第31話:ルードルイ
ようやくルードルイでの話です
「ルードルイへ行った後はまたエドウルウィンへ行くの?」
半日かけて、森の入って来た辺りへと帰り着く。
馬は繋がれたままだったけど、彼らの機嫌が最悪だった。
食べ物はそこらの雑草を食べていたらしいけど、水がほぼ無かったせいだ。
機嫌取りのブラッシングをしつつ、水を飲ませてやると、なんとか乗せてもらう事ができた。
そして馬に乗って二人で再びルードルイへ向かう道中、セニアはそんな事を聞いて来た。
「いや、流石にそんなすぐには行かないよ」
「じゃあいつかは行くのね?」
「まぁ、ね……」
「ああいうのがいいの?」
「そういう訳じゃないけど、あれ集落全体で本気だったからさ、行かないのも問題あると思うんだよ。故郷の村で姪っ子と交わした約束とは訳が違う」
「そんな姪っ子がいるの?」
「いないよ、比喩表現だよ」
「それで? エドウルウィンへはいつ行くの?」
「いや、まだ決めてないけど?」
「じゃあ明日また行く可能性もあるのね?」
「依頼があればね。何も無ければいかないよ。セニアと旅を続けるさ」
「そう……。族長会議の決定とか抜きにした場合、あの子の事はどう思うの?」
「いい子だとは思うけど、やっぱり幼過ぎるよなぁ」
「エルフだから大分年上だと思うわよ?」
「いやこの場合外見が大事でしょ」
「エルフだから成熟した年齢になるまで何十年とかかると思うわよ?」
「むしろエルフだから、そのくらい普通に待ってくれると思うんだ」
「待たせるんだ?」
「それでも批難されるんだな。まぁ、そのくらい経てば、セニアとの旅も何か変わってるかもしれないしな」
「行かない可能性はあるの?」
「何も無ければ行かないよ」
「向こうは待っているのに?」
「エルフだから何十年と待たせても大丈夫さ」
「寂しがってると思うわよ?」
「うーん、手紙くらいは書くかなぁ……」
「誰が届けるのよ? エドウルウィンに行くヒトなんてそうそういないわよ?」
「エルフィンリードからも微妙に遠いしなぁ。フェルディアルにでも頼もうか」
「そんな、女神様を使い走りみたいに……」
そんな事しか聞かれなかった。
これまで接して来て、セニアは俺に多少なりとも気があるとは思っていた。
それに、意外と嫉妬深い事もわかっていた。
けれどこれはあからさまだろう。
俺に褒美として下賜されたエルフの少女エレンの扱いに関しては、俺も困っていた。
それこそ、集落に居たうちに、なんらかの関係が結べていれば、こんなに悩まなかったのかもしれない。
だけど、俺はまだ彼女に手を出していない。
だから、結構本気で、バックレるという手が使えるんだ。
ただ、問題はそれだけじゃない。
セニアにも指摘された通り、どのくらい待たせるか、だ。
二度と行かないにしても、エルフがどのくらいの期間接触が無ければ諦めるのか予想がつかない。
なんせ長命だからな。
例えば人間が二年音沙汰無しなら諦める平均だとして、寿命が十倍のエルフは、じゃあ十倍の二十年待てるか、と言ったらそんな事は無いだろうし。
正直、二十年待たせるなんて、俺の良心の方がもたない。
じゃああの場ではっきり断れよ、と思うかもしれないが、それはそれで問題があった。
エルフとの繋がりができるのは嬉しい。けれど、毎月の仕送りという任務がある以上、俺はエレンを連れ出す事はできなかった。
そして何より、俺があの場で断った結果、エレンが他の誰かのものになるかと思うと、それはそれで嫌だったんだ。
仕方ない。
彼女いない歴=年齢のニートオタクだ。独占欲というか、ハーレム願望みたいなのは当然あるさ。
いいな、と思った女の子はとりあえず自分のものにしたいという、人としてかなり最低の欲望があるんだ。
ハーレム系ラブコメとかで、主人公が最後に一人を選ぶ展開ってあんまり好きじゃないんだよね。
かと言って、物語終盤で、適当な脇役とサブヒロインがひっつく展開も、NTRっぽくて嫌だ。
お子様お断りのゲームやマンガなら、NTRも結構楽しめるんだけどな。
だからまぁ、あの場で、エレンを娶るか諦めるかの二択を提示されていたのなら、俺はすっぱり断っていただろう。
けど保留が許されちゃったからなぁ。
生活が安定したら迎えに行くってのは、割と常識的な判断じゃないかな?
いや、そうでも考えて無理矢理自分を納得させないと、最後に見たエレンの寂しそうな、けど何かに耐える笑顔と、ちくちくとセニアが突っついてくる罪悪感で、良心の呵責に押しつぶされてしまいそうなんだよ。
メンタル弱いからね、俺。
さて(場面転換)。
ルードルイはエレア山地とエレニア大森林の間の平野に位置する交易都市だ。
元々は、王国の東側と王都の流通を、フィクレツ経由で結ぶ都市だった。
エレア山地の北端にある、アーマルト山の山腹にマヨイガの派生ダンジョンが出現した事で、ルードルイの北側にそこそこ大きな砦が建設された。
これにより、国境沿いにある城壁都市とこの砦を繋ぐ街道が完成し、その間にウェドロカという交易都市も建設された。
結果、ルードルイは王国東部、北部、南部を繋ぐ重要な拠点へと成長する。
そして十年前。現エレノニア王国国王リチャード三世が王子時代にルードルイ太守へと就任して二年目。
エレア山地を貫き、王都へと繋がる大隧道、エレア隧道が完成する。
それまでエレア山地を大きく南に回らなければならなかった王都と繋がった事で、ルードルイは王国一の交易都市となった。
リチャード三世はこの功績をもって王に就任する事になった。
太守任命当時は第三王位継承者だったが、第一王子が病に倒れた時、時の王が後継者に指名したのは第二王子ではなく、リチャード三世だった。
余人のあずかり知らないところで、リチャード三世の王位継承権が繰り上がっていたんだ。
理由はエレア隧道の完成以外に考えられない。
ちなみに現在、リチャード三世は自身の若さゆえの過ちに苦しめられている。
重臣たちが、戦もクーデターもなく王位継承権を繰り上げた現王にあやかり、次期国王候補をルードルイ太守へと任命するよう勧めているそうだ。
験担ぎは大事だ。
けれど、国王としての教育を受けるうえで、質が良いのは当然王都だ。
だから当然第一王子は王都で最高の教育を受けさせてやりたいが、重臣をはじめ、多くの臣民がルードルイの太守に任じられた者が次の王位継承者だ、と思い込んでいるため、王都で教育を受けるという事は、次期国王として期待されていないと見做される可能性があるからだ。
リチャード三世自身、あんなのは偶々だと思っているようだけど、国を運営するには、その偶々を引き当てる豪運も必要だと重臣達は考えていた。
それを国王もわかっているから、悩んでいるんだ。
ちなみに現在の第一王位継承者は16歳。第二王位継承者は15歳なので、そろそろどこかに役職を与えて政治を学ばせなければならない年齢だ。
第一王位継承者はそのまま自分の手元で。第二王位継承者は予備なのでやはり自分の手元で。
ならば第三王位継承者以降は、他の都市へ派遣するのが王国の通例だ。
同じ理由でリチャード三世もルードルイの太守へと任じられた訳だけど……。
かと言って、他の都市へ王子を送っておきながら、ルードルイだけに送らない訳にはいかない。
ルードルイは今王国にとってなくてはならない巨大な都市だ。ここを王室の影響下に置かないなんて有り得ない。
国王がどうするつもりなのかわからないけど、王国を割るような事態にならないよう、一臣民(別に税を納めてる訳じゃないけど)としては思うばかりだ。
そんな重要拠点であるルードルイなので、人の出入りも厳しくチェックされる。
一周二十キロもある巨大な城壁。更にその外側に一周四十キロにもなる更に長大な城壁が囲っている。
高さも二十メートルはあるだろう。
門は街道と接した東西南北と南東の五つ。
俺達は南東の門から入るつもりだけど、ただでさえ巨大な交易都市であるから人の出入りが激しいのに、そのチェックも厳しいせいで、門の前には入門前の人々で長蛇の列が作られていた。
フィクレツなどでも祝福の日とその前後は、入門待ちの人で列が作られる事はあるけど、日常的に列ができるのはここルードルイと王都だけだ。
それこそ祝福の日なんて、一日待っても入れないらしいからな。
商人たちは当然、最も稼げる祝福の日にルードルイの中へ入っていたいから、その前日に入るために並ぶ訳だ。
家電量販店の前に徹夜で並ぶ人たちみたいだよな。
そんな訳で俺とセニアもその列に並んだ。
祝福の日が終わって二日程経っていた事もあって、朝の六時頃にルードルイへ到着したけれど、十二時過ぎくらいには入れそうだ。
俺は馬から降りて、セニアの馬と併せて手綱を握る。
セニアは降りなかった。
何かあった時、一人は乗っていた方が動きやすいからな。
別にセニアが傲慢って訳でも、俺を従者扱いする事に嗜虐的な快楽を見出している訳でもないと思う。
多分。
「ルードルイでは何をするの?」
「とりあえずガルディスの洗礼を受けるよ」
「いいの?」
セニアの懸念は、時空の神の使徒である俺が、他の神の洗礼を受けていいのか? という意味だろう。
「今更だろ」
いいんだ。というか、既に俺はビクティオンの洗礼を受けている。
「それもそうね」
セニアもそれ以上追及してこなかった。
「でもガルディスだけ? ジャルディースはいいの?」
ルードルイには二つの神殿がある。一つは慈愛の神ガルディス。そしてもう一つは、軍神ジャルディース。
ガルディスは慈愛の神の名の通り、他の神の洗礼を受けていても洗礼を受ける事ができるし、ガルディスの洗礼を受けているからと言って、洗礼を拒否する神は存在しない。
しかしジャルディースは違う。
軍神だけあり、この神はあちこちに喧嘩を売っているらしく、敵が多い。そんな神がこんな堂々と神殿建てて大丈夫なのか? というと、それは大丈夫だ。
基本的に闇の神と、それに従う神の神殿や教会でなければ、その建立や運営が邪魔されるような事は無い。
せいぜい洗礼を断られたり、軍神の洗礼を受けていると知られたら石を投げられる程度だ。
実際、ジャルディースの祝福にはそこまで今欲しいと思うものがないので後回しで良い。
ジャルディースを拒否している神は、ジャルディース側からも拒否されているが、しかし、ジャルディースの洗礼を受けるだけなら簡単な方法がある。
それはガルディスの洗礼を受けている事だ。
この二柱の神は姉弟である。しかも、夫婦だ。
先述した近親相姦の神は彼らの事なんだ。この言い方だと近親相姦を司ってる神みたいだな。そんな神は居ない。
闇の神側ではないのに迫害されている愛欲の神が一応近親相姦を司っているとも言えるのかな? あの神、性欲に関する事ならなんでもありだし。
しかし、ガルディスの洗礼を受けていると、本来ジャルディースの洗礼を受けられない神の洗礼を受けていても大丈夫だなんて、ジャルディースさん、立場弱すぎませんかね?
弟ってだけで姉に頭が上がらないのはなんとなく想像できるけど、その上夫婦だからなぁ。完璧尻に敷かれてんじゃん。
「まだ受けたい洗礼がたくさんあるからな」
「そう」
暫くセニアと雑談に興じていると、俺達の番になった。ちらりと時計を見ると、予想通り12時を少し回ったくらいだった。
俺とセニアはそれぞれ別の個室に連れていかれ、そこで入念なチェックを受ける。
荷物と装備を全て机の上に並べる。これは俺じゃなくて係の衛兵が行った。
名前、年齢、性別、ルードルイへ来た目的を羊皮紙に記入。その間、衛兵達が荷物のチェックを行っている。
一応、俺から見える位置で行っているのは、不正なんてしていません、というアピールのためだろう。
密室の中の出来事だ。やろうと思えばいくらでも不正ができるからな。
ただ、ルードルイには一日に万を超える人間が出入りする。それにいちいち賄賂だ窃盗だと不正を行っていたら、ルードルイの経済活動自体が停滞してしまう。
だから門の衛兵に就くには、厳しい査定を受ける必要がある。
まぁ、そういう公正明大な場所でなければ、セニアが入門を受け入れる筈ないよな。
「よし、問題無し」
衛兵による荷物チェックが終わった。
「入門料は10デューだ」
高いんだよなぁ。まぁ、大事な都市の収入だからな。これによって都市を囲むばかでかい二重の城壁や不正を行わない優秀な衛兵を維持しているんだから。
俺は衛兵に銀貨一枚を渡して荷物をまとめる。
軽く会釈して番所を出た。先に出ていたセニアが待っている。
「待った?」
「大丈夫よ」
敢えてそれっぽく聞いてみるけれど、セニアは特に意識した感じはなかった。まぁ、こっちの世界じゃそういう文化ないだろうしな。
「馬はどうするの?」
「連れて歩くと目立つけれど、売ると足がつきそうだしなぁ……」
「便利だから連れていきましょう」
どうもセニア、エレニア大森林の中を歩き詰めだったせいか、できる限り馬で移動したいようだ。
俺が姿を現したら、さっと馬に乗っちゃったし。
「そうだな」
俺は手綱を引いてセニアの後ろを歩き出す。
「乗らないの?」
「人混みの中はまだちょっとな」
「そう? 慣れれば簡単よ」
外門から暫くは、農業地と住宅地が続くが、内門を超えると商業地区になり、人の密集具合は一気にはねあがる。
門から続く大通りは、幅が二十メートル程もあって非常に広い。それでも、普通に歩くのが困難なほど人でごったがえしていた。
そんな中を、悠々と馬に乗って歩くセニアは、相当な技量だとわかる。
俺だと絶対歩行者をひっかけるな。
「まずはガルディスの神殿へ行こう」
「ええ。いいわ……」
言いかけたセニアの言葉を、彼女のお腹から聞こえた、可愛らしい音が遮った。
「…………」
「…………」
「……先に昼にしようか?」
「……そうね……」
馬上のセニアを気遣って、近くの屋台で肉串と果実飲料を買って食す。
肉串ってどこにでもあるなぁ。まぁ、簡単に食べられるから観光客にも商人にも人気だし、作る側も楽だし。
その後も屋台の気になる食べ物をつまみながら神殿へ。
大抵の料理は素材の味活かしすぎであれな感じだったけど、そこは流石に王国一の交易都市。
現代地球の料理に慣れた俺の舌でも、これは、と思う料理が幾つかあった。
単に味が濃いだけ、とも言えるが。
神殿の前に馬を停め、セニアに見張りを頼んで中へ入る。
ガルディスの神殿は石造りで、いかにも神殿といった外観をしている。
ギリシャとか古代ローマのあんな感じだ。
中は窓が大きく作られているせいか非常に明るい。床一面に敷かれた淡い水色の絨毯が目に優しい造りだ。
木製の長椅子が並んでいて、おじいさんおばあさんが座って会話を楽しんでいる。
その奥には受付があり、いかにも人のよさそうなオバちゃんと、いかにもいい人そうな美少女が座っていた。
何ここ? 地方の病院の待合室かなんか?
微かに薫るフローラルな香りはなんだ?
慈愛の神とはよく言ったもんだね。徹底しすぎだろ。
『神々の祝福』からツリーを辿って行くと、この神殿、どうやらガルディスの趣味らしい。
フェルディアルとは違った方向で、女性らしい女神みたいだな。
それでもジャルディースが頭上がんないんだもんな。あれか、普段はにっこりおしとやかな優しいお姉さんだけど、起こると笑顔のまま怖いっていうあれか。
自然と美少女の方に足が向く。
「いらっしゃいませぇ」
柔らかい声だった。鼻にかかるような甘ったるい声じゃないのがポイント高いな。
女性も利用するんだから当然か。それにあれ、男性にもあんまり評価良くないからな。アニメ声ってのは、アニメのキャラを通すから良いんだよ。
「本日はどのようなご用件でしょうか?」
「洗礼を受けに来ました」
「ありがとうございます。洗礼料は1デューとなります」
流石慈愛の神。良心的だ。
俺は財布代わりの小袋から銅貨を一枚出して美少女に手渡す。ラーサさん(19)ね。俺初めて『アナライズ』をチートじゃなくて、犯罪的だと思っちゃった。
「ありがとうございます。ただ今八人待ちとなっておりますので、あちらでかけてお待ちください」
促されて、俺は長椅子い腰かける。
当然、人が少ない椅子を選んだ。じいさんばあさんのパーソナルスペース突破力は侮れないからな。できる限り話しかけられたくない。
セニアとは大分自然に会話できるようになったけど、まだ知らない人相手だと、ガラスの仮面を被らないと無理だから。
「よう、その若さで洗礼を受けに来るなんて、随分信心深いじゃねぇか」
どっかりと俺の隣に腰を下ろして、いかにも風来坊然とした風体のじいさんが言った。
おい、来るなって思ったろ!?
ああ、でも言われてみれば、神殿の中にはじいさんばあさんの姿が目立つ。
そりゃ生まれた時に洗礼を受けるんでもなければ、大体は一線を退いた後だもんな。
あとは特定の職業が、その職業に就いてる人間が多く信仰してる神の洗礼を受ける程度だ。
洗礼を受けただけだと祝福が使えない以上、冒険者で洗礼を受ける数は多くない。
『神性術士』の数が少ない理由だよな。
冒険者や傭兵になっている『神性術士』の多くは戦の神シャルギアの洗礼を受けている。その名前通り、戦いで使う祝福ばかりであるから、神殿で囲う意味が無いからだ。
むしろ、外でバンバン使って貰ってその有用性をアピールして、信者を増やす事に貢献して欲しいとさえ考えている。
この辺りは、独占しないと利益が確保できないどころか、市場が崩壊しかねないビクティオンの祝福とは違うな。
後は各神共通で使える祝福以外の祝福を『スキル封じ』で封印された『神性術士』だけだ。
ビクティオンみたいに外で祝福を使う事を許可していない神殿や、ガルディスのようにあまり外で使う機会の無い祝福ばかりの神の神殿で洗礼を受けようとする若者は少ない。
ビクティオンはまだ、その後色々と仕事があるけど、ガルディスとかはもう神殿職員か神職になるしか道が無いもんな。
「冒険者をやっているんで、いつ引退してもいいように、受けられる洗礼は受けておこうと……」
とりあえずあらかじめ用意していた言い訳を口にする。
「ふぅん、そうかい。確かに、明日突然怪我で稼げなくなっちまうかもしれねぇからな。そうなったら洗礼を受けに他の街へ行くのもつらくなっちまうだろうし」
よしよし、怪しまれてないな。
「俺も昔は冒険者だったんだけどよ。まぁ、俺の場合は怪我じゃないんだが、冒険者を引退してから、自分にできる事が何もないことに気付いてな」
ああ、特に展望も無く冒険者になると、引退したあと困るよな。
どこかに伝手があれば別だけどさ。
「まぁ、俺は一応この街で職にありつけたから良かったがよ、何度か冒険で一緒になった奴らが、物乞いに落ちてたのを見た時は、ショックよりも同情の方がでかくてよ」
それが何よりショックだった、とじいさんはしみじみと呟く。
おい、意外と面白いじゃねぇか。
そうか、身の上話を聞くだけなら適当に相槌を打っておけばいいから、特に苦にならないんだな。
「じいさん何やってる人なんだい?」
「俺か? いやぁ、俺はただの隠居ジジイよ。毎日暇だから、顔馴染みが多いこの神殿に顔出してんのさ。同じ街にあっても、あっちは殺伐としてっからな」
軍神の方の事だな。
ていうかこのじいさんなんか怪しいぞ? どっかの偉いさんじゃないだろうな?
名前:レバンノ・ステアンノ
年齢:63歳
性別:♂
種族:人間
役職:ルードルイ市民
職業:剣戦士
状態:平静
種族LV:26
確かに普通の元冒険者って感じだな。職業が戦闘系のままなのは、非戦闘系の職業を獲得するような仕事に就かなかったからだろう。
種族LVは維持しているのか、それとも下がったのかはわからないけど。
『常識』の中にも特にこのじいさんの名前は無い。
どうやら本当にただの隠居ジジイらしい。
この手の思わせぶりな人を見たら、何かのフラグだと思うのはちょっとビビリ過ぎかな?
けどなぁ。護衛クエストからこっち、行く先々でトラブルに見舞われてるからなぁ。人為的なものを感じるぜ。
人為的ってか、神為的?
トラブルを俺が解決する事で俺の知名度が上がる。そして俺が時空の神の使徒だと知られれば、時空の神の信者が増える。
なんて、フェルディアルの作為を感じずにはいられなかったからな、これまでの事を考えると。
じいさんの話を聞いていると俺の順番が来たので神殿の奥の洗礼部屋へ入る。
特に洗礼部屋では変わった事は起きなかった。
洗礼を授けてくれた神官が美女だった事くらいか。
「待った?」
「少しね」
神殿を出た所で待っていたセニアに再トライ。
やっぱり望んでいた答えは返って来なかった。
まぁ、今回のシチュエーションじゃ難しいか。
セニアと連れたって冒険者ギルドへ。
マヨイガやエドウルウィンの道中で手に入れた素材や魔石を換金する。
野盗の持ち物なんかも合わせて合計で499デューになった。
当然、セニアと折半する。
割り切れない分は、セニアが俺に譲ると言ってくれた。
まぁ、正直ここまでの働き具合を考えれば、セニアとしてはもっと譲ってもいいんだろうけど、そこはそれ。
二人で冒険している以上、きちんと折半するのは俺の数少ない自分ルールだ。
という訳で俺の収入は250デュー。
これにマヨイガ出発前の残金1469デューを足すと1719デュー。
ただ、女神に1000を仕送りとして渡しているし、ルードルイに来るまでの宿泊費などが48デュー。
これで残りが671デュー。
更に雑貨屋で手紙と羽ペン、インクを買って▲200デュー。
ついでに宿代と昼とかおやつに色々食べた代金がやっぱり▲200デュー。
宿はフィクレツで泊まったホテル並みの高級店を予約しておいた。
残るのが271デューなので随分と心許無くなったけれど、忘れちゃいけない。
エルフからの報奨金が2万デューあるんだ。
セニアと折半しても1万デューの収入だ。
という訳で俺の残金は10271デュー。
日本円にすると百万円を持ってる事になる。ドヤァ。
…………28歳の全財産としては少ないよな。しかも収入が不安定なんだぜ?
けど、一ヶ月でこんだけ稼いだって考えると、月収百万か。年収で1200万って考えると凄くね?
まぁ、エルフの報酬みたいなすげぇ美味しい仕事がまたあるとは限らないけどさ。
しかもあれ、二十五日じゃなかったら、俺死んでるんだぜ?
やっぱ生産職だよな。
これからも堅実に、コツコツといこう。
ストーリー自体はあまり進みませんでしたね




