第62話:氾濫鎮圧
氾濫鎮圧の一日目です。
大規模戦闘ですが、一人称なので基本主人公周りしか描写しません。
そして二日後、俺達三人は馬車に揺られて防衛地点へと向かっていた。
フィクレツ、ルードルイを経由し、バドナ砦へ向かう途中の街道から、北に十キロほどの地点に防衛陣地を築くって話だ。
既にルル湖周辺を拠点にしている冒険者や傭兵、そこに領地を持つ貴族の兵士が陣地構築の準備を始めているらしい。
氾濫の鎮圧は一般的に、ダンジョンから次々に溢れ出て来るモンスターを迎撃。この数が減る、或いは数日現れなくなったところで精鋭部隊をダンジョンに突入させ、決められた階層までを虱潰しにモンスターを潰して回る。
ダンジョンから出て来るモンスターを全て撃破しただけじゃ、またすぐ氾濫が起こってしまうから、ダンジョンの攻略もする必要があるんだ。
精鋭部隊なのは、大した実力の無い者を送り込んで、ダンジョン内で死亡すれば、その命が魔力となってダンジョンの糧になってしまうからだ。
氾濫の規模にもよるけれど、大体一週間くらい。
記録では一年以上氾濫が続いた事もあるから、まぁ、状況によりけりだな。
ルル湖にあるダゴニアは、周辺の冒険者ギルドから度々攻略クエストが出されるが、基本人気が無い。
理由はその立地条件。
まずダゴニアはルル湖の中にある幾つかの島の一つにその入口がある。
水縁から二百メートル近く離れているその島までは、歩いていく事はできないので泳ぐか船が必要。
しかし、ルル湖にも水棲系のモンスターや魔物が生息しているので、泳ぐのは危険。小さな船では沈められてしまう。
一応依頼を受ければギルドが船を出してくれるが、それでも地上にあるダンジョンと比べて、到着までの危険が非常に大きい。
そしていざ辿り着いたとしても、ダンジョンの中は水で満たされている。
浅い階層でも膝下辺りまで常に水が溜まっているので、戦いにくい事この上ない。
しかも出現するモンスターはサハギンをはじめとした水棲系なので、そこは彼らのフィールド。ただ水場や水中を苦にしないというだけでなく、『水棲』のスキルである程度以上の水嵩がある場所ではステータスが上昇するんだ。
そりゃ攻略の人気が無いわな。
難易度が高過ぎるもん。
防御力の高い防具でガチガチに固めて、その背後から魔法使い系が援護するのが割と安定した攻略法らしいが、まぁ、それができるなら他のダンジョンへ行った方が稼ぐ事ができるだろう。
出現するモンスターの魔石が軒並み高額とは言え、割に合わないのは間違いない。
ちなみに馬車はガルツの冒険者ギルドと執政府が用意したものが四十台。物資を積む事を考慮すると全員は乗らないので、大半の冒険者や傭兵が徒歩だ。
中には自前で馬車や馬を持っている者もいたけどな。
フィクレツ、ルードルイでも馬車を用意しているらしいけど、それぞれからも集めた冒険者達を送り出しているから、数はそう増えないだろう。
俺が運良く馬車に乗れたのは、サラとカタリナを連れていたからだ。
奴隷とは言え、明らかに体力の無さそうな(一般的な冒険者よりは余程あるけど)サラと、いかにも魔法使い系のカタリナは優先的に馬車に乗せて貰えた。
当然、その主人である俺が同乗しないなんて有り得ない。
馬車に揺られている間、他の乗客がちらちらとこっちを伺っていた。
その視線が向けられていたのはサラとカタリナだ。
二人ともかなり目立っているからな、しょうがない。悪意のある目線でも無かったし。
間違いなく二人は美女美少女だし、基本髪の手入れなんてされてないこの世界で、二人は俺の奴隷になってから毎日洗髪と風呂上がりのケアを行っていたからな。陽光を浴びてキラキラと輝く金と銀の髪はさぞや神々しく魅力的に映っただろう。
馬車には女性の割合が多くてまだ良かったな。
やっぱり冒険者や傭兵には荒くれ者が多いからな、そんな男が大勢居る中に二人を放り込んだら絶対に面倒な事になる。
「な、なあ。100デュー払うからお前の奴隷どっちか一晩貸してくれねぇか?」
なんて言って来た冒険者も居た。
ちなみに一般的な娼婦の値段は50デューくらいだ。行った事はないけれど、現代日本に比べて相当安い。
そういう意味では100デューも俺の感覚では安いんだけれど、まぁ、金の問題じゃないよな。
「その百倍積まれても貸さないし売らないから」
今後似たようなバカが現れないとも限らないので、しっかりとそう宣言しておく。
ちなみにこのような大規模な行軍なら、行商人も一緒に居るし、その中に娼婦の一団も存在する。
街中より若干割高だけど、それでも100デューもかかる娼婦なんてそうそう居ないし、そんな高級娼婦はこんな危険な場所に出稼ぎになんて来ないから、金銭的な話で考えても、二人がどれだけ魅力的かわかろうと言うもの。
おまけにカタリナは修繕が終わった青絹のドレスを纏っているので、いかにも貴族らしい雰囲気を醸し出している。
奴隷とは言え、貴族の令嬢を抱けるとなれば、そりゃ奮発したくもなるだろうさ。
気持ちはわかるから、断るだけで済ませておいた。
実力行使に出るようなら容赦はしないよ。
流石に二週間近くかかる道程で、周囲との関係が悪化して良い事なんて何一つないからな。
できる限りトラブルは避けたいところだ。
「随分と奴隷の扱いが良いんだな」
休憩中、近づいて来た一人の冒険者が俺に話しかけた。
「そうか? 安い買い物じゃないんだし、大切にするのは普通だろ」
二十代くらいの青年だ。美形というより、男前って感じの顔だな。
鎧は鉄製のプレートアーマー。脚甲も手甲も金属製か。
ルル湖周辺は泥濘と湿地帯だからな。機動力が殺される地形だから、防御力を重視した装備をしてるんだろう。
名前:イースリット
年齢:27歳
性別:♂
種族:人間
役職:冒険者
職業:羽剣士
状態:疲労(軽度)空腹(中度)
種族LV:21
剣士の上位職業である羽剣士だ。剣士の上位職業は二つ、強剣士とこの羽剣士。
そして羽剣士は機動力に特化し、手数の多さを重視した職業である。
なのにこの重装備だ。今回の依頼に対して、敢えて装備を合わせて来たのがわかる。
「装備が整っているところを見ると、戦闘用の奴隷なのか?」
「ああ。シュブニグラス迷宮ならそこそこ潜らせてる」
「そうか。まぁ、氾濫鎮圧なら基本は迎撃だ。戦えるのならそこまで高い実力は必要ないだろう。魔法使いが居るというのも良いな」
「そうだな。そっちは一人か?」
多少話しやすそうな相手だったので、会話を試みる事にした。
随分とサラとカタリナでリハビリさせて貰ったとは言え、初対面の人間との会話は殆ど経験が無いからな。
「いや、八人でパーティを組んでいるよ」
そうしてイースリットが指差した方向には、同じように重装備に身を包んだ一団が居た。俺の視線に気づいたのか、小さく手を振った。おお、いい人達だ。
「しかし戦闘用の奴隷か。奴隷は荷物持ちくらいにしか考えて無かったな。今度探してみるか」
「魔法使い系は希少だし高いぞ」
希少だから高いと言うべきだろうか。
「金ならあるさ」
言ってイースリットは屈託のない笑みを浮かべた。
謙遜もせずに言ってのけるあたり、本当に稼いでいるんだろうな。
イースリットクラスが八人なら、シュブニグラス迷宮でも二十階層くらいまでいけるだろう。
安全策をとっても、十五階層までいけるだろうし、そこまでいければかなり稼げる筈だ。ギルドの攻略クエストの報酬も、それなりになるしな。
ちなみに日本のように謙遜を美徳とするような文化はこの国にはない。
けれど、人を見たら泥棒と思え、が割と洒落にならない文明度のこの世界では、金銀財宝を所有している事をひけらかすのは危険だ。
財産があるなら隠すのが基本。
それを誰が聞いているかわからない、素性もよく知らない大勢の人間がいる中で言ってのけるのは、それだけ実力に自信があるからだろう。
狙われても返り討ちにできるし、そもそも狙われないだけの実績があるってところか。
イースリット、イースリット……。
「『深緑の風』……?」
「お、知ってたか」
『常識』にあったよ。有名人だな。Aランク冒険者三人にBクラス冒険者四人。Cクラス冒険者が一人か。
パーティでもAクラス判定を受けている優秀な冒険者達だな。
唯一のCクラス冒険者がなんか不憫に思えるけれど、これは最近入った新人だ。
そこまで大きなパーティじゃないから、人選は厳選されてる筈。そこに入れるんだから、相当な実力か才能の持ち主だろうな。
まぁ、この鎮圧でBクラスに上がるだろう。
生きてさえいれば。
「ガルツで活動してれば知らない奴はいないだろう」
「はは、それもそうだな。けど、そっちだって有名だぞ? 街の外に家を建ててる冒険者なんて他にいないからな」
「あれは運良く大金が手に入ったからな」
銀行制度なんてないこの世界で、冒険者が大金を管理保管する事は非常に難しい。
明日をも知れない職業である事もあって、多くの冒険者は大金が手に入ってもすぐに使ってしまう傾向にある。
だから、俺の行動もそうおかしいものじゃない。
「それは神の使徒である事と何か関係しているのか?」
「ああ。過程の成り行きでな」
「成り行きでいいなら俺も使徒になりたいもんだよ」
「信者以上の寄付を毎月要求されるぜ?」
「なるほど、対価は必要って事か」
『常識』のイメージだと、何のリスクもなく、臣従している神の祝福が全て使えるって認識だからな、神の使徒って。
しかも宗教勢力の影響力の強さもあって、かなりの特権階級のように思われている。
「とは言え、家を建てて奴隷を二人も所有して、それぞれ装備もかなり整ってるんだ。相当な実力があるんだろう?」
「まぁ、毎月の寄付を稼いでもそれなりに生活できるくらいにはな」
「はは、頼りにしてるぜ」
ガルツでの有名人、『深緑の風』のリーダーと親し気に話したのが良かったのか、その後、冒険者達は俺に気さくに接するようになった。
というか、何とかお近づきになりたいって感じがする。
実力は勿論だけど、俺を取り込めれば拠点が手に入るからな。
貴族の後ろ盾があるようなパーティでも、実力以上に話題性のあるメンバーを引き入れる事ができれば覚えがめでたくなるだろうし。
若干鬱陶しくはあったけれど、身の危険を感じるような旅路になるよりはマシだ。
そして出発から十三日目の夜、一団はルル湖からおよそ一キロ離れた防衛陣地に到着する。
クレインさんは二週間程度と言っていたから随分と早い到着だ(この世界の一週間は十日なので)。
道中特にトラブルも無かったからな。
まぁ、あの数を見て襲って来るような相手はそれこそ他国の軍隊ぐらいしかないだろう。
ドラゴンだって避けて飛ぶだろうし。
俺達は馬車に乗っていたのも幸いしたな。
馬車が列の中腹や後ろに居たんじゃ、いざという時逃げられないからな。前方を警戒する一団を除けば、基本馬車は列の先頭に居たんだ。
俺達より後ろを歩いていた奴らはまだ到着してない。
冒険者や傭兵だけでおよそ二千人。それに行商人や物資を運搬するガルツのある領地の兵士が加わる。
街道とは言えそこまで広いものじゃない。馬車で二台。人は五人も並べばいっぱいだ。
数千人規模の行軍だからな。先頭と最後尾じゃ出発も到着も時間が大きく違って当然だ。
到着した者から順番に飯を配られ、食べ終えたら自由時間になった。
とは言え、既にダゴニアからは相当数のサハギンが周辺に溢れているらしく、明日には陣地に来るだろう事が予想されたので、多くの人は食べたらすぐに休んでいた。
俺もサラとカタリナと一緒に、持ち込んだテントに入ってすぐに寝た。
ちなみにそういう事はしていない。明日どれだけ大変かわからなかったからな。少しでも体力を回復させておきたい。
ちなみ道中では普通にヤッてた。
他の奴らも女買いに行ってたりしたからな。問題無いだろ。皆が眠る馬車の中でスるのはヤバイと思ったんで、今夜と同じように、持ち込んだテントの中でシた。
テントを購入した過去の俺の判断に思わず心中でサムズアップしたからな。
家のように部屋が分かれているならともかく、一緒の寝床で片方しか相手にしないというのは流石にアレだったので、基本三人だ。
移動の疲労もあるから毎晩じゃぁ流石になかったけどな。
肉食獣は残念がってたけれど。
やっぱり低年齢での性行経験は色々と問題があるなー(棒)。
翌朝。
かーん、かーん、と鐘の音が響いたのは、朝食を終えてそれぞれ配置に着き始めた頃だった。
配置と言っても、丸太で作られた柵の内側に適当に割り振られただけだ。
個人の実力はともかく、千人規模での集団戦闘なんて殆ど経験した事が無い者ばかりなので、碌に連携も取れないだろうからな。
柵の内側から、近付いて来るサハギンに遠距離攻撃を仕掛けて数を減らすだけ。できるだけ横に広がって通せんぼ。
それが今回の作戦内容である。
鐘の音はサハギンが近づいて来た事を示している。
湿地帯なので土煙は立たないけれど、遠くに蠢く影が見えた。
否が応にも緊張が高まる。
横を見ると、ボウガンを握ったサラの手が震えているのが見えた。
そっと添えてやる。
「タクマ様……?」
「大丈夫だ。お前達は何があっても守る」
「……はい」
まだ瞳は不安に揺れているが、少なくとも体の震えは収まったようだ。
「最悪、俺達には逃げる手段があるだろ?」
「そうですわね。不慮の事故もオートレイズで防げますし」
ヤバイと思ったら『テレポート』で逃げればいい。あらかじめ『オーバーロード』をかけておけばカタリナの言葉通り事故を無くせる。
ちなみに『オーバーロード」の効果時間は二十四時間なので以前サラにかけた魔法はとっくに切れている。
サハギンの姿が徐々に見えて来た。
人間の体に魚の頭がついたような姿をしている、所謂半魚人だ。手にした三又の槍は彼らが生まれた時から所有している、所謂生体武器だ。ちなみにサハギンの魔石から出る通常の素材がこの三又槍、半魚人の三又槍、だ。
人間で言う尾てい骨の所から魚の尾が長く伸びていて、本来、水かきがついているせいで歩くのに向かない足をしているのにも関わらず、それなりの速度で走る事ができるのは、この尾を使ってバランスを取っているからだ。
前傾姿勢で走って来るその姿は、どちらかと言えば二足歩行の爬虫類を想起させる。
さて、俺のスキルを使えばこの距離でも矢が届く。ひとまず魔法を使うのはカタリナだけにしておいて様子を見るつもりだった。
一応射撃に関しては、指揮官の兵士の合図と共に一斉射撃をする手筈となっていた。
その合図はまだない。
まぁ、普通に考えればスキル無しで届く距離を想定して合図を出すよな。
ここで俺が独断専行して射撃を行えば、他にも射撃系のスキルを持った人間が攻撃を始めるかもしれない。
地球の常識で考えれば、弓兵の全てが必中とはいかない以上、各々散発で攻撃させるより、多くの人間に同時に撃たせた方が命中率が良いのだから、このような命令違反は許されない。
けれどこの世界は違う。ステータスが足りないならスキルで補えばいいんだ。
近くで弓を手にしている冒険者を見る。
顔が強張っているが、それが恐怖や緊張によるものではないことは『アナライズ』で見ればわかる。
名前:グェンフィディナス
職業LV:弓使いLV21
矢の射程距離を伸ばす『ロングレンジ』と命中率を上げる『スナイプショット』の獲得条件を満たしている。スキルを見てもしっかりと獲得しているので、サブで弓を使っていてLVがついでで上昇した訳ではないだろう。
つまり、それなりに弓を使える奴だ。
ようするにこいつも焦れている。
俺なら届くのに、と。
周囲を見渡すと、『ロングレンジ』を持っている冒険者はちらほらいる。
よし。俺が撃てば他の奴も続くだろう。
とにかく迫るサハギンをひたすら攻撃して迎撃するのが俺達の役目だ。
その邪魔にならないなら、命令を待たずに攻撃しても問題無い筈だ。
矢の残数?
それは自己責任だな。ある程度ギルドや貴族から物資として提供されているが、とてもじゃないがこれから何日も迎撃戦を行うには足りない。
だったらさっさと無くしてしまった方がいい。
追加で物資を頼む際、緊急性が増せば、要求が通りやすくなるだろうからな。
という訳で俺は矢を番え引き絞る。
隣の冒険者がそれに気付いた。
にやりと笑って俺を見ている。俺の矢が届いたら、自分も撃つつもりなんだろう。
気の早い奴は、俺の動きを見てすぐに矢を番えていた。
そうなんだ、独断専行と言っても、やはり『一番槍』というのは武功として魅力的だ。
ま、そのくらいの名誉は貰っておくさ。
そして俺の放った矢が空を切り裂いて飛翔し、先頭を走るサハギンの一体に突き刺さった。
そのまま光の粒子となって消えるサハギン。
「「「おおお」」」
俺の周囲で歓声が上がる。
一発で命中させた事もそうだが、なにより一撃で倒した事も大きいだろう。
俺は大したことない、とばかりに次の矢を番えて引き絞る。
俺が二射目を放つ前に、陣地のあちこちから矢が放たれた。
何本かは届かずに落ちたみたいだが、その多くはサハギンの群れに突き刺さった。
狙った相手に命中しなかった矢でも、敵の数が多いので、逸れた先で別の相手に当たる事が多く、距離さえ届けば外れる事の方が少ないようだ。
しかし、一撃で倒れたサハギンは居ない。何本かの矢がほぼ同時に刺さった事で倒された奴はいたけれど、単独で撃破したのは今の所俺だけ。
俺の二射目は、先の斉射で矢を受けなかった相手を狙った。見事に命中して光へと変える。
「「「おおお」」
再び上がる歓声。
俺が敢えて、ノーダメージの相手を狙った事がわかったんだろう。
ちらりと隣を見ると、相手もこちらを見ていた。若干悔しそうだ。
サラが隣でドヤ顔している。さっきまでの緊張はどこへ行ったんだろうな。
次々に矢が放たれ、サハギンに命中するが、サハギンの足は止まらない。
サハギンの知能が高ければ、射撃への対策を講じつつ動くだろうから、前進は止まるか遅くなるかする。本能に従っているなら、仲間が倒れる恐怖で逃げ出している。
けれど彼らは無策でとにかく突っ込んで来る。
これは、このサハギンが『狂気』のスキルを保有している事に由来する。
通常のサハギンはこのスキルを持っていない。そして、氾濫で溢れて来たモンスターは例外なくこのスキルを保有している。
そもそも、迷宮がモンスターを生み出し過ぎた結果、迷宮からモンスターが溢れて来るのなら、その前から迷宮から出て来るモンスターが存在している筈だ。
しかしそんなモンスターは居ない。
迷宮に迷い込んだ魔物がモンスター化して、帰巣本能に従って出て来る事があるが、基本的に迷宮で生まれたモンスターは迷宮からは出て来ない。
だから、迷宮からモンスターが出て来る事が氾濫の兆候として判断されているんだ。
迷宮から出て来るのはこの『狂気』が理由だ。
『狂気』を持ったモンスターは、モンスター以外の生物を殺すために動き始める。
目につけば闇雲に襲うなんてものじゃない事は、氾濫という現象を見ればわかるだろう。
彼らはモンスター以外の生物を殺すために、探しに出て来るんだ。
ただのモンスターには『狂気』のスキルは無い。
亜種などでたまに生まれながらに持っているモンスターもいるけれど、それは例外。レッドキャップとかね。
つまりダンジョンが意図して自らが生み出すモンスターに『狂気』を付与している。
何故か?
侵略のためだ。
ダンジョン内で魔力を溜め込み、ある程度溜まったら、狂気モンスターを作成して周囲へ放出。
氾濫に飲み込まれた土地や建物はダンジョン化し、ヒトや生物はモンスターとなる事が確認されている。
派生ダンジョンの作成が、ダンジョンの繁殖だとするなら、氾濫はダンジョンによる侵略だ。
内政で力を蓄えた国が、周辺諸国へ戦争を仕掛ける様によく似ている。
という訳でどれだけ殺そうとサハギンの前進は止まらない。
ついには多くの者の矢が届く距離となり、魔法も増え始めた。
そしてサラもボウガンを放ち始める。
ショートボウならともかく、ロングボウより射程距離が短いからな。
ついでにサラは射撃系の職業は勿論、スキルも持ってないから、それなりに引き付けないと当たらないし、ダメージも出ない。
そして俺は、サラが射撃を始めたのを合図に弓をしまい、柵を登って外側に降りる。
「おい!」
冒険者の一人がそれを見咎めて叫ぶ。
「前には出ないさ。間違って射られたら困るからな」
そして俺は構えを取った。
「拳闘士に俺は弓で負けてたのか……」
グェンなんとかが消沈した様子で呟いた。
「ぎゅえええええぇぇぇぇぇええ!」
雄叫びと共にサハギンが俺に向かって槍を繰り出す。
サラが一瞬、そちらにボウガンを向けるのが見えた。背を向けたまま、片手でそれを止めるよう示す。
繰り出された槍の穂先を下から突き上げて逸らし、即座に踏み込んで前蹴りをぶち込む。
相手の胸部を踏み台にその場で後転。前蹴りを放ったのとは逆の足を振り上げ、顎を蹴り砕く。
着地と同時に腰を回転させ、ハイキック。爪先をこめかみに直撃させた直後、ほぼ抵抗が無くなり、蹴り足をそのまま振り抜く事ができた。
肩越しに見ると、頭を吹き飛ばされたサハギンが光になって消えていくのがわかった。
他の陣地でも接近戦が始まっていた。
俺のように柵を越える者はおらず、皆柵の内側から、柵へと突撃してきたサハギンを攻撃している。
まぁ、それが当たり前だ。俺はサラとカタリナを少しでも危険から遠ざけるために柵の外側に降りたんだから。
しかし本当に数が多いな。これは体術の訓練とか言ってないで、スキルを多重発動させて一撃で撃破していかないと捌ききれないぞ。
という訳で相手の攻撃を捌き、受け流し、隙を突いて連撃を叩き込むやり方じゃなくて、一撃の威力を重視した方法に変える。
流石に『震脚』を使うと、俺の背後の冒険者達(主にサラやカタリナ)を巻き込むし、最悪、柵が倒れてしまう可能性もある。
一時的に筋力を増加させる『バンプアップ』と拳による突き攻撃の威力を上昇させる『ジャイロブロー』。種類問わず突き攻撃の威力を上昇させる『パワースパイク』を重複発動。
俺の放った拳がサハギンの頭を一撃で破裂させる。おぉう。すぐに光になって消えるとは言え、至近距離で見るこの映像はかなりエグいな。
柵から、というかサラとカタリナから三メートル以上離れないよう注意しながら、周囲のサハギンを次々撃破していく。
俺の周囲に来るサハギンは、次の瞬間には光の粒子となって消えてしまう。通常の軍隊であれば、そのような危険地帯は避けて通る筈だが、しかしやって来るサハギンの数は一向に減らない。
別に俺の所へ集中して来ている訳じゃない。ただただ彼らは真っ直ぐ進んでいるだけなんだ。
柵の他の部分では、倒しきれなくなったサハギン達が次々に柵に殺到し、さながらパニック映画のゾンビのようになっている。
あれはホラーだな。その迫力に目の前にいる冒険者達がびびってしまっている。
かぁーん、かぁーん、と若干間延びした鐘の音が響いた。
交代の合図だ。今前線に配置されている部隊と、後方で待機していた部隊を入れ替える作戦だ。
基本夜目の効かないサハギンは日が落ちるとダンジョンへと帰る。
これまで何度もダゴニアは氾濫を起こしているから、相手の習性もわかっているんだ。
とは言え、こちらも一日中戦い続けていられる訳じゃないので、三部隊に分けて交代制にしていた。
遠くから地響きが聞こえてくる。地震や地滑りじゃない。それは両翼から出撃しただろう騎兵隊の突撃の音だ。
冒険者達に鐘が聞こえたからと言って、好き勝手に後退されたら戦線を支えきれなくなる。
そのため、冒険者達には、鐘の音が聞こえて、目の前を騎兵隊が駆け抜けたら後退するよう伝えられていた。
俺はブロードソードを抜き放ち、大きく薙ぎ払う事で周囲のサハギンを吹き飛ばすと、一番上の丸太に手をかけ、柵を一気に跳び越えた。
まぁ、俺のステータス的には手を使わなくても一飛びなんだけど、一応な。
「おかえりなさい!」
「無事で何よりですわ!」
「おう、二人もな」
俺の帰還を喜ぶ二人にそう言葉を返し、俺はブロードソードをしまって弓を再び構えた。
蹄の音が徐々に近づいて来る。それまでの間、俺は矢を放ち続けるつもりだった。
ここいら一帯を支配する貴族の中でも、精強を誇る、マグダガード伯爵軍。その象徴たる胸甲騎兵隊がサハギンを蹴散らしながら両翼から近付いて来るのが見えた。
おお、凄いな。馬と突撃槍に次々サハギンが跳ね飛ばされていく。
特に彼らは何か攻撃している訳じゃない。ただただ前に進んでいるだけだ。騎馬の持つ突撃衝力のみでサハギンを吹き飛ばしているんだ。
ステータス以上に、それは彼らの技量の高さを表していた。
「よし、ここまでだな」
そして矢を放つのをやめ、俺もサラとカタリナを連れて前線を離れた。
入れ替わりに数人の冒険者が前に出る。
状態:疲労(重度)空腹(中度)狂気(軽度)
あー、疲れた。
一日目終了です。
次回二日目。思わせぶりに登場した何人かの冒険者は、こんな人達が参加してますよってだけで、今後のストーリーに深く関わる訳ではありません。
しかし作者は貧乏性なので、折角登場させたキャラは何らかの形で使いまわす可能性があります。




