第24話:エルフとの交渉
エルフとの交渉回です
うん。ハイエルフって役職なんだ。
そもそもハイエルフって種族がこの世界には無いらしい。
今の時代、エルフも普通に都市に住む時代。
森の中に集落を作って暮らすエルフは殆どいなくなったそうだ。
利便性などの関係で、都市から離れたがらないエルフが多い中、わざわざ森の中で暮らすエルフが存在する。
エルフは長命であるためか、長幼の序を重んじ、祖先や年長者を敬い、伝統を大切にする傾向にある。
そのため、かつての先祖と同じように暮らす者達は都市で暮らすエルフに対して優越感を抱いているそうだ。
都市に暮らすエルフも、彼らを羨ましく思いながら、不便な生活を選べない自分達に劣等感を抱く。
結果、自らを純粋なエルフ、真なるエルフと称する、ハイエルフが誕生した。
つまりこの世界では、ハイエルフ(自称)なんだ。
冒険者だって基本的には自称だからな。つまりそういう事だろう。
面白いのは、エルヴィンをはじめ、三人のエルフは役職がハイエルフなのに対し、他のエルフはエドウルウィン所属森林守護隊になっている。
エドウルウィンってのは、エレニア大森林にある、エルフの集落の名前だ。
要は、自分をハイエルフ(笑)なんて思い込んでいるのは、森で暮らすエルフの中でも極一部のアレな奴らだけって事だな。
中二病、とはちょっと違うか。
「誰かいないのか!? 我はエドウルウィン族長が嫡子、エルヴィン・エルフォードである! 誰かいないか!?」
広場の入口でエルヴィンが大声を上げていた。
一応自分の立場と名前を口にしているが、その言葉には明らかな侮蔑の感情が込められていた。
ここが野盗のアジトと知ってやってきたんだろうな。
まず声をかけている辺り、襲撃が目的じゃないみたいだけど……。
「セニア」
俺が彼女の名を呼ぶと、セニアもその意味を理解したのか、一つ無言で頷いた。
ゆっくりと立ち上がり、物陰から出る。
「エレニア大森林の守護を司る、エドウルウィンの方々が何の御用か?」
凛とした声が広場に響いた。顔を向けたエルフたちは、驚いたような表情を浮かべていた。
エルヴィンだけは流石というか、彼の表情は引き締まったままだ。
「ここは百人を超す野盗のアジトだった筈だが?」
尋ねるエルヴィンの言葉からは険が取れていた。
自分を一介の駆け出し冒険者と評しながらも、セニアが纏う高貴な雰囲気は誤魔化せるもんじゃない。
多分、本人の気付いてない『王気』『貴人の振る舞い』が影響してるんだと思う。
そんなセニアが、片手に身の丈程のブロードソード、もう片手にボウガンを持った俺を従えて姿を現したんだ。
どこかの貴族が従者と伴って盗賊団を襲撃したと考えても不思議じゃない。
同時に、手勢が俺一人じゃないとも思っているだろう。
「森の近くで襲撃を受けたので逆襲を行った。襲撃したのは十人ほど。ここに居たのは三十人程だ」
百人を超える、となるとやはり他に出稼ぎ組がいたか。
いや、内心では下賤で野蛮な存在と罵っている人間を、エルヴィンがしっかりと覚えている可能性は低い。
のべ人数だと考えるのが妥当だな。
「そうか、改めて我はエドウルウィン族長が嫡子、エルヴィン・エルフォードだ。ここに居た野卑な奴らと交渉に来たのだが……」
野盗の仲間ではない事がわかり、エルヴィンは野盗に対する嫌悪感を隠さなくなった。
交渉相手に最低限の礼儀を弁えるくらいの常識はあったのか。
「私はミューズと言う。身分は訳あって話せないが、今は冒険者をしている。こちらは私の仲間の……」
言ってセニアは俺を見た。
偽名かよ! お前偽名好きだな。
まぁ本名名乗る訳にはいかないもんな。
エルヴィンの目的がわからないから、セニアを名乗るのもまずいと思ったんだろう。
頭の回転が速いのか、思いつきだけなのかは微妙なところだな。
「シャールと申します」
俺も偽名を使っておこう。
「二人だけか?」
「そうだ。上手く奇襲を仕掛けられたのでな」
「そうか……。ふむ……」
何やら顎に手を当てて考え込むエルヴィン。
「質が良いなら問題あるまい。そなたらに頼みたい仕事がある」
お断りします。トラブルの匂いしかしねーもん。
盗賊に頼もうとした仕事ってなんだよ?
数が必要? 戦争か……?
氾濫を未然に防ぐためのダンジョンアタックとかならギルドを通して冒険者を募るだろうし。
「私達にできる事ならば」
しかしノブレスオブリージュを地で行くらしいセニアは乗り気だ。
プライド高そうだから、少しでも身分が高そうな人間を前に出した方が話ができるだろうと思ってセニアに任せたのが裏目に出た。
ここで俺が口を挟んでも、相手が不快になるだけだろうな。
それで破談ってのもいいけど、後で報復とかされても面倒なだけだし。
まぁ、安定した生活のためには販路を複数持つのは大事だ。
エルフとコネを持てるなら少しくらいの面倒は甘んじて受けよう。
「実はここ最近、森の中にゴブリンが増えていてな」
「氾濫ですか?」
「いや、エルフィンリードもその派生ダンジョンも調べてみたがその兆候は無かった。最初は魔力漏れかとも思ったが、どうも違うらしい」
セニアとエルヴィンが焚火を囲んで座り、俺がセニアの背後に、エルフ達がエルヴィンの後ろに立った。
魔力漏れとは文字通り魔力溜まりから魔力が漏れ出す現象の事だ。
これが溜まったまま人や動物に影響を与えるとモンスターに、建物や自然に影響を与えるとダンジョンになる。
モンスターやダンジョンが影響を受けると強化や増殖に繋がる。
モンスターの異常発生なら、考えられるのは氾濫か魔力漏れ。
だが、ゴブリンには『異種族交配』のスキルがある。
人とエルフ程度なら子供を作る事は可能だけど、人とモンスター、例えばリザードマンなんかとは子供を作れない。
マニアックな奴なら、作るための行為は可能だろうけど。
けれどこの『異種族交配』のスキルがあれば、人やエルフ、リザードマンにケンタウロス。果てはツジギリソテツやオーク(樫の方な)とも子供を作る事ができるようになる。
植物相手にその気になるかどうかは別問題だけど。
「森の探索をしたところ、奴らの拠点らしき場所を見つけた」
「拠点?」
その言葉に違和感を覚えたのは俺だけじゃなかったらしい。
オウム返しに問いながら、小首を傾げる様が、小動物っぽくて可愛かった。
「ああ、ただの集落なら、そこで攫って来た女性を孕ませて増えたのだと単純に考える事ができたが、そこにあったのはただただ異様な存在だった」
十メートルほどの長さの丸太で周囲が隙間無く囲われており、その丸太の先は尖らされていた。
丸太の周囲には空堀が掘られていて、こちらは深さ三メートル、幅七メートル程。
そして堀の底には逆茂木が設置されていた。
丸太から顔を出した櫓は二十以上。
「『付与術士』持ちに確認させたところ、丸太や櫓、逆茂木は勿論、堀の内側にまで防御力上昇のエンチャントが施されていたそうだ」
拠点というより要塞だな。
帝国の王城でもそこまで念入りにはされてないだろう。
「ゴブリンの一団がその拠点を出入りしている所は確認している。山菜や木の実などの食糧の採取を行っていたそうだ」
ゴブリンを従える何者かがいるのか? それとも異常に知能の発達したゴブリンか?
「中には猪や鹿を狩っていた一団もあったそうだ」
「え?」
エルヴィンの報告に、セニアが驚きの声を上げる。
ゴブリンはモンスターの中でもとびきり臆病な性格をしている。
自分より弱いと思った相手には非常に攻撃的だけど、自分より強いと思った相手からは一目散に逃げる。
その強さの指針が大きさらしい。
人間は体積が少ないせいなのか、大抵ゴブリンより背が高いにも関わらず、積極的に襲って来る。
けれど、猪や鹿といった、大型の野生の獣に対して、ゴブリンは基本的に逃走を選択する。
罠は勿論、集団戦さえ理解できないゴブリンが、猪を狩れる訳がない。
一頭の猪に、十体以上のゴブリンが蹴散らされたなどという話は、枚挙に暇がない。
「それから度々森の中でゴブリンに襲撃されるようになった。大した強さではなかったが、こちらも全員が戦えるという訳ではない。狩りや、森林やダンジョンの管理に支障が出始めている」
ははぁ、なんとなくこいつらが俺達に何を期待しているのかわかってきたぞ。
「とてもあのような拠点を築き、野生の動物を組織的に狩るような強さではなかった。別の集団の個体かとも思ったが、あまりにも符号が合いすぎている」
偶発的な遭遇戦か? それとも、エドウルウィンの強さがわからないから、弱いゴブリンを当てて消耗を狙っているんだろうか?
「このままではいずれ我々の集落にもやってくる事は明白だ。それが続けば集落を捨てなくてはならなくなる。だがそれは、我らハイエルフの誇りを捨てるという事だ」
ゴブリンは個体としては弱いが、何しろ数が多い。しかも拠点を築ているとなれば、その旺盛な繁殖力を背景にその数は膨大なものになるだろう。
今はエルフの強さで奴らを撃退しているが、集落の場所が知られ、襲撃されるとなるとその数によって潰されてしまう可能性がある。
現実的な問題としては、エドウルウィンのエルフ達が居なくなると、エルフィンリードを管理する者がいなくなる。
エレニア大森林でモンスターの氾濫なんて起こったら、森を全て焼き払うくらいしないと対処できないぞ。
「誇りを捨てるくらいなら我らは命を捨てる。だがその前に恥を捨てようと決意した。下賤で野蛮な輩であるが、数だけは多いここの野盗たちに協力を要請しようと思ってここへ来たのだ」
「しかし、彼らが素直に従うと思ったのか?」
「奴らは単純だ。卑怯で卑劣で信頼などとてもできない奴らだ。だからこそ、報酬を約束してやればそれなりに働く。奴らに組織的な行動や隠密行動を期待しても無駄な事はわかっていたからな。せいぜい目立ってゴブリン共をひきつけていればそれで良かった」
ああ、完全に囮のつもりだったのか。
いや、捨て駒かな?
野盗たちが派手に拠点に攻撃を仕掛ける事で、相手の注意がそちらに向く。
その間に、エルフの精鋭達が拠点に侵入して内部から攻撃する計画だったんだろう。
「お前たちは外でできるだけ目立ってくれればいい。それほど危険な事もあるまい。どうだろう? あのような野蛮な輩の替わりとは気分を悪くするかもしれないが、こちらに手を貸してもらえないだろうか?」
野盗に対する態度と随分違いますね。
いや、俺は気にしないけどね。相手によって態度を変えるなんて、普通の事だし。
どうもセニアが人間の中でも高貴な出だと思っているようで、不遜な態度こそ崩さないものの、随分と友好的だ。
封建制のこの世界において、身分の差は絶対だ。
差別なんてあって当たり前の世界である。
セニアも特に気にした風はない。流石王族。上だろうと下だろうと、特別扱いには慣れているんだろうな。
俺がぞんざいな扱いを受けたら少しくらいは怒ってくれるだろうか?
うぅむ。不安だ。
試してみたい気がするけど、庇ってくれなかったら無駄に傷つくだけだから、この場はセニアの従者としての態度を貫こう。
「今の私は冒険者だ。報酬は当然しっかりといただく」
「それは勿論だ」
「それとは別にやってもらいたい事がある。いや、これは可能な限り……。違うな。絶対にやって欲しい」
「念を押すな。なんだ?」
「私達は今、このアジトに囚われていた人々を保護している。全員女性で衰弱している。彼女達だけで森を抜けて最寄りの村へ向かうのは困難だ」
「わかった。我々の方から人員を出して送り届けよう」
「いいのか? こちらとしては彼女達を私達が送って来るまで待っていてもらうつもりだったのだが?」
「全員ではないとは言え、ここの野盗たちを壊滅させたというなら、お前たちの実力は我々の中でも上位だろう。ならば、お前たちにはこちらの戦力としていてもらった方が良い」
「そうか。シャール」
「はい」
突然呼ばれた事もあって、一瞬自分の偽名を忘れていた。
それでも、何とか違和感が無いタイミングで返事をできたと思う。
「彼女達に魔法を」
「わかりました」
そんな打ち合わせなんかしていなかったけど、俺はセニアの言いたい事がわかった。
エルフ達に女性を任せる以上、彼女達が見捨てられないよう、工夫する必要があるからだ。
俺達はエルヴィンについて集落かゴブリンの拠点へと向かうだろう。
俺達と離れた途端、エルフ達が彼女達を始末して、さっさとこちらに合流しようと考えても不思議じゃない。
早過ぎると当然怪しまれるが、集落に向かうのなら、自分達も集落へ戻ればいいだけだし、拠点へそのまま向かうなら、他の戦力と混じって何食わぬ顔してこちらと合流すれば良いだけだ。
人間を下等生物と見ている節のあるエルフが、足手まといにしかならない女性達を害する事を躊躇する理由はないからな。
セニアは適当な魔法をかけて、適当な説明をさせるつもりだったのかもしれないが、俺ならきちんと彼女達を監視する魔法が使える。
ビクティオンの祝福『追跡』だ。
セニアだけならともかく、エルフ達に俺が祝福を使える事を知られるのはまずい。
だから適当に魔法をかける振りをするし、正直にビクティオンの祝福とは言わないけどな。
「この魔法は俺の固有技能です。かけた相手が今どこに居るのかを知る事ができます」
「『追跡』のようなものか」
俺の説明にエルヴィンがコメントする。いえ、『追跡』そのものです。
けれど、『マップ』と『サーチ』を併用する事で、別の魔法へと進化する。
「かけた相手の状態を知る事もできます」
すると、エルヴィンの眉がピクリと動く。
まるでハリウッド映画に出てくるイケメン俳優みたいな反応だ。
うーん、イケメンはどんな動きをしても様になるなぁ。
「恐慌や困惑は勿論ですが、死亡も知る事ができます」
つまり、彼女達に何かしたらすぐにわかるぞ、と言っている訳だ。
「彼女達の状態に何か変化があれば、すぐに我々はその確認をするため立つ。例えそれが、戦いの最中であってもだ」
そしてセニアはにっこりと微笑む。
よく目が笑ってないとかいうけど、正直俺は、そんな表情を見たことが無かった。
笑顔を浮かべれば自然と目は細められるものだし、そうでないなら、それは笑顔とは呼べない妙な表情になる筈だ。
芸能人の宣材写真を思い出せば、それはわかってもらえると思う。
ヒキコモリニートだったから人生経験足りてないせいだろうって? まぁ、そうかもしれない。
だって俺は、今この時、顔は微笑んでいるのに、目が笑っていないという表情を初めて見たのだから。
そしてそれは、俺の想像の何倍も恐ろしいものだった。
セニア頑張りました
二人は随分一緒にいますからね。アイコンタクトで意思疎通を図るのもお手の物です




