第39話:元ニート家を買う
第三章開始です。
タイトルから展開のネタバレ。そういうのが苦手な人は注意です。
「おう、久しぶりだな」
ガルツへ戻って来た俺は、すっかり贅沢癖がついていた。
最初に泊まった安宿ではなく、一泊100デューもする高級宿を自然にチョイスしてしまった。
それでも、妹の下で味わった布団の感触が忘れられず、それなりに高級な寝具でも寝付くのに時間がかかってしまった。
翌日、昼近くに起きた俺は軽くブランチと洒落込んだ後、シュブニグラス迷宮へと赴いた。
そして入口で、クレインさんに声を掛けられたんだ。
クレイン・ヴェルゴ・アンドリューさん。
灰色の金属鎧に身を包み、複雑な装飾が施された槍を持った、迷宮の番人のような老兵。
事実、ガルツを訪れる冒険者達からは、ダンジョンの管理人だと思われているようだ。
しかしその正体は、このガルツの都市長である。
ステータスと職業LVから考えて、替え玉の女性都市長に政務は任せきりだと思われるが。
ところでヴェルゴの名前、少し前に聞いた事あるなー、と思っていたら、デルゴ商会の下部組織、ヤクザなヴェルゴ会と同じだった。
力の神ヴェルゴディアから来ているのか。それとも、闇の神ヴィルを貶める言葉、『ヴィルよ去れ』から来ているのか。
「俺を覚えてるんですか?」
一ヶ月程前に二、三日通っていただけなのに。
「いかにも初心者風の装備で一人で潜っていたんだ。嫌でも覚えるさ。フィクレツへの護衛クエストを受けたって聞いたが?」
「ええ。その伝手でお偉いさんの護衛も任されまして、最近終わって帰って来たんですよ」
「はは、帰って来たとは嬉しい言い方だな」
「ありがとうございます」
そう言えば、この人ガルツの都市長なんだよな。
家の事に関して聞いてみてもいいかもしんない。
『常識』でもこのガルツで結構な発言力を持つ重鎮だと思われてるから、別に変に思われたりしないだろう。
「それで結構な褒美をもらいましてですね。ガルツに家でも建てようかと思ってるんです」
「家だと!?」
クレインさんは驚きの声を上げた。
「基本は迷宮に潜って稼ぐつもりなんで、日帰りができるシュブニグラスが丁度いいんですよ。で、毎日宿ってのもあれなんで……」
「確かに、泡銭が手に入ったんなら、大きく使った方が良いか。建てた後は金がかからんし……。いや、土地と建物には年間の税金が発生するぞ」
「それは城壁の外もですか?」
『常識』の中にはその知識は無かった。まぁ、冒険者には必要無い知識だからなぁ。
「あー、外ならかからん。というか外だと土地代も要らないしな。ここからここまで俺の土地、と言えばそこはお前の土地になる。あ、街道とその周辺は領地の土地だから気を付けろよ。まぁ、その辺も含めて執政部で聞いた方が早いか」
城壁の外はモンスターや魔物が跋扈していて危険なので、基本的に切り取り自由なんだそうだ。勿論、ガルツの拡張や、領主による開発が行われるようになったらどかなければいけないんだが。
「その辺りも含めて、大工さん併せて紹介してくれませんかね? 迷宮の入口に立っているクレインって老兵が街で顔が効くって聞いたんですけど……」
「あー、なるほどなぁ。確かにその方が面倒が無いかもしれん。予算はどのくらいだ?」
「とりあえず10万は余裕です」
現代日本でも普通に家が建つ金額だ。
「そんだけありゃぁ、結構な豪邸が立つぞ」
「そうですねぇ。将来的には人を増やす予定なので、部屋数は多い方がいいんですけど?」
「うん? 想い合ってる女でもいるのか?」
「そうなったらいいなって話です」
あとなんか、妹がそのうち遊びに来るっぽいから、客間は必要だろうし。
「ふむ。なるほどな。よし。じゃあ紹介状を書いてやるよ」
「ありがとうございます」
やっぱり一緒には行ってくれないか。多分、正体が露見するのを恐れてるんだろうな。
ほんと、この人なんで都市長だって事隠してるんだろ?
以前は言い出す時期を逃したせいとか冗談で思ったけれど、ここで渋るって事は違うんだろうな。
「これからダンジョンに潜るだろ? その間に用意しておいてやるよ」
「ありがとうございます。日が暮れる前には出てきますね」
「ああ。って、ダンジョンの中でそんな事わかるのか? いや、冒険者や狩人の中には、かなり正確に時間を測れる奴が居るのも知ってるけどよ」
「それもありますが、俺にはこれがありますから」
そう言って俺は時計をクレインさんに見せる。
女神様との約束は、できる限り守らないとね。
「お前、それ……。時の旗印じゃねぇか……!?」
おお、知っていたのか、流石だ。
「御存知なんですか?」
「ああ。時空の神の使徒の証だろう?」
「詳しいんですね。マイナーな神様なのに」
「お前自分の神を……。まぁ、仕事柄そういうのには詳しくてな」
その仕事について突っ込むのは、マズイんだろうな。
クレインさんも気づいて、ヤベ、て顔してるし。
うん、ここは気にせずスルーしよう。何か重大な理由があって都市長であることを隠してた場合、厄介事の種にしかならねぇ。
「そうですか。じゃあよろしくお願いしますね」
「ああ。気をつけてな」
クレインさんの声を背中に受けながら、俺はシュブニグラス迷宮へと入って行った。
山羊小鬼を狩りながら歩いていると、ちょっと深く潜ってみようかと思い立つ。
正直、冒険者が多くて避けるのが面倒になっていたからだ。
まぁ、魔法や火竜槍を使わなければ、見られても構わないとは思うんだけど、できるだけ俺が戦ってる場面を他の人間に見せたくないんだよな。
他人と関わらなければ厄介事に巻き込まれる事もないだろう。
下へ降りる階段は見つけてあったので、『マップ』を使ってまっすぐに向かい、すぐに下の階へと降りた。
二階層目は、むしろ冒険者の数が増していた。
多くの冒険者のメイン狩場だからな。仕方ない。
一階層目は初心者などの弱い冒険者用だという暗黙の了解があった。
まぁ、俺は一応冒険者になって一ヶ月程度だから、初心者と言っても良いと思う。
ともかく、そんな訳でそれなりにベテランだが危険を冒す事を良しとしない冒険者達は、第二、第三階層をメインに戦っている。
『マップ』と『サーチ』を駆使して下へと降りる階段をすぐに探し出し、俺は四階層へと到達した。
ついでとばかりにここもスルーし、五階層へと向かう。
実は目的地はその更に下の六階層だ。
全てのダンジョンがそうだと言う訳じゃないけど、基本的には五階層ごとにボスモンスターが存在する。
当然、そのモンスターはこれまでの階層で出現していたモンスターに比べれば非常に強い。
厄介なスキルを持っている者もいるため、戦うならそれなりの準備と、犠牲を払う覚悟が必要だ。
当然、倒したからと言って、そのまま次の階層の探索を続ける冒険者は少ない。
ボスモンスターが居る、所謂ボス部屋の先にしか下へと降りる階段がないからな。
六階層へ行きたいならボスを倒すしかない。
つまり、六階層はここまでの階層に比べて極端にヒトが少ないんだ。
……多分。
これもダンジョンによって違うけれど、ボス部屋に入ると出入り口が閉じて、ボスを倒すまで開かなくなる。
そして、ボスを倒した場合は下へ降りる階段へ通じる出入り口だけが通れるようになる。
ちなみにボス部屋の奥の階段のある部屋には、地上へ戻る転移陣がある場合が多い。
一応、シュブニグラス迷宮はその存在が確認されている。
但し、マヨイガ程ではないが、ダンジョンは不定期でその内部構造を変化させるので、転移陣が無い可能性もある。
ボスをなんとか倒せる程度の戦力の冒険者が、偶々転移陣が存在しない時期にボス部屋に入ってしまい、第六階層で全滅した、という話はよく聞く。
事実なのか創作なのかはわからないけどな。
という訳でボス部屋に辿り着く。
シュブニグラス迷宮五階層のボスは山羊小鬼だ。
ただしLVが通常の個体より大分高い。
階層を一階下るごとに出現するモンスターの種族LVは上がっていたのだが、ボスの山羊小鬼はそれらの何倍も強いらしい。
LVが高いと獲得できる魔石の数が多くなるのは前にゴブリンの時に言ったと思う。
稼ぎたいなら高いLVのモンスターと戦うべきだが、しかしリスクとのバランスを見極めないと、装備やアイテムの喪失、下手をすると人的被害で一階層で戦うより稼ぎが少なくなる事だって珍しくない。
「ぼえええええぇぇぇぇぇぇえええええ!!」
俺がボス部屋に入ると、床から魔力が噴出しはじめ、そんな絶叫と共に一体の山羊小鬼が姿を現した。
若干、大きいな。
種族LV32
高い。
ちなみに俺はこんな感じだ
名前:佐伯琢磨
年齢:28歳(肉体年齢18歳)
性別:♂
種族:人間
役職:時空の神の使徒
職業:狂戦士
状態:平静
種族LV27
職業LV:戦士LV21 弓使いLV15 剣戦士LV15 狂戦士LV11 魔導士LV14 自然術士LV12 暗殺者LV6 槍戦士LV10 錬金術師LV11
HP:620→788
MP:630→809
生命力:416→525
魔力:408→520
体力:366→473
筋力:338→449
知力:402→523
器用:379→491
敏捷:354→443
頑強:366→468
魔抵:362→475
幸運:120→126
装備:エルフのショートボウ 革の服 灰色狼の服 灰色狼のズボン テテスのグローブ 赤毒蜘蛛革の靴 小鬼の大鉈 鉄の矢 ブロードソード 鋼鉄の槍 時の旗印
保有スキル
神々の祝福 技能八百万 魔導の覇者 異世界の知識 世界の常識
アルグレイ、グリフォン、ダジリンと格上と戦ったお陰で種族LVが大きく上がっている。
弓使いが伸びてない代わりに、魔法系と槍使いが伸びたな。
職業が『狂戦士』になってるのは、それこそその強敵との戦いで殆ど弓を使ってないからだろうな。
役職もそうだけど、職業の表示法則も未だにわからん。
槍を含めた火竜シリーズは『マジックボックス』の中だから表示されてない。
あ、ブーツから『テテスの』が消えてる。俺がルードルイを発った後で量産され始めたんだな。
砂漠狐の毛皮を使ったグローブはそのままか。
まぁ、エレア隧道が潰されて王都も爆撃された状態じゃ、王国西部から素材が入って来るなんて事ないだろうしな。
そう言えば、なんだかんだあって結局革の服の代わりを買ってないな。
さて、ここで俺は一つ実験をしようと思っている。
それはダジリン戦の時にちょっと素手ってどうだろう? と思ったので、それを試してみる事にしたんだ。
『拳闘士』には『即応』『落花流水』『カウンター』と有用なスキルを持つので、獲得して損はないし。
俺目がけて突撃してくる山羊小鬼。
正直俺に格闘技の経験は無いし、『常識』でも身体能力に任せて殴るだけの知識しか無かった。
それでもいいんだけど、今後を考えると、それなりに技術を身に着けておきたいよな。
という訳で、俺の中にある格闘技の知識を総動員する。
それは基本的にフィクションで、現実的なものじゃなかった。
けれど、今の俺はそれこそフィクションの登場人物のようなトンデモな身体能力がある。
今ならできる筈だ。
子供の頃に真似した、アレやコレが。
とは言え今は目の前に迫る脅威にすぐに対応する必要がある。
自然と俺は、並みの人間でも真似できるものを模倣するようになった。
右半身に構え、右手を大きく前に突き出し、左手は顔の前。
天才アクションスターが創始したとされる拳法と同じ構えだ。
うん、特に好きでも嫌いでもない作品だったけれど、覚えてるもんだなぁ。
すたーんすたーん、と自然とフットワークを開始。
口からは無意識に怪鳥音が漏れた。
「ほぁたっ!」
世紀末救世主の方が混じった。
俺の放った縦拳によるジャブ、所謂リードストレートは、山羊小鬼の鼻頭を捕えた。
「ぶふぉおお!?」
その一撃で骨が折れたのか、鼻血を噴き出しながら体勢を崩す。
相手の防御力が高いと、攻撃した俺にもダメージが返って来る事はダジリンの時に確認済みだ。とりあえず山羊小鬼はそこまでの防御力は無かったらしく、相手を殴った手応えこそあったが、特に拳を痛めるような事はなかった。
うん。武器で攻撃するのとはまた違った感触だよな。
『常識』が無かったら、二撃目を躊躇していたかもしれない。
体勢を崩した相手に追撃をかける。
右足を軸に腰を回転させる。左足は後方に残したまま、右腕を引きつつ左拳を突き出す。
顔面を捕えた拳には、しっかりとした手応えが伝わって来た。
筋肉を潰し、骨を砕く感触。
何となく嫌な気になるのは、やりすぎだ、という脳の警告なんだろうか?
左拳を繰り出した勢いのまま左足を踏み出せば、自然と山羊小鬼に正対する形になる。
「あちゃああぁ!」
気合いのために声を出そうとしたのは俺だが、その声の出し方は無意識に任せる事にした。
そうしたら、喉から鼻に抜けるような高い声が出た。
アクションスターか救世主か。ちょっと自分でもどっちのつもりだったか判断できない。
繰り出された右拳が山羊小鬼の胸部に突き刺さる。
比喩表現じゃない。文字通り、拳が突き刺さったんだ。手首くらいまでずっぽりとな。
骨を砕き、肉を潰し、皮膚を突き破って、生暖かい体内に拳が侵入する。
特に意識しなかったけれど、いや、いなかったからこそ、体が限界ギリギリの速度を出したんだと思う。
繰り出す直前、空気の重みを感じた程だから、音速とまではいかないまでも、それに近い速度は出てたんだろう。
拳が命中して素早く右拳を引くと、遅れて衝撃波がやって来て山羊小鬼を吹き飛ばした。
「ぶふぉおおおおおおぉぉぉぉぉおおお!!!?」
断末魔の叫びを残し、山羊小鬼は光と消えた。
こーん、こん、ころろ、と四つの魔石がダンジョンの床に落ちる。
うん。これは想像以上だ。
多分火竜槍を使えば同じくらいで倒せたかもしれないけど、弓や剣じゃ無理だっただろうな。
戦闘訓練だと考えれば、長く戦った方が良いのかもしれないけど。
図らずもグローブがグローブとして機能してしまった訳だ。
ガントレット的なのも買おうかな? でも素手だけで戦う訳じゃないからなぁ。基本は弓で遠距離だし。
とりつけるのに何十秒、何分とかかる装備だと無駄だよなぁ。
あ、『マジックボックス』から取り出せば一瞬か。
一つのアイテムとして認識されているのか、火竜の全身鎧の篭手だけ取り出すとかできないからなぁ。
いい意味で予想以上の実験結果に気を良くし、俺は六階層へと足を踏み入れる。
特に内装などは変わっていないけれど、何となく、雰囲気が変わった感覚がある。
一階層からフロアが変わる度に、出現するモンスターの種族LVが上昇していたんだけど、恐らく、急上昇した事を現してるんじゃないだろうか?
『常識』でも、ボスがいる階層の次の階層は、敵に強さが跳ね上がるってあるしな。
早速俺の目の前で、モンスター出現の前兆である、魔力の噴出が起こっている。
出現したのは、木の枝と蔦蔓で形成された人型の何かだった。
おお、山羊小鬼以外のモンスターはここだと初めてだな。
二メートル程のこのモンスターはウィッカーマンと言い、ヒトを捕えて体内に保存する特性を持つ。
そして、体内に詰めた相手のスキルなどを使用できるようになるそうだ。
出現したばかりのせいか、その体内に哀れな犠牲者は居ないらしく、木の枝や蔦蔓の隙間から向こうが見える。
わしゃわしゃと枝と蔦を揺らして近付いて来たので、『ファイアショット』を撃ち込んでやった。
命中すると、痛みに喘いでいるのか、止まって体を震わせる。
うーん、植物系だからと安易に火の魔法を使ってみたけど、あんまり効果ないっぽいな。
特に耐性がある訳じゃないけど、弱点でもないっぽい。
山羊小鬼と同じく、耐久力が高いんだろう。
「『炎の蛇』!」
第二階位の精霊魔法、『フレイムダンス』。俺が放った魔力は炎となり、ウィッカーマンの周囲を舞うように蠢く。
広範囲に攻撃する魔法で、威力は『ファイアショット』よりやや高い程度。
けれど、周囲を炎に囲まれたウィッカーマンの動きが完全に止まった。
「どりゃあ!」
そこへ掛け声と共に俺は飛び蹴りを放つ。
命中し、木の枝が破片となって舞う。本体から離れた破片が炎に焼かれて空中で消滅した。
ウィッカーマンを踏み台に後方へ跳躍。バク転の要領で回転し、両足で着地。そのまま突撃する。
タックルをかましてしまうと、折角炎の中に閉じ込めたのに、範囲外へ押し出してしまうので、ウィッカーマンの目前で強く踏み込む事で勢いを止める。発生した運動エネルギーは無くなる事はなく、その勢いを右足に乗せて回し蹴りを放つ。
「せやぁっ!」
振り抜いた足には何の感触もなかった。
あれ? と思ってウィッカーマンを見ると、破片を撒き散らしながら上下に分断されてしまっていた。
分離機構を持っている訳じゃない。
俺の放った蹴りの威力と速度が凄まじ過ぎて、キックが鋭利な刃と化した結果だった。
そのまま光の粒子となって消え、後には魔石だけが残される。
「うわぁ……」
自分でやっておいて若干ヒいていた。
そうか。俺のステータスを十全に使うと、こうなるのかぁ……。
そう考えると、俺の全力を受け止めてなお無事だったアルグレイやダジリンの強さを改めて実感する。
疾風に勁草を知る……とはちょっと違うか。
魔石を拾い炎を消して、俺は次の獲物を探しに歩き出した。
元ニート家を買う(決意をする)でした。
素手の強さを実感。
次回は建築に関する話。知識は皆無なので専門的な事は期待しないように。




