第57話:肉食獣の夜
ボス戦です。
後半はカタリナが初体験です。
ボス部屋に入ると扉が閉まり、部屋の中央で魔力の噴出が起こった。
俺は火竜槍を『マジックボックス』から取り出し、構える。
前に突き出す形じゃなくて、左半身になり、右手に持った槍を背後に隠すような姿勢だ。
この構えは、ステータスの数値が物理法則に影響するこの世界ならではのものだ。
勿論、地球にもこういった構えをする流派はあるだろう。けれど、この世界の槍使いは、これがスタンダードなんだ。
槍の一番の武器はやっぱりリーチの長さだ。だからこそ、地球での槍は、穂先を前に出して、相手を牽制するように構える。
けれど、この世界では、ステータスが高ければ、鋭い槍で突かれてもダメージを受けない。
穂先の鋭さに頼った突きは、この世界では全く脅威ではないんだ。
だからこそのこの構え。
槍のリーチを活かしつつ、その一撃で相手に十分ダメージを与えられる攻撃、薙ぎ払い。
『ダブルスパイク』とか、槍系のスキルは突き系統が多いにも関わらず、この世界の槍の基本攻撃は、遠心力をたっぷり効かせたワイドスイングなんだ。
「ばふぉおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉおおおお!」
って、ボスはバフォールかよ!
『常識』だとウィッカーマンを伴った巨大な山羊小鬼なんだが。
これもダンジョンが進化した影響だろうか。
まぁ、俺にとっては、複数で出て来られるより戦いやすくていいけど。
出現時のバインドシャウトで後ろの二人が硬直しているのを感じながら、俺は前に出る。
走り込みながら、無詠唱で魔法を発動させる。圧縮された空気の槍が生み出された。
第二階位の自然魔法『ウィンドシュート』。
威力はそこまでではないけれど、風の魔法は視認がしにくいのが特徴だ。何より飛行速度が速いので、二重に回避が難しい。
魔法と物理の二段攻撃。サラに目指させている所だ。
俺がやるなら『インヴィジヴルジャベリン』を使う所だけど、あまり高過ぎる目標はモチベーションを削ぎかねない。
射出された風の槍。それが二本。
バフォールはその巨体に似合わない俊敏さで二本とも回避する。
けれどそこは、俺が誘導した場所だった。
しっかりと踏み込み、腰をぶつけるつもりで槍を振るう。
魔法を回避して着地したのと同時に、バフォールの頭を火竜槍のフルスイングが直撃した。
「ぶふおおぉぉぉお!?」
吹き飛びながら上体が傾く。
それを、下から発動させた『アイシクルランス』で無理矢理かち上げる。
俺は槍を振り抜いた勢いを殺さずその場で回転。遠心力をたっぷりと乗せた突きを、バフォールの胸へと繰り出す。
突きの威力が上昇する『パワースパイク』を発動させての一撃は、見事バフォールの胸を突き穿つ事に成功する。
貫通した穂先に何か蠢くものがひっかかっているように感じた。
すぐにそれは動かなくなり、それと同時にバフォールが光の粒子へと変化し、消える。
「まぁ、こんな感じだ」
魔石を拾いながら、俺は振り向いて二人に話しかけた。
「「…………」」
しかし二人は無反応。あまりの凄さに声も出ない? けれどサラならその辺りを脇に置いて、俺を称賛しそうなものだけど……。
状態:拘束(中度)
ちょっと早く倒しすぎたらしい。
『リフレッシュ』をかけて二人の状態異常を治す。
「流石です! タクマ様!」
そして予想通り絶賛してくれるサラ。
「一体、何がどうなったのやら……」
あまりにレベルが違い過ぎて、参考にならなかったらしいカタリナ。
「まぁ、今回のはサラに目指して貰う戦闘スタイルの完成系だ。牽制や相手の行動を阻害するために魔法を使用して、その隙に物理攻撃を叩き込む」
「はい! 頑張ります!」
「使用していた魔法がどちらも第一階位ではなかったようですし、しかも無詠唱だったようですが……?」
深く考えずに返事をするサラと、俺の使用した魔法とスキルに慄いているカタリナ。
ほんと対照的だ。カタリナも、俺の事を尊敬するようになるとサラみたいになるんだろうか?
「ま、今日のところはこんなところで帰るぞ。サラ、今日の夕食は俺が作る」
「という事は、新しい料理でしょうか!?」
サラの目が輝いている。未知のものへの好奇心というよりも、これまでの料理が外れ無しだからだろうな。
青汁は未だに不評だけど。
「いや、今日はステーキを作ろうと思う。カタリナの歓迎会みたいなものだ」
「す、すてー……」
「あら、今日は豪勢ですのね。わたくしのために? それはどうもありがとうございます」
感動のあまり絶句するサラと、とりあえず社交辞令的にお礼を言うカタリナ。
そういやカタリナって元貴族だから、カレーとかの特殊な料理はともかく、ステーキみたいなこの世界にもある料理は食べ慣れているのかもしれないな。
いや、豪勢だとわかるって事は、貴族にとっても贅沢なのか? それとも、カタリナが物心ついた時には、クォーリンダム家貧しかったのかもしれない。
「とりあえず今日は『テレポート』で入ったから『テレポート』で帰る。普段は出入りは徒歩で行っているからな」
「わかりましたわ」
そして俺はサラとカタリナの手を握って、『テレポート』で家へと飛んだ。
「ここが俺の、いや俺達の家だ」
「タクマ様……」
俺がちょっとクサく言い直すと、サラが感激したように呟いた。
「ええ、中々のお屋敷ですわね」
カタリナの感想は淡泊だ。くそう、ブルジョワめ。
「え? 部屋に入る前に靴を脱ぐのですか?」
「ああ。玄関と言って、まぁ靴を脱いだり履いたりする場所だけど、そこで靴を脱いで、こっちの部屋用の靴、スリッパに履き替える」
とは言っても、現代にあるようなスリッパじゃなくて、底に動物の皮を張り厚手の布で作ったものだ。
「なるほど。これなら床が汚れませんわね。掃除が楽そうです」
まさにそういう意図だしな。後は家の中でも靴を履いていると足が蒸れるし、疲れが取れないってのもある。
「個室を下さるのですか!?」
俺がサラの隣の部屋を好きに使えと与えると、またカタリナが驚きの声を上げる。
「タクマ様に買われたのは本当に幸運な事だったと思いますよ。私はタクマ様が初めてのご主人様ですが――」
『初めて』の所で顔を赤らめるのやめろ。こっちが照れるわ。
「――間違いなく、最高のご主人様だと断言できます」
「そう、幸せなのですね」
サラの言葉をどのように受け取ったのか。カタリナの言葉は感情が薄かった。
うーん、お家再興に燃えてる系かと思ったけど、実は諦めてたりするのか?
「じゃあサラ、家具やトイレの場所と使い方を教えてやってくれ。その間に風呂を沸かしてくる」
「夕食にするのでは?」
サラが、正気ですか? とでも言いたげな表情で尋ねて来る。そんなに肉が食いたいか。
「お前たちが風呂に入ってる間に作っておくよ」
「え……?」
するとこの世の終わりのような表情を浮かべるサラ。物を持っていたら、床に落としていそうなくらい力が抜けてしまっている。
「今日はカタリナに風呂の入り方を教えてやってくれ」
「そのくらいわかりますわよ」
「完全に一人で入った事があるのか? 湯女は居ないぞ? ちょっと特殊な道具も使うし」
上流階級なら石鹸やフスマ、香油を使った事はあると思うけど、どうだろうな。
「水浴びくらいならした事ありますわ」
「サラ、教えてやってくれ」
サラと言いカタリナと言い、なんで風呂に入る事で見栄をはるんだろう。
「…………」
「サラ、寝る時に埋め合わせをしてやるから」
「…………わかりました」
おい、首輪発光してんぞ。そんなに俺と入れないのが嫌か。
……照れるじゃねぇか。
「じゃあ風呂沸かしてくるから、カタリナへの説明、よろしくな」
「……はい」
まだ機嫌悪いみたいだな。首輪が微かに発光してら。
二人が風呂に入っている間に夕食の準備をする。
焼くのは猪のもも肉だ。サラの機嫌取りも兼ねて、1センチの分厚さで用意した。重さで言えば400g。普通男性がステーキ店で頼むくらいの量だ。
サラなら問題無く食べる、というかかなり喜ぶだろう。
カタリナはどうだろうか。貴族と言うとあまり大食いのイメージは無いし、食べ盛りの年齢を過ぎているけれど。奴隷暮らしがどちらに転ぶかだな。
付け合わせはフライドポテトと茹でたニンジン。
スープはユリアからレシピを貰ったコーンポタージュ。自家製の白パンもつけよう。
ソースは無いから塩と胡椒で誤魔化す。
また今度、ユリアにステーキに合うソースのレシピと材料を貰おう。
「お先お風呂いただきました」
「おう、こっちも丁度できたところだ。髪を乾かしたら席についてくれ」
うん、湯上りで上気した肌が色っぽいな。サラもそうだが、カタリナは年齢も相まって非常に妖艶な印象を受ける。
髪を下ろしているのも大きいだろう。
うーん、カタリナの髪も大分痛んでるみたいだな。金髪なのにまるで光沢が無い。ただの黄色だ。
「あー、カタリナの櫛もそのうち買って来ないとな」
「今日は私のを貸します」
「すまんな」
サラのために買ったものだから、俺がサラに貸してやれと言うと角が立つと思っていたのだけど、サラから提案してくれて助かった。
空気を読ませたみたいで若干罪悪感があるけどな。これは今夜頑張らないと……。
そういう意味でもステーキは良いチョイスだったかもしれない。スライスニンニクでもあれば完璧だったな。
「こ、これは……」
サラに風の魔法で髪を乾かして貰ったカタリナは、テーブルに並んだ料理を見て慄いている。
「ステーキだ。それともコーンポタージュの方か? 白パンは見た事くらいあるだろう?」
「こんな分厚いステーキは初めて見ますわ。大きさも、かつてわたくしの家で出されていたのはこの半分も無かったですわ」
それが淑女のサイズなのか、それともまだ幼かっただろうカタリナに合わせたサイズなのか。
それとも、その時から既に財政が悪化していたのかは、俺には判断できなかった。
「コーンポタージュという事はトウモロコシを使ったスープなのですか? けれど、ここまで色がついたものは初めて見ますわ! なんですの? このパンは! 白パンは確かに見たことも食べた事もありますけれど、こんなにモチモチとしていて柔らかく無かったですわ!」
なんというか、並んだ料理全てに驚いてくれたようだ。
そしてサラは、無言でこちらをじっと見つめている。
「よし、冷める前に食べるか。席についたら手を合わせて」
俺は座って両手を合わせる。対面にサラ。その隣にカタリナが座る。
サラも同じように両手を合わせ、カタリナも見様見真似で両手を合わせる。
「カタリナ、これがこの家の食事前の作法だ。食べる前はこうして手を合わせて『いただきます』食べ終えたら同じように手を合わせて『ごちそうさまでした』だ」
「わかりましたわ。何かの祈りですの?」
「どちらかというと食事に対する感謝かな? 肉は勿論、野菜も生きていた。それを殺して食うんだ。感謝を示していただきます。美味しくいただいたなら、命をいただいたのでごちそうさま」
「素晴らしい考えだと思いますわ」
流石に大勢の神が存在している世界。こういうしきたりやルールには寛容だ。
勿論、この世界にも、自分の信じる神の教え以外は全て間違っていて悪だと考える狂信者居るけれど。
「「「いただきます」」」
そして食事が開始された。
「なんですの!? フォークもナイフもすっと入りましたわ! こんな柔らかいお肉は見たことがありません! なのに噛み応えがあるとかどういう調理方法ですの!?」
「これはジャガイモ!? あのパサパサした腹持ちが良いだけの作物がこんなサックリした食感に変わるんですの!?」
「スープに仄かな甘みがありますわ! コクがあって体の中から温まります!」
「モチモチとして柔らかくてしっとりとした不思議な食感! これが本物のパンなのですわね!?」
カタリナはいちいち驚いてくれた。ううむ。何でも美味しく食べてくれるサラも嬉しいけれど、こういう反応もまた良いもんだな。
サラはサラで一心不乱に肉に齧りついている。
「「「ごちそうさまでした」」」
あっという間に食べ終えた二人に、慌てて俺も完食する。
「はぁ、このお水も美味しいですわね。魔力で生み出した水はそのままでは飲用には向かない筈ですのに……」
「だから『ピュリフィケーション』で不純物と魔力を取り除いてるんだよ」
「第二階位の魔法をそんな風に……!?」
普通は泥水なんかを綺麗にする、土木作業用の魔法だからな。
「それじゃ、俺達は寝るから。お前ももう寝ろ。明日はサラが起こすと思うから、色々聞いて朝ご飯の準備よろしくな」
「え?」
俺が風呂から上がると、カタリナが何やら思いつめた表情で座っていた。
多分、初日のサラと同じことを考えていると思ったので、その必要が無い事を伝えてみた。
案の定、驚いたような、拍子抜けしたような声を出す。
「どうかしたか?」
一応、尋ねてみる。
「抱かないのですか?」
やはり初日のサラと同じことを聞かれた。
「そりゃカタリナは綺麗だし、プロポーションもいいから、抱いていいって言われたら、抱きたいけれど」
俺は正直なところを口にする。カタリナの表情が強張り、サラから表情が消えた。
「だからこそ、カタリナが抱いて欲しいって思うまでは俺は抱かない。勿論、そこに打算や計算があってもいい。けれど、首輪で命令されるなら抱かれてもいい、なんて思っているなら俺は抱かない」
「…………」
「まぁ、難しく考えるな。俺はそういうつもりでお前を買った訳じゃない。家事と戦闘をこなしてくれれば、契約の時に約束した賃金は払うさ」
「じゃあ、何故サラさんは? まさかようじ……」
「成り行きだ!」
言わせねぇよ。
「それこそ、サラが主従や首輪関係なしに、俺に抱かれたいと思い、俺がサラを抱きたいと思ったからこういう関係になったんだ。俺が特殊な趣味の持ち主って訳じゃない」
さっきお前の顔と体褒めただろう! 社交辞令だと思われたのか?
「俺は別に奴隷にそういうのを求めてる訳じゃないんだ。けれど、俺も男だから、お互いにそういう気になれば、そういう関係になっちゃう事もある」
俺は何を力説してるんだろう?
「まぁ、とにかく、あれだ。今日のところはしっかり休め」
「……わかりましたわ」
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
カタリナが部屋に入っていくのを見届けてから、俺はサラと連れたって部屋に入る。
しだれかかってくるサラが、既に女の顔をしていた。12歳とは思えない色気を纏わせている。
女は生まれながらに女優って言葉を、こういう時に実感するよな。
服を脱がし合い、口づけを交わすと、サラが俺を押し倒した。
「サラ、今日はどうした?」
基本的にされるがままのサラが積極的な事に俺は少し驚いてしまう。
「抱かれているだけじゃないところを、お教えしましょう」
そう言って唇を湿らすサラの瞳が、妖しく輝いた。
「……お手柔らかに」
そして俺は、サラの奉仕に身を委ねたのだった。
という訳でカタリナ、夕食にて色々初体験でした。
そしてお肉大好きサラさんは、夜も肉食系。




