第5話:パニックとピンチ
二回目の迷宮戦です。
泊まった宿は普通の安宿だった。
一階は食堂のようになっていて、四人掛けのテーブルが三つと、三人が座れるカウンターが設置されている。
一泊10デュー。現代日本ならカプセルホテルにすら泊まれない値段だ。
これで朝食がつく。
今は日本で四月くらい。夜はそこそこ暖かいので必要ないが、1デューを追加で払えば毛布やお湯がもらえる。
昼、夕は別だ。下の食堂で食べる事もできるし、外で食べてもいい。
カウンターにいる、いかにもな親父に銀貨一枚と引き換えに鍵を受け取る。
部屋は二階の一番奥。
中肉中背、軽装の俺が歩いてもギシギシ鳴るんだが、これ重装備のがたいの良い冒険者とか大丈夫なのか?
部屋は四畳半ほどのワンルーム。
ベッドと机があり、机の上にはランプが置いてある。
窓にはカーテンなどはない。鍵はついているみたいだ。
クローゼットのようなものもない。
これ、荷物置いて出かけるのって不安になるな。
日本のホテルと同じく、鍵は出かけるときにフロント、つまり宿のおっさんに預ける。
一応代わりに木札がもらえるようだが、おっさんがよからぬ事を考えた時、俺には防ぎようがない。
荷物が無くなったと騒いでも無駄だろう。
防犯カメラのようなものはないし、空き巣でも入ったのだろうと言われたらそれ以上の追及はできない。
ちなみに、荷物を盗まれたからと言って、その賠償を宿に求める事もできない。
あの宿に泊まると荷物が無くなる、と噂を流す?
『常識』によると、盗まれる方が悪いって認識のようだ。
一泊10デューの安宿に防犯など期待するな、という事だろう。
俺は『マジックボックス』が使えるからいいが、他の冒険者は大変だろうな。
一度休むとそのまま立ち上がる気がなくなりそうだったので、俺は鍵を持って部屋を出る。
何をしに来たのか? と言われるかもしれないが、日が暮れる前に宿を確保しておきたかったんだ。
なんせ大体の宿屋の最終チェックインが夕方6時だからな。ダンジョンに潜ってて気付かなかったら悲惨だ。
おっさんに鍵を預けて外に出る。
その際アナライズで確認してみるが、ごく普通の一般人だった。
『亭主』LV11か……。それなりにベテランなんだな。
宿を出た俺は街の入口へと向かう。
流石にこの時間は人が多い。
現代日本の都会ほどではないけれど、元ヒキコモリニートの人見知りには少々厳しい状況だ。
すれ違う人々が俺を笑ってるような気がする……。
いかにも初心者冒険者然とした俺が歩いているのを彼らはどういう目で見ているだろうか……。
串を二本も持って(宿の近くの屋台で買った鳥串)、歩きながら頬張る様子に眉を顰めていないだろうか……。
くそぅ。被害妄想だと笑ってくれていい!
肉を食べ終えた俺は串をリュックの中に入れた。
衛生観念なんてものはないこの世界。その辺に捨てても誰も咎めない。
けれど、現代日本人として、道端にゴミを捨てるのは抵抗があった。
でも宿の部屋にもゴミ箱なかったな。この串どうするか……。
街の南と北にそれぞれ門が一つずつある。
馬車が二台並んですれ違っても、まだ余裕があるほど門は広い。
番兵が二人立っているが、人々は気にせず門をくぐっている。
このガルツはダンジョンを中心に発展した迷宮都市だ。
ダンジョン目当てにやってくる冒険者達を相手にした商売を基幹産業としている。
彼らの中には脛に傷を持つ人間も多い。
しかしそういう人間ほど、ダンジョンで金を稼ぎ、それを街に落としてくれる。
例え他所で事件を起こしていたとしても、この街では関係がない。
この街では強さこそがすべてだ。
そしてそれをわかりやすく教えてくれるのが迷宮攻略度である。
単純に迷宮で手に入れた魔石や宝物の数や金額から算出された値であるが、これが高いほどこの街では偉いとされている。
所謂冒険者ランクとは別だ。こちらはクエストの達成度で計算されるから。
これは冒険者ギルドが記録から算出している値なので、どれだけ功績を挙げても頑なに冒険者ギルドへ顔を出さないような変わり者までは把握していない。
まぁ、そういう変わり者は実力では尊敬されていても、人間的には侮蔑されている場合が多いけどな。
ともかく、そういう事情で街の出入りは割と自由だ。
街の中で犯罪を犯した訳でもなければ、止められる事無く門をくぐることができる。
街の外に出て、街道を外れると途端に人気が少なくなる。
街を囲む外壁の近くに、一本の樹が生えていた。
特に何の変哲もない楠だ。
よし、これを目印に『テレポート』で飛んでくる事にしよう。
ダンジョンからの緊急脱出にも使える筈だ。
俺はその場所を覚え、木を目に焼き付け、脳に刻み込むとその場を後にした。
二度目のダンジョン探索に挑む。
第一階層で山羊小鬼を狩る。
種族LVと職業LVが上がっているので『クリエイトウェポン』のアローによる一撃で倒す事ができた。
これはかなり時間を短縮できそうだ。
おっと、『サーチ』に感あり。
近くに冒険者のパーティがいる。
山羊小鬼の反応は無いので普通に移動しているだけだな。
そして俺の目の前ではモンスター出現の予兆である、魔力の噴出が起こっている。
このままだと鉢合わせしそうだな。
光の矢を放って戦っている所を見られるのはまずいが、折角湧いた山羊小鬼をほったらかしにして逃げるのもあれだな。
俺は弓を背中に担ぎ、ショートソードを抜いて構える。
碌に剣なんて振るった事はないけど、『常識』の中に使い方がある。
弓と同じでステータスの高さにモノを言わせてその知識をなぞればいい。
『戦士』でもいいけど、近接戦闘専用の職業も得ておくべきだ。
いつでも弓で遠距離から安全に攻撃できる訳じゃないんだし。
「ぼおおおおぉぉぉぉええええぇぇぇぇぇ!」
そして山羊小鬼が出現する。
先手必勝とばかりに、俺はショートソードを腰溜めに構えて突進する。
「はっ!」
下から逆袈裟に切り上げる。刃が山羊小鬼の胴体をとらえる。
「ぶおおおぉぉぉ!」
痛みで激昂したのか、短く吠えた山羊小鬼が、赤い目をこちらに向けた。
うへ、間近で見るとかなり怖いぞ。
あまりHPが減っていないな……。
山羊小鬼は生命力と頑強に優れたモンスターだという話だから、いくら俺の筋力でも、威力の低いショートソードでは大したダメージを与えられないのかもしれない。
山羊小鬼が振るった鉤爪を姿勢を低くして躱し、今度はわき腹を切り付ける。
そのタイミングで、山羊小鬼の背後の曲がり角から、冒険者の一団が姿を現す。
ち、間に合ってたな。まぁいいか。近接戦闘の練習だと思おう。
最初彼らは、一人で山羊小鬼と戦っている俺を見て驚いたような表情を浮かべた。
すぐにそれぞれ武器を構え、俺を援護しようとする。
他の仲間が全滅してしまい、仕方なく一人で戦っていると思われたのだろうか?
革の服を着てショートソードで戦っているんだ。
『曲者』『野伏』などの後衛系戦闘職だと思われても不思議じゃない。
うーん、経験値的にも一人で倒した方がいいし、山羊小鬼一体だから魔石が一つしか出ない以上、分け前で揉める可能性が高いよな。
できれば手伝って欲しくない。しかしここで大丈夫だと言っても、強がりとしか思われないだろう。
ならば、と俺は山羊小鬼の攻撃を掻い潜りながら、その背後へと回り込む。
こちらに近づいて来ている冒険者達と山羊小鬼の間に立つ形だ。
これで遠距離攻撃は阻止した。
案の定、弓を構えていた女性が渋い顔をして下げる。
山羊小鬼に密着し、ショートソードを突き刺す。
両手で握ったふりをして、左の拳を山羊小鬼の腹部に押し当てた。
俺の体で手元を冒険者達から隠し、そして第三階位の魔法を行使する。
「ブラスト」
俺の体から魔力が放出されるのを知覚する。
直後に山羊小鬼がびくん、とその体を震わせる。
そして光の粒子となって四散した。
「ふぅ……」
一息吐いて、魔石を回収する。
冒険者たちは足を止めていた。
俺は振り返らずにそのまま歩き出す。
正直話かけられてもなんと返せばいいのかわからない。
一人でいる理由。一人で山羊小鬼を倒せた理由。
そんなのを聞かれてもうまく誤魔化せる自信がない。
そんな俺の事情を勝手に察して優しくされてもつらいだけだ。
いい人達であったら余計につらい。
多少の悪人であった方がまだマシだ。
何かあった時に叩きのめしてしまえる。
善意の押しつけ程うっとおしいものはない。
幸い声をかけられる事はなく、その場を離れる事ができた。
自分のステータスを確認。特に変化はない。
『剣戦士』は『戦士』LV5が必要だ。
その状態で剣を使って敵を倒した時、種族LVが上がると『剣戦士』を獲得できる。
他の職業も基本的には同じだ。
その職業に適した行動を取った結果、種族LVが上がるとその職業を獲得できる。
戦闘以外でも経験値はもらえるのだ。
でないと非戦闘系の職業はLVを上げられない事になってしまう。
『剣戦士』を獲得するまで一階層で剣を使って戦ってみるか。
いや『戦士』がLV4になるまでは弓で戦った方がいいな。その方が効率的だ。
『サーチ』で他の冒険者から避けるように動きながら、山羊小鬼を狩っていく。
レベルアップのアナウンスなどは出ないので、一回の戦闘ごとにステータスを確認するのが面倒だな。
何体目かの山羊小鬼を倒した時、『戦士』がLV4に上がっていた。
よし。じゃあ次から剣で戦おう。
勿論ショートソードじゃない。『クリエイトウェポン』で剣を出せば良いんだ。
そう言えば魔法使い系の職業を獲得しないのはなんでだろう?
一応『クリエイトウェポン』は魔法なのだから、それを使って敵を倒せば条件を満たす筈なんだが……?
『クリエイトウェポン』は世界魔法に分類されるから、獲得できるとしたら『魔導士』になるな。
それとも攻撃魔法で倒さないとダメなんだろうか。
その辺りの細かい所は、『常識』でも『技能八百万』の各職業の説明でもわからないからなぁ。
第一階位の魔法は練習すれば誰でも使えるようになるらしいから、魔法を習得してから職業を獲得する流れになるんだろうか。
魔法をメインに戦闘する訳じゃないけど、スキルも基本的に使用する時にはMPを消費するから、このMPの成長率が良くなる魔法使い系の職業は獲得しておきたい。
次に見つけた山羊小鬼に向かって、俺は魔力の剣を携えて駆け出す。
「やっ!!」
気合いの掛け声と共に剣を一閃させる。
光の刃は何の手応えもなく山羊小鬼の首を切り裂いた。
そのまま光の粒子となって消える山羊小鬼。
「おお……!」
思わず感嘆の声を漏らしてしまった。
職業の補正差を考えても、確かに一撃で倒せるとは思っていた。
それでもやっぱり、弓矢で遠くから倒すのと、こうして直接倒すのとでは、やはり感触というか感覚が違う。
自分の力で成し遂げた、という感激が、俺の中に湧き上がっているのを感じた。
こういう手応え、長らく感じてなかったもんな。
ニートになってからは当然だけど、高校に入ってからもだ。
多分、入試の時が最後だったんじゃないのかな?
ステータスを確認するが、まだ『戦士』はLV4だ。
まだまだ戦わないとな。
『サーチ』で確認しながら人のいないルートを進む。
「!?」
背後で何かが噴き上がる音がする。
しまった! 背後か!
慌てて振り向く。
「うぉっ……!」
目の前に山羊小鬼の赤い目があった。
『クリエイトウェポン』を唱える事を一瞬忘れてしまう。
「ぶおおおおおぉぉお!」
振るわれた鉤爪が俺の顔面をとらえた。
くそいてぇ! 首吹っ飛んだと思った!!
「うぐっ……!」
こらえる事ができずに俺はバランスを崩し、壁に体を打ち付けてしまう。
「ぼえええええぇぇぇぇぇえ!」
更に追撃してくる山羊小鬼。
ゲームのようにターンごとに攻撃手番が回ってくるような事はない。
素早く体勢を建て直し、剣を構えなければ延々と攻撃される事になる。
頑強が高いので、地球で同じような目に遭うよりは死ににくいだろう。
その分、苦痛が長く続く事になるけどな。
「ぐあっ!?」
二度目の鍵爪が俺の頬を打つ。
吹き飛ばされた方向に倒れる。床に打ち付けた体が痛い。
「くそ……!」
だがお陰で少し距離が離れた。
「ファイアショット!」
第一階位の魔法を放つ。
俺が山羊小鬼に向けてかざした手のひらから、拳大程の火の玉が飛ぶ。
「ぶおおおぉ!」
躱した!?
短く鳴いた山羊小鬼は、軽やかなサイドステップで火の玉を回避した。
着地と同時にこちらへ飛び込んでくる。
動きが今までと違う!? いや、今までだって時間がかかればこのくらいの動きはしていたんだろうか?
「クリエイトウェポン。ソード!」
手の中に魔法の刃を生み出す。
空中で山羊小鬼が俺に向かって腕を振るった。
俺はそれをかいくぐるように地面に向かって飛び込む。
すれ違い様に山羊小鬼の胴体を横薙ぎに断つ。
「ぶおおおおおぉぉぉぉぉぉ……」
断末魔の悲鳴を残し、山羊小鬼が光の粒子となって消えていった。
あー、焦った……。
なんだよ、ステータスを確認してもHPが一割も減ってないじゃないか。
もうちょっと落ち着かないとダメだな。
経験が足りないのは間違いない。
それから暫くして、俺は無事『戦士』LV5になり、『剣戦士』の職業を獲得した。
どんなに能力が高くても、経験の不足はどうしようもないですね。
主人公の心の成長を描く物語……ではありませんwあしからず。