第47話:サラ、初めての戦闘
サラの装備受け取りと、初めての戦闘です。
グロ要素は無いです。多分。
翌朝。本当に朝に目を覚ます。
時計を確認すると九時前だった。久しぶりの早起きだ。
他のヒトはもっと早起きだと思うけどな。特にこの世界の多くは日の出と共に起きる訳だし。
サラはまだ起きていないようだった。
先に朝食を作ってから、と思って卵を手に取ったが、そう言えば調理方法を教えないとな、と思い出す。
扉をノックする。
「はい」
昨日を同じくすぐに返事があった。
うん、まだ寝坊癖はついてないみたいだな。
「朝食を作る。部屋着に着替えて出て来い」
「はい。少しお待ちください」
扉の向こうで衣擦れの音がし始めたので、俺はその場を離れた。
なんとなく、聞いていたらまずいような気がしたからだ。
廊下を歩いてリビングに入る。そう言えば卵を持ったままだった。
とりあえず卵を置いて、竈の準備を始める。
火を点け、フライパンを棚から取り出したところで扉が開いてサラが入って来た。
「おはよう」
「おはようございます」
こちらをちらりと見て頭を下げる。ふむ、まだ硬いな。
「よし、今日作るのは玉子焼きだ」
「昨日の目玉焼きとは違うのですか?」
「大雑把に言えば昨日のはただ焼いただけ。今日のは焼く前にちょっとする事があるんだ」
「はぁ」
「まぁ、そんなに難しい事じゃないから。見てればすぐに覚えられるさ」
本格的なのを作ろうと思えば、かなりの技術を必要とするらしいけど、まぁ、そこまでのは求めてないからな。
「卵を器に割って入れて、塩と砂糖で味付けする。この辺りは適当でいいけど、入れ過ぎに注意な。一つまみ程度でいいぞ」
「砂糖を、使うのですか……!?」
サラが慄いていた。まぁ、砂糖は高級品だからな。海に面してないエレノニア王国じゃ塩もそれなりに高価だけど、こちらは生活必需品という事もあってそれなりに出回っているけれどな。
とは言え、俺が今回用いたのはエルフも作っていた、てん菜芋から作られた砂糖だ。エルフからお土産で貰っていた分がまだ残ってるからな。このくらいの量は問題無い。
それに、多分俺てん菜芋を持って『錬成』すれば砂糖造れると思うんだよな。
できないならできないで、エルフや妹に譲って貰えばいい。無料がまずいなら金なら払う。
「気にするな」
とは言え説明するのが面倒なので、一言で済ましておく。
サラは無言で頷いている。首輪の一部に赤い輝きが灯っているので、奴隷への強制命令がはたらいてるみたいだ。
「空気を含むようにしっかり混ぜる。白身部分が完全に無くなったら、フライパンで焼く」
二回に分けたりするらしいけど、今回はシンプルにいこう。
サラが慣れて来たらその辺りは本人がアレンジするだろう。
「フライパンにひっつかないように気を付けながら、こうしてくるくると巻いていく」
菜箸じゃなくて木ヘラなんで若干まごついたけど、まぁまぁ上手くできたんじゃないかな。
所謂玉子焼きらしい外見に仕上がったと思う。
「おお……」
感嘆の呟きを漏らすサラの目が輝いている。
ふふ、順調に餌付けされているな。いいことだ。
昨日も食べた黒パンのなんちゃってオートミールに青汁を合わせて今日の朝食は完成だ。
青汁を見た瞬間、サラの眉間に凄い勢いで皺が寄ったな。
「「いただきます」」
サラの手はやっぱり一番に玉子焼きへと伸びた。
フォークを突き刺し、口へ運ぶ。
「はむ、むぐむぐむぐ、ごくん。………はむ」
一口齧って咀嚼後嚥下。そしてすぐに、皿に戻していなかった玉子焼きの残りにかぶりついた。
どうやら気に入ってくれたようだ。
青汁には難色を示したので命令して無理矢理飲ませる。
赤い輝きがかなり強いな。抵抗してるのか? それ以上抵抗すると首輪締まるから気を付けろよ。
朝食後は片付けと洗濯。そして掃除を終わらせた後、ルードルイへ向かう。
ちなみに今日はリビングと個室の間にある廊下と階段を掃除させた。
今後はリビングで一日。廊下と一階の個室で一日。階段と二階の廊下と個室をそれぞれ一日ずつ交代で掃除させる予定だ。
まだ俺の魔法の補助無しだと通して掃除できないけどな。
若干体力と生命力が上がっているので、まぁこれからだな。
ちなみにある程度家事をこなして、ステータスが一定以上あると『家事士』の職業が獲得できる。
男性でも獲得できるので家政婦とは呼ばれないんだろうな。
なお、この『家事士』をある程度修めると幾つかの派生職が獲得できるようになり、その全てに熟練すると、女性だと『女房』、男性だと『執事』という上位職業を獲得できるようになる。
非戦闘系の職業は上位職業が存在しない場合が多いんだが、家事系って戦闘職なんだろうか?
ちなみにメイドとかに詳しい人に言わせると、ハウスキーパーはその派生職を統括する管理職の事だ。そのため順番逆じゃね? と思うかもしれないけれど、異世界の事だし、名称も言語チートによる自動翻訳だから、まぁ、あまり細かい事は気にしないでくれ。
閑話休題。
ルードルイに着いた後、特に寄り道などせずテテスの工房へ向かう。
工房は相変わらず賑わっていた。
「これは時空の使徒様、いらっしゃいませ」
俺達が工房に入ると、先日も応対してくれた従業員さんが声をかけてきた。
「どうも、テテスいるかい?」
「はい。工房長でしたらあちらに。ご案内いたしますね」
「ああ、頼む」
別に案内は必要ない。ただ、この後に訪れるだろう値段交渉に必要だった。
既存のものをそのまま買うんならともかく、手直しの分をちゃんと請求してくるのか不安だったからな。
これがどこか別の工房に頼んだものなら、手直し分割り増しされなくてラッキーくらいに思えるんだけど、テテスだからなぁ。
なんでかほっとけないよね。最初に関わったってのもあるけどさ。
こういうのも父性本能って言うんだろうか。
「ああ、君たちか。灰色狼毛皮の服、上下。できてるよ。あとブーツも造ってみたから試してみてくれ」
案内された時、テテスは何やら大きな鍋で煮込んでいた。
「それは?」
「スライムを煮込んでるんだ」
「スライムを?」
スライムもモンスターじゃなくて、森林などに生息している魔物だ。
薄いビニールのような膜に包まれた不定形の魔物で、この膜を破くと、中のゲル状の体液が流れ出し、死亡する。
しかしこの体液は強い酸でもあるらしく、触れたものを溶かしてしまう。鉄さえ溶かす程の強力なもので、スライムはこれを攻撃に使用する事もある。
基本的にはこの酸で獲物を溶かして、自らの体に取り込む事で捕食する。体の下部の膜は空いていて、弁状に重なっているため、外から中へ入るが、中身が外に零れる事は無いようになっている。
「え? その中身なのか?」
「ああ。皮膜から中身を取り出し、三日ほど天日干しするとその中身に触れても溶けるような事が無くなるんだ」
そんな『常識』は無かった。あと、鉄をも溶かす酸をどうやって天日干しするのか?
「皮膜は中身の酸で溶ける事はない。つまりそういう事だよ」
「スライムを倒して零れた中身を、またその皮膜にしまったって事か? けど、その零れた中身はどうやって回収したんだよ?」
「先に倒して回収しておいたスライムの皮膜の中にスライムを入れて、下部の弁から中のスライムを攻撃して殺し、そのまま天日干しするだけさ」
回りくどい事してんなぁ。
「それで、そこまで手間かけて何が造れるんだ?」
「まだ何も」
「え?」
「冒険者ギルドの方から、今まで使って来なかった素材を何でもかんでも持ち込んで来るからさ。とりあえず色々試してるとこ。そのままだと使い方がまるで思いつかなかったから、他の素材に混ぜてみようと思って煮込んでるんだ」
「……そうか」
そういやそんな話にもなってたなぁ。
てことはその手間かけたスライムの中身の採取の仕方、冒険者ギルドで考えたのか? 暇過ぎるだろ。
「まぁ、それはまた何かできた時にでも聞かせて貰うとして、頼んでたもの、見せて貰っていいか?」
「ああ。これだよ」
テテスは傍に置かれていた木箱をぽんぽんと叩いた。どうやら、いつ俺達が来ても良いように近くに置いておいたようだ。
「じゃあすみませんが、着替えさせてやって貰えます?」
俺は従業員さんを振り返って頼んだ。
「ええ。構いませんよ」
「え? 奴隷だろう? 君がすればいいんじゃないのかい?」
「奴隷でも女の子だよ」
「ふーん、そういう目的で買った訳じゃないのかい?」
「奴隷買う奴がみんなそんな奴ばっかりだと思うなよ」
ひどい偏見だ。そう言えば、こいつウェルズ山脈にも若干偏見持ってたよな。
まぁ、大量の情報媒体がある現代でさえ、偏見と差別は無くならないんだ。それよりどうしても世間が狭くなるこの世界の人間が、それらと無縁でいられる訳がないわな。
成人までの偏見が常識、だっけ?
あとサラ。既に裸を見てるじゃないですか、みたいな目で見るのはやめてくれんかね。従業員さんの目線がやや冷ややかになってる気がするぞ。
「まぁ、お願いします」
「はい。こちらへ、えーと……」
「あ、サラです。サラ、良く言う事を聞くんだぞ?」
「……はい」
あ、若干首輪が光ってる。俺の命令を聞きたくないのか、従業員さんのいう事を聞きたくないのか。
まぁ、前者だろうな。
二人は工房の奥へ姿を消した。
「へぇ、いいじゃないか」
テテスの作業を眺めていると、着替え終わったサラが戻って来た。
と言っても、何かお洒落をしてる訳じゃないからなぁ。サラの体格に合った服によく仕上がってるなぁ、っていう感想しか出て来ない。
サラも特に何かを求めていた訳じゃないっぽいしな。
無言で出て来たもんなぁ。
従業員さんも笑顔だけど、別にドヤ顔とかしてないもんなぁ。
「どうだ? 突っ張る箇所とか無いか?」
「問題無いと思います」
俺が尋ねるとサラは両腕を持ち上げたり、膝を持ち上げたりする。
うむ、可愛い。
「よし。じゃあ貰っていくぞ。幾らだ?」
「え? 併せて300……」
「手直しの手数料を合わせまして400デューになります!」
予想通りに相場通りの値段を言おうとしたテテスを遮るように、従業員さんが営業をスマイルを浮かべて請求して来た。口元、ひきつってるけどな。
「じゃあ半金貨一枚で」
「はい。では銀貨10枚、100デューのお返しになります」
テテスが何か口を挟む前にてきぱきと支払いを終える俺と従業員さん。
「ところで、何か良い槍無いかな? 軽くて長めの。威力はまぁ、二の次でいいや」
「武器は俺の専門外なんだけど……と言いたいところだけど……」
そしてテテスはにやりと笑った。こいつ、煽る事を覚えやがった。
「こないだ君から槍を使わせたいって話を聞いていたからね。実は準備してあるんだよ」
「ほう、それは楽しみだ」
「ふふ、テテス人生初の武器製作だ。ちょっとハリキっちゃったぜ」
テンションがおかしいな。ひょっとして、手直しの他にこの作業をやってて、あんまり寝てなかったりするのか?
「へぇ、それは楽しみですね」
笑顔で言う従業員さんだけど、目が笑ってない。あと、妙に影が濃いような気がする。後ろにかけ網と奇妙なオノマトペが見えるようだ。
何も言ってなかったんだな。
「こ、これだ!」
おい、声震えてるぞ。
とにかくテテスが取り出したのは、一見しただけでは何の変哲も無い槍だ。
『アナライズ』で見たい欲求に駆られるけど、とりあえずテテスの説明を聞こう。
「普通の槍に見えるけど?」
三メートル程の長さの木の柄に、鉄の穂先がついただけの、シンプルな槍だ。
「ふふ、持ってみたまえ」
キャラ変わってるぞ。
言われた通りに持ってみるが……。
え? なにこれ? 軽い……?
「ふふ、軽いだろう? 不思議だろう? 知りたいだろう?」
ドヤ顔を近づけてくるテテス。うっぜぇ。
「ん? 中に何か入ってる?」
槍を振るとタポタポと音がする。液体、じゃないな。もっと粘度が高そうな……。
「おい、これまさか……」
「そのまさかさ! その中にはスライムの中身が詰まっているんだよ! 名付けて、アシッドランス!」
そこスライムランスとかじゃないんだ。
そうか。中身が基本空洞だから軽いのか。
ていうか、まだ使い道思いついてないとか言ってなかったか?
それともあれは防具限定の話か?
「魔力を込める事で中のスライムの中身が反応する仕組みだ。その状態で攻撃すると、対象に強酸を与えるぞ」
「何気にエグいな……」
アシッドランス:[分類]近接武器
[種類]槍
[属性]突き・斬撃・打撃
[備考]魔法の武器
[性能]物理攻撃力18・重量3
MPを1消費すると1時間、重量が-1される
[固有性能]アシッドプラス
MPを3消費して攻撃した時、この武器は【強酸】属性を得る
わぁ、つよーい。
何気に魔法の武器かよ。
魔力を込めると強酸を与えるだけじゃなくて重量も下がるのか。
「魔力を込めなくても、普通の槍より威力ありそうだな……」
「ああ、穂先にも色々使ってるからな。セアカドクグモの素材の残りとか」
しっかり再利用してんじゃねぇよ。あと意外に万能だな、あの蜘蛛。
「穂先は硬さと軽さを追及して色々試してみたんだ。多分、今の所はこれが最高峰」
バランスを追及したんじゃねぇんだ。両方高めちゃったんだ。
「もちろん、材料と配合比は覚えてるんですよね?」
ああ、従業員さんの笑顔が怖い。
「え? うん、勿論」
「ではすぐに書き出しておいてください。工房にある材料で造れるという事は、そんなに貴重な素材を使っていないという事ですからね! これは新しい目玉商品になりますよ。ふふふ、槍を使う冒険者が増えそうですね」
「それで? これは幾ら?」
「え? 俺が勝手に造ったんだからタダで……」
「使用した素材などから計算して、後日請求させていただきます!」
案の定、阿呆な事を言いかけたテテスを遮る従業員さん。
「勿論その分勉強させていただきますので」
「わかった。じゃあこれは手付金な」
そう言って、俺は金貨1枚を渡した。
「なっ!?」
「え?」
テテスとサラが声を上げる。
「はい。確かに」
特に慌てず騒がず驚かずに受け取る従業員さん。
「ち、ちょっと待った! それに金貨1枚って君はバカなのかい!? 多少威力が高いだけの槍でしかないぞ!」
「バカはお前だバーカ。魔力込めたら威力が上がるって、それもう魔法の武器じゃねぇか。その辺の武器屋で売ってる魔法剣の値段見て来い」
「え?」
テテスは従業員さんを見る。
「最低でも金貨10枚はくだりませんよ」
何の特殊効果も無い、ただ魔法の武器というだけでその値段だ。
それに加えて軽量化と強酸付与の性能がついている。おまけに元々軽い。しかも通常の槍より威力が高い。
「30はいくかな?」
「素材次第ですね。レアなものが含まれていたら跳ね上がりますから」
魔法の武具が高い理由として、基本的に素材がレアだという理由が挙げられる。
しかし、もしもこの槍が大して高価でも無い素材が使われているのだとしたら、それはもう、武具界における革命なんじゃないだろうか。
素材以外の理由で値段が上がりそうだな。
ほんと、コイツは歩く爆弾だな。マジで世に出る前に囲って良かったぜ。
あと、野垂れ死ぬ前に出会えて良かった。
「それなら余計にそれはタダであげるよ」
「はぁ!?」
「工房長!?」
「それはあくまで試作品だ。どんな性能になるかもわからずに適当に造っただけの品だよ。ひょっとしたらこれから、もっと良い配合や精製方法が見つかるかもしれない」
それを言い出したら、世の全ての武具に値段がつけられなくなるだろ。
「それを量産すれば利益は十分だろう? だったらそれは君にあげたい。そして、君がそれをどう使おうとそれは君の自由だ。自分で使おうと、誰かに貸そうともね」
「…………」
あれ? なんだろう。すげぇ、胸が締め付けられる。
「俺を見つけ出してくれた君に、俺はまだ何も返せていないんだ」
「待て、良い物を造ってくれてる。それで……」
「対価を貰ったらそれは仕事だろう。俺はまだ、君に借りを作ったままだ。これが返せるとは思えない。どれだけ感謝してもしたりないくらいなんだ。君は俺を救ってくれた。右も左もわからずに、ただモノを造る事しかできなかった俺に、世界を教えてくれた。俺自身も、この工房も、君が救ってくれたんだ。そんな恩に報いるのに、金銭なんて挟みたくないんだよ」
「…………」
やばい。鼻の奥から込み上げて来るものを感じる。今、下を向けない。テテスを見れない。
「だから頼む。その槍をタダで持って行ってくれ」
そこまで真剣に頭を下げられたら、金を払える訳ないじゃないか。
「あの、これはお返しします」
従業員さんが俺に金貨を1枚渡して来た。さっき払った手付金だ。
「ああ、ありがとう」
それだけでも払いたかったけれど、上手く言葉が見つからなかった。
「じゃあテテス、また来るから」
「ああ。いつでも君に恥じない武具を造って待ってるよ」
そう答えるテテスの顔は自信に満ちていた。以前に見た、暗い表情に澱んだ瞳ではない。
文字通り、雲泥の差だ。泥のように暗く沈んだテテスはもう居なかった。
男子三日会わざれば刮目して見よ、か。
三日どころか一月半だもんな。
人が変わるには、十分過ぎる時間だよな。
かつての俺は悪い方向へ変わってしまったけれど、テテスは良い方向に変われたようだ。
じゃあ、今の俺はどう変わるんだろうか?
良い方向へ変わって行ってると、信じたいもんだ。
母さんの願い、叶えてやらないとな。
テテスから武具を買った俺達は、早速ガルツのシュブニグラス迷宮に潜っていた。
「その子も戦うのか?」
入口で会ったクレインさんは驚いていた。
奴隷を連れた冒険者は珍しく無いし、少女の奴隷も同じくだ。
けれど、そんな奴隷は基本的に荷物持ちだ。少なくとも、オーダーメイドの灰色狼毛皮の服を身に着けて、槍で武装したりはしない。
そういや鞄類持ってないな。
まぁ、サラの筋力だとそんなの持ってる余裕無いんだけどな。
「城壁の外に家を建てましたからね。自衛のために多少鍛えようと思いまして」
「そうか、ほどほどにな」
あらかじめ用意しておいた言い訳に、とりあえずクレインさんは納得してくれたようだ。
さて、まずは一階層で小手調べだ。
この現在考え得る限りで最高の装備をしたサラが山羊小鬼相手にどれだけ戦えるか見てみよう。
流石に無いとは思うけど、一撃で殺されてしまわないよう、第十階位の超理魔法『オーバーロード』をかけておく。
死亡後に自動蘇生する魔法だ。HPは全回復するが、MPは1になってしまうけどな。
装備:アシッドランス 灰色狼毛皮の服 灰色狼毛皮のズボン テテスの灰色狼毛皮のブーツ
ちなみに現在のサラの装備だ。ブーツに『テテスの』がついているのは量産品が世に出回ってないからだろう。
じゃあ槍はなんで? 魔法の武具だから? それともテテスがそう命名したからだろうか?
そんな事を考えている前で魔物出現の予兆である魔力の噴出が起こっていた。
サラは意外と落ち着いている。
槍を握ってその光景を眺めていた。ある程度、槍での戦い方をレクチャーしたけれど、彼女の身体能力では再現するのは難しいだろうな。
冷静なのか、それとも自らの命を諦めているのか。
人形のようなその表情からはうかがい知る事はできない。
「ぼおおおぉおぉぉおおぉえええええぇぇぇぇぇぇええ!!!」
いつもの雄叫びを上げて山羊小鬼が出現する。
サラはまだ動かない。
山羊小鬼の赤い双眸がサラを捉えた。与し易い獲物だとでも思ったのだろう。一直線にサラへと突っ込んで来る。
サラは動かない。
いや、まずくないか? 自分から撃って出れないにしても、槍を構えるくらいはしないと……。
恐怖で身が竦んでしまったんだろうか。
自分の命なんてどうでもいいと思っている人間でも、いざ実際の死を目の前にして、本能が揺り起こされたとしても不思議じゃない。
状態:拘束(軽度)
えっ…………?
恐慌でも困惑でもなく、拘束?
え? バインドシャウト? いや、山羊小鬼がそれを使える事はしっている。けれどいつ?
いや、一つしかない。出現した時だ。
けれど今まで一度も使ってない……。いや、使っていたんだ。
相手の魔力に対して、俺の魔抵が高くて効果が発揮されていなかっただけだ。
なまじ『アナライズ』で相手を見れるから気付かなかった。
山羊小鬼を『常識』で測っていたら、出現と同時にバインドシャウトを使って来る事はわかった筈だ。
本当に嫌な敵だな。
硬いわ力が強いわ素早いわ。
おまけに出現と同時、戦闘開始前にバインドシャウトとか。
流石は『初心者殺し』。
迷宮都市という名前に騙されて、初心者用の迷宮だと思い込んだ駆け出し冒険者の多くが一回の冒険で命を落とす。
その主な原因が、メインモンスターたる山羊小鬼の厭らしさだ。
おそらく、このまま山羊小鬼の一撃を受ければサラはそのまま死亡するだろう。
装備はそこそこ整えたとは言え、そのステータスは一般人の平均を下回っているんだ。
『オーバーロード』で死後の復活が約束されているとは言え、俺はそれを前提にしたレベリングを計画している訳じゃない。
という訳で助ける。
駆け出し、しかしこのままサラに飛びついても助け出すのは難しいだろうな。
それこそ今度は、俺の筋力によって発生した速度そのまま床に押し倒されて死んでしまう。
前に回る事は難しい。
俺と山羊小鬼の間にサラが居る状態だからな。ポジショニングを誤ったぜ。
しかし手が無い訳じゃない。
俺は途中で滑り込む。所謂スライディングだ。
そのままサラの膝裏を俺の内腿で挟み込む。
蟹挟みの要領で膝カックンをした格好だ。
拘束状態で何も抵抗できないサラはそのまま仰向けに倒れる。
そのままだと、この間俺が召喚しようとして失敗した連続殺人鬼、転倒事故の餌食になってしまっていただろう。
けれど、このやり方なら彼女の下に俺が入る事になる。
革の服に毛皮のジャケットという、比較的衝撃を吸収できる素材を纏った俺が。
見事にサラをキャッチ。
「ひっ……!」
直後にサラの口から悲鳴が漏れる。ぶぉん、という風切り音が上から聞こえてきたので、彼女の目の前を山羊小鬼の腕が通過したんだろう。
致死の一撃が間近を通り過ぎれば、そりゃ悲鳴も漏らすわな。
そのまま俺は滑って山羊小鬼の後方へ。踵でブレーキをかけると、自然と上半身が起き上がる。
そのままだと今度は俯せに倒してしまうので、立ち上がったところで軽くジャンプ。更に空中で回転する事で、発生した運動エネルギーを発散させる。
「ふぅ……」
「あ、あの……」
着地に成功し、俺は一息吐いた。
戸惑うようなサラの声は何に対するものか。
「すまん、忘れていた。最近効かなくなったもんで」
俺は謝りこそしたが嘘を吐いた。
初手のバインドシャウトを知らなかったんじゃなくて、知っていたけど効かなくなったので忘れていた、と。
「いえ、ありがとうございます」
ここまで心のこもってないありがとうございますも中々ないぞ。
深夜のコンビニバイトだってもうちょっと抑揚をつけるだろう。
深夜のコンビニに行った事なんてないけどな。
ネットとフィクションの知識だよ。
「バインドシャウトを使いそうになったら俺が妨害する。いけるか?」
「はい」
即答するサラ。
うーむ、もう少し怯えてくれた方が可愛気があるんだけどな。
「ぶおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉお!!」
雄叫びを上げながら山羊小鬼が向かって来る。
「突け!」
俺はサラの両肩に手を置いたまま指示を出す。
逆らわずに槍を突き出すサラ。あ、腰入ってない。
山羊小鬼が攻撃動作に移る前に穂先が相手の肩口を突いたが、若干突進を止めた程度で碌なダメージは入っていないようだ。
「伏せろ!」
頭を押さえつけると素直に従う。
よし、首輪は光っていないな。『隷属の首輪』はただ命令で奴隷を縛るだけじゃない。
主人の命令を奴隷が素直に受け入れた時、首輪に込められた魔力が奴隷の動きを手助けするようになっているんだ。
俺達の上を山羊小鬼が振るった腕が通過する。
「薙ぎ払え!」
重心を低くさせたまま命令する。サラがそれを受けて槍を横薙ぎに振るう。
「ぶおおぉぉぉお!」
今度はそこそこダメージを与えたようだ。山羊小鬼が体勢を崩している。
状態:溶解(軽度)
強酸属性が付与された攻撃を受けると稀にこのような状態異常に陥る。
簡単に言えば防御力減少だ。
更に何度も強酸属性で攻撃すると、状態異常の度合いは悪化していく。
当然、その分相手の防御力は減少する訳だ。
「突け!」
「っ!」
首輪が赤く輝いている。サラも苦しげに呻いた。
ああ、サラの身体能力的にこのコンビネーションはきついのか。
案の定、山羊小鬼に命中した穂先は、かちん、と乾いた音を立てて弾かれた。
「右に躱せ!」
体勢を建て直した山羊小鬼が腕を振り下ろす。その前に俺の指示に反応したサラが右へと跳んだ。
ちなみに、まだ俺はサラの背中にひっついたままだ。
アシスト機能付きのパワードスーツみたいになってるな、俺。
「薙ぎ払え!」
「ん!」
今度はうまく体が動いたようだ。腕を力任せに振り下ろした事で無防備になっている相手の脇腹を切り裂く。
とは言え薄皮を少し切った程度だな。
それでも痛い事は痛かったんだろう、サラの方を向き直った山羊小鬼が顔を上に向けた。
バインドシャウトのための予備動作だ。
俺はその顔面に向けて『ファイアショット』を放つ。
「ぼふぉおおぉ!?」
息を吸い込むと同時に炎の直撃を受けて、咳き込む山羊小鬼。
肺に熱風でも入ったか?
「胸!」
「はい!」
これはチャンス。俺が突く位置を指示すると、迷う事無くサラが山羊小鬼の胸目がけて槍を突き出す。
がずん、と中々重い音が響いた。体をくの字に曲げながら、たたらを踏む山羊小鬼。
「顔面、振り上げ!」
「はい!」
無防備に下がった山羊小鬼の顎を、槍で振り上げるように斬り付ける。
「振り下ろし!」
「はい!」
かち上げられた顔面に、今度は刃を振り下ろす。
「突け!」
「はい!」
再び胸へ一撃。
「顔面、振り上げ!」
「はい!」
そして再び下がった顔面を斬り上げさせる。
よし、無限ルループ入りましたー!
相手が強いと、こちらの攻撃を意に介さず反撃してくるだろうけど、山羊小鬼じゃこの連携からは逃れられないだろう。
『スタミナタンク』でスタミナを底上げしているので、疲れる事無く攻撃を続けられる筈だ。
ややあって、山羊小鬼は光の粒子へと変わり、魔石が一つ残される。
「よし、よくやったぞ」
「はい、ありがとうございます……」
両肩で息をしつつ、応えたサラは、力が抜けたのかそのまま後ろ向きに倒れてしまう。
そして、彼女の背後にはまだ俺がいる。
サラは、俺の胸に背中を預けて息を整え始めた。
そんな彼女を見ていると、自然と頬が緩む。
無意識のうちに、俺は彼女の頭を撫でていた。
名前:サラ
年齢:12歳
性別:♀
種族:人間
役職:タクマの奴隷
職業:なし
状態:疲労(重度)空腹(中度)興奮(中度)歓喜(軽度)
種族LV1→2
職業LV:取得職業なし
HP:14/25→31
MP:4/17→20
生命力:18→21
魔力:9→10
体力:12→16
筋力:13→15
知力:14→16
器用:20→23
敏捷:11→13
頑強:21→23
魔抵:18→19
幸運:8→8
装備:アシッドランス 灰色狼毛皮の服 灰色狼毛皮のズボン テテスの灰色狼毛皮のブーツ
保有スキル
奴隷の心得 清掃
LVがあがったよ、やったねサラちゃん。
いや、このネタは彼女の境遇的にシャレにならんな……。
LVが上がりました。
タクマに比べて上がり幅が少ないですね。当然、これはタクマがチートだからです。