第40話:元ニート土地を買う
家を建てるために土地を買う話です。
午後四時過ぎ、俺は探索を切り上げて地上へと戻る。
結局第八階層まで潜ってしまった。
山羊小鬼の魔石37個。
ウィッカーマンの魔石11個。
ゴブリン(少し出た)の魔石6個。
ストーンゴーレムの魔石9個。
これが今日の戦果だ。どれだけ潜っても、二回に一回は山羊小鬼が出現したからな。
ストーンゴーレムはわざわざ説明する必要も無いだろうが、石でできた魔法生物だ。
魔法使い系の職業でも造る事ができ、基本的に創造者の命令を聞く。
ダンジョンに出る奴は魔力によって自律するようになったゴーレムだな。
ただ、当然思考回路はヒトと違い過ぎるから、意思の疎通は不可能だぞ。
ゴーレムは石でできたストーン、土(というか泥)でできたマッドが有名だ。
岩できたロックゴーレム、鉄でできたアイアンゴーレムも存在しているし、魔法銀でできたミスリルゴーレムなんてのも居るらしい。
「お、戻ったか」
ダンジョンから出て来た俺を見て、クレインさんがそう声をかけた。
「どうも」
俺も軽く会釈して応える。
「ほらよ、昼に言ってた紹介状だ」
言ってクレインさんは懐から丸めた羊皮紙を取り出し、俺に手渡して来た。
「ありがとうございます」
俺も受け取り、懐にしまう。フリをして『マジックボックス』に入れた。
「今日はもう遅いから明日行くといい。執政館の受付で、土地改良部にお願いしますって言ってその紹介状見せろ」
「わかりました。ありがとうございます」
「おう」
そして俺はクレインさんと別れて、魔石の一部を換金して貰うために冒険者ギルドへと向かう。
勿論残りの魔石は自分で還元して、『錬成』してガルツ以外へ売りに行く。
魔石からは相変わらずレア素材は出なかった。
ギルドには山羊小鬼の魔石10個(20デュー)、ゴブリンの魔石2個(10デュー)、ウィッカーマンの魔石(20デュー)とストーンゴーレムの魔石(30デュー)を買い取って貰った。
ウィッカーマンの魔石は生贄の魔液という素材に変わる。レア素材は生贄の結石という不健康そうな素材だけど、『常識』には存在してなかった。
ストーンゴーレムは、ただ造られただけだと魔石にならないけど、魔力を帯びてモンスター化すると魔石が出るようになる。
出る素材は魔法の石。レア素材は魔法銀だ。
魔法の石は非常に硬く、魔法防御も備えているため、城壁などに用いられる。そのため、魔法使いにストーンゴーレムを造らせ、わざとモンスター化させてから倒して魔石を得る、という方法が用いられる事もある。
魔法銀は自然界に存在せず、ゴーレム系のレア素材か、『錬成』するしかない。
魔法の石と同時狙いでストーンゴーレムを造っては壊す、という方法が取られているが、ゴーレムを造るのにも素材となる石材が必要だ。
そして、二メートル級のゴーレム一体を倒して得られる魔法の石は横10センチ、縦4センチ、高さ2センチ程度の大きさだけだ。
城壁を全て魔法の石で造ろうとすれば、本来必要な石材の何十、何百倍という量が必要になってしまう。
ゴーレムの大きさによって、得られる魔法の石の大きさも変動する。一番効率が良いのは1メートル20センチ程のゴーレムらしいが、あまり小さな石ばかりを集めると、接合部分が逆に脆くなるため、ある程度の大きさは必要だ。
合計で80デューを手にして宿へ。
宿代は一泊100デュー。明日の飯代などを含めれば、120はかかるため完全に赤字だ。
勿論、このままなら、の話だけどな。
部屋に戻って鍵をかけ、カーテンを閉めると、まずは手持ちの魔石を全て還元する。
レア素材無し。
次にそれらを『錬成』する。
事前にフィクレツの雑貨屋で買った陶器の器は9個だけだったので、強壮剤にする山羊小鬼の角も9個だ。
生贄の魔液は少量の水とコカの葉と一緒に『錬成』するとデリホルという毒になる。
基本は液毒だけど、冷やして固めれば、粉末状の毒にもなるし、火で炙ればガス状の毒にもなる。
ちなみにステータス的には状態異常『毒(重度)』『困惑(重度)』『消沈(重度)』を与えるという強力なものだ。
更にこれと強壮剤を合わせて『錬成』するとシュブルドリンクという、強壮剤の上位互換が完成する。
売却価格は強壮剤<デリホル<シュブルドリンクとなるけれど、デリホルを造るためのコカの葉が一枚しかないから、今回はとりあえず、シュブルドリンクは造らないでおく。
そのうちエレニア大森林やエルフィンリードへ行って採取してこないとな。
魔法の石は俺んちの門にでも使うつもりだからこれは売らない。
フィクレツでは強壮剤が一個12デューで売れた。デリホルはルードルイで売却し、こちらはなんと100デュー。
ウィッカーマンはボスを越えないとほぼ出現しないうえ、『錬金術師』の必要LVも20前後と高めだ。俺は技能八百万のお陰でその辺りは無視できるけどな。
つまりデリホル自体が貴重品。それを遠く離れたルードルイで販売したんだから、高価になって当然だよな。
合わせて208デュー。宿代その他引いても黒字になるぜ。
ちなみに残金は160429デューだ。仕送りだけなら160回分だ。およそ13年分だぜ。
翌朝。俺はクレインさんに言われた通りにガルツの執政館へ向かった。
街の北側に、煉瓦造りの三階建ての建物があり、これが執政館だ。周りが三メートル程の高さの城壁でぐるりと囲まれていて、門の所には衛兵も立っている。
通常執政館や太守館には城壁や堀は造っちゃいけないんだけど、ダンジョンを内包した都市である事と、その性質上街には荒くれ者が集まるという事で、特別に許可されている。
「何用か?」
門を潜ろうとしたら門番に止められてしまった。
「土地改良部に用があるんですけど」
「お前のような冒険者が?」
「それなりに稼いでいますんで」
今の俺の装備は、シュブニグラス迷宮に潜り始めた頃の初心者装備とは違う。
灰色狼の服にそこらでは出回ってないレアもののブーツとグローブ。背にしたショートボウもエルフの特製だし、腰には小鬼の大鉈を履いている。
その上で『狂者の威圧』を発動してやれば、それなりの冒険者だと錯覚するだろう。
「なるほど、雰囲気はあるな」
動じねぇな、この門番。
名前:ディエゴ
種族:人間
性別:♂
年齢:27
種族LV21
わぁ、強い。LVがフェルより若干低い程度かよ。
「いいだろう、通れ」
通行の許可が下りた。俺は通過する際に軽く頭を下げて門を潜る。
門からは石畳が館まで五メートルほど続いていた。
庭には芝生が植えられていて、石畳の通路の両側には何らかの植物の花壇が並んでいた。おお、ハーブなのか。
高さ2メートル、幅80センチほどの二枚の木製の観音開きの扉。
扉を開けると、真正面にカウンターがあり、そこに女性が座っていた。
カウンターの奥では何やら書類仕事をしているらしい職員達が見える。
なんか、日本の役所を思い出す光景だな。
天井からぶら下がっている案内板を見て、土地改良部を探すが見当たらない。
仕方ないので近くの受付らしき女性に声を掛ける。
「あの、土地改良部へお願いします。これ、紹介状です」
言って俺は懐から出すフリをして、『マジックボックス』から紹介状を取り出し女性に差し出した。
「かしこまりました。少々お待ちください」
紹介状を受け取った女性は、俺にそう言い残すと席を立ち、後方の男性職員と何やら話している。
その男性職員は紹介状を女性から受け取り、中を開いた。そして驚愕の表情を浮かべた後、こちらを見た。
そういやあれ、何が書いてあったんだろうな。しっかり封がされていたから開けられなかったけどさ。
「お待たせいたしました」
その男性が小走りで俺の元へとやって来る。
「私土地改良部部長エンディと申します」
エンディさん、46歳。
「冒険者をやっています、タクマです」
「どうぞおかけください」
「失礼します」
促されて俺は椅子に座った。カウンターを挟んで、エンディさんと相対する。
「さて、家を買いたいという事でしたが……。紹介状には、城壁の外の土地に家を建てるとありましたが、間違いありませんか?」
「はい。土地代と税金がかからないという事でしたので」
「都市の特性上、盗賊や魔物は少ないですが、それでも決して安全とは言えませんよ?」
「覚悟の上です」
「建築から二年は、魔物などに襲われて家が破壊された場合、ガルツから補助金がでます。この補助金は三回使うか、合計で5万デューを超えると使用できなくなります。よろしいですか?」
「はい」
初耳だけどな。そういうものだと理解するしかない。流石にクレインさんの紹介状持った奴を騙そうとは思わないだろう。
しかし城壁の外だってのに保険が適用されるのか。
「補助金が出るのは建物の損害だけです。人的被害や、畑などの作物はこの限りではありません」
「わかりました」
「また、ガルツの拡張などで土地の明け渡しを要求する場合があります。当然、移築費用はこちらで負担しますが、拒否は許されません」
「当然だと思います」
都市やその周辺の開発なんてマクロ視点で行わないと滅茶苦茶になるだろうからな。しかもそこに個人の事情を配慮したら、まともに開発なんてできないだろうし。
「これから土地改良部の職員二人と建設予定地へと向かいましょう。そこでどこからどこまでを自分の土地とするのか報告してください。どこか、目をつけている場所はありますか?」
「レト川の近くがいいです」
ガルツの傍を通る、川幅50センチ程度の小川だ。
「わかりました。そちらから何か質問はございませんか?」
「紹介状に何が書かれていたかを俺は知らないのでアレなんですが、大工の紹介などはしてもらえるんでしょうか?」
「はい。その旨も明記されていました」
「人的被害などは補助金が出ないという事でしたが、街の外で行われた犯罪行為に関しても、ガルツの方で処理して貰えるのでしょうか?」
「広域手配犯でないなら、冒険者ギルドに依頼を出していただく事になります」
「わかりました」
じゃあハムラビ法典方式でいくしかないな。
東門から街を出て、街道沿いに歩く事20分。そこから南東に10分歩いた辺りで、エンディさんは足を止めた。
同行者は俺の他に、若い男性職員と、建築ギルドの職員が一人ずつだ。
背の低い草が一面に広がる草原で、レト川のせせらぎが耳に優しい、牧歌的な場所だ。
周囲を見回せば、遠くにちらほらと家が点在している。
農村かな?
「この辺りでしたら好きにしていただいて構いません。レト川を堰き止めたりするのはやめてください」
「わかりました」
なんとも大雑把な説明だ。とは言え、街からは勿論、街道からも大分外れているから、開発の邪魔になるような事にはならないだろう、って判断だな。
まぁ、俺も流石にそんなに広げるつもりはない。
今はまだ、な。
「柵などで後でご自分で囲っていただくことになります。よろしければこちらの必要事項に記入をお願いします」
男性職員の一人が、俺に一枚の羊皮紙とペンを手渡す。
名前、種族、年齢、性別、職業を書く欄があった。
年齢は18歳にして、それ以外は正直に書いていく。最後の職業は、冒険者と書こうと思ったけれど、折角なので時空の神の使徒、と書いてみる。
「どうぞ」
「ありがとうございます……え?」
俺から羊皮紙を受け取った職員は、その内容を確認して、その途中で絶句と共に動きを止めた。
「どうした?」
エンディさんが疑問に思って職員の持つ羊皮紙を覗き込む。
「ああ。いいんだ、それで合ってるそうだ」
「え? でも……」
「クレインさんからの紹介状にも書いてあった」
「そ、そうですか……」
未だ納得いっていないのか、俺と羊皮紙を何度も交互に見る。
クレインさんそんな事まで書いてくれたんだ。話しておいて良かったぜ。
「それでは家の場所と広さですが……」
そう言って話しかけて来たのは建築ギルドの職員だ。
本格的な見積もりはこの後だけど、とりあえず目星をつけておくために同行してくれたんだ。
「そうですね。大体広さはこのくらいですね」
そう言って俺はブロードソードを使って地面にガリガリと線を描いていく。
大雑把に縦15メートル、横20メートルくらいの長方形だ。およそ91坪。
「え? そこもですか?」
建築ギルド職員が疑問の声を上げるのも仕方ない。俺が描いた線は、川を若干越えたんだから。
「堰き止めるような造りにはしないので安心してください」
どちらかと言えば、エンディさんに伝えるように言った。
俺はこの川を色々利用するつもりだった。その一つが水洗トイレだ。
川の流れを利用した、水が流れっぱなしのトイレだ。
洗濯なんかにも利用したい。合成洗剤なんかを使わなければ、下流を汚染する事もないだろう。
「まぁ、条件さえ守っていただければ、どのような家を建てようとこちらは構いませんが」
「タクマさんには何か考えがあるんですね? わかりました」
建築ギルド職員は一応納得してくれたみたいで、手にした羊皮紙に何やら書きこんでいる。
その後、どのくらいの広さを敷地にするかも確認してもらい、俺達はガルツへと戻った。
エンディさんと執政館職員とは別れ、建築ギルド職員と共に俺は建築ギルドへ向かう。
これからどんな家をどのような素材でどのくらいの期間で建てるかを話し合うらしい。
勿論、具体的な金額もその時に提示されるそうだ。
執政館から紹介された客を騙すような事はしないだろうけど、やっぱちょっとドキドキするな。
日本に居た頃だって、家なんてでかい買い物した事ないからな。
多分俺が買った中で一番高価だったのはデスクトップパソコンだろう。
けれどそれも、親のクレジットカードを使って、通信販売で分割購入したからな。
20万くらいだったと思うけど、その実感が無かったからなぁ。
そして俺は、不安と緊張を抱えたまま、建築ギルドの扉を潜ったのだった。
土地自体は買わずに済みました。
買う、というより自分の敷地にする、と宣言したようなものでしょうか。
次回は具体的にどんな家にするかを話し合います。




