第38話:そして時は動き出す
二章最終話となります
洋画などを見ていて、なんで数日、へたしたら数時間前に出会ったばかりなのに、問題が解決した後、あんなに濃厚で熱烈なキスを交わせるのか不思議に思っていた。
所謂吊り橋効果。まぁ所詮は映画だし、エンターテインメントなんだから、そうした細かい事は気にせず、画面と一緒に盛り上がればいいじゃん。
なんて適当な事を考えたりしていたもんだ。
けれどすまんハリウッド。すまんフランス映画(ハリウッド的な呼び方があるか知らない。カンヌはなんか違うしなぁ)。
一緒に冒険して、感極まったら、するわ、キス。
まぁ、あれだな。俺は数日どころか一ヶ月も一緒に冒険した訳だし。実力的にはかなりのもんだし。頼り甲斐も満点だし。性格もそれほど悪くないだろうし。
顔? うーん、自分の顔って評価しにくくない?
イケてない訳じゃないとは思う。運動や勉強ができるかどうかが重要な小学生、中学生とは言え、それなりにモテるためにはそこそこの容姿は必要だった。
そしてその時代の俺は非常に活動的だったから、人気だった要因が顔以外にもあったのは間違いない。
人と関わる事に消極的になった高校時代。少なくとも、何もしなくても女子が寄って来る程イケメンではなかったようだ。
そもそもこの世界のイケメンの基準がわからん。
俺がイケメンだと思う人やエルフでも、他から見たら違う可能性だってある訳だし。
帝国と王国だと、また基準も変わるだろうし。
魅力のステータスでもあれば指標になるんだけど。
まぁ、一ヶ月一緒に旅をしていて、傍に居るだけで嫌だと思われる程、性格容姿共にブサイクではなかったのは確かだ。
でなければ、セニアと一緒に俺を探しに来た騎士団員からの口笛や咳払いに、顔を真っ赤に染めてキスを止めた後も、俺にひっついて離れないような状態にはなっていないだろう。
うん、まぁ、あれだ。俺が必死にフラグを立てないようにしていたのはなんだったのか? って話だな。
もうその行動自体がフラグみたいなもんだった訳だ。
「この度、タクマ殿の働きにより王都の被害は軽減された。これを称賛し、エレノニア王国より表彰される事となった」
咳払いをした騎士団長が俺にそんな報告をした。
え? 表彰? なんで?
確かに俺がグリフォン半分倒したから被害は少なかっただろうけど、けれどその事実、どこまで伝わってんの?
セニアには神の使徒が戦いに行ったと言え、とは言ったけど、俺がどのくらいの戦果を挙げたかはわかってない筈じゃ……。
「街の外で、普段は滅多に現れないグリフォンが群れで確認された。同時に、ゴブリンが落下してきたという情報も入っている。セニア殿からの情報と併せて、君の戦果だと判断させてもらった」
ああ、成る程。
「グリフォンは我が国の兵や近くに居た冒険者によって討伐された。タクマ殿にはグリフォンとゴブリン討伐の報酬の一部が支払われる。他にも報奨が出るとは思うが、詳しい事は明日、陛下と謁見してからという事になるだろうな」
陛下って言いましたか? 今。そうですか。国王様と謁見ですか。
まぁ、向こうの言い分に従えば、俺は王都壊滅の危機を救った英雄だからな。国王を始め、国の重臣を前に褒美を受けるのもおかしなことじゃないよな。
多分、今回の空襲による王都の住民や王国国民に広がる不安を払拭する目的もあるだろうし。
「今日のところは宿を取ってあるのでそちらで休まれよ。明日は昼過ぎに登城してくれ」
「かしこまりました」
こうして俺の謁見は決まった。
俺とセニアは騎士団員の案内で、無事だった中で最も豪華らしい宿屋へと向かう。
ちなみに白鷲騎士団の他の人達は、明日の謁見の準備や王都の損害の確認などでこれから仕事らしい。
こういう時って大変だよな、公務員って。日本に比べて労働基準法とか整備されてないだろうし。
お疲れなどでませんように。
宿は五階建てのしっかりとした造りの建物だった。
白の漆喰で壁が塗り固められていて、高級ホテルのような雰囲気がある。
窓にも高価なガラス、それもステンドグラスが使われている。
場所も商業区域では最も王城に近い位置にあり、他国の要人や地方貴族などが王都へやって来た時に利用するような宿らしい。
よく狙われなかったな、この建物。
道中聞いた話によると、狙われたのは王城を除く政府関係の建物ばかりで、商業地区や住宅区、農業地区の建物に被害は出なかったそうだ。
妙な話ではある。
確かに、空襲で軍事施設などを優先的に狙うのはわかる。けれど、王国に打撃を与えたいなら、むしろ商業地区などを重点的に爆撃した方が良い。
それが人道的かどうかはともかく、ゴブリンがヒトの生活に考慮するとも思えない。
やはり、アルグレイ達の言うユリアンなるゴブリンが、元人間の転生者なんだろうな。
しかしエレア隧道を潰したり、エレニア大森林の拠点には性欲処理と繁殖用にヒトの女性を捕えていたから、民間人に配慮するようには思えなかったんだけどな。
宿に着く前からぽつぽつと雨があたりはじめ、俺達が部屋に入った頃には、外は大雨となっていた。
あー、戦っている間に降ってくれればなぁ。あれ? 梟って濡れるとどうなるんだっけ?
「タクマ、この国はいい国よね」
窓際に立ち、外の様子を眺めていた俺に、セニアがそう声をかけてくる。
そう、セニア。
うん、他の部屋が全部埋まっていたのか、騎士団が気を利かせたのか知らないけれど、俺とセニアは同室となっていた。
部屋は二十畳ほどで十分広く、ベッドもそれに合わせて、人が二人で寝てもまだ余裕がある大きさ。
うん、一つしかないけどな。
そういう事情もあって全力で現実逃避をしていたんだけど、畜生、現実に追いつかれてしまった。
「ああ、そうだな」
「私はこの国の出身じゃないんだけどね、あ、タクマもそうだったっけ」
「ああ、そうだな」
「それでもこの国や、この国の人々のために何かをしてあげたいと思えるくらい、ここはいい国よ」
「ああ、そうだな」
「私の生まれた国はこの国に比べれば随分とひどい所だったわ。豊かとか貧しいとかではなくてね。国全体に閉塞感があるというか、そうね。この国が品の良い暖色で塗られているとしたら、私の生まれた国は沈んだ灰色だったわ」
超封建制なうえ超絶差別主義な帝国だからなぁ。
「それが嫌で、その灰色に自分も染まってしまうのが嫌で国を出て来たんだけど、結局中途半端なままだった」
彼女の役職はフェレノス帝国第三王女だ。元でも、冒険者でもなく。
それはつまり、彼女がその立場を、彼女の国を、捨てきれなかった証でもあるんだ。
「けれどこの国を見て、この国の人々に触れて、何より」
そこで、俺を真っ直ぐに見据えたのがわかった。
俺は変わらず窓の外を見たままだ。
「何より貴方に出会って、私も覚悟を決める事ができたわ」
セニアが近付いてくる気配がする。
拒絶するなら今だ。適当にはぐらかして部屋を出ればいい。いや、距離を取るだけで彼女は察するだろう。
俺にセニアを受け止め切れるか? セニアの覚悟は相当なものだろう。
祖国を捨てるというだけでもあれだが、彼女は王女という立場を捨てようとしている。
権謀術数渦巻く帝国皇室内において、王位継承権が二桁順位でもなければ十分に皇位を狙える。
それを捨てようとしている彼女を、俺は受け入れられるのか?
それだけの覚悟が俺にあるか?
いや、今はなくてもいずれそれを持てるようになるか?
立場が人を作るとは言うが、俺がそうなるとは限らない。
人に期待され、その期待に応える事が好きだったとは言え、その期待に潰されてヒキニートになったのが俺だぞ。
セニアが俺の背後に立った。
そのまま、俺に密着し、ぎゅっ、と抱きしめてくる。
「でも、まだちょっと怖いの。お願いタクマ。私に勇気を頂戴……」
我慢できるかああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!
さらば相棒28年間ありがとう。
翌朝。
昨日は一晩中雨が降っていたが、それが嘘のように空は晴れ渡っている。
窓から差し込む陽光と、窓の向こうから聞こえる小鳥の囀りに、俺は自然と目を覚まし、そして心の中で一人ごちた。
ああ、朝チュンだなぁ……。
ふと、俺は窓と反対の方向を見る。
そこには、すやすやと穏やかな寝息を立てるセニアが居た。
……良かった。朝起きたらいなくなってるとかそういうオチじゃなくて良かった。
掛け布団から覗く白い肩が、そういう行為の後を連想させて、全て見えているよりエロく感じる。
いや、エロさは無いな。興奮とか感動とか。
ついに俺は男になったんだという、達成感のようなものが込み上げてくる。
なんというか、色々凄かった。
正直、何となく始まって何となくいたして何となく終わった感のある初体験だったけど、それでも、凄かったのは覚えてる。
体が、最中の感動を覚えている。
白磁のような肌。質感、手触り。薄いながらも確かに存在した柔らかな女性部分。彼女の温もり、香り。
思い出すと、朝の生理現象以外の理由で立ち上がれなくなるぜ。
何となく、セニアの髪を撫でてみる。
上質な絹糸のようなサラサラとした触感。
いつまでも撫でていたくなる。同時に、なんだかほんわかしてくる。自然と口元が緩むぜ。
そのまま俺は、目覚めたセニアが羞恥の叫びを上げながら布団を被るまで、彼女の髪を撫で続けたのだった。
遅めの朝食を摂って宿を出る。
昨日、ダジリンとの激戦を終えた後、夜もセニアと激戦を演じたので体がだるい。
けど、心地よい倦怠感だ。心が満たされているからかね。
「!」
隣をセニアが歩いている幸せに浸っていると、そいつらは突然現れた。
一見するとただの一般市民のようだが、放っている雰囲気は堅気のそれじゃない。
「セニア!」
『アナライズ』で相手の正体を見破った俺は、セニアの手を引いてその場を離れようとした。
けれど、セニアが動かなかった。
「セニア……?」
「タクマ。これまでの道中ご苦労であった」
俺を見るセニアの瞳には、強い意志の輝きが灯っていた。
まさか、昨日言っていた覚悟って、国を捨てる覚悟じゃなくて……。
「これより妾はかつて捨てた自らの戦場へと赴く。そなたから頂いた勇気を胸にな」
セニアは一歩前に出た。俺の手が、自然と彼女の腕を放す。
「この国はこれから激動の時を迎える。だが案ずるな、タクマよ。妾がこの国を守ってみせる。盗人共の好きにはさせぬ」
そのために帝国へ戻るのか!?
祖国でもないこの国を守るために。かつて逃げ出した場所へと。
「ここまで妾の護衛を務めた褒美を取らせる。有り難く受け取るが良い」
セニアの、いや、帝国王女モニカの言葉に、男が前に出て、俺に大きな革袋を手渡す。
人の頭が丁度入るくらいの大きさだが、勿論、そんな血生臭い褒美じゃないだろう。
ジャラリと、俺の腕の中で音を立てた。
止められない。
俺には彼女を止められない。
止める資格が、俺にはない。
何故なら、この国がこれから直面するだろう危機を、回避する術を俺は持たないからだ。
けれど彼女は持っている。
それはひどく困難な道だろうけれど。
それでも彼女は、その道を歩く事を決めたんだ。
止められる、筈がない。
「過分な称賛を賜り恐悦至極に存じます。恐れながら王女殿下に一つ、お願いしたい事がございます」
俺が彼女の正体を口にした事に、モニカは驚かなかった。
やっぱりな、というような表情をしている。
これからはポーカーフェイスも学ばないとな。
「もしもセニアという少女を見かけたならば、お伝えいただきたい。俺はいつでもお前の味方だと。いつでも頼ってくれて構わないと」
その言葉に、モニカは驚いたような表情を浮かべた。
しかしそれも一瞬の事。すぐに表情を引き締める。
「伝えよう」
一言そう言って、彼女は立ち去った。
俺は追わない。追う事はできない。
俺がただ転移してきただけの来訪者だったなら、このまま彼女についていく選択肢もあっただろう。
けれど、俺にはそれができない。
俺は仕送りをしなければならないんだ。
これが滞ると俺は不幸になる。
その不幸が、モニカを巻き込まないとは限らない。
モニカなら、月に1000デューくらい払えるだろう。
けれど、今度は別の問題が出て来る。
果たして俺が傍に居て、彼女の役に立つのだろうか?
彼女の精神的な支え? 個人的な護衛?
だが彼女が政争を制し、皇帝の座を掴み、そして王国への侵攻を止めるためには。
俺という存在は間違いなく邪魔だろう。
周囲はどうしても、俺のために皇位に就こうとしていると見る筈だ。
敵には攻撃材料を与える事になるし、味方も不安に思う。
だから俺は、彼女の傍に居る事はできなかったんだ。
暫く広場でぼーっとした後、昼を示す鐘の音が王都に響き渡った。
時計を見ると昼の十二時過ぎ。
そろそろ行くか……。
正直、セニアとの別れが色々衝撃的過ぎて、俺は王城へ向かうのが億劫になっていた。
バックレてやろうかとも思ったけれど、そういう訳にもいかない。
俺は溜息を一つ吐き、王城へと向かった。
天井の高い広大な空間。
神話を描いたステンドグラス。
毛足の長い絨毯は、踏むと踝まで足が沈む。
どこからかパイプオルガンの音が聞こえて来てもおかしくないその空間に俺は居た。
赤い絨毯の上で跪く俺。両側にはこの国の重臣達が居並び、そして、俺の前には豪奢な玉座に一人の壮年の男性が座っていた。
第四二代エレノニア王国国王チャールズ三世陛下。
絹で拵えられた仕立ての良い服の上に、赤いマントを羽織った姿。
鎖骨辺りまで伸びた金色の髭はよく手入れされていて輝いている。
コック帽のように長い王冠が重そうだ。
「此度のはたらき、ご苦労であった」
口を開いたのは、玉座に一番近い位置に立っていた一人の重臣だった。
基本的に家臣どころか、この国の民でさえない俺に、国王が声を掛ける事はあり得ない。
そのため、国王の代理として、国の重臣。今回で言えば宰相が授与式を進める事になる。
ついでに言えば、俺はこの式が終わるまで、顔を上げる事は許されない。
なんというか視線が痛いぜ。
実際に遠くからとは言え、俺の戦いを見ていた白鷲騎士団団長のエドワードさんや、軍事畑の重臣達はそうでもないんだけど、文官の人からは厳しい目を向けられている。
勿論、俺が家臣はおろか国民でさえない事が問題だ。
「王都へのグリフォンの襲来を察知し、その多くを単独で撃退。王都壊滅の危機を未然に防いだその功績を認め、銀獅子勲章を授けるものとする」
「有り難く、頂戴いたします」
俺が許されている唯一の言葉。
銀獅子勲章は、対象の身分を問わず、王国に貢献した者に与えられる勲章で、はっきり言って使用されている銀の量以上の価値は無い。
酒の席でちょっと自慢できる程度のものだ。
勿論、俺は既にグリフォンとゴブリンの討伐報酬、それから王都の被害を軽減した報奨金、合わせて10万デューを貰っている。
日本円に直すと一千万円だ。目標額の三分の一を既に手に入れてしまった。
ちなみに、セニアの護衛代金は5万デューだった。
合わせて目標金額の半分を獲得した計算になる。
まぁ、三千万の仕送りを終えた後、向こうで余裕をもって暮らしていけるよう、サラリーマンの生涯賃金である三億円を稼いでから帰るつもりだけど。
無理そうなら、せめて五十前には帰りたいな。
というか、親を看取るくらいの事はしたい。
その後も宰相が色々と言っていたが、この国がいかに素晴らしいかという事。それに手を出したゴブリン達に対する恨み言(もう調べたのか)。そして俺を始め、並んだ重臣達に叱咤激励の言葉。
それを遠回しに長々と話していただけなので割愛させてもらう。
大金を貰ったものの、俺の心は、今日の空のようには晴れてくれない。
このまま王都に残るのも気が引ける。早々に出立するとしよう。
王国の西側に行くのもなんだからやる気が起きないな。
一度ガルツへ戻るか。
どうやら、『一緒に居て嫌じゃない美少女』という評価以上に、俺はセニアの事が好きになっていたらしい。
こういうのも、失恋って言うのかね?
遠距離恋愛とはまた違うし、やっぱりそうなんだろうな。
皇帝になるなら周囲の様々な事を利用しなければならないだろう。
当然そこには、女性である自分の体も含まれる。
有力貴族の息子を王配とする事で、その貴族と派閥を手に入れる事は、政略としては基本だろう。
手に入れたようで実は手に入れる事ができなかった少女を想い、俺は再び、大きな溜息を吐いた。
タクマ初体験。そしてセニアとの別れ。
閑話を挟んで三章へと続きます