第2話:いざ迷宮へ
見なかった事にしよう……。
あれどう考えても主人公だ。
勇者だし、16歳だし、ラッキースケベ持ってたし。
ラッキースケベってスキルなのか……。
あんなのに関わってたら命がいくつあってもたりない。
仲間になるにしろ敵対するにしろ、百害あって一利なしだ。
俺が特に理由なく異世界に来てたのなら接触するのもありだったんだが……。
毎月の仕送りの事を考えるとな……。
できれば目立つ事は避けたい。
そんな訳で俺は勇者ユーマをスルーする事にした。
さて、まずは装備を整えないとな。
ここはガルツ。俗に迷宮都市と呼ばれる街だ。
この世界にはダンジョンと呼ばれる迷宮が存在する。
ガルツにあるシュブニグラス迷宮は、始祖ダンジョンと呼ばれるダンジョンだ。
魔力溜まりと呼ばれる場所が世界の各地に点在しており、この影響を大地や建物が受けると迷宮化し、ダンジョンとなる。
このダンジョンが更に成長し、その魔力の余波で分離した小さな迷宮を派生ダンジョンと呼ぶ。
ここガルツは始祖ダンジョン攻略を目当てとした冒険者達のための施設が周囲に建設されたのが始まりだ。
ダンジョンを中心に円形に街が造られており、その直径約800mというから、かなりでかい街だ。人口も1万人を超えている。
ギルドや貴族などから依頼される仕事の他に、ダンジョンに潜り、モンスターを狩り、宝物を漁る事も、冒険者の収入の一つだ。
特にこのガルツを拠点としている冒険者は迷宮探索だけで生計を立てている者もいる。
冒険者は自称すれば誰でもなれるし、ギルドの利用にも特に制限はない。
なるほど。異世界からやってきた後ろ盾のない人間がなるにはうってつけの職業だ。
真っ当な職業かと言われたら、首を傾げざるを得ないけどな。
俺も基本はこのダンジョン探索で稼ぐつもりだ。
だからまずは装備を整える。
アーノルドさんとのステータス比較で、素手でもなんとかなると思うが、そこはそれ。
佩刀し、弓でも担いで、いかにも冒険者ですよ、と装わなければ、いらないトラブルに巻き込まれかねない。
できる限り目立たず、ちょっと成功してる冒険者、くらいを目指すべきだ。
俺は毎月1000デュー、日本円で10万円以上を仕送りしないといけない。
3000万円累計で支払えば、地球に戻るかどうかを選ばせてくれるらしいが、しかし思い出してほしい。
あの女神は、3000万円支払えばそれで終わりとは言っていない。
俺は毎月の仕送りと両親への手紙を怠ると地獄へ落ちる。
だけどそれはいつまで続ければいい?
そう、その期限が決められていないのだ。
それらしい事は言っていた。
両親が亡くなれば解放される、と。
極端な話、3000万円だろうと1億円だろうと、両親が亡くなるまでは払い続けなければならない可能性がある。
今月の支払いの時に女神に聞いてみるか……。
ともかく俺が目指すべきは、一獲千金の勇者の仲間じゃなくて、長く安定して稼げる生活だ。
だから、目立つ事は避けたい。
下手に目立って有名になって、貴族とかに目をつけられて、政争に巻き込まれて指名手配とか、勘弁してほしい。
折角手にした異世界チートのチャンス。
簡単にこの世とおさらばして手放す訳にはいかない。
という訳で、俺は見せかけだけでも装備を整えるために武器防具屋へ向かう。
ガルツの地形は『常識』の中にあった。
五分ほど歩くと、二階建ての大きな建物が姿を現した。
武器防具屋というと、何となくRPGの個人商店的なものを思い浮かべてしまうが、それより遥かに立派な店構えだ。
中に入ると、様々な武器や防具だけでなく、地図や保存食など、冒険に必要なものが所狭しと陳列されている。
防犯カメラこそないが、警備も兼ねた店員が店のあちこちに立っていた。
百円ショップか激安の殿堂か……。
そんな印象を俺は持った。
俺の現在の全財産は女神から渡された300デュー。日本円で三万円。
果たしてこれで何が買えるのか?
実は結構色々買える。
現代日本では剣や鎧はかなり高額だが、それは需要が少なく、芸術品としての販売が殆どだからだ。
需要が多く、実用を重視された包丁は百均でも買える。
さすがに百円=1デューとはいかないが……。
ちなみに通貨単位のデューは欲望の神デュークリプトに由来するらしい。
とりあえず、この村人A的な外見をなんとかしよう。
革の鎧は30デュー。それより防御力が劣る革の服は20デューだ。
革の服ってただの革ジャンにしか見えないな……。
『アナライズ』で見ると、革の鎧は物理防御力が8~10。革の服は3~5だった。
誤差が生じるのは手作りだからだろう。
これ、『アナライズ』できない人は当たり外れ大きくないか?
でも俺頑強が100以上あるから、8とか5とかそれこそ誤差なんだよな。
ならここは、ちょっとでも安く仕上げるべきだ。
防御力5の革の服を購入する。
初期装備の布の服の上から着る事ができた。
うん。完全に革のジャケットかジャンパーかって感じだよな。
まぁこの世界の物理法則にはステータスの数字が大きく関わってくるみたいだから、日本の常識は早めに捨てよう。
靴よりはブーツの方がそれらしいよな。
そんな理由で1組15デューの革のブーツを購入する。こちらは防御力3。
様々な効果がついた魔法の武具も陳列されているが、流石に高くて手が出ない。
次に武器を見る。
メインは弓にしよう。
ステータスが高いとは言え、何が起きるかわからない。
直接攻撃するより、遠距離から攻撃できた方が安全だ。
魔法も使えるが、MP切れなどを考慮して弓を持っておきたい。
俺に弓を撃った経験はないけど、『常識』の中に使い方があった。
それに従ってステータスの高さでゴリ押しすれば、そのうちまともに使えるようになるだろう。
迷宮の中で戦うので、取り回しの難しいロングボウではなくてショートボウを購入。35デューの物理攻撃力5だ。
これに物理攻撃力3の鉄の矢を購入する。矢筒と合わせて20本で30デュー。
『マジックボックス』という、大きさや量に関わらずいくらでも収納できる魔法があるが、これは第三階位魔法。
第二階位魔法に『リトルマジックボックス』という魔法があるが、こちらは収納に制限がある。
『リトルマジックボックス』を使用できる冒険者は珍しくないが、そこに矢を入れる奴はいない。
スペースがもったいないからだ。
佩刀目的で20デューのショートソードを購入する。鞘とセットになっているので丁度良い。物理攻撃力は5。弱いな。
弓だけ装備していると、近接戦闘をできないと勘違いしたおバカさんが絡んでくる可能性がある。
返り討ちで殺してしまっても正当防衛だが、目立つ事を避けたい以上、無用なトラブルは回避するべきだ。
矢筒と同じくカモフラージュ用に大きなリュックサックも購入しておく。これは100デュー。今回購入した中で一番高額だ。
一万円のリュックサックって、日本でも結構いいもの買えるんじゃないか?
合計220デュー。残金80デュー。
残りは宿代や飯代用に取っておこう。
わかりやすく銀貨を8枚残しておく。
「よし」
一つ息を吐き、俺は迷宮の入口へ向かって歩き出す。
姿はどう見てもドキドキダンジョン初チャレンジといった風だ。
そして俺の心の中も同じ状況。
すげー緊張してます。
始祖ダンジョンはその成り立ち理由から、浅い階層は弱いモンスターしか出ない。
ステータス的に考えると大丈夫だろうが、それでもちょっと怖いよな。
店を出て10分ほど歩くと、洞窟の入口のような場所が見えてくる。あれがダンジョンの入口だ。
入口には初老の戦士が佇んでいた。
警備の爺さんだ。ダンジョンの中は治外法権なので、ダンジョンで出現したモンスターが外に出ないように見張っているらしい。
会釈してダンジョンへ入る俺を、爺さんは暖かい目で見ていた。
いかにも初心者な冒険者が、緊張しながらダンジョンへ進む様を感慨深げに見つめているようだった。
果たして彼は、何人の冒険者を見送り、そして何人の冒険者の帰りを見られなかったのだろうか……。
なんてな。
いざ迷宮へ!