第30話:報酬はエルフの姫
リザルト回です
そしてサブタイトルで激しくネタバレ
帰りの道中の空気は重かった。
全員が全員疲労困憊だったのだから仕方がない。
肉体的には休憩を挟んだとは言え、一日中歩き詰めの後一日中戦い詰め。
精神的には半数以上の仲間の死亡。
これで明確に勝ったっていう実感があれば、その疲労も飛んだんだろうけど、よくわからないうちに攻略目標が消滅したからなぁ。
カタルシスも何もあったもんじゃねぇわ。
俺はHPとMPこそ減っているけど、体力は高いので問題無く集落まで歩く事ができるが、セニアが大分マズかった。
エルフ達も早く帰りたいという気持ちとは裏腹に足取りが重い。
往きと同じく小休止と大休止を挟みながら俺達は集落へと戻る。
戦死したエルフは黙祷を捧げてその場に埋めて来た。
丁度良い空き地があったのもあるけど、流石に今のエルフ達では同朋の遺体を運ぶ事はできなかった。
俺やエルヴィン、一部の戦士階級には余裕があったけど、一部だけを連れて帰るとなると不公平になる。
後日、改めて人数を揃えて弔いに行くんだろう。
一応遺品は持って来たから、残されたエルフに対する慰撫にはなる筈だ。
往きと同じく、俺はセニアを途中からおぶった。
正直、流石に俺もこれは厳しかったけど、ちょっとカッコつけたかったんだ。
前に回された腕に力をこめ、おぶさるというより、しがみつくようだったのは、決して落ちないように注意していただけではないと思いたい。
とは言え、それ以上の関係になる勇気は無い訳だけど。
生殺しってマジつらいのな。
体験してみて初めてわかったよ。
思わせぶりヒロインをもう今まで通りの目で見れないな。
鈍感系ハーレム主人公も、今まで通りの目では見れないな。
どっちも次に見れるのはいつになるかわかんないけど。
途中で日が昇り、そして再び日が暮れる頃に集落へと帰り着く。
俺達は歓声でもって迎えられたが、一部、この世の終わりのような顔をしたエルフが居た。
多分、今回の攻略で戦死したエルフの関係者だろう……。
ああいうのは、やっぱりやるせないな。
俺とセニアはそのまま客室へ案内された。
全員疲労困憊だったからな。風呂も飯も休んだあと、という事になったんだ。
俺達も保存食で軽く腹を満たした後、すぐに襲って来た睡魔に抗えず、そのまま意識を失ってしまった。
夢も見る事無く目覚めると、既に昼過ぎだった。
帰って来た時間はフェルディアルからもらった時計で確認している。確か夜の七時過ぎだった。
そして今は昼の一時。
十八時間寝た計算になる。
ニートをしていた時でも、連続でこんなに寝た事ないぞ。
寝落ちを繰り返しながら、一日ベッドから動かなかった事ならあるけど。
まぁ、それだけ疲れていたんだろうな。
肉体的な疲労は勿論だけど、圧倒的な格上のアルグレイ相手に、綱渡りみたいな戦闘をしてたせいで、精神的にも大分参っていた筈だ。
隣で寝ていた筈のセニアの姿は無かった。
先に起きて風呂にでも行っているんだろうか。
伸びをしながら小屋を出ると、一人の侍女エルフが居た。
「お目覚めですか?」
「あ、はい……」
正直驚いていた。
そりゃ扉開けたら無表情なエルフ(美女)が立っていたら、びっくりするよ。
「お食事になさいますか? お風呂になさいますか?」
…………
それともわたし? は流石にないか。
「セ……ミューズは?」
「先程お目覚めになられ、現在はご入浴中です」
「じゃあ俺も風呂に入るかな」
「混浴ではございませんが?」
「いや、別にそういうつもりで言ったんじゃないから」
「かしこまりました」
そして侍女エルフは俺に持っていた風呂セットを手渡す。
「ごゆっくりどうぞ」
侍女エルフに見送られて、俺は風呂へと向かった。
「ああぁーーーーー」
湯船に浸かると思わずそんな声が漏れる。
我ながらオヤジ臭いと思うけど、まぁ、俺実年齢28だしな。
正直足がぱんぱんだったからなぁ。
温泉でくつろいでいると、脹脛と足の裏から、疲労が抜けて行くような感覚がある。
今更ながら、スーパー銭湯や温泉を愛する人の気持ちがわかったよ。
ネットとかでそういう話を聞くたび、あんなのただの広い風呂じゃん、としか思ってなかったからなぁ。
半分露天風呂みたいになっているエルフの湯殿は、お湯の暖かさだけじゃなくて、木々のざわめきや小鳥の鳴き声が耳にも心地よい。緑の香りが湯の香りと混じって、鼻腔をくすぐる。
五感の半分以上で楽しめる。
『アナライズ』で見ると飲んでも大丈夫だし、若干の薬効もあるみたいだけど、洗ったとは言え、自分の体が浸かったお湯を飲む気にはなれないな。
枝から出てるお湯を口に含むくらいはしてもいいかな?
いいじゃん、露天風呂。
俺が風呂を堪能していると、入口の方で音がした。
ん? 誰か入って来たか?
またエルヴィンかな?
っておおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおい!!
俺は思わず心の中で叫んで、口元まで湯船に沈めてしまった。
入って来たのは四人のエルフ。
背の高い大人のエルフに左右と背後を守られ、人間で言えば12~3歳の幼いエルフがこちらに向かって歩いて来る。
目線をあちこちキョロキョロと彷徨わせる様は、小動物を思わせる可愛らしさがある。
頬が赤く染まっているのは、決して湯気にあてられたからだけじゃないだろう。
それだけなら、エドウルウインの有力者の子供が、今回の功労者である俺を労うためにやって来たというだけで、何も問題はないんだけど。
問題は、そのエルフ達の性別だった。
全員♀なんですけど……?
周囲の大人エルフも、エルフらしく胸や尻の肉付きは薄いものの、女性のそれだとわかるくらいには盛り上がっているし、腰のくびれから臀部、そして太ももにかけての曲線が、男性とは違って非常に艶めかしい。
特にエルフに風呂場でタオルで局部を隠す文化はないせいで、大事な部分が丸見えだ。
ふふ、気恥ずかしさで目を逸らす程初心じゃないぜ。ガン見だぜ。
当然、男性の象徴が無いのも確認してる。あと、エルフって体毛薄いんだね(控えめな表現)。
混浴ではない筈のこの湯殿に、護衛とは言え女性のエルフが入って来るという事はどういう事か?
それはつまり、護衛対象が女性だと言う事だ。
彼女達の中心に居る少女のエルフ。
エルフらしく肉付きが薄く、一見すると少年のよう。
けれど、幼い男の子でも持つ、男性的な印象は全く受けない。
握れば折れてしまいそうな細い手足、抱けば砕けてしまいそうな小さな肩、薄い胸、細い腰。
目を逸らせば消えてしまいそうな儚げな雰囲気を纏った少女。
時折こちらに向けられる目は、不安に揺れている。
おいおい、その反応はどういう事なんだよ?
俺がどういう人間か不安がっているのか?
それとも、これから起こる事に対して不安を抱いているのか?
少女エルフと護衛エルフは揃って洗い場へ向かい、そこで体を清める。
少女エルフは相当の箱入りらしく、三人の護衛エルフが交代で彼女の体や髪を洗っていた。
交代で洗っているのは、他のエルフが洗っている間、残りのエルフは自分を洗っているからだ。
上手く時間を調整して、全員が同時に体を洗い終える。
うぅむ、手馴れている。今回のために練習したってよりは、日常的に行っている感じだな。
エルヴィンだって自分で体を洗ってたからな。相当だぞ、この少女。
それともエルヴィンも、一人立ちするまでは他のエルフに体を洗ってもらっていたんだろうか?
それが女性だったら血涙ものの羨ましさだけど、男性だったらむしろ恐怖だ。
エルフが同じエルフをどう見ているのか知らないけれど、総じて美形のエルフに幼い頃から体中をまさぐられるとか。
そっちに目覚めてもおかしくないよな。
体を洗い終えた少女エルフは湯船の前までやって来て、そこで一旦足を止めた。
俺と湯を交互に見て、何やら思いつめた表情をしている。
そして一度大きく深呼吸した後、目を瞑ってえいっ、とばかりに足を湯に入れた。
目を瞑って両手で体を隠したまま、湯に身を沈める少女エルフ。
遠い……。
少女エルフは風呂の縁から動こうとしない。
俺は俺で奥の縁にもたれているから、互いの距離はかなり離れている。
これが俺と少女の関係の距離だとすると非常に遠い。
いや、顔も名前も知らない少女との距離だと考えれば、意外と近いのか?
どうしよう? 声をかけた方がいいんだろうか?
俺から近付いてもいいものなんだろうか?
何となく護衛エルフの方に目を向けるけど、彼女達はみんな、俺に対して何の感情も籠ってないような目線を向けるだけで、何も反応してくれない。
暫く無言の時間が続く。
複数の人間が風呂に浸かった状態で無言、というのは拠点攻略に出発する前と同じ状況だけど、支配する空気の質が違った。
気まずい、気まずいよ。
彼女達の目的がわからないから、無言無反応が非常につらい。
俺の願いが伝わったのかどうかは知らないけど、護衛エルフが立ち上がった。
そして、いつの間にか俺と同じく口まで浸かっていた少女エルフを引き上げる。
……あれ、のぼせてねぇか?
俺の懸念を裏付けるように、護衛エルフの一人が少女エルフをおぶって湯殿から出て行った。
なんだったんだ? 一体……。
残された俺は暫くそのまま湯に浸かっていた。
下半身の血流が収まってくれるまで、湯から上がる訳にはいかなかったからだ。
処理する訳にも、いかなかったしな。
風呂から上がると、小屋に戻る前に族長の家に案内された。
どうやら祝宴が始まっているらしい。
必要なものは『マジックボックス』に入っているから、俺は案内されるまま宴会会場へ向かう。
会場に到着すると、既に宴会は始まっていた。
主役はエルヴィンを初めとしたエルフ達だからな。おまけでしかない俺の到着を待つ必要は無かったんだろう。
案内された席に着くと、すぐに侍女エルフだけでなく、術士階級のエルフや戦士階級のエルフが酒を持って俺に酌をしにやって来た。
おお、感情の無い笑顔で迫られるのがここまで怖いとは思わなかった。
主役はエルヴィン達だけど、俺はどうも英雄として讃えられているらしい。
お近付きになりたいらしいエルフが次々に話しかけて来る。
いや、名前とか氏族とか言われてもわかんねぇし、覚えきれないから。
アルコール分は大分薄いみたいだけど、こっちに来るまで酒なんて飲んで来なかった俺には、飲み干すだけでいっぱいいっぱいなんだけど。
何度も何度も注がれても困る。
ちらりと隣を見ると、セニアも同じように大勢のエルフから酌を受けていた。
しかしそこは流石王族。怒涛の挨拶を見事に躱していた。
うぅむ、どのくらいコミュニケーションレベルを上げたらあの領域に辿り着けるんだろうか。
食事は出陣前にも出ていたサラダに加え、猪や鹿の肉も出ていた。
香草と共に蒸し焼きにしたものらしく、肉は柔らかく、それでいて確かな歯ごたえがあった。噛んだ時に滲み出る肉汁に香草の苦みがやや含まれていて、それが程好いスパイスになって味を引き立てていた。
うん、普通にうまいぜ。
小麦に果実を混ぜて焼いたフルーツタルトのようなものもあった。こちらも甘さ控えめで好きな味だった。
意外だったのは、どの料理も香辛料がふんだんに使われていた事だ。
山椒や胡椒は普通にエルフの集落の近くに自生しているらしい。ただ、エレニア大森林の中だとこのエドウルウィンの近くにしかないし、王国内では自生はおろか栽培さえされていない。
街と交易を行う場合の主力商品なんだそうだ。
砂糖も所謂てんさい芋みたいなものがあるらしく、そこから採れる。塩だけは交易で入手するしかないのでエドウルウィンでは高級品らしい。
蜂蜜と、蜂蜜程じゃないけど甘く栄養のある花の蜜もあるし、オリーブオイルも十分な量が確保できている。
唐辛子に、山葵まであったのはびびった。
「この度は良き働きであった」
酒の入った瓢箪のような容器を持って、エルヴィンが俺の隣に座った。
今まで群がっていたエルフも、エルヴィンを遠慮してさっと散る。
「いえ、過分なお言葉、恐悦至極に存じます」
「よい。下賤な人間ならば我と言葉を交わす事自体が不遜であるが、女神の使徒となれば話は別よ」
口調は尊大だけど、差別的な感情が無くなっているように感じる。
やぁ、この世界で神ってやっぱ偉大ね。虎の威を借るようで若干落ち着かないけど。
「それで中で何があったのだ? こちらとしては中の様子が全くわからないうちに拠点自体が消えたのでな。今後、同じような拠点を築かれないとは限らない以上、知っておくべきだと思ったのだが」
「異常に能力、知能共に発達したゴブリンが大量に居ましたね。戦術も非常に高度なものでしたし、一部はヒトのそれより高いかもしれません」
「まことか!?」
まぁ、間違いなく現代日本からの知識輸入が入ってるだろうからな。この文明じゃ辿り着けてない、思いつけてない高度な戦術、戦法、陣形があっても不思議じゃない。
射撃姿勢の違いで弾幕を広範囲に撒くなんて、この世界の人間じゃまず思いつかねーだろ。
「そして拠点を支配していたのは、アルグレイ・ザ・ドッグというクリムゾンクラウンでした。他のゴブリンより知能の高い個体でしたね」
「クリムゾンクラウンだと!? 我でさえ見たことのない種類だな」
実際レッドキャップ自体がそもそも非常にレアなモンスターだからな。その上位種族なんてそうそうお目にかかれるもんじゃない。
「知能だけでなく、戦闘力も非常に高く、まぁ、あれがクリムゾンクラウンとしての強さなのか、あの個体自体の強さなのかは、俺もわかりませんが」
「であろうな」
嘘だ。『アナライズ』でアルグレイを見たお陰で、俺はクリムゾンクラウンの知識も得られるようになった。他のステータスはともかく、体力と生命力はアルグレイの半分程しかない。しかもアルグレイには、本来のクリムゾンクラウンが持たない、職業による補正とスキルがある。
間違いなく、同じ種族LVなら通常のクリムゾンクラウンより、アルグレイの方が強いだろう。
「俺の攻撃が殆ど通じませんでしたので、何とか粘り、隙を突いて女神を召喚した次第です」
「そうか……」
俺の戦闘力はエルヴィンも認めている。どのくらいの強さだと判断しているかはわからないけど、その俺が手も足も出なかったと証言している以上、楽観視はできない筈だ。エルヴィンも難しい顔で考え込んでしまった。
「更にそのアルグレイとは会話が可能であり、彼が言うには、あの拠点は彼らの本拠地ではなく、それは別にあるそうです。そして、アルグレイはそんなゴブリン達を指導する者がおり、その下の将軍格であると言っていました」
「なんと……!? ではあのような場所が他にもあるというのか!?」
「おそらくは」
詳しい事は聞いていないけれど、アルグレイの言葉をそのまま信じるなら、少なくとも本拠地とあと同じような拠点が二つある筈だ。
このエレニア大森林にあるのか、それとも別の場所にあるのかはわからないけど。
「まぁまぁエルヴィン様。このような祝いの席で物騒な話は無しにしませんか?」
と、そこへ別のエルフが声をかけて来た。
流れるような銀髪に、切れ長の瞳が印象的な美女だ。
「改めまして、タクマ様。私はエドウルウィン長老会リヒターが娘、ヒルダと申します」
ちなみに俺のシャールが偽名だったのはもうバレている。
フェルディアルが思いっきり俺の名前言っちゃったからな。まぁ、仕方ない。
「これはご丁寧にどうも。タクマです」
「隣、失礼いたします」
そう言ってヒルダさんは俺の隣に腰を下ろす。ちなみにそっちにはセニアが座っているんだけど、隣の席とは言え、俺とセニアの間にはそこそこ距離があった。
これは俺がセニアに避けられているという訳じゃなくて、どの席も同じくらい間隔を空けてあった。
多分、今のように他の人間と歓談するためだろう。
ちらりとセニアを見るけど、彼女は彼女で他のエルフの相手に忙しいようだ。
「まずは一献」
「あ、どうも」
もう何度目かわからないお酌。
俺は注がれた酒をゆっくりと飲む。
ちなみに薄いとは言え、既に何十杯と飲まされたアルコール。へたしたら潰れていても不思議じゃないけど、俺は『リフレッシュ』の魔法で酔いを除去していた。
『酔い』って状態異常だからね。
『リフレッシュ』自体が第二階位の魔法なせいもあってか、『常識』の中にこの魔法で酔いを醒ますという方法は無かった。
「実は族長と長老会の間で昨夜のうちに話し合いがもたれまして、今回、タクマ様のご活躍に報いるために、報酬を追加しようという事になったのです」
「それは、なんとも恐れ多い」
「謙遜しなくてもよろしいんですよ。タクマ様はそれだけの事をなさったのですから」
ヒルダさんの言葉に、何故かエルヴィンは不満顔だ。あれ? お前さっきまで俺の事褒めてたじゃん。
「それで追加の報酬なんですけどね、エレン、いらっしゃい」
ヒルダさんが呼びかけると、一人の女性エルフが俺の方にやって来た。
ゆっくりとした足取りは、淑やかというより怯えているように見えた。
俺の方をちらちらと見るものの、その瞳は基本的に俺を捉えていない。
人間で言えば12~3歳のエルフ。俺はその少女エルフに見覚えがあった。
というか風呂で会った少女だった。
え? あの風呂での出来事とこの流れ、ひょっとして……。
「私の妹でエレンと申します。ほら、エレン、挨拶なさい」
「え、エドウルウィン長老会リヒターが娘、え、あ、い、え、エリェンと……」
噛んだ。
蚊の鳴くような小さな声。けれど、澄んだ鈴の音のような綺麗な声だった。
噛んだ事が恥ずかしいのか、顔を真っ赤に染めて涙目になっている。
「た、タクマです。一杯どうぞ」
「あ、はい、ありがとうごじゃまる……」
また噛んだ。
恥ずかしさを誤魔化すためか、俺が差し出した杯を受け取り、一気に飲む。
「あ」
ヒルダさんが何かに気付いたように声を上げるけど、彼女が止める間もなく、エレンは酒を飲み干してしまった。
「落ち着きましたか?」
俺が尋ねると、とろんとした焦点の合ってない目をこちらに向けて……。
「へへんへふぅ……」
今度は呂律が回っていない。そしてそのまま仰向けに倒れてしまった。
よわっ!!?
「あらあらこの子ったら。ごめんなさいね、タクマ様」
「い、いえ、こちらこそ……」
エレンと同じく風呂に入って来た女性エルフが素早くやって来て、彼女を回収していった。
「なんだったんだろう?」
「簡単に言うとね、あの子が追加の報酬なんですよ」
あ、やっぱりそういう話なんですね。
セニアがエルフ越しにこっちを睨んでいるのが見えた。聞いてたのか。
「それは……」
「あの子はまだ子供ですので、すぐにあなたについて外に出す事は難しいですから、まぁ、暫くは、あなたがエドウルウィンに立ち寄った際に抱いていただく感じになりますかね」
勿論、強引に連れ出してくれても構いませんけど、と笑いながら言うヒルダさん。
いや、笑い事じゃありませんから。
一応『アナライズ』で見たけれど、年齢は118歳。エルフの寿命は人間のおよそ十倍だから、人間の年齢で言えば11~12歳ってところだ。俺の見立てより若干幼かった。
そしてステータスも非常に低い。おそらく、かなりの箱入りだ。
まだ一ヶ所に落ち着くつもりがない俺についてくるって事は、冒険の旅を一緒にするって事だ。
正直、あのステータスの低さでついて来れるとは思えない。
そこらの一般人より低かったからな。特に生命力と体力と筋力と頑強と敏捷。まぁ、肉体系の能力は軒並み一般人以下だった。
箱入りにも程がある。
かと言って、彼女のために一ヶ所に留まるつもりは無い。
何せ俺は仕送りをしなければならないんだから。
日帰りできるダンジョンなんてガルツくらいしかないし、かと言って、俺がダンジョンに潜っている間、エレンを一人残していくのも不安だ。
ダンジョンに連れて行くのはもっと不安だけど。
まぁ、エンチャントをふんだんにかけてやればパワーレベリングは可能だろう。
けど、エドウルウィンで保護してくれるって言うならその方が良い。
「エドウルウィンは最早数が少なくなったハイエルフの集落です。この集落を守るためにも、強い種が必要となります」
ちなみに、ハイエルフは純血自体には拘らない。
長命だからか子供ができにくく、妊娠期間も長いエルフでは、集落の中だけで婚姻を繰り返していたら、あっという間に近親者だらけになってしまうからだ。
近親相姦はエルフの間でもタブーである。
神は割とその辺気にしていないけれど(神の中には、姉弟神で夫婦神ってのも居るくらいだから)、流石にそこまではリスペクトできないらしい。
「ふん、下賤な人間の種など本来必要無いのだがな」
ああ、それでエルヴィンは機嫌が悪かったのね。
てか女神の使徒は別なんじゃなかったのかね?
「そう言いましてもエルヴィン様、エドウルウィンを訪ねて来る外のヒトはそうそうおられませんし、その者がエレンに相応しいとは限りません。タクマ様を人間だからと拒絶して、エレンが適齢期を過ぎてしまったらどうするのです? その時にまともな相手が居るとは限りませんよ?」
「ふん、その時にはこの高貴なる我が……」
「姉妹を娶る事は禁止されていますが……?」
「…………」
どうも、ヒルダさんとエルヴィンは夫婦らしい。
そして一夫多妻のエルフでも、姉妹と同時に結婚するのは駄目らしいな。
ついでに、エルヴィンって結構女好きなのね。
「だ、だが、あいつの事を子供の頃から知っている我としては、ハイエルフの誰かとだな……」
「タクマ様以上の殿方がこの集落に居るとは思えませんけど?」
「むぅ……」
そうか。集落で一緒に過ごしていたんだから、ほとんどのエルフが幼馴染なんだよな。
そしてヒルダさんと一緒になるくらいだから、件のリヒター家ともそれなりに仲が良かったんだろう。
血は繋がってないとは言え、シスコン的な感情なのかな?
そして、そんな奴に暮れてやるくらいなら、いっそ俺が、っていう事だろう。
やっぱツンデレだろ、コイツ。
「それに、族長会議で決まった事とはいえ、エレンが拒否すれば別の褒美となる筈でしたよ?」
そりゃつまり、彼女が俺を気に入ったって事か? それとも決まった事だからと遠慮しているんじゃないか?
風呂やさっき見たエレンの性格を考えれば十分あり得る……。
「ふふ、タクマさん、エレンは自分の意思で、あなたに嫁ぐ事を選択しましたよ」
う、顔に出ていたか?
「お風呂で見て、あなたを大変気に入ったそうです」
「はぁ……」
何とも気の無い返事だけど仕方ない。
だって、風呂でって言われても、何かをした記憶がないんだから。
「きっさまぁ!! 風呂でエレンに何をしたぁ!!?」
「いや、誤解だ! 何もしていない!!」
だからセニアさんも睨むのをやめてください。
「嘘をつくな! 何もしていないのにどうしてエレンが……」
「何もしなかったからだそうですよ?」
エルヴィンの言葉をヒルダさんが遮る。
「お風呂で一緒になれば、男性は女性を抱いて当然。しかし、タクマ様は幼いエレンを気遣って手を出さなかったとか」
気遣ったっていうか、状況がわからなかっただけなんだけど……。
あと、護衛エルフが居なかったら理性が保ったかどうか自信が無い。
「私も、エルフの男性は少々慎みに欠けると常々思っていましたからね。そのような紳士的な男性であれば、妹を安心して任せられるというものです」
「ふん、意気地が無いだけであろう」
妊娠しにくいエルフは、その体質を回数で補おうとするらしいからな。
つまり、エルフ、特に森で暮らす自称ハイエルフ達って超がつく肉食系なんだそうだ。
意外だよな。
結局その後、メインだったエレンが復活できなかったので、いい頃合いに俺とセニアは宴会場を後にした。
翌日、支度を終えて出発しようとする俺達の前に、エルヴィンと護衛らしき四人のエルフとヒルダさんがやって来た。
ヒルダさんの陰から、エレンが顔だけ出している。
「此度は大義であった。エドウルウィンは其方らに閉ざす門は持たぬ。いつでも訪ねて来ると良い」
俺じゃなくてセニアにそう言うエルヴィン。
それは彼が女好きだからなのか。それとも一応、俺の主人がセニアという事になっているからなのか。それとも。
可愛がっていた妹分を奪った俺と話したくないからなのか。
まぁ、全部だろうな。七割くらい最後の理由だと思うけど。
「本来なら昨夜のうちに契りを交わして貰うつもりだったんですけどね」
「ははは……」
ヒルダさんの言葉に、俺は愛想笑いを返す。
セニアさん、痛いんで足つねらないでもらえます?
「あ、あの……」
エレンがヒルダさんの背後から声をかけてくる。
「はい」
俺はできるだけ声を抑えて、笑顔を浮かべて応えた。
「お、おまちしてゅみゅみゅ……」
え? なんだって?
もう難聴系主人公みたいなセリフが素で出そうになったわ。
「はい、必ずまた来ますよ」
それでも言いたい事はわかったので、そう答えた。
顔を真っ赤にしてヒルダさんの背中に隠れるエレン。
うぅむ、次に来た時、まともに接して貰えるか不安だ。
そして俺とセニアはエドウルウィンを後にしたのだった。
一先ずエドウルウィン編はこれにて終了。暫くエレン嬢も出てきません
またセニアとの二人旅に戻ります