもサラドにはロドニア王国国民の特徴である、ターバンを頭に巻いた人が多く見える。
まぁ間者なんかも混じってるんだろうけど。
「ガルツやルードルイとは違った賑やかさがありますわね」
サラドを行き交う人々を眺めて、カタリナがコメントする。
うん、それは俺も思った。
ガルツが雑然とした賑やかさ。ルードルイが理性的な賑やかさ。
サラドには熱気が渦巻いているように感じられた。
まぁ、実際に気温も高いんだけどさ。季節的にはそろそろ冬だっていうのに、長袖で少し歩くと暑いってどういう事だよ。
この世界は南北じゃなくて東西で気温に違いが出るのか?
赤道、があるのかどうか知らないけれど、無い場合世界がどうなるかも俺の知識じゃちょっとあれだ。
まぁ、その赤道があったとして、それが南北に伸びてるって事なんだろうな。
多分。
「それで、ここではどうするんですの? 今まで通りに一泊してガルツへ向かうのですか?」
「うーん、それでもいいけど、まぁ、まずは闘技場を見てみたいよな」
「そこに見えてますわよ」
カタリナが指差した先には、確かに建物の間から顔を出した闘技場が見えた。
ちなみに俺達が居るのはサラドの街の入口近くだ。
闘技場は街の中心に近い位置にあるから、あれやっぱ相当目立つんだな。
ってそういう事じゃなくて。
「催し物をな」
「でしょうね」
俺が苦笑しつつ言うと、カタリナも苦笑いで応えた。
ボケたのか。カタリナも大分緩くなったな。
祝福の日まではあと五日か。
こういう時は、祝福の日に来たかったな。
間違いなく人でごった返すだろう祝福の日に街を見たいだなんて、俺も成長したな。
しかし滞在するにも微妙な時間だ。
「とりあえず宿を探すか。その後で闘技場へ行こうぜ」
そう言って俺が歩き出そうとすると、サラがオレの腕を取り、抱き込むようにして寄り添って来た。
カタリナも、俺の前にすっと手を差し出す。俺はその手を取り、淑女をエスコートするようにして歩き出した。
若干駆け足でしたが、新しい街へとやって来ました。
勿論、トラブルがやって来ます。




