第58話:カタリナとの生活
長らくお待たせしました
久しぶりの更新になります
朝、俺は脱衣所に居た。
上着を脱いで裸の状態。今まさに下を脱ごうとしたその時だ。
「あ」
「え?」
扉が開き、カタリナが入って来た。そして、固まる。
「あー……」
カタリナの目線が俺の上半身で固定されている。
ふむ、もう少し下履を下げておくべきだったか。
「一緒に入るか?」
このままだとお互い気まずいので、俺は冗談めかして言ってみた。
「も、申し訳ありませんでした!」
耳まで一瞬で真っ赤になると、カタリナは叫んで扉をしめた。
バタバタと、足音が遠ざかっていく音が聞こえる。
「……ふぅ」
俺は一息吐いて、ズボンと下着を脱ぎ、風呂に入った。
ダンジョンでサラとカタリナの育成を兼ねての攻略中。
「きゃっ!?」
すると突然カタリナが躓いた。
「おっと」
それを俺が優しく抱きとめる。
ふわりと香る石鹸の香りと、両腕に感じられるサラでは味わえない柔らかさがいいね。
サラ、こっち見ずに戦闘に集中しなさい。
「も、申し訳ありません……」
「いいさ。それこそ、足とか怪我してないか? ただ躓いただけでも、足首捻ってたりするからな」
「え、ええ。大丈夫ですわ」
「そうか」
「…………」
「…………」
「…………あの?」
「うん?」
「そろそろ離していただきたいのですけれど?」
「ああ、すまん」
既にカタリナはしっかりと立っている。俺が両腕を離すと、カタリナはほっと一息吐いた。
「ちょっと役得だと思ってしまってな」
「は、はしたないですわね」
頬を若干赤く染めながら、カタリナはサラの援護をするべく魔法の詠唱を始めた。
家に帰って夕食と風呂を終えた後のまったりタイム。
俺はサラを膝の上に乗せ、彼女の頭を撫でていた。
リビングのソファの上だったが、徐々に俺も気分が高まって来たせいで、少々手つきが卑猥なものになってしまった。
「ん、あ、ふぅ……」
サラの白い肌にも朱が入り始め、吐息にも色が着き始める。
「お風呂あがりましたわよ」
「あ」
「あん」
「え……?」
その時、風呂から上がったカタリナがリビングに入って来た。
俺とサラがそういう関係なのは知っている筈だが、それでもやはり、場面を目撃するというのは衝撃が大きかったのか、カタリナの動きが止まってしまった。
ちなみに、その間も俺の手はサラの肌の上を這いまわっており、それにサラも反応して荒い吐息を吐いている。
「も、申し訳ありませんでした!」
耳まで真っ赤にして、カタリナはリビングを出て扉をしめると、走り去ってしまった。
さて、カタリナの攻略にあたり、俺は一つの考えがあった。
そう、攻略だ。
カタリナにはそういうつもりで買った訳じゃないとは言ったけれど、やっぱりカタリナは欲しい。
いや、カタリナも欲しい。
勿論、欲望的な話だけじゃない。
というか、ちょっと俺が考えなしだった。
俺が解放しようとしない限り、ほぼ永久的に奴隷であり続けただろうサラと違い、カタリナは最短一年で俺の元から居なくなる可能性がある。
にも関わらず、俺はカタリナに『テレポート』を見せてしまった。
それ自体は構わない。いや、かなりまずいのだけれど。
考えなしだったのは、カタリナの条件を聞いていながら、即断で彼女を買ってしまった事だ。
『テレポート』はまぁいい。そういうスキルだと言い張る事もできるし、時空の女神の使徒であるから、『ワープゲート』だと誤魔化す事もできる。
けれど他がまずい。
特にまずいのが『キャストアストーン』だ。
『錬成』はまだいいけれど、これはまずい。正直、カタリナが俺の元を去った後、すぐに狩りの神の神殿から捕縛命令が出されても文句言えないくらいまずい。
そして『キャストアストーン』を封じられてしまうと、俺の稼ぎは激減する。
隠れて使う事もできるけれど、いずれはバレる。
特にカタリナは、お家再興のために金を欲しているのだから、俺がどうやって稼いでいるかは非常に気になる筈だ。
カタリナの口を確実に封じるなら、まぁ、殺すのが一番なんだろうが流石にそれはしたくない。
カタリナがこの事で俺を脅すようなら考えるけれど、今の時点では明らかに俺に非がある。
だから確実性は下がるし時間もかかるけれど、俺はカタリナを落とす事にしたんだ。
サラには初めての奴隷だった事もあり、とにかく飴を与え続けた。
食事時の野菜や青汁に関してはまぁ、あれだけど、基本的には優しく甘やかしてきた。
サラが子供だった事もあるし、奴隷としてずっと生きて来て、奴隷以外の生き方を知らなかったから、効果は抜群だった。
けれど、カタリナは同じようにはいかないだろう。
元々貴族の娘としての教育を受けているし、奴隷としての生活も、それ自体を目的としていないため、具体的に脱却のためのビジョンを持っている。
そんな彼女にただ優しくしても、彼女のお家再興のための熱意を、俺への好意が上回る事は難しいだろう。
勿論、彼女の目的であるお家再興を、諦めさせようっていうんじゃない。
普通に接していたのでは、俺が有用だとわかっても、お家再興のため、そして、成った後の発展のために利用しようとは思っても、俺のために俺の情報を秘匿しようとは思ってくれないだろう。
打算的過ぎるとは自分でも思うが、まぁ、仕方ない。
とにかく、俺は今後の生活のためにも、カタリナを落とす必要があるんだ。
そのために俺はある作戦を立てた。
その名もずばり、ラッキースケベ作戦だ。
おっと、呆れるのはまだ早いぜ。
まぁラッキースケベ自体は今更説明する必要は無いと思うので割愛する。
けれどあれは、別に読者を楽しませるためだけの演出じゃあないんだ。
いや、勿論、現実でただ転んだだけで都合良く女の子に突っ込んだ挙句、スカートの中に頭が入ってしまうなんて事はないだろうし、もしもそんな状態になったなら、経緯はどうあれ痴漢として訴えられても文句は言えないだろう。
ラッキースケベは、ヒロインに対して一気に印象度を稼ぐための手段なのである。
勿論、ラッキースケベで稼げるのは印象度だけではなく、不快感や嫌悪感も稼いでしまう事だろう。
けれど、物語の主人公たちは、それをイベントなどで活躍する事で、数値をそのままに好意と悪意を逆転させてしまうんだ。
絶対値を稼いでおいて、後でイベントで好意に変えてしまえばいいと、落とし神も言っていたからな。
嫌われる事を恐れていては、主人公はできないんだ。
とは言え、主人公ではない俺は嫌われる事を恐れる。
俺がラッキースケベを狙ったとしても、カタリナのヘイトを稼ぐだけで終わってしまうだろう。
戦闘やスキル、魔法などで俺の凄さを見せても、逆効果にしかならないだろう。
恋は盲目、痘痕も靨とは言うが、逆もまた真なり。
好きな相手の短所は長所に成り得るが、嫌いな相手の長所もまた、短所に成り得るんだ。
だから逆転の発想。
俺がラッキースケベを仕掛けるから嫌われるのなら、俺がラッキースケベを仕掛けられれば良いんだ。
稼げる印象度は同じ。俺が嫌われる事もない。更に俺のそういう場面を目撃をしてしまったという罪悪感を植え付ける事もできる。
サラとそういう事をしている場面を敢えて目撃させるなどすれば、俺を性的に見てしまうだろうし。
そして日々、戦闘などで俺の凄さを見せる事で、稼いだ印象度を好意に変えて行く。
そうしてできあがるのが、俺の事が好きで好きでたまらない、カタリナという女性、という訳だ。
勿論、そこまで理想通りにいかないにしても、契約の更新を迷いなく行えるようにはしたい。
バカな考えだと思う? 俺もそう思う。
けれど他に良い案が思いつかないんだからしょうがない。
俺が勇者として世界を救う旅をしているというなら、成り行きまかせでも仕方ないのだろうけど、俺はこうして拠点を持ってこの世界に根を張っている訳だから、行き当たりばったりの出たとこ勝負ばかりではいけないんだ。
扶養家族もいるしな。
さしあたって、俺がこの世界で成功する事を望んでいる女神に、好感度のブーストを頼むとしよう。
俺とサラとカタリナが寛いでいたリビングに、巨大な魔法陣が出現していた。
カタリナは流石に魔法を使えるだけあって、その見たことの無い魔法陣に恐怖し、警戒している。
サラは勇敢にも、俺の前に立って魔法陣を睨みつけていた。膝震えてるけどな。
「カタリナ、この魔法陣は大丈夫だ。サラも、敵の攻撃とかじゃないからひとまず座れ」
その中で、一人泰然とした態度で俺が二人に言う。
そして魔法陣の中心から、女神フェルディアルが姿を現す。
「な……!?」
フェルディアルの事を知っているのか、それとも、知らないまでもその身に内包する圧倒的な力を感じ取れたのか。カタリナが驚愕の表情を浮かべて絶句した。
サラは何故か女神の姿を見た途端、再び敵意を顕にし始めた。
女神の豊満な胸部とは、恐らく関係が無いだろう。
記念すべき五回目の仕送り。
まぁ、一年を基準に考えれば、半年という区切りでもある、六回目の方が記念としては相応しいかもしれないけれど。
「お久しぶりです。我が使徒タクマよ」
「お久しぶりです。我が神」
厳かな口調で雰囲気たっぷりに話す女神に合わせて、俺も恭しく膝をつく。
「そして初めまして。可愛らしい人の子らよ。私は女神フェルディアル。時空を司る神」
「め、女神様……!? !! はは、失礼したしました!」
暫く呆然としていたカタリナだったが、すぐに膝をつき、頭を垂れた。
「女神……」
対してサラは、俺と女神の間に立ったままだ。
貴族としての教育を施されたカタリナと違い、奴隷としての生き方しか知らないサラに、神を敬うという概念は無いんだろうな。
それでもフェルディアルはかなり神としてのオーラのようなものを放っている。この圧力を前に膝をつかないっていうのも、かなりの精神力だな。
これが俺に対する忠誠というか、愛故にっていうなら嬉しい反面、ちょっと重い。
俺なんて命を賭してまで守る程の男じゃねーよ?
まぁ、俺がここで死んでしまったら、残されたサラの苦労は想像できるから、彼女が俺の前から退かない事も理解できるけどさ。
「それでは女神フェルディアル。今月分にございます」
俺は『マジックボックス』から金貨一枚と手紙を取り出し、女神に渡す。
「はい。確かに受け取りました。咲江さんに何かお伝えしておく事はありますか?」
最初の荘厳な態度はどこへやら。丁寧だがどこか威厳に欠ける口調でフェルディアルが尋ねる。
長く保たないんだな、神モード。
「いえ、必要な事は手紙に書いてありますから」
「本当ですか?」
ちらちら、と女神はサラとカタリナを見ている。
ち、手紙の内容知ってるな。確かにサラとカタリナの事は手紙には書いていない。
いや、書いたが、後輩ができた、くらいしか書いていない。
だって書けねぇだろ。こちらで奴隷を買いました。おまけに一人とは肉体関係を持ちました。12歳ですけどね(笑)とかさ。
異世界の事知ってても、母さん卒倒するぞ。
「咲江さん、とはどなたですか?」
そしてサラさん。この状況で真っ先に聞くのがそれですか?
「サラさん、今はそのような事を気にしている場合では……」
カタリナからも突っ込まれてるし。
「タクマさんの御母堂ですよ」
「!!!?」
にこやかに笑って答える女神の言葉に、サラが反応した。
即座に女神の足元に飛び込み、見事な土下座を披露する。
「お願いいたします! タクマ様の母上に、どうか、どうかよろしくお伝えください!!!」
必死だな。
「え、ええ、わかりました」
そして若干どころかドン引きしてるじゃねぇか、女神。
「いや、言わないでくれ」
「そ、そんな……」
俺の言葉に、サラは顔を上げた。この世の終わりのような表情を浮かべている。
「わ、私では母上に紹介するのは憚られるのですか? 奴隷だからですか!? 至らないからですか!!?」
必死か!
「子供だからだ」
「もう子供を産めます! 毎晩タクマ様を満足させられていると自負しております!」
おい、赤裸々に語るな。
カタリナは顔を赤く染めて目線を逸らし、フェルディアルはあらまぁ、という感じで手を口に当てて驚いている。
「俺の故郷ではお前の年齢では結婚は勿論、手を出す事すら犯罪なんだ。だから伝えられない。決してお前が悪い訳じゃない」
「でも……」
尚も抗議しようとするサラ。目に涙溜まってるな、そのうち零れるぞ。
あと首輪発光し過ぎ。そのうち締まるぞ。
「悪いのは俺の故郷で制度で、その故郷出身の俺だ。お前には何の非も無いよ。俺の故郷で問題無い年齢になったら、その時改めて紹介するさ。きちんと、俺の口から」
勤めて優しい声色でサラを諭す。つい、と人差し指で涙を拭ってやった。
この涙ってどうすればいいんだろう? 流石に舐めるのは変態チックだよな。
「……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
サラを抱き寄せると、彼女も俺の腕の中に自然と収まった。
暫く、優しく抱きしめながら背中をさすり、頭を撫でてやる。
「それでは、サラさん。タクマさんとの繋がり、もっと強くしたくありませんか?」
暫く室内は沈黙で満たされていたが、女神がそれを破った。
「したいです!」
俺に抱き着いたまま、サラは首だけ女神の方を向いて力強く宣言した。
だから引くなって女神。自分で振っておきながら。
「で、では、私の祝福を授けましょう。そうすれば、私の使徒であるタクマさんとの関係はより一層深まるでしょう」
「是非お願いします!」
若干食い気味に返答するサラ。
「ついでにカタリナさんもいかがです?」
そんなスーパーで試食を勧めるみたいな口調でいいのか?
しかしその口調の軽さとは裏腹に、女神から直接そのように言われて、断る事のできる人間はいない。
少なくとも、神に関して一般教養程度の教育を施されているなら。
そんな風にサラとイチャイチャしつつ、カタリナに俺を意識させる生活を続けていたある日、『空気の嫁』に反応があった。
また野盗でもやって来たか? と屋根裏部屋に上がって『サーチ』使用。街の方から数人の人間がこっちに近付いてくるのがわかった。
目視で確認。んん? 野盗とはちょっと毛色が違うようだなぁ。
仕立ての良い服を着た、青年が一人。同じく服装の整った、壮年の男性が一人。
そして彼らを囲むように、鎧を着た男性が7、8……11人。
鎧はよく磨かれているようだし、形や外装も揃っている。冒険者や傭兵じゃなくて、正規の兵士だな。
どこかの貴族の一団か?
友好的そうな雰囲気じゃないし、ガルツの外れにできた家の調査に来たという風でもない。
そもそも、ガルツの本物の都市長であるクレインさんと、ガルツの執政府。更にそこから紹介された建築ギルドに話をつけてここに家を建てたのだから、周辺の貴族は勿論、このガルツを領地に持つ貴族が調査に来るはずがないが。
となると心当たりは元貴族のカタリナくらいか。
下に降りてカタリナに確認をする。
「という訳なんだが、何か心当たりあるか?」
「いえ、奴隷になってから貴族との繋がりはほぼ無くなりましたから」
そしてカタリナは少し考えて、
「……その貴族はどのような外見をしておりました? それと、紋章のようなものは確認できたでしょうか?」
「ん? ちょっと待ってろ」
言って俺は屋根裏に再び上がり、相手の顔や身に着けているものなどをよく確認する。
「顔は……うん、まぁそこそこ整ってるな。金色の髪で青い瞳はこの国じゃ普通だな。鼻は少し大きいか。俺の印象だが、平民とかの位の低い人間を見下してそうだ」
「まぁ、普通の貴族はそうでしょうね」
俺はほぼ貴族と接した事が無いからあれだけど、『常識』によると、貴族はやはり傲慢で尊大で王侯貴族以外を下賤な輩と侮蔑している者が殆どだそうだ。
むしろ、そうでない人間は極端に少ないので、そういう例や逸話は人の口にのぼりやすいんだそうだ。
「貴族の胸元に紋章がついてたな。満月だか太陽だかの前で麦がクロスしてるやつ」
この紋章は『常識』には無かったが、カタリナは心当たりがあったようだ。
額に手を当てて天を仰いでいる。
「やばい貴族なのか?」
「ご主人様には害のある相手ではありませんわ。わたくしが応対いたしますわ」
「待て」
早口でそう言って玄関に向かおうとするカタリナの肩を掴んで止める。
「あいつとの関係をすぐに教えろ。そしてどう言う奴だ? ここに来る目的は?」
「……ご主人様とは関係の無い相手ですわ」
「お前は俺の奴隷だ。そのお前と関係があるなら、俺とも関係がある」
「…………」
「言うなら早く言え。あいつがこの家に到着するのにそれほど時間はかからない。もしもあいつがお前に何か害を成す気なら、俺は貴族とか関係なしに抵抗するぞ」
本来なら無謀とも言える俺の言葉だが、俺の実力を知っているカタリナなら、それが可能である事もわかるだろう。
そしてその結果、何が起きるかも。
事情を話さないとあいつを殺すぞ、って脅したようなもんだからな。
その方が面倒が無くて良いってカタリナが思うなら、まぁその時はその時だ。
全滅させて死体は『マジックボックス』に入れれば足もつかない。何か聞かれても知らぬ存ぜぬで押し通せばいい。
現実的に、武装した兵士を引き連れた貴族を、新米冒険者が何の被害も無く全滅させられるなんて誰も思わないからな。
死体は後で適当なダンジョンに捨てて、他の冒険者達に発見させれば、完全犯罪成立だ。
この国の司法がどこまで腐っているかにもよるけれど、問答無用で罪人認定されるようなら、勿体無いけど家を捨てて他所の国へ行こう。
カタリナはどうするかな? ほぼ当事者だから罪に問われない事は無いだろうから、その時は連れていく事になるよな。
そうするとお家再興はまず不可能になるけど、共犯認定された時点でそれは叶わないだろうから、普通に了承してくれるだろう。
そして俺よりはこの国の司法に詳しく、司法と国と貴族の腐敗ぶりがわかっているだろうカタリナが、俺を止めないようなら、証拠さえ残さなければ問答無用で犯罪者にされる事は無いという根拠になる。
仮にそうでなかったとしたら、それはカタリナが、俺と一緒に逃げても良いくらいには、お家再興を諦めているって事でもある。
貴族を殺す事のリスクに思い至らなかったって言うなら、それはカタリナの落ち度だ。自業自得としてお家再興は諦めて貰おう。
「……わたくしの婚約者ですわ」
暫くの沈黙の後、カタリナは不承不承といった様子で口を開いた。
「勿論、本来ならわたくしが奴隷に落ちた時点で婚約は解消されるのですが……」
「それならあいつに借金を肩代わりして貰えば奴隷に落ちずに済んだんじゃ?」
貴族の結婚は家同士の繋がりの強化が主な目的だ。没落した貴族との婚約を継続するなんて、カタリナ自身が目的以外にはあり得ない。
それなら、カタリナがお願いすれば、そのくらいはしてくれたんじゃないだろうか。そうすれば、後顧の憂いなく、カタリナはあの貴族の嫁になっただろうし。
あ、嫁。そうか。
「元々は彼、ジョン・ディールがわたくしの婿になる予定だったんですの。ディール家は男爵で、クォーリンダム家は子爵。こちらの家格の方が上ですし、ジョンは三男でしたから」
しかし借金を肩代わりして没落を免れたとなれば、その力関係は逆転してしまう。仮にカタリナへの婿入りがそのままだったとしても、ディール家からのクォーリンダム家への過度な干渉は避けられなかっただろう。最悪、そのまま家を乗っ取られてしまう可能性さえあった。
「我が家の借金も、ディール家の借金の一部を肩代わりしたのが原因なんですのよ? けれどいつの間にか、一部が全部に変わっていて。気付いた時には利息でどうしようもない額に膨らんでいましたの」
「杜撰な計画だな」
カタリナの父親が良い人だったのか、超がつく間抜けだったのかはわからないが、つけ入る隙があった事は確かだな。しかしそれでカタリナとカタリナの領地を手に入れようなんてかなり無理があるだろう。
「本当に。勿論父はすぐに法務局に訴えたのですが、碌な調査も行われずに、逆にすぐに利息を返せ、と命令される始末でしたわ」
「あー、グルだったかー」
「でしょうね。わたくしもすぐに法律関係を調べましたが、何かしらの裏取引による根回しが無ければ、我が家の言い分が通らない筈がありませんもの」
言いながらカタリナは俯いてしまった。肩を震わせているのは没落してしまった哀しみか。自分達を騙したディール家への怒りか。
「それでもあいつはしつこくお前に結婚を迫って来るのか? 無理だろ」
自分達の領土を詐欺同然に奪った(実際にはカタリナの父が領土を返還する事を選んだのでディール家のものにはなっていないが)相手の嫁になんてなれないだろうに。
「ええ、しかも、側室として」
「おいおい」
「わたくしが彼の側室になれば、すぐに領地を国から買い戻して、クォーリンダム家を再興してくださるそうです。ジョンを当主として、ですけれど」
「けれど当然、それは受け入れられない?」
「勿論ですわ。仮にその後わたくしの子供が生まれて後を継げるとしても、ディール家の分家としての教育をたっぷりとされた後でしょうからね。それはもう、クォーリンダム家とは言えません!」
「うん、了解した。だったら追い返そう」
「え?」
「話を聞く限り、今までだってあいつはお前にアプローチしてたんだろう? けれど断って来たんだよな?」
「え、ええ。けれどそれは、わたくしがAランク冒険者や、大ギルドや大手商会などを選んでいたからで……」
つまり、しがない男爵家では手出しできないような相手ばかり選んでいた訳だ。
今回俺を選んだのは、自分が年齢的に限界である事に加えて、急がないと、契約を破棄された情報を掴んだディール家に買われてしまうからってのもありそうだな。
貴族に睨まれて奴隷商が商売できる筈ないから、求められたらあの奴隷商はカタリナをディール家に売っただろう。
それをカタリナが拒み、ディール家の嫌がらせでも始まれば、奴隷商はカタリナを訴えるだろうしな。
「だったら今回も断ればいい。俺にはそれだけの力がある」
「けれど相手は貴族で……」
「あれがこの領地を治める貴族とか、男爵ながらに公爵や王族と繋がりがあるってんなら難しいけど、子爵家との力関係を覆せない程度の男爵家なら、それを何とかできる伝手くらいはあるよ」
「…………」
まだ不安そうだが、一応は納得したっぽいな。
まぁ俺の色々な規格外な部分を見せているし、テテスとの繋がりもわかっている。更に、テテスの工房を再建した時、もっと大物と懇意にしている事も匂わせているからな。
ついでに言えば時空の女神の使徒だ。
ヘタをすると彼らは、教会関係者を敵に回す事になる。
この国ではマイナー神とは言え、マイナー神だからとその使徒をぞんざいに扱うような貴族に、他の神の関係者が果たして良い顔をするだろうか。
他のマイナー神を信仰している教会が連名で国に抗議すれば、国だってその貴族を処罰しない訳にはいかないだろう。
何せマイナー神の中には、メジャー神と繋がりの深い神なども居るからな。
さて、そうした損得勘定ができる相手ならいいんだけどな。
カタリナの家に対する手段を聞く限り、あまり賢いとは言えないだろうな。リターンだけを見て、リスクは考えないタイプだろう。回避方法があれば気にしないって感じか。
更新間隔も長めなら、本文も少し長くなりました
次回は今週中にアップ予定