第29話:時空の女神
女神フェルディアル登場とゴブリンフォート決着です
短めです
フェルディアルは地球の神じゃない。
なんとなく予想できていたと思うが、こっちの世界の神だ。
フェルディアルが言っていた通り、彼女の力の源は信仰心だ。
この世界は普通に神が居ると信じられている。
だって本当に神が祝福を与えてくれるんだからな。そりゃ信じるだろ。
当然、光とか炎とかのわかりやすい恩恵を与えてくれる神に信者は集まりやすい。
光の神なんて、帝国の国教だからな。あそこ、生まれた子供全員がその日のうちに神殿で洗礼受けるから。
光の神は浮気オッケーな神なので、勿論、他の神を信仰している国民も多い。
けれどそれはやっぱり、光の神のおまけでしかないんだ。
あと、目と目が合えば殺し合う仲である闇の神や、その神と仲が良い神の洗礼は受けられないし、逆もまた然り。
そして我らがフェルディアル。
彼女も基本的に寛容で、むしろ愛人志望な神様な訳だけど、この世界の人間には殆ど信仰されていない。
だってフェルディアルが司っているのって時空だぜ?
時間と空間を司ってるんだぜ?
この世界の人間にそんな概念わかる訳ないだろ。
時間ったって、一日単位、一週間(この世界だと十日)単位、一月単位、一年単位で理解してるだけで、一時間とか一分とか一秒とか、わかってないんだぜ?
逆にそれより大きな単位、現在、過去、未来の概念は本気でわからないらしい。
そして空間も何となくでしか理解してない。
そんな神をどうやって信仰しろって言うのか?
フェルディアルだけを信仰しているヒトはほぼ居ない。
船乗りや農民の一部が、他の神のついでに信仰しているだけだ。
永遠のナンバー2(二番目とは言ってない)、それが我らが時空の神フェルディアルなんだ。
しかし彼女には他の神に無い力がある。
異世界を行き来する力だ。
他の神は異なる世界間を渡る事はできない。
けれどフェルディアルは、その司性のお陰で可能なんだ。
だから彼女は他の世界で信者を得ようとした。
勿論、その世界にも別の神が居るから、他所からやってきた神なんて排除対象でしかない。
けれど地球にはあった。
一億人なんてとんでもない人口を有しているのに、その殆どの人間が無神論者である国が。
正月には神社に参り、お盆には先祖を迎え、クリスマスを楽しむ。
教会で結婚式を挙げ、死んで戒名を受けて墓に入る。
全てに神が宿っていると思い、他所からやって来た神を、元々居た自分達の神の、別の国の呼び名に違いないと受け入れてしまう、そんな国が。
そんな国なら一万人程度の信者を獲得しても、他の神から文句を言われる事は無い。
むしろ敬虔な信者なんて、世界的な宗教でない限り、ほぼテロリストと同義だ。
国民だって気にしない。
そこで力を蓄え、そして俺のようなその世界ではどうしようもない人間を、神の力を使って超人にして自分の世界に送り込む。
そしてその人間が活躍して、元の世界でも信仰を得る事ができるようになる。
それが、時空の神フェルディアルの戦略だった。
「なぜそこまでバレているのでしょう?」
俺の心を読んだらしいフェルディアルが、眉尻を下げて尋ねた。
うぅむ。相変わらずの美女。
憂いの表情も色っぽくていいのー。
「いや、あんたが開示した情報と、『常識』と『セルフアナライズ』でツリーを辿った結果、推理しただけだけど?」
そう、今までの長ったらしい説明は全部俺の妄想。
フェルディアルがこの世界だとマイナー神だとか、世界を渡る力を持っているのが、この世界だとフェルディアルだけだとかは本当だけど。
彼女が異世界に教団を作った理由や、俺を異世界に送り込んだ理由は全部妄想。
けど、ホントだったらしい。
「いえ、勿論、咲江さんの願いを叶えるため、というのが一番の目的ですよ?」
何故か慌て始めるフェルディアル。
なんだろう? 近所の年上のキレイなお姉さんが、オロオロしているようで見ていて微笑ましい。
あ、咲江さんてのは俺の母さんな(三十話振り二度目)。
まぁ正直、母の願いを叶えるため、というのが建前だったとしても、俺にとってはどうでも良い事だ。
正直、この世界に飛ばしてくれた事には感謝しかない。
俺は間違いなく人生のどん詰まりに居たし、そこから抜け出すチャンスを貰えたのだから。
WINWINの関係なんだから、何を恨むことがあるというのだろう?
「そう思っていただけると幸いです。では、こほん」
と咳払いをするフェルディアルは非常に可愛らしい。
これも計算のうちなんだろうか?
「約束の二十五日となりました。お金と手紙のご用意はお済みですか?」
「金はあるけど手紙は無い」
俺は正直に答える。手紙は忘れていた。急いで準備しないと。
「そうですか。ではまた五日後ですね」
「その時まで俺が無事である保証が無い」
「なるほど……」
そこで彼女はアルグレイ達を見た。
彼らはモンスターというヒトより獣に近い性質のために、神の威光をまともに浴びて動けないでいた。
「しかし私は、この世界の者に直接手を下す権利を有していません」
「時空の神としての力を借りたいんだ」
「と申しますと?」
「ようはこいつらが死ななければいいんだろ? あんたの転移術で、この拠点ごとどこかへ移動させてやってくれないかな?」
「なっ!?」
俺の言葉に驚きの声を上げたのはアルグレイだった。
「わかりました」
「なぁっ!?」
軽々しくフェルディアルが了承したので、更に驚愕するアルグレイ。
「ところでその前にアルグレイ」
「そう呼んで良いのは大将だけだ。ドッグ、または定冠詞をつけてザ・ドッグと呼べ」
こいつは写真部の部長なんだろうか?
「わかった。じゃあ犬」
「なんか侮辱された気がするが、まぁいい」
「この拠点内に、ヒトの女が居るだろう?」
「…………ああ」
「お前たちの序列だと、ヒトの女はどういう扱いだ?」
「……只の女なら性処理の道具だ」
予想通りの答え。
「だが、仔を孕んだなら、鬼母として優遇されるようになる」
望んでいた答え。
「ならフェルディアル、この拠点内に居る、妊娠しているヒトの女も一緒に飛ばしてやってくれ」
「よろしいのですか?」
「確実に不幸な未来しか無い場所に残されるよりはマシだ」
モンスターに攫われて犯されただけなら、同情される事の方が多いが、モンスターの子を産んだとなると話は変わる。
差別を受けるだけでなく、ヒトの裏切り者として、石持て追われる事さえあるんだ。
少女が街の住民に投石刑に処される時、この中から罪を犯した事の無い者から投げよ、と言って庇う救世主は残念ながらこの世界には存在しない。
ゴブリンの下で彼らの子を産み、育て、母として優遇される事が果たして幸せなのかはわからない。
それでも、自ら死を選ぶか、心を壊すか、それとも環境に順応するか。
せめて選択肢は与えてやりたかった。
「わかりました。では、そのように」
言ってフェルディアルが両手を広げると、拠点の地面いっぱいに輝く文様が広がった。
その魔法陣が内包する魔力は、俺では一体どれほどのものか計り知れない。
まるで威厳なんて感じさせないフェルディアルだけど、腐っても神なんだなぁ。
「琢磨さんも一緒に飛びますか?」
「それだとあんたの信仰を集められないけど?」
「むぅ……」
不満げに唇を尖らせる様が非常に愛らしい。
「……逆らっても、無駄なんだろうな……」
「ああ。頼んでおいてなんだが、俺じゃ止められん」
「ち、わかったよ。今回は俺の負けだ。間違いなく俺より弱い筈のお前に、ここまで粘られたんだから、言い訳のしようがねぇ」
「次は正面から負かしてやるよ」
「期待しねぇで待ってるぜ」
さっきまで殺し合いをしていたのに、俺はアルグレイとの間に、どこか爽やかな空気を感じていた。
試合が終わった後の、お互いを讃え合う感じと言えばいいんだろうか。
河原で殴り合った不良同士はこんな感覚を抱くのかもしれない。
そして眩い光が俺達を包み込む。
目を開けていられない程の輝き。
「おお……」
それが収まった時、目の前には何とも言えない光景が広がっていた。
燃え盛っていた炎も、破壊された施設の破片も、周囲に残っていたゴブリンも、そして、地面に大量に落ちていた魔石も、綺麗に無くなっていた。
あー、もったいね。
しかしこうして見るとすげー広かったんだな、あの拠点。
東京ドーム何個分とかで測るのが馬鹿らしくなるほど、木々が伐採され、雑草が除去され、地面がならされた平原が、どこまでも広がっていた。
「こ、これは……!?」
そして困惑したのは俺だけじゃなかった。
エルフ達だ。
まぁ、彼らが驚くのも無理もない。
何せ今の今まで死を覚悟して攻撃を仕掛けていた拠点が、突然消えてなくなったんだからな。
「タクマ!」
叫んでセニアが駆け寄って来る。
哀しみが喜びに徐々に塗り替えられつつある、そんな複雑な感情を宿した表情で、地面に座り込む俺に飛びついて来た。
ていうか、おい、偽名。
「よかった。無事で、本当に良かった……!」
俺の首に縋りついて咽び泣くセニアを前に、そんな野暮な突っ込みはお呼びで無いようだった。
「め、女神フェルディアル……!?」
セニアを抱きしめ、頭を撫でながら、背中をさすってやっていると、エルヴィンが慄きと共に呟いた。
そういや、まだ居たな、この女神様。
「まだ受け取っていませんからね」
そういや金はあるって言ったな。それを受け取るために律儀に待ってたのか。
エルフ達が一斉に跪いた。
流石は神を祖先に持つと言われるエルフ。
フェルディアルみたいなマイナー神でもちゃんと知ってるし、敬意も抱いているようだ。
そして、別の世界に教団を作ってでも自分の力を高めようとした、抜け目ない女神が、この状況を利用しない訳がない。
ゆっくりと、フェルディアルは彼らに向き直る。
「いかにも、私は時空の神フェルディアル」
告げられた名前に、エルフ達はびくり、と体を震わせた。
その言葉が持つ神の威光が、彼女が決して偽物がその名を騙っている訳ではない事を伝えていた。
「この度、私の使徒であるタクマ・サエキの呼び掛けに応じ、この地に降臨しました」
そしてあんたは何てこと言うんだ。
ほら、泣き止んだのはいいけど、今度は驚愕と批難が入り混じった目でセニアが俺を見るようになったじゃないか。
どうでもいいけど、この姿勢結構やばいからな。
お互いの息がかかるほどの距離で俺達は見つめ合ってるんだから。
雰囲気を勘違いして唇近づけちゃいそうだぜ。
「この地に住まう悪しき者共は私の威光により消滅しました」
「おお」
エルフ達が感嘆の声を上げる。
まぁ、間違っちゃいない。
「私は私の使徒の願いを叶え、既にこの地より去らねばならぬ身。しかし、ここに貴方方が集ったのも何かの縁。ここに居る全ての者に、私の祝福を授けましょう」
要は無条件で洗礼を与え、自分の信者とすると言っているんだけど、神本人からこんな事を言われて断れる奴は居ない。
長幼の序を重んじ、精霊や神といった神秘的な存在に畏怖の感情を抱くエルフなら特にだ。
帝国の生まれだから光の神の信者であるセニアも、両方の神が浮気オッケーなので、問題無く受け入れるだろう。
「そして我が使徒タクマには、私の使徒である証として、時の旗印を授けます」
フェルディアルがそう言うと、俺の目の前に光の玉が出現する。
セニアの肩越しにそれを受け取ると、一度強く輝いた後、それは懐中時計のようなものに変化した。
いや、外見は完全に懐中時計なんだよな。
銀で縁取られた手の平に納まるくらいの時計だ。
三本の針がゆっくりと動き、その中心にはアラビア数字で『25』と示されていた。
「日付がわかった方が準備しやすいでしょう?」
成る程、俺がこの世界に来てからの日程を刻んでいるのか。
そして時計はこの世界だと貴重品だ。
というか、一秒単位で時間を測れる時計はこの世界には存在しない。
この世界の時計は砂時計か花時計か日時計だからな。
そして女神フェルディアルは、五十人以上の信仰を一度に得たことで、ホクホク顔で帰って行った。
あ、金渡してねえ。
まぁ五日後でいっか。
役職変更。
異世界からの来訪者→時空の神の使徒
まぁ、いいけどね。
次回はリザルト回




