第37話:黒梟鬼との死闘
ダジリンとの戦い決着回です
そしてタクマはついに……
俺に向かって放たれた魔法の槍。
高速で飛来する十本の槍を回避する術は無い。
まぁ、ダジリンの魔力が高いって言っても、『エナジーレイ』の魔力限界に引っかかるから、そこまでの威力は出ないだろう。
俺も魔抵が決して低い訳じゃないから、なんとか耐えられるかもしれない。
ただ十本全部が直撃となると厳しいな。
間違いなくダジリンの追撃が入るだろうし。
躱せないなら防御魔法を使用して耐えるところなんだろうが、バインドシャウトのせいでそれもできない。
バインドシャウトは対象に状態異常『拘束』を与えるスキルだ。
この『拘束』、『麻痺(重度)』の更に先の状態だ。
麻痺は体が動けないものの、無詠唱の魔法やスキルなんかは使用できる。
例えば、槍を構えた状態で麻痺を受けても『ランスストライダー』を使用して強引に前に進む事ができる。
けれど『拘束』は無詠唱の魔法やアクティブスキルさえも封じてしまう。
更に重度になると、パッシブスキルまで使用できなくなるという。
歯を食い縛って衝撃に備える事さえできない。
仕方ないので切り札を切る事にした。
魔法は使えない。スキルもダメ。
ならば、祝福を使おう。
時空の神の祝福だ。
時空という概念自体が得体の知れないものだからなのか、強力だが消費MPの多いものが多い。
魔法に直せば、第七階位以上の魔法に該当するだろう。
俺が『インヴィジヴルジャベリン』をはじめ、第五階位前後の魔法ばかり使うのは、消費MPが少ない割に効果が大きいから、というのもある。
だがここは解禁するべきだ。
なに、MPが無くなっても、どうせ落ちるだけだ。
落下ダメージ、どのくらいだろうな……。
『タイムストッパー』を発動させる。
消費MP100というとんでもない消費量だが、その名の通り時間を止める事のできる祝福だ。
3秒だけだけどな。
とは言え、その間も俺の時間は進む。でないと、時が止まった世界で、俺も止まったままだからな。意味ねぇだろ、そんな祝福。
俺の時間が進むって事は、俺にかけられている状態異常の持続時間も進むって事だ。
つまり、『拘束』から逃れる事ができるという事。
強力だとは思うけど、MP100消費して3秒だけ時間を止められる、となると、やはり使い所は限られてしまう。
1、2、3。そして時は動き出す。
けど俺は動けないままだ。
マジか。
もう一度『タイムストッパー』。
やべぇ、もうMPが半分切ったぞ。
『ライトウィング』も『ソウルアームズ』も、発動自体はそれほどMPを消費しないが、維持でガリガリ減っていくからな。
1、2、! 動ける!
すぐさま『クイックタイム』を使用。
これは俺の時間だけを加速させる祝福だ。
俺のスピードを上げるだけなら、『拘束』が解けたのだから魔法でもいいんだけど、そうすると意識がついていけない。
最早目の前まで迫っている十本の槍を躱すためには、これらの間を高速ですり抜けなければいけないんだ。
スピードアップして前進して、制御できずに槍に自分からぶつかってしまっては元も子もない。
だからこその『クイックタイム』。
俺の速度自体は変わってないから、素早く動いても、俺の意識が遅れる事は無い。
ちなみに消費MPは80とこれもかなり多い。
しかし1秒あれば十分。
俺は加速した世界でうまく槍と槍の間を通り、見事脱出に成功する。
そして時が動き出す。
背後で聞こえる爆発音。
「なにっ!?」
驚愕の表情を浮かべるダジリン。
俺は槍を構えて、翼に魔力を込めて加速しながら、『ランスストライダー』を発動させる。
「どりゃああああぁぁぁぁああ!」
絶叫とともに俺の渾身の突きがダジリンの胸部に突き刺さる。
「ぬぐうううぅぅぅぅうう!!」
痛みか怒りか、あるいはその両方か。ダジリンが唸るような声を上げる。
「ぬおおおおおぉぉぉぉおおお!!」
俺はブレイブを突き刺したまま、ダジリンの体を切り裂くべく、グレイブに体重をかける。
「があああぁぁぁぁああああ!!」
今度は紛れもなく痛みによるものだろう、ダジリンの口から、罅割れた絶叫が轟く。
くそ、痛みに喘ぎながらも冷静だな。しっかりと防御魔法を使ってやがる。
刃が全然下にいかねぇ。
「!?」
俺の周囲に魔法陣が出現した。
多重発動のスキル!? 持っていたのか!
だが折角詰めた距離。再び離される訳にはいかない。
大規模な魔法では自分も巻き込まれる。ならば、威力は大した事ない筈だ。
「『マジックシュート』!」
案の定、第二階位の世界魔法だった。
「ぐっ!」
とは言え、流石にダジリンの魔力で六発は痛い。
お返しとばかりに『インヴィジヴルジャベリン』をダジリンの背後から撃ち込んでやる。
「ぬうっ!?」
「ついでにこれも食らえ! 『エクスプロージョン』!」
ダジリンに突き刺さっているブレイブを中心に爆発が起きる。
爆風は俺も巻き込むが、俺は火竜の鎧のお陰でノーダメージだ。
威力と消費MPの比は『インヴィジヴルジャベリン』より良いんだけど、周囲を広い範囲で巻き込むからこれまで使えなかったんだ。
「ぐ……この……!」
ダジリンも負けじと魔法を撃ち返す。俺もグレイブでグリグリやりつつ魔法を返す。
至近距離での魔法の撃ち合い。おまけに、どちらも大した防御魔法を使わず、ほぼノーガードでの殴り合いになっていた。
グレイブの追加ダメージ分があるとは言え、このままだと間違いなく先に力尽きるのは俺だろう。
しかし俺はそれでもいいと思っている。
いや、勿論、死んでもいいと思ってる訳じゃない。
先に俺を素通りして王都に向かったグリフォン編隊。あれに追いつくのはもう無理だ。
勿論、『テレポート』などを使えば可能だろう。
けれど、その場合、このダジリンを連れて行く事になる。
おそらく一体一発しか持っていないだろう爆撃部隊より、このダジリンの方が危険だ。
なら俺の役割はこのダジリンの足止めだ。
流石にこいつも、グリフォン部隊が爆撃を終えて戻ってきたら、そのまま帰るだろう。
こいつも王都へ攻撃するつもりなら、最初から編隊の先頭に居た筈だからな。
だから俺の役割は時間稼ぎ。
味方の援軍を待つんじゃなくて、敵が目的を達成して帰還するのを待つってのが悲しいけれど。
まぁ、仕方ない。力不足なのは事実なんだし。
アルグレイ撃退から間隔が短すぎなんだよなぁ。
もう一月二月待ってくれれば、LVを上げてなんとか戦える辺りまで持って行けたかもしれないけどさ。
あ、でもコイツらはコイツらでLV上げしてるんだろうな。
LVが低い俺の方が成長しやすいって言っても、基本コソコソしなきゃいけない俺に対して、コイツらはきっと自重なんてしないんだろうし。
そう考えると、コイツと戦うのはこのタイミングで良かったのかもしれない。
少なくとも、逃げる事も負ける事も許されない状況で戦うよりは随分とマシな筈だ。
視界の端に、黒煙が上がるのが映った。
どうやら爆撃が成功したらしい。
そりゃ成功するか。この世界に防空なんて概念ないんだから。
グリフォンやドラゴンが襲来する事は稀にあるけれど、それこそ、適当に魔法や矢を射かけてやればすぐに逃げ帰る。
編隊を形成して、爆弾を落として離脱するような奴らを相手にするようには想定されてないんだ。
「どうやら、ここまでみたいだな……」
「ふん、人間にしてはよく食い下がったと言ってやろう。だが、それもここまで……」
「いやいや、そういう意味じゃねぇよ」
勘違いくらいは正しておいてやろう。調子づいて追いかけて来られても困るし。
「もっと視野を広げて見ろよ。王都は爆撃された。俺が落とし損ねたグリフォン部隊が帰って来るぜ」
「それで? まさか作戦が成功したから見逃してもらえるとでも?」
「思ってねぇよ。けど、お前はわざわざ俺を追いかけては来ないだろう? 作戦は成功したんだ。どんな逆襲があるかわからないぜ?」
「莫迦め。この状況で逃げられると思っているのか? 仮に逃げられたとしても、お前を再び捕えるのに時間などいらんぞ」
「お前は一つ忘れてる。俺は時空の神の使徒だぞ?」
「? ……! 『ワープゲート』か!」
「お、よく知ってたな。そもそもヒトが崇める神をモンスターが知ってる事自体驚きだけど。まぁ、いいや。つまりそういう事だ。俺は一瞬でここから離脱できる。王都まで追いかけて来るか? 俺がどこに居るかもわからないのに? ひょっとしたら、単体ならお前を害する事のできる戦力が居るかもしれないのに?」
「む……」
絶対に大丈夫だと思うなら、そもそもグリフォン部隊による空襲を行っていない筈だ。それこそ、アルグレイやダジリンを送り込めば済む話なんだから。
けどこの世界には勇者が居る。勇者でなくとも、ヒトの領域をあっさりとぶち破った存在が居る。
それが、王都に居ないとは限らない。
「俺は『ワープゲート』で一瞬で王都へ戻れる。グリフォン部隊をすぐに追いかけて殲滅できた。けれどそれだとお前まで連れていってしまう事になる。だから、勝てないとわかってても俺はお前をここに足止めしたんだ。空襲が成功するまでな」
「貴様……!」
どうやら俺の言いたい事が伝わったらしい。頭良い奴って、話が早くて助かるよね。
「王都への空襲成功って手柄をくれてやるから、俺を見逃せって言ってるんだよ」
「ぬぅ……」
「理解してもらえたみたいだな。じゃあ俺は負け逃げさせて貰うぜ」
そして俺は『テレポート』を使用してその場から離脱した。
ふぅー……。なんとか生き残ったな。
あんな奴らとまともに戦ってたら、命がいくつあっても足りないぜ。
できる限り二十四日や二十九日に戦えるようにしたいな。
俺がテレポートした先は、瓦礫の中だった。
いしのなかにいる。
勿論わざとだ。
ここは騎士団本部で俺が寝泊まりしていた場所。
空襲の標的となる場所は何となく予想がついていた。
騎士団本部は本命中の本命だった。
だから、ここが瓦礫に埋まっている事も想定済みだ。
じゃあなんでこんな所を選んだのかと言えば、それこそ、『テレポート』ではなく『ワープゲート』だと思わせるためだ。
時空の神の祝福『ワープゲート』。A地点にゲートを設置しておくと、BやCに居る場合でも、即座にA地点に移動する事ができる祝福だ。
言うなれば劣化版『テレポート』。こんな事言うと、またあの女神が拗ねちゃうかな?
俺が『ワープゲート』だと見せかけたい相手は勿論ダジリンじゃない。
俺の事を時空の神の使徒だと知ってから、かの女神の事を勉強していた奴が居る。
それまでは光の神以外の神の事なんて大して興味が無かったのにな。
つまりセニアだ。
彼女が無事だという保証は無い。けれど、無事だった場合、彼女は俺の戦闘を見ている筈だ。
遥か空の向こうで戦っているとは言え、俺は『ソウルアームズ』によって光り輝いていた。
その光は遠くからでも十分に見れた筈だ。
その輝きが突然消えたら?
俺が死んだと考える? それもあるだろう。けれど、最悪の想像だけじゃ終わらない筈だ。
勝てないと判断した俺が逃げたと考えた場合、俺はどこへ逃げるだろうか?
飛んで逃げる所が見えたなら、それを追いかければいいけれど、そうじゃなくて、突然俺が消えたら?
セニアは思うだろう。『ワープゲート』を使ったんだな、と。
ならゲートはどこへ設置した?
ルードルイ? フィクレツ? エドウルウィン? ガルツ?
仮にそう仮定したとしても、セニアがすぐに確認できるような場所じゃない。
特に、エレア隧道が潰れた事で、これらの場所はエレア山地を大きく迂回しなければ行けなくなってしまった。
ならば彼女はまずどこを探す? 当然、王都だ。王都のどこを?
およそ二日しか滞在していない王都で、ゲートを設置できるような場所なんて、この騎士団本部以外ありはしない。
「タクマ!」
俺の推測を裏付けるように、瓦礫の外から名前を呼ぶ声が聞こえる。
「タクマ、居るんでしょ!? タクマ! どこ!? タクマぁ!」
切迫した声。ああ、涙混じりだなぁ。
うぅむ、別の意味で出たくないな。泣いた女子の相手なんて小学生以来だぞ。
その時も基本的に平謝りしてただけだしなぁ。
「タクマ! タクマ、タクマ、タクマ、タクマ、タクマ、タクマ、タクマ、タクマ、タクマ、タクマ」
あ、ヤバイ。これ以上は流石にヤバイ。
俺は自分の上に乗っている瓦礫をどけながら、右手を突き出した。
「ここだ……」
「タクマ!」
すぐに駆け寄り、瓦礫をどかし始めるセニア。
うん、君の筋力だと多分無理だよ。
とは言え、真っ赤な顔に涙を溜めて必死に瓦礫をどかそうとしている彼女を見て、そんな事を言える筈もなく。
俺も自分で瓦礫をどかしながら、何とか上半身を起こす。
勿論、『ソウルアームズ』は解除してあるし、火竜の鎧や兜も既に『マジックボックス』の中だ。
「タクマぁぁあ!」
セニアが勢いよく抱き着いて来た。
首に腕が回され、そのまま両手で頭をがっちりとホールドされる。
うん、心配かけたからね。ヘッドロックくらいは甘んじて……。
「ん……」
「うん……!?」
突然重ねられた唇。
感極まって思わず、だとは思うけど、セニアさん、長いです。
「ん、ふ……」
暫くされるがままになっていると、セニアの小さな舌が、ちろちろと俺の唇を舐め始めた。
俺が何か思うより早く、雄としての本能が、彼女の舌を受け入れた。
「ふ、ちゅ、ん……」
彼女を抱きとめたままの姿勢で固まる俺。激しさを増すセニアのディープキス。
襲われてる感はんぱないんですけど……。
重ねられた唇の柔らかさ。口の中を縦横無尽に蠢く舌の感触。吹きかけられる吐息。密着した部分から伝わる熱、鼓動。
拒絶しなければ、と警告を発する俺の理性が、それら快感の波状攻撃に崩壊寸前に追い込まれている。
結局、背後から聞こえた冷やかすような口笛と、自分の存在を誇示するような咳払いによって、セニアが我に返るまで。
俺は彼女に唇を貪られていたのだった。
判定敗北ながら生存と敵の撤退を確認。
圧倒的格上相手には十分な結果でしょう。
ご褒美は美少女からのキス。




