閑話:英雄との邂逅
閑話です
幕間と表現した方が良いでしょうか
南門から王都を出る。街道沿いにまっすぐ南下すると、十日程でガルツに到着する。
馬ならもう少し早いけど、馬は無くなってしまった。
俺の馬はどこぞへ逃げたが、そう言えばセニアの馬はどうなったんだ?
騎士団本部に繋いでいたから、爆撃に巻き込まれたのかもしれない。
そうだったら、すまん。
春の柔らかな日差しの下を歩いていると、俺の沈んだ心が癒されていくぜ。
「…………」
その途中、俺は足を止めた。
原因は、二十メートル程先に現れた人影。
黄色のフード付きのローブを被ったその姿は、どこぞの旧支配者を彷彿とさせる。
いないよな? 流石に。
でもシュブニグラス迷宮があるからなぁ。
ついでに言えば、ルードルイの北東にある巨大な湖、ルル湖にはダゴニアというダンジョンがある。
なんていうかもう、ねぇ?
え? まさかマジで居るの? つか、居たとしてもこんな日中に堂々と外に出て来るの?
ていうかコイツ、今どうやって現れた?
地平線の向こうまで街道が続いているこの状況で、目の前に突然現れるとかあるか?
それこそ、超自然的な何かでは……。
『アナライズ』で確認しよう。それがいい。
どうせ盗賊か何かだろう。纏っている雰囲気が常人のそれじゃないけれど、そこはそれ。
こんなところで一人で出て来るんだから、腕に覚えのある辻斬り的な奴かもしれない。
名前:セイロン・ザ・エイプ
年齢:2歳
性別:♂
種族:ベテランゴブリン
役職:ピッツァ防衛司令官
職業:強剣士
状態:平静
種族LV47
職業LV:戦士LV29 剣戦士LV31 強剣士LV19 狂戦士LV18 曲者LV20 暗殺者LV14
HP:1265/1265
MP:908/1156
生命力:825
魔力:813
体力:785
筋力:794
知力:593
器用:651
敏捷:702
頑強:438
魔抵:411
幸運:82
装備:黒狼革の服 黒狼革のズボン 黄斑のローブ 魔剣ヴェルスカ 宝剣レンジ 泉の精霊石 清流のブレスレット
保有スキル
剣戦闘 直感 精神耐性 軽業 鋭敏感覚 異種族交配 二刀流 一撃死 小鬼英雄
バインドシャウト スマッシュ ダブルスラッシュ フライングブレード 乱舞 竜巻斬り エイプパンチ エイプマジック 追跡 開錠 気配遮断 英雄力解放
え…………!?
なんで? なんでこんな所に三鬼将(予想)さんがいらっしゃるんですか?
バランス型だな。地味に『曲者』と『暗殺者』が怖ぇ。
犬より猿ほ方が俊敏なイメージあったけど、まぁコイツ猿じゃなくて類人猿だし。ゴリラとかオランウータンとかも含んでるのかもしれん。
あとそのスキルのエイプシリーズはネタ枠なんですかね?
なるほど、『気配遮断』で隠れていたのか。
職業LVも相手が上だし、多分、スキルの習熟度でも負けてるんだろうな。
「ユリアン様がお呼びです。一緒に来ていただけますか?」
フードの向こうから聞こえたのは、高く、澄んだ声だった。
ゴブリンの寿命はわかんないけど、二歳だと大人じゃないのかな? これ、声変りしてないって事だよな。
ていうかまさかのお呼び出しですか。
「ユリアン三鬼将を二体も退けたあなたに、ユリアン様は興味を持たれました。身の安全は保障します。断るなら、その限りではありませんけど」
来なきゃ殺すと言われた。
正直、まだダジリンと戦った後のHPとMPが完全に回復してない。
アイテムもエレア隧道からの一連の事件で殆ど使っちゃったし。
今回時間切れも無いから、ちょっと生き残る未来が想像できないな。
おかしいな。俺幸運だけならコイツらより高い筈なんだけど。
「身の安全は保障するったって、それの根拠が無いだろ? 暫く時間を稼げば、王都の騎士団が駆けつけるかもしれないんだぜ?」
王都を出てまだ二時間と経ってない。平日とは言え、街道に誰も居ないのが不思議なくらいだ。
「それなら大量虐殺に変わるだけですが……」
さらりと恐ろしい事を口にするセイロン。『狂戦士』は伊達じゃねぇな。
「ただ、渋るようならこれを見せろと言われています」
セイロンは懐から一枚の封筒を取り出し、こちらに投げて寄越した。
「!!?」
それを受け取った俺は驚き絶句する。
そこにはこう書かれていた。
佐伯琢磨様へ
俺の名前は調べればわかるかもしれないけれど、きちんと苗字を先にしている。
何よりこの名前、漢字で書かれていた。
日本語だってだけなら、ユリアンとやらが元日本人の転生者なんだろうな、と思うだけだ。
けれど漢字。
知らなければ書けない、人の名前。
勿論、サエキタクマから連想すれば高い確率で当たる漢字ではある。
けれど、それに何の意味がある?
日本語で書かれている以上、無理に漢字を使わなくても、日本人である事を伝える事ができる。
漢字がわからなかったなら、平仮名でも片仮名でも問題無い筈だ。
なのに敢えて漢字を使い、そして当てて来た。
俺と同じ『アナライズ』能力の持ち主?
それとも。
俺の知り合いか?
これは確かに行かなければならないし、身の安全の保障の根拠に十分なるだろう。
封筒を開けると中はからっぽだった。
つまり重要なのは手紙の内容ではない。
勿論、封筒そのものでもない。
そこに書かれた宛名こそが重要だ。
ならば、俺の推理は大方当たっている筈だ。
よし、答え合わせといこう。
「わかった。行こう」
「感謝いたします。こちらへ」
セイロンに案内されたのは街道から少し外れた森だった。
口笛を吹くと、森の中から一体のグリフォンが姿を現す。
「この黄斑のローブは認識阻害の効果があります。乗っている馬や、接触している物体にもその効果は及びます」
「つまり、お前とタンデムすれば周囲からは見えないと?」
「はい。あ、一応目隠ししていただけますか?」
渡されたのは布じゃなくてアイマスクだった。
博多のあれみたいなネタ的なやつじゃないよ?
ちなみに『常識』の中にアイマスクは存在しない。
目元だけを覆う仮面ならあるけどな。
「しっかりと掴まっていてくださいね」
グリフォンの背に跨り、セイロンの腰に手を回す。
意外と華奢な感触。同時に、セニアの腰を思い出して比べてしまった。
やっぱ、ゴブリンとは言え、男女では違いがあるなぁ。
「着きました。アイマスクを取っていただいてもよろしいですよ」
浮遊感と風を切る感覚が無くなり、俺もどこかに着陸したのは感じていた。
「おお」
アイマスクを取ると、俺の目に飛び込んで来た光景に少し驚いていた。
石畳の床に壁、天井はいかにもこの世界の建物っぽいのだが、問題はその広さ。
東京ドームの個数で表すのも馬鹿らしい程広大で、建物の中なのに先がぼやけて見えない。
その空間の中には大量のグリフォンとワイバーンが存在しており、その周囲をゴブリン達が忙しく歩き回っている。
俺達が到着したのはこの拠点の発着場らしく、外に繋がっている、こちらもやはり広大な出入り口から、ゴブリンを乗せたグリフォンが飛び立っていくのが見えた。
あの赤い発光する棒を持ったゴブリンは、アニメとかでよく見る甲板員的な役割なんだろうな。
グリフォンやワイバーンがよく調教されているのもあるけれど、ゴブリン同士でしっかりと役割分担ができているのも地味に驚かされる。
基本的に強いか弱いかくらいの序列しか持たないゴブリンが、ここまで社会性を持っているんだから、この集団を作り上げたユリアンというゴブリンはいったい何者なのか? という思いが強まった。
日本人の転生者ってだけじゃ説明できなくないか?
「ようこそ、タクマ様。改めて、ユリアン三鬼将が一人、セイロン・ザ・エイプと申します。どうぞ、お気軽にエイプとお呼びください」
あ、やっぱりセイロンで呼ばれるのは嫌なんだな。
「ここはユリアン様が作り上げたゴブリンキングダム。その本拠地ピッツァでございます」
ユリアン食いしん坊キャラか? 他の拠点もラザニアにパエリアだったし。
ここが本拠地って事は、セイロンは本拠地の防衛を任されてるって事だよな。
年齢も一体だけ低いし、期待の若手って事なのか?
「それではご案内いたします。こちらへどうぞ」
言って歩き出したセイロンの後を、俺は追いかけた。
途中、セイロンは近付いて来たゴブリンに黄斑のローブを渡した。
他所行き用の装備なんだろうか? いや、隠蔽の効果があるって言ってたから、隠密活動用の装備なのかもしれない。
装備欄にもあった通り、セイロンは黒い服の上下を身に着けていた。
顔は他のゴブリンと同じく、尖った耳に丸顔潰れた鼻。
頭は茶色の髪が生えている。
そういやコイツだけ種族が亜種じゃないんだよな。そういうところもエリートっぽいよな。
発着場のゴブリン達はこちらに興味が無いかのようにそのまま作業を続けている。
所謂パイロットだろうゴブリン達は俺を睨みつけている。
発着場から出ると同じような石畳と石壁、石の天井の通路に出た。
人が二人すれ違える程度の幅しかないが、どこまでも真っ直ぐに伸びる通路は、しっかりと設計がなされた結果だと判断できる。
すれ違うゴブリン達が立ち止まってセイロンに軽く頭を下げていた。
『アナライズ』で見ると、特にこの壁にはエンチャントはかかっていないようだ。
「非常時に壊さないといけないかもしれませんからね」
俺の態度から何をしているのか予想したんだろう。後ろを振り向くことなくセイロンが言った。
何度か右折左折を繰り返し、一枚の扉の前に立つ。
セイロンがノックを四回する。
二回はトイレ。三回は親しい間柄。四回が敬意を表するんだっけ?
この世界の『常識』だと二回が通常時、三回が目上の人間に対してとなっている。
転生者だとしたらずっとゴブリンコミュニティで暮らして来た筈だから、この世界の常識には疎いんだろうな。
「どうぞ」
中から声がした。ちょっと聞いた感じだと低く、渋い声だ。
「失礼します」
セイロンが扉を開く。中には入らない。
「セイロン・ザ・エイプ。ご命令に従い、お客人を案内して参りました」
「ご苦労、さがってよし」
「失礼いたしました」
そしてセイロンは一礼して、扉から離れる。
俺に入れと促して来た。
「失礼します」
どういう態度と取っていいかわからず、丁寧語で挨拶する俺。
俺が部屋の中に入ると、扉が背後でしまった。
うむ、これでもう逃げられない。いやいざとなったら『テレポート』で逃げられるか。
ダジリンから報告を受けているとすれば、『ワープゲート』の情報は持っているだろうから、まぁ形式的なもんだろう。
部屋は八畳ほどの広さだった。この拠点の規模から考えれば、随分と小さい。
両側の壁には本や資料などが詰まった棚が置かれていて、俺の目の前には、窓を背に執務机が置かれている。
執務机の前には、メイド服の上に鎧を着たゴブリンが立っている。護衛か?
そして執務机に座っているのは一体のゴブリン。
緑色の肌に尖った耳。丸い頭、潰れた鼻。
よく見る外見のゴブリン。しかしその頭からは、輝く金色の髪が生えている。
ゴブリンの上位種であるベテランゴブリン。
その更に上位にあたる、特位種と呼ばれる希少な種族、ヒーローゴブリンの外見と一致している。
名前:ユリアン・ザ・キング
年齢:8歳
性別:♂
種族:ヒーローゴブリン
役職:ゴブリンキングダム国王
職業:小鬼の勇者
状態:興奮(軽度)
種族LV※27
職業LV:戦士L※9 剣戦士LV※6 ※※※LV※3 ※※士LV※※ ※※※LV※※ ※※※LV※※ ※※※LV※※ ※※※LV※※ ※※※LV※※ ※※※LV※※ ※※※LV※※ ※※※LV※※ 勇者LV93
HP:※※※※/※※※※
MP:※※※※/※※※※
生命力:※※※※
魔力:※※※※
体力:※※※※
筋力:※※※※
知力:※※※※
器用:※※※※
敏捷:※※※※
頑強:※※※※
魔抵:※※※※
幸運:※※※
装備:不死鳥の羽衣 黒竜の革服 宝剣ゴブリン・ザ・ゴブリン 泉の精霊石 清流のブレスレット
保有スキル
剣戦闘 直感 ※※※ ※※ ※※※ ※※ ※※※ ※※※ ※ ※※※ ※※ ※※ ※※ 異種族交配 ※※ ※※※ 小鬼英雄
英雄力解放
ぐ……! 強すぎてステータスが読み取れない。
種族LVの最初、『1』だよな? 『3』とか『5』とか、ましてや『9』じゃないよな?
獲得職業もめっちゃ多いし。 なんだよ、勇者LV93って。
ステータスも基本四桁かぁ……。
幸運の三桁も怖ぇよ。どうか三桁で最も低い数字でありますように。
装備は普通に見れるんだな。なんだよ、レア武具のオンパレードかよ。ゴブリン・ザ・ゴブリンってなんだよ。弱そうだけど、コイツが持ってる以上、いい意味で名前負けしてるんだろうな。
スキルも基本的なもの以外は見れなくなってるな。
ページを捲ると※ばかり。※がゲシュタルト崩壊を起こしそうだ。
…………24ページもあるよ……。
もう傍に控えるメイドゴブリンを見るのも怖ぇよ。
状態:恐慌(中度)困惑(重度)混乱(中度)
やべ、『サニティ』『サニティ』『サニティ』……。
「よくぞ参られた時空の神の使徒よ。私がこのゴブリンキングダム初代国王、ユリアン・ザ・キングである」
よく通る、落ち着いたバリトンボイス。スネーク活動したり三年待つ人みたいな声だ。
「あ、タクマ・サエキです……。本日は、お招きありがとうございます……」
『サニティ』『サニティ』『サニティ』……。
「ふ、ふふ。そう畏まらなくて良い。君は私の部下ではないし、招待したのはこちらなのだから」
「は。いいえ、しかし、それならば、そちらの、方、が、圧倒的に、強、い、の、ですから……」
『サニティ』『サニティ』『サニティ』……。
「く、くく。くふふ、うふ、ははははははは!」
突然笑い出す。ユリアン。え? なに? 何か面白い事あった?
あ、俺? 下等生物が必死に平静を装ってる様がおかしかったですか?
「も、もうダメ。ひー、おかしい。あのお兄ちゃんが緊張してる! あははははは」
え?
コイツ今なんて言った?
「うふふ。久しぶりだね、お兄ちゃん。ヒキコモリは脱出できたのかな? それとも、随分と若いし、ひきこもってるフリして、実はこっちの世界で活動してたとか? うふふ、主人公だね。さすが私のお兄ちゃんだね」
え? え? まさか、コイツ……。
「ふふ、改めて久しぶり。私はユリアン・ザ・キング。生前の名前は――」
「――佐伯友理愛だよ」
拝啓、お母さんお父さん。
八年前に交通事故で死んだ妹が、異世界でゴブリンに転生してました……。
なにその来歴。お前の方がよっぽど主人公じゃん。
あと、そのダンディなオジサマ声で女言葉使うんじゃない。
ついに登場したゴブリン達の王ユリアン
そして明かされる驚愕のその正体。
交通事故で死んだ人間が、異世界に転生するなんてよくある事ですよね