第28話:赤犬鬼との死闘
ここまでで一番の強敵、アルグレイとの戦いです。
長めです。
「お前らは手を出すんじゃねぇ!」
アルグレイが周囲のゴブリンに吠えかかる。
「殊勝な事だな」
俺としても、この圧倒的な格上を相手にしながら、他のゴブリンと戦うのは骨なので、その命令は都合が良かった。
「勘違いすんじゃねぇ。別に一対一で戦りてぇ訳じゃねぇよ。見ての通り俺は犬の性質を持つゴブリンだからな。狩りをするなら群れでするんだ」
じゃあ何故?
「うちの大将は甘くてな。戦でもあんまり身内が犠牲になるのをよく思わねぇのさ。なんとか俺達で説得して魔力で自動出現するゴブリンを使い捨てにする事は了承させたがよ」
ゴブリンは弱い。モンスターの中では最弱と言っても良いくらい弱い。
ゴブリンの強みは数の多さだ。魔力漏れで勝手に大量に湧くうえ、繁殖力が高く、『異種族交配』のスキルによってどんどん数を増やしていく。
どんなに強い人間でも、剣を振るえば疲れるし、魔法を放てばMPが減る。
数は力であり、強さだ。
弱いゴブリンを大事にし、できる限り死なないようにする、というのは、その強さを守っているように見えて、実は捨てている。
アルグレイの言った通り、強敵に対し弱いゴブリンを津波のようにあてがい、消耗したところを討つのが、数の強さだからだ。
数が減らないよう気を遣い、ある程度の強さを維持する事は大事だが、今の状況のような、必要な時に躊躇いなく『消費』できないようでは、その数は怖さではなくなる。
通常のLV1ゴブリンと目の前のアルグレイ。失った時に再度用意するのが難しいのはどっちかと問われれば、間違いなく後者なんだから。
けれどその甘さは俺にとっては好都合だし、何より人としては好感が持てる。
それにその、味方をできる限り失わないよう戦うという思考は、どこか日本人のそれだと思えたからだ。
「まぁ、そんな大将だからこそ、俺達はついて行くことを決めたんだけどな」
随分と慕われてるんだな。
「その大将ってのは随分と慕われてるんだな」
思った事を口に出してみた。
ただ興味があっただけじゃない。勿論それもあるけど、少しでもその大将とやらの情報が欲しかったからだ。
頭の程度はあまりよろしくなさそうなアルグレイだけど、まともに聞いても話してくれないかもしれない。
だからその大将とやらを褒めてみた。
余程自慢なんだろう。俺の言葉を聞いたアルグレイの顔が、目に見えて嬉しそうな表情に変わる。
しっぽが、左右に揺れ始めた。
「へ。当り前よ。ただ殺されるために生まれたみてぇな俺達ゴブリンを救ってくれた方だ。俺達ゴブリンに強くなる方法を、戦う方法を、生きる方法を教えてくれた方だよ」
「できたゴブリンだな」
「おう。自慢のゴブリンだぜ」
はい、転生者確定。
その大将が何者か知らないが、間違いなく、こちらの世界の人間じゃない。
そしてゴブリンだと言うなら、来訪者や召喚者でもない。
現代の人間。そしておそらく日本人。あと多分オタク。
向こうで死んだか何かで、こちらの世界にゴブリンとして転生した存在だろう。
ゴブリンに転生して、そして前世の記憶を武器に成り上がったか。
このアルグレイの存在と、ラザニアとかいうふざけた名前のゴブリンフォート。これらを見る限り、その準備は相当進んでいる。
何の準備かって? これまでの情報を合わせて考えるとわかるだろう。ゴブリンが平和に平穏に暮らせる環境作りだよ。
となると交渉も可能か?
どうも平和主義者っぽいしな。その点も日本人っぽいんだよな。
偏見かもだが、外国人って、汝の隣人を愛せよ、とか言いながら、肌の色が違うくらいで殺し合うからな。
そんな奴がゴブリンに転生したら、アルグレイの言っていたようにゴブリンを使い捨てにして、世界征服に乗り出しそうだよ。
この世界のゴブリン、というかモンスターは基本的に無条件で殲滅対象だけど、異世界からの来訪者である俺にとっては違う。
『常識』のお陰で多少感情とか思考がこちらの世界寄りになっているけど、俺にとってモンスターは野生の獣と同じだ。
襲われたら返り討ちにするけど、基本は放置。何か目的が無いならこちらから攻撃する事はないんだ。
だから、話が通じるなら、共闘、共存共栄は難しくても、お互い不干渉でいる事は可能な筈だ。
まぁ、この状況を乗り切ってからの話だけどな。
ゴブリンフォートにエルフと共に攻め込んで、内部に侵入して防衛施設を壊し、ゴブリンを散々殺した俺が、交渉しよう、と言ってもふざけるな、としかならん。
エルフに依頼を受けてるし、セニアの身の安全の保障にも関わる。
目の前にいるのがその『大将』なら降伏もありだけどな。
「俺は大将を王にする。別にこれまでゴブリンを虐げて来たヒトに復讐するとかそんな気はねぇ。俺はただ、大将が創る世界を見てみてぇ!」
そしてアルグレイは大きく息を吸い込んだ。
あ、しまった。つい話に夢中で反応が遅れた。
「ガウッ!!!」
そして一吠え。
轟音と共に突風が俺に吹き付ける。
咆哮が質量を伴って俺に襲って来た。まともに浴びたせいか体が動かない。
バインドシャウト!? いや……。
咄嗟に顔面を守るべく覆った両手に違和感を覚えた。
あちこち罅割れた赤い手甲が見える。
なぜ?
今俺は『ソウルアームズ』を纏っている。
なのに何故火竜の全身鎧の手甲が見える!?
「ぐはっ!?」
両手の隙間から、アルグレイが飛び込んで来たのが見えた。
そのまま体当たりをくらう。
直撃を受けた胸を中心に、全身を激しい痛みが襲う。衝撃に踏ん張れず、後方へ吹き飛ぶ。
「くっ……!」
空中で回転、なんとか両足で着地。
すぐに全身見渡すと、予想通り『ソウルアームズ』が解かれていた。
なぜ?
考えながら、もう一度『ソウルアームズ』を発動させて魔法の鎧を纏う。
「くく、やっぱり付与魔法の類だったか」
俺に体当たりをかましたあと、俺と同じく空中でくるりと回転し、両手両足で地面に着地したアルグレイが、楽しそうに嗤った。
「この状態の俺のバインドシャウトには、相手の付与魔法を消去する効果があるのさ」
く、なんて面倒な効果だ。
しかもバインドシャウトについてるのかよ。食らって動きが止まるだけじゃなくて、付与魔法まで剥がれるとかどんな鬼畜技だよ。
昔の日本でも、犬の鳴き声には魔を払う効果があって、犬の鳴き真似をして街を巡回する役人まで居たって話だからな。
多分、それに近い形なんだろう。
「しかも今見た限りじゃ、その下の鎧、壊れてんな? くく、少し拍子抜けだがこれも戦の習い。悪く思うな」
そしてもう一度大きく息を吸い込むアルグレイ。
正々堂々お互い全力で戦うのが好きそうなキャラのくせして、そういう弱みを好機とか思ってそうだな。
集団で狩りをするのが普通とか言ってたからな、そのへん合理主義者なんだろう。
「ガウッ!!!」
再び放たれるバインドシャウト。
しかし俺はその直前に大きく左に跳んでいた。
俺のすぐ近くを目に見えない何かが通り過ぎて行くのを感じる。
しかし、俺の動きは止まっていないし、『ソウルアームズ』も解けていない。
やっぱりな。さっき感じた通り効果範囲はそれほど広くないか。
「なにっ!?」
「でやぁっ!」
そのまま飛び込み、魔法のブレイブを振るう。
さっき、バインドシャウトで俺の動きが止まっていたのに、こいつは体当たりしかしてこなかった。
『連撃』のスキルもあるんだから、間違いなくチャンスだった筈なのに。
理由は単純。バインドシャウトのあと、こいつも一瞬動きが止まるんだ。
技後硬直ってやつだな。
バインドシャウトを躱しさえすれば、こっちの攻撃チャンスだ。
袈裟掛けにアルグレイの顔面を斬り付ける。
だけど、大したダメージを与えた様子はない。
ただでさえ高い防御力が、変身した事によって更に高くなっている。
本来なら、スキルを使用してもダメージが通らない程だけど、ステータスの頑強は、全身がその数値って訳じゃない。
部位によっては数値より低い場所もあるし、急所や関節などは更に低い。
とは言え、硬い皮膚と毛皮に覆われた体は、まともにダメージは入らないだろう。
本来なら弱点になる首回りも、いかにも頑丈そうな赤い鬣が完全に覆ってしまっている。
四足歩行の相手の腹を狙うのは現実的じゃない。
だから狙うのは顔面だ。
顔も赤い毛で覆われているけど、鼻頭は剥き出しだ。
口の中を狙う事もできるし、目潰しだって起きるかもしれない。
『暗殺者』のスキル『一撃死』は期待できない。
あれは種族LVに差があると発動する可能性が低くなるからだ。
ある程度のダメージも入れる必要がある。手数を重視した、ただ撫でるだけの攻撃では発動条件を満たせない。
「ぐっ!?」
振り抜いたグレイブを逆袈裟に斬り上げようとするが、その前にアルグレイから反撃があった。
凄まじい勢いで振るわれた前足の一撃を受け、俺は大きく吹き飛ぶ。
うおおぉ!? 顔面吹っ飛んだかと思った!!
新しい頭なんてないんだぞ、人間には!
「はっはぁ!!」
なんて嬉しそうな声を上げながら、吹っ飛んだ俺を追いかけてアルグレイが飛び掛かって来る。
それだけ見ると、主人にじゃれつく大型犬なんだけど、その牙と爪は俺を十分殺し得る威力を秘めていて、そして相手はそれを振るう事に躊躇いがない。
空中で体勢を建て直し、着地すると同時に頭上からアルグレイの前足が降って来た。
飛び込みの勢いをそのまま乗せた一撃。
これは食らえない。
くっ、重い!!
盾で防ぐも、その衝撃に思わず手放してしまいそうになる。
なんとか堪え、グレイブを持った右手を大きく引く。内側に捻るように盾を持った左手を引き込むと、力を流されたアルグレイの側面に回り込む事ができた。
「でやぁっ!」
そして顔面に向けてグレイブを振るう。
体を躱しながらだし、片手のみで振るった一撃は、大した効果を得られなかった。
何事も無かったかのように着地したアルグレイが、すぐに地を蹴って飛び掛かってくる。
「どわあっ!?」
しかし空中で何かに衝突したように、体を仰け反らせる。
くるりと回転して着地。
「な、なんだ!?」
状況がわからず混乱している。
俺が無詠唱で『インヴィジブルジャベリン』を放ったんだけど、わざわざ教えてやる必要は無い。
そんな時間も無いしな。
てか、『インヴィジブルジャベンリン』の直撃を無防備に受けてその程度で済むのかよ。
「あぶねっ!」
ブレイブによる突きを、アルグレイは頭を振って躱す。
しかし俺はその攻撃を『ダブルスパイク』によって繰り出していた。
一瞬で刃を引いて、瞬く間に二発目の突きが放たれる。
「ぐあっ」
これは命中した。
けれど、今まで以上にダメージが無い。
『ダブルスパイク』のような、手数を増やす事でダメージを増加させる系のスキルは駄目だな。
完全にダメージがゼロになる事はないけど、殆ど意味がねぇや。
消費したMPと比べていくらなんでも効率が悪過ぎる。
『スマッシュ』や『フルスイング』のような、威力そのものを増加させるスキルじゃないと駄目だ。
相手の膨大なHPを削るには手数が必要なのに、手数を重視するとダメージが通らないとか。
難易度高いなんてもんじゃねぇ!
反撃に振るわれた前足を躱し、俺は前転の要領で飛び込む。起き上がり様にグレイブで斬り付ける。
「ぐっ! あぶねぇな、てめぇ!」
当たったのは後ろ脚の付け根辺り。勿論狙ったのはもう少し内側だ。
万物共通だからな、その弱点は。
バックステップで俺の目の前に陣取るアルグレイ。殆ど瞬間移動じみた速度だったけど、その速度が仇になったな。
勢いを殺すために踏ん張ったせいですぐに次の行動に移る事ができなかったんだ。
格闘ゲームで言うところのキャンセルができる『拳闘士』のスキル『即応』を持ってる筈なんだが、この状態だと適応されないのか?
なにはともあれラッキーだ。俺は目の前に差し出されたアルグレイの頭目がけてグレイブを振るう。
「そうくると思ったぜ!」
しかしそれは罠だった。
俺の一撃を額で受けつつ、アルグレイがこちらに飛び込んで来てそして、
「ぎゃあああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!」
俺の体をがっちりと咥えこんだ。
いってぇえええぇえぇぇぇえ!!
牙が『ソウルアームズ』も火竜の全身鎧もその下の灰色狼の服も貫いて、肉に食い込んでいる。
このままだと俺の体は噛み千切られる。
その前に出血多量で死ぬかもしれない。
それ以前に、痛みのせいでショック死するかもしれない。
嫌だ。
それは嫌だ。
死ぬのは嫌だ。
そんな未来は到底許容できない。
だけどこの状況は俺にとってある意味幸運だった。
アルグレイの持つ高い筋力と敏捷。
どちらも基になっているのは、圧倒的な筋肉だ。
けれど筋肉はただそれだけで力を発揮できる訳じゃない。
力を入れる必要がある。
目にも止まらぬ速度で駆けまわる事も。
魔法の鎧ごと相手を噛み千切る事も。
力を入れないとできない。
相手に力を入れさせないようにする方法が俺にはあった。
けれどそれはできないと考えていた。
何故ならそれは、この状況にならないとできないからだ。
体に噛みつかれれば一撃で死ぬ可能性があった。
喉や頭を狙われれば、同じ状況になってもそれが使えない可能性があった。
だから、それを狙う選択肢は俺の中から消えていた。
けれど状況が整った。
ならば使おう。
チャンスは一度だけ。
失敗すれば二度目は無い。
いや、失敗すればそのまま噛み殺されるだけだ。
自分の命がかかっているんだ。一発で決めろ。
痛みがなんだ。恐怖がなんだ。
そんなもので集中を乱されるな。
自分の命がかかっているんだぞ!
俺はグレイブを捨て拳を握る。
普通に握るんじゃなくて、中指を若干上に上げた形。所謂中高拳だ。
昔テレビだと中指一本拳とか言ってたっけ?
昔読んだ漫画だと竜頭拳って言ってたな。
あ、そっちのがかっこいいや。
よし、やり直し。
俺はグレイブを捨て拳を握る。
中指を若干上に上げた形。竜頭拳だ。
その中指を顎の付け根の辺りにあるツボ、頬車に押し当てる。
そこを起点に、捻る。
んだっけ?
「あが……!?」
体に加わる圧力が減った。
上顎はそのままだけど、下顎が下がったのを感じた。
俺はその場でアルグレイとは反対方向に回転、体を強引に引き抜く。
いてぇ、いてぇって!!
体に食い込んでいた牙が、俺の皮膚と筋肉を引き裂く痛みに耐え、なんとか着地。
膝をついた形だけど、それでいい。
だって落としたグレイブを拾わないといけないからな。
俺が手放した事で『ソウルアームズ』が解け、ただの槍に戻った火竜槍を拾う。
すぐに『ソウルアームズ』をかけなおす。
目の前にはアルグレイの顔。だらしなく口を開いている。
その形ははっきり言って異形だった。
いきなりそれを見せられたら、俺はそれを顔だと判断できなかったかもしれない。
そのくらい奇妙な形になるんだ。
顎を外された顔ってのはさ。
「あ……あがが……」
状況がわからずアルグレイはパニックを起こしている。
痛みもあるが、顎を外されると力が入らなくなる。
それは人間に限らない。
顎がある生物なら全てに通じる。
昆虫とかはわからないけど。
力が入らなければ、圧倒的な筋力も敏捷も発揮されない。
そして何より。
「耐えるってのも、力がいるって知ってるか?」
そして俺はグレイブを思いっきり振り抜いた。
「ぐあぁっ!?」
確かな手応え。『アナライズ』で見ても、HPの減りが今までより多いのがわかった。
振り抜いた先で、左手を上にして持ち手を変える。
右足を軽く上げて溜めを作り、そして右足を踏み込むと同時に腰を回す。
腰をぶつけるイメージで、グレイブを振る。
『横薙ぎ』!
再び振り抜いた先で、今度は右手を上にして持ち替える。
左足を軽く上げて溜めを作り、そして左足を踏み込むと同時に腰を回しブレイブを振る。
『横薙ぎ』!
それを何度も繰り返す。
間断無く繰り返される強振。
手数を増やすなら、突きや振り下ろし、突き上げを絡めて連携させるべきだけど、それはできない。
『槍戦士』では突きの威力を上げるスキルが使えないから、その動きを組み込むだけダメージが減る。
振り下ろしは『スマッシュ』があるけど、相手がそのまま地面に倒れたら、その拍子に顎が入るかもしれない。
突き上げは言わずもがな。
それに横薙ぎの一撃なら、『ダブルスラッシュ』が使える。
斬撃属性の攻撃を行ったあと、同じ攻撃を行う場合、準備動作の速度が上昇するスキルだ。
突きを入れるとこれが乗らない。
『フルスイング』で威力を上げ、『ダブルスラッシュ』で手数を増やす。
そして顎が偶然入る可能性がほぼない。
だから俺は、横薙ぎによる連打を選択した。
「!?」
何発目の横薙ぎの後だったか、俺の頭部に何かが当たった。
火竜の兜を装備し、『ソウルアームズ』で覆っている俺にはダメージにならなかったらしいが、見ると、矢が一本落ちていた。
更に俺に向けて次々放たれる矢。
周囲に居たゴブリン達か!?
この程度の矢は何発当たってもダメージにならないけど、『ソウルアームズ』はフェルの持っていた氷の首飾りと同じだ。
衝撃を受けるとその度に付与されている者のMPが減るんだ。
つまり、攻撃を受けたり、攻撃したりすると、その都度MPが減る。
当然、ゼロになれば『ソウルアームズ』が解ける。
MP枯渇状態でも気絶しないスキル『根性』は『戦士』のスキルなので俺も持っているけど、スキルも魔法も使えなくなった状態でアルグレイと戦える訳がない。
ならば先に他のゴブリン達を……。
そう考えて俺がアルグレイからゴブリン達に向き直った直後、次々に魔法が撃ち込まれた。
「なっ!?」
炎や風の魔法によって、俺の視界が塞がれる。ダメージよりめくらましか。
砂塵と黒煙の向こうからくぐもったアルグレイの声が聞こえて来た。
『サーチ』で確認すると、数体のゴブリンに抱えられてどこかへと連れられて行く。
顎を入れて治療する気か?
当然ここは追いかけるべきだけど……。
いや、そもそも俺の目的はなんだ?
エルフによる拠点攻略の手助けだ。
正直、外のエルフがどれだけいてもアルグレイを倒せるとは思えないけど、そもそも倒す必要なんてないんだ。
この拠点を破壊してさえしまえば、それでいいんだ。
森の中ではエルフが圧倒的に有利だ。
拠点が無くなればゴブリンが増える事を放置する事もなくなる。
なまじ知性がある分、アルグレイは拠点を失ったまま、エルフと戦い続ける事はできないだろう。
そもそもなんでアルグレイ達がエルフの集落を襲撃したのかもわかってないからなぁ。
エルフ達は交渉なんてしないだろうけど、だからこそ、拠点を失ったアルグレイ達は本拠地に帰るしかなくなる。
拠点の無い状態でゲリラ戦なんてできる訳がない。おまけに地形に詳しいのはエルフ達の方だ。
その後再びゴブリンが森に来て拠点を築くとか、本拠地から大軍がやってくるとかは知った事じゃない。
その時依頼されれば助けるかもしれないが、俺がこの戦いの後のエルフを慮る必要は無いんだ。
だったらここは当初の目的を遂行しよう。
正直、あんな化け物と戦わずに済むならその方がいい。
それに時間を稼いで日が落ちるまで粘れば、再び『闇化』が効果を発揮するようになる。
俺は『ヒーリング』の魔法を使用してHPを回復させる。
『ソウルアームズ』を解き、火竜シリーズを『マジックボックス』にしまってその場を離れた。
物陰に隠れて魔力回復薬を飲んでMPを回復させる。
「よし」
一息吐いて気合いを入れると、俺は防衛施設に向かって走り出した。
櫓に向けて『ディスペルマジック』と『バーストフレイム』を発動させてこれを壊す。
柵に沿って取り付けられている足場も一緒に壊していく。
『ディスペルマジック』は付与されている魔法やスキルを除去する魔法だけど、この拠点みたいに、丸太の一本一本に防御魔法が付与されている場合はあまり有効じゃない。
何故なら、一本ずつしか解除できないからだ。
そして世界魔法なので、基本精霊魔法を使うからエルフには『ディスペルマジック』を使える者が少ない。
森で暮らすエルフならほぼ居ないと言ってもいい。
そしてエルヴィン達には居なかった。
世界魔法を使える魔導士を雇い入れても、第二階位なので使えるとは限らない。
おまけに、エンチャントした者の魔力が、解除する者の魔力を上回っていると、効果が発揮されない可能性がある。
当然、差が大きければ大きい程、その可能性は高まる。
そしてこの拠点のエンチャント。
ただの丸太の防御力が500。魔法防御力が1000を超えてるなんて、一体どれだけの魔力の持ち主なのか想像もつかない。
いや、推理する事はできる。
アルグレイは自分の事を三鬼将と言っていた。
という事は、少なくとも、あいつクラスのゴブリンがあと三体(二鬼+大将)居る推測が成り立つ。
そしてアルグレイが体力特化のゴブリンと考えれば、魔力特化のゴブリンが居たらそいつの魔力は四桁だろう。
俺の『ディスペルマジック』が今のところ十割発動しているので、そこまで強い訳じゃないのかもしれないけど。
まぁ、俺の幸運の高さのなせる業かもしれないけどな。
どちらにせよ、普通の魔導士の魔力と幸運じゃ、この拠点のエンチャントを解除するなんてできないだろう。
「おっと」
俺の足元に数本の矢が撃ち込まれた。
見るとゴブリンが隊列を組んで弓を構えている。
ていうかボウガンかよ。
更にその隊列に驚いた。
三体で一組の縦列を作っているのだけど、先頭が寝そべって構える伏射姿勢。次が膝をつけて構える膝射姿勢。そして一番後方が立って構える立射姿勢をとっていた。
織田信長のそれとは別種の三段撃ち。それが五組並んでいる。
「ぐぎゃ!」
リーダーなんだろう、一体の立射姿勢をとっているゴブリンが叫ぶと、一斉に射撃が開始される。
その弾幕の広さは、ただ横に並べただけのそれとは段違いだ。
これを躱す事は難しいだろう。
「ぐっ!?」
小鬼の大鉈と火竜の小盾を『マジックボックス』から出現させ、俺は可能な限り矢を弾き、防いだ。
しかし、右脛と左脇腹に一本ずつ受けてしまう。
「だああぁっ!」
それでも痛みを堪え、ゴブリンに向かって突撃する。
『気配遮断』はこれだけ派手に動いていると意味が無いので発動させていない。
見つかるのは当然だった。
それでもこいつらが来たって事は、アルグレイはまだ治療中だ。
ひょっとしたらヒーラー系のゴブリンが居ないのかもしれない。
基本的な回復魔法は俺が使った『ヒーリング』じゃなくて、自然魔術の第一階位、『ヒーリングウィンド』と『キュアウォーター』だ。
確かゴブリンってメイジ系でも世界魔法しか使えないからな。
しかも『ヒーリング』は第二階位の世界魔法だ。
勿論、こいつらなら自然魔法を教わって覚えている可能性もあるけど、知らないと覚える事もできないからな。
俺は『常識』と『魔導の覇者』で知ってたけど、ただの転生者なら周りが知らない事は知る事ができないだろうからな。
となると普通に治療しているだけか。
アイテムを使ったとしても、それなりに時間がかかるかもな。
これはひょっとしてひょっとすると、本当に夜まで粘れるかもしれないな。
小鬼の大鉈とブロードソードを振るい、ゴブリンのボウガン隊を殲滅する。
この場面では速度が大事。もたもたしていたら他のゴブリンもやって来てしまう。
そいつらにかまけて、HPとMPを消耗した状態でアルグレイと再戦なんて勘弁して欲しい。
それに……。
状態:毒(中度)
あの矢、毒塗られてやがった。
体が痺れるたり動けなくなるような毒じゃないのが幸いか。
その場合は『麻痺』って表示されるからな。
この毒は一般的なゲーム的な毒と同じで、HPが徐々に減っていくもの。
素早く一隊を全滅させると、『キュアポイズン』の魔法を使用して毒を消し、『ヒーリング』で減ったHPを回復させる。
そして即座に離脱。次の目標へと向かう。
門の解除は最後だ。
今エルフに突入されても邪魔にしかならない。
解除するならエルフの有利になる夜になってから。
もしくは、進退窮まった時に囮として呼び込むくらいだな。
俺は自分の命を犠牲にしてでもエルフ達を救うような殊勝な心の持ち主じゃない。
今の俺にとって大事なのはまず自分の命。次がセニアか?
死が確実となれば、俺はセニアさえ見捨てるし囮にもするだろう。
卑怯とは、言うまいね?
およそ二十個目の櫓を壊し、足場を破壊し、百体以上のゴブリンを殺した辺りで日が暮れた。
門のエンチャントはまだ解いていない。
しかし、丸太の何本かには『ディスペルマジック』をかけておいた。
不測の事態があった場合、そこから逃げるためだ。
『テレポート』を使えばいいんだけど、わかりやすく逃げたと思わせるための工作だ。
必要ならそこからエルフを引き入れる事もできるし。
外からはエルフの攻撃が今も続いていた。
一切ダメージを与える事ができなくても、エンチャントは攻撃を続ければ削る事ができる。
エンチャントはそのまま放置すれば、徐々に効果を失っていくし、防御魔法なら攻撃を続ければいつかはなくなる。
それに何も全てのエンチャントを剥ぎ取る必要はない。
一部のエンチャントを失い、通常の防御力に戻った場所を集中して攻撃して破壊。そこから徐々に広げていけば、いずれエルフ達が突入できる程の穴が空くだろう。
ただそれが、何時間、何日かかるかは不明だ。
迎撃用の櫓と足場を破壊して、拠点内の戦力の殆どが俺に向いたとは言え、それでも外に向かって攻撃するゴブリンはまだまだ存在している。
エルフの方にも少なくない被害が出ているだろうし。
俺は日が暮れた後は室内に身を隠していた。
攻撃をやめて息を潜めれば『気配遮断』が効果を発揮するし、戦闘にかまけて室内を疎かにしているから、今でも屋内は『闇化』が発動するようになっている。
後は適当な所でアルグレイをここに呼び込む。
向こうがどのくらい夜目が効くかは知らないが、『ダークサイト』の祝福が使える俺の方が有利だ。
そのうえ、『闇化』『気配遮断』であいつの『直感』と『鋭敏感覚』を封じる。
おまけに室内なら機動力を失わせる事も可能だ。
とりあえず食料や武具が保管された倉庫は幾つか見つけたので潰しておいた。
これでエルフ達を撃退しても、ゴブリンはこの拠点を放棄せざるを得ないだろう。
宝物庫も見つけたけど、漁る時間がないのでスルー。
あと繁殖用か慰安婦かは知らないけど、ヒトの女性が一部屋に一人ずつ閉じ込められた建物があったが、これもスルー。
今彼女達を解放しても邪魔にしかならない。
勿論、追い詰められたら解放して囮になってもらう。
「お……?」
建物内を捜索していると、『サーチ』に特別な反応があった。
アルグレイだ。
隣の建物の一室に動かずに居る。
治療中か? 周囲にあるゴブリンの反応が衛生兵的なゴブリンだろうか?
程好く日も落ちた事だし、ここらが頃合いじゃないだろうか?
完全に回復する前に襲撃するのはアリだろう。
正直、屋内にアルグレイを呼び込むとは言え、その方法を現段階では思いついていなかった。
なら、こちらから向かうのはアリだな。
ゴブリン達の監視を抜け、隣の建物へと移動。
アルグレイの居る場所は一階だ。
近くまで行くと、扉の前に二体のゴブリンが、槍を持って立っていた。
警備のつもりか?
ショートボウを取り出して素早く『連射』。見張りのゴブリンを瞬殺する。
ゴブリン達が倒れる音を聞いて、外に飛び出して来たゴブリンに向けてまた射撃。
「来やがったかああああああぁぁぁぁぁぁあああ!!」
するとそんな怒号と共に赤い塊が飛び出して来た。
俺はその前にショートボウをしまい、『気配遮断』と『闇化』を使用し、曲がり角にさっと身を隠す。
既に外は暗く、建物内は闇が支配している。
「ぬぅ……。どこへ行きやがった……?」
アルグレイは犬の姿のままだった。
おそらくだけど、一度解除してしまうと、暫く時間を置かないと再変身できないんだろうな。
俺はその無防備な顔、目に狙いをつけて『インヴィジヴルジャベリン』を無詠唱で放つ。
隠密性が大事な今、火竜シリーズや『ソウルアームズ』を纏う事はできない。
なら、今俺が放てる最大威力の攻撃はこの不可視の魔槍だ。
勿論、第九や第十階位の魔法を使えば、もっと威力は増す。
けれど、それは大規模に過ぎる。
拠点全体どころか、外のエルフ達まで巻き込みかねない。
そして俺のMPの殆どを使用して放ったその魔法に、耐えられたら次が続かない。
「うぉっとぉ!?」
安全を期して五メートル程離れて魔法を放ったのがよくなかったのか、アルグレイはその槍を躱してみせた。
ええ!? マジであり得ないから!
「そこか!」
風の流れか魔力の動きか。
どうして回避できたのかわからないまま、アルグレイは隠密状態の俺に真っ直ぐに向かって来る。
しかしここで慌てて動いてはいけない。
今の俺の強みは見えない事だ。
俺は慌てず、騒がず、ゆっくりとその場を離れる。
建物の床はそこまで頑丈にはできていない。
ならば、アルグレイは本気で走る事はできない筈だ。
相手にとってこの屋内で全速力を出す事は、水の上を走る事にも等しい。
何も狭さだけで相手の機動力を削いだ訳じゃないんだ。
そのお陰で回避が間に合った。
アルグレイの鍵爪は、俺がほんの一秒前まで立っていた床を切り裂いていた。
俺は移動しながら『インヴィジヴルジャベリン』を放っていく。
「ちぃっ! ちょこまかと!」
床を、壁を、天井を蹴り、その悉くを躱す。
そして数秒前まで俺が居た場所を、前足で砕いていく。
見えてない……よな? いや、見えていたらこんなゆっくり動く俺なんてすぐにあの爪の餌食になっている。
正直、アルグレイの攻撃力の前では、今の俺の防御力は無いに等しい。
一撃受ければそれで致命傷なんだ。
うおおおぉ。やべぇぜ、この緊張感。
クセになったらどうしよう?
慎重に、ゆっくりとアルグレイのHPを削っていく。
あんまりゆっくりやりすぎると、泉の精霊石の効果でHPが回復してしまうから、そのバランスも大事だ。
何より重視しないといけないのは、絶対に相手に居場所を知られないようにする事。
勿論、バレた瞬間に火竜シリーズを身に纏い、『ソウルアームズ』を発動するつもりだけど、それだと夜まで待った意味が無い。
正直どっちの勝率が高いのかはわからん。
けれど、正面からぶつかるなら、可能な限り相手を消耗させてからの方が良いのは当たり前だ。
どのくらいそれを続けただろうか?
最早建物はあちこち抉られて、未だに倒壊していないのが不思議なほどだ。
外では篝火が焚かれていて、その明りが壊された壁や天井の隙間から差し込んで来ている。
外から聞こえてくる戦闘音は、まだエルフ達が城門を突破できていない事を教えていた。
「ああああああぁぁぁぁぁぁあ、もう、めんどくせえええええええぇぇぇぇぇ!!!」
そして遂にアルグレイがキレた。
正直、こいつの性格からすると、今までよくもった方だと思う。
HPもようやく1000を切った。
アイテムで回復しながらだったが、俺のMPも残り少ない。
そして、回復アイテムの残りも少ない。
間に合うか?
「はじけとべえええええええぇぇぇぇぇぇえええ!!」
アルグレイの赤い毛並みが、更に真っ赤に発光する。
膨れ上がる魔力で、俺は相手が何をするつもりなのか感じ取った。
咄嗟に、火竜シリーズを身に纏う。
直後、膨大な熱と光が、周囲を包み込んだ。
爆音と共に建物が消し飛ぶ。
周辺に居たらしいゴブリン達が一瞬で消し炭になったのが見えた。
多分、アルグレイのスキル『熱波』だ。
周囲に熱属性の物理ダメージを与えるスキルだけど、ここまでの威力と範囲があったのか……?
それとも獣化した事で威力が増したのか?
バインドシャウトも、アルグレイの話だと、ゴブリン状態の時だと退魔の効果が無いみたいだから、スキルも全体的にパワーアップしていると見るべきだ。
「そこにいたか。そこにいたかあああああぁぁぁぁあああ!!」
拠点内に篝火が焚かれ、熱波の影響であちこちが燃え盛ったこの空間では、『闇化』の効果が消えていた。
『狂戦士』の職業でも持っているんじゃないかと思うほどの絶叫を迸らせて、アルグレイがこっちに駆けて来る。
すぐに『ソウルアームズ』を使用。
まずは『インヴィジヴルジャベリン』で迎撃。
俺が見えた事で不可視の槍を感じる力が鈍ったのか、それとも脳内麻薬出過ぎてて、痛みが麻痺しているのか。
「きかねぇ!」
そんな筈はないが、実際、魔槍の直撃をものともせず、アルグレイは速度を落とさずこちらに突っ込んで来る。
「ちぃっ!」
『スマッシュ』を発動させてアルグレイの脳天にブレイブを振り下ろす。
魔法の刃はその額に直撃した。しかし、そのままアルグレイは俺に体当たりをかます。
「ぐはっ!」
相打ちか! 俺は一度地面でバウンドした後、転がりながら体を起こす。
その時には、アルグレイが眼前に迫っていた。
相打ちだった筈だろ!?
よっぽど鬱憤が溜まっていたのか、赤い目は爛々と輝いて不気味だ。
大きく開かれた口に、数時間前に感じた痛みが蘇った。
「くっ!」
その口内に向けてグレイブを振るう。
金属同士がかち合うような音がして、両手に重みがかかる。
そのまま振り切る。
「ちぃっ!」
舌打ちはアルグレイ。
なんとか噛み付きは回避できたらしく、相手は地面を転がっている。
やはり、さっきまでの暗闇の追いかけっこで、相手も消耗しているらしい。
そりゃそうだ。俺はHP、MPをアイテムで回復しながら、更に隙を見て保存食も食べていた。
けれど相手は飲まず食わずで攻撃しっぱなしだった。
おまけに、見えない相手を捉えるために、相当神経を尖らせていた筈。
状態:疲労(重度)飢餓(軽度)
『アナライズ』で見れば、アルグレイが相当無理をしているのがわかる。
今はアドレナリンが出てて気にしてないかもしれないが、HPは『飢餓』のせいで徐々に減っているし、MP枯渇で『根性』が発動すれば、自分の状況に気付いて疲労が一気に襲って来る筈だ。
それまで耐えれば俺の勝ち。
この戦いは常に、時間は俺の味方だった。
「ガウッ!!!」
放たれたバインドシャウトを躱しながら前に出る。
振るったグレイブは硬い体毛に弾かれた。
逆襲の前足を盾で防ぎながら、敢えて踏ん張らずに後方へ跳ぶ。
「グアアアァッ!」
俺を追いかけ跳躍するアルグレイ。
「うごっ!?」
しかしそこへ『インヴィジヴルジャベリン』が飛ぶ。
空中では流石に躱せず、直撃を受けて落下する。
そう言えば……。
そんなアルグレイを見て、俺はふと思いつく。
そして魔力の流れを意識し……
「『光の槍』!」
『スピアーレイ』をアルグレイに向けて放つ。
光源は周囲に焚かれた篝火。
「ぐうううっぅぅぅぅっ!!」
アルグレイとその周囲の地面に次々と光の槍が着弾し、相手の動きを封じ込める。
勿論、HPも徐々に削れているし、何より『スピアーレイ』を放つ度、篝火が小さくなっていくのがいい。
そのうちに訪れるのは再びの闇。
そうすれば俺はまた『闇化』で姿を消してちくちく削る作業に戻る。
ゴブリン達も、再び篝火を焚くかどうか迷うだろう。
何せ、俺の姿は発見できるが、自分達のボスを攻撃する武器になるんだから。
四方八方から放たれる光の槍を全て躱す事はできないし、無視して動き出しても、予想外の方向から攻撃を受ければどうしても体勢は崩れる。
俺は『スピアーレイ』ばかりに任せず、そこをすかさず狙ってグレイブを振るう。
少しでもダメージを与えて、相手のHPを削る。
完全にハマっている。
せめてもう一体二体、エルヴィンクラスの敵が居れば違ったんだろうが、アルグレイ以外は俺に瞬殺されるような戦力じゃ、この状況は仕方ないよな。
あとはそう、『大将』の甘さも仇になったな。
アルグレイがその『大将』を敬愛していればいるほど、彼(だろうおそらく。女性なら姐さんとか呼ぶだろうし)の言葉がアルグレイを縛る。
「ガアアアアァァァアア!!」
再びアルグレイの体毛が赤く輝き始める。
『熱波』か!
「させるかっ!」
振り下ろしから連続斬り。そして横薙ぎ。そして再び連続斬り。更に『インヴィジヴルジャベリン』へ繋げる。
「がはっ……!」
流石にこのコンボを受けてはアルグレイも体勢を崩す。
けれど魔力が霧散してない!?
「くたばれえええぇぇぇぇええ!!」
血反吐の混じった罅割れた絶叫。
直後に俺は質量を持った熱と光によって吹き飛ばされた。
熱のダメージは火竜シリーズが防いでくれるが、衝撃波までは無理。おまけに受け身も取れずに壁に叩きつけられる。
「がはっ……」
一瞬息ができなくなった。
超いてぇ……。
エンチャントがかかったままの場所だったらしく、その高い防御力がそのまま俺への攻撃力になったんだ。
「ガウッ!!!」
熱狂していても冷静だな。
崩れ落ちた俺に向けてバインドシャウトを放ってから、アルグレイはこちらに向けて跳躍する。
『ソウルアームズ』が弾き散らされている。バインドシャウトで『ソウルアームズ』をかけなおす事もできない。
間に合うか!?
「ぐふぅ……!!」
間に合いませんでした。
俺が行動可能になる前に、アルグレイの体当たりが直撃する。
水平方向に凄まじい勢いで跳び、そのまま頭突きをかまして来たその技は、相撲格闘家のスーパー頭突きのようだった。
ゲームなら画面端で受けても特にダメージが増える事はないけど、俺の背後にあるのは物理防御力500を超える強固な壁だ。
サンドイッチ状態でダメージが増す。
けれどそれは相手も同じだったようだ。
エンチャントされた壁の硬さを、俺の体を通して感じたらしく、俺から離れてふらふらしている。
反動がきたんだろうな。
チャンスと思っても立ち上がる事ができない。
悪心と吐き気で力が入らない。内臓がダメージを受けた証拠だ。
脳内麻薬でも抑える事ができない不快感に、俺の体が反乱を起こしていた。
兜の面当てを上げ、力を抜く。
胃の奥から込み上げてくるものがある。逆らわずに外へ。
「げは……」
前日から食ったものはもう消化してしまっていたらしく、胃液しか出なかった。
そのせいで余計に喉が熱い。酸っぱい匂いが鼻をつく。
だけど、お蔭で体の反乱は鎮圧された。
しっかりと膝に力を入れて立ち上がる。
向こうはまだ足元がおぼつかないようだ。
演技、はない。
『ソウルアームズ』を纏い、念のため『インヴィジヴルジャベリン』を放ってから、それを追いかけるようにしてアルグレイとの距離を詰める。
魔槍は着弾。アルグレイの体が崩れる。その顔を掬い上げるように、グレイブを振り上げる。
まともにとらえて、相手の顎をかち上げる事に成功する。
「ぐ、うえぇ」
そのまま追撃しようとしたが、激しい動きに内臓が耐えられなかったのか、再び込み上げて来た胃液に動きが止まってしまう。
「グアアァ!」
その隙をついてアルグレイが前足を振るった。左前脚だったのが幸いした。振り上げたグレイブでこれを防ぐ事ができた。
けれどそのまま吹き飛ばされてしまう。
「しまった」
その衝撃に耐えきれず、グレイブを手放してしまう。
『ソウルアームズ』が解け、火竜槍に戻った。
「グオオオォォオッ!!」
「ちぃっ!」
アルグレイの追撃が入る。振り下ろされた右前脚を盾で防ぐが、これも弾き落とされる。
こいつ、まさか狙ってる……!?
「ガァッ!!」
そのまま体当たり。防ぐものが無い俺は、何とか躱そうと身を捻るが、まだ内臓のダメージが抜けきっていなかったのか、足がついてこない。
やべぇ!
体当たりが俺の腰をひっかけた。その衝撃で、回転しながら吹き飛ぶ。
「ぐはっ!?」
更に通り過ぎざまに、しっぽが俺の胸を叩く。
しなやかではあるけど、鞭というには太く、硬いそれの直撃を受け、俺は何度目かわからないまま宙を舞う。
「がはっ……」
また壁に叩きつけられた。
「手こずらせやがって……」
息を切らせながらアルグレイが近付いてくる。
やべぇ。このままだと流石にマズい。
どうする?
今俺が背にしているのは、丸太の壁だ。
エンチャントを解除したものじゃない。
『ディスペルマジック』を使い、魔法で破壊すればここから逃げられる。
いや、緊急事態だから『テレポート』を使ってもいいだろう。
けれどその後は?
外のエルフを見捨てる事になるんじゃないか?
その後セニアを連れて逃げられるか?
必要ならセニアを犠牲にしてでも生き延びる事を選択するけど、それでも全く平気って訳じゃないんだ。
どうする?
やるなら急がないと。
『ディスペルマジック』と破壊用の魔法を使っている間に殺される可能性だってある。
夜明けの薄暗さに紛れての奇襲。
相手の治療中に防衛施設を破壊し。
暗闇に乗じて屋内での戦闘。
そして相手の疲労と空腹による弱体化。
この戦い、いつでも時間は俺の味方だった。
そう、最後まで、時間は俺の味方だったんだ。
「え……?」
突然、俺の下に光が浮かび上がった。
それは巨大な魔法陣だった。
アルグレイや他のゴブリンも、何事かと周囲を見回している。
俺はその魔法陣に見覚えがあった。
それは、俺がこの世界に来るきっかけになった魔法陣。
女神フェルディアルが出現する時に現れる魔法陣だった。
そうか、この世界に来て二十五日経ったのか。
日付が変わった瞬間に来るなんて、律儀な女神だな。
この戦い、時間は常に味方だった。
魔法陣からゆっくりと、彼女は姿を現す。
流れるような輝く銀髪。
光沢どころか、光を放つ白い服。
風ではなく、逆巻く力の奔流によってはためく裾。
神秘的な雰囲気を纏った美女。
時空の女神フェルディアルが、この世界に顕現した。
ついに登場、女神フェルディアル。
そして女神がこの世界の神である事も判明。
次回は戦いの決着です




